過去に書いたものは自信がない。
とても薄く感じる。
だから「書いているものを見せて」と言われたときは、今現在書いている小説の冒頭をおずおずと差し出す。
それがどんなに危険なことか、一度でも小説を書こうと思ったひとにはわかると思う。
読む人が素人であったとしても(出版界のひとならなおさら)、最初に口から零れる感想は宣告に近い。突然、自分が今まで書いてきたものが何の意味も無い文字面になる。
そうやって死亡宣告された小説がいくつも、コンピュータのなかや封筒のなかに葬られている。
折り重なった死骸、永遠に結末を与えられない物語たち。
書けない作家はその死臭のなかでもがき続ける。
奇形であろうと何の取り柄もなかろうと、此の世に産み出したものには、最期まで命を与えなくては作品にならない。