かれこれ20年近く、交流のある彼がいる。

お名前は芹川進(せりかわすすむ)さん。

生年は不詳だが、多分大正末年~昭和ヒトケタ生まれ。

四月十六日の金曜日、学校(旧制中学……?)から帰った夜に「じっさい、十六になったら、山も、海も、花も、街の人も、青空も、まるっきり違って見えて来たのだ」などと日記にしたためている、多感で繊細な性格の男性である。亡き父は政治家兼実業家で、今は母親と、小説家志望の兄と共に住む、お坊ちゃん。部活はサッカー部に所属。

 

日記×青春。太宰文学の王道とも言える『正義と微笑』を初めて読んだのは(つまり彼と初めて出会ったのは)、山も、海も、花も、街の人も、青空も、違って見えた……かどうかは忘れたけれど13歳の盛夏だった。私は中学2年生。周囲からはだいぶ遅まきながら子供時代が終わりかけようとしていた。

作品を手に取ったきっかけは読書感想文の宿題用にしようと思ったから。セミが狂ったように鳴く暑い午後。地元駅前の本屋さんで、国語の先生が「これはオススメだな」と言っていた『正義と微笑』、そして「これは絶対に読んじゃダメだぞ」と言っていた『痴人の愛』の2冊を同時購入した。『痴人の愛』は先生の忠告通り、13歳には難易度が高すぎる作品だった。2年前まで小学生だった女子中学生に、恋愛の楽しみや道徳のタブーが分かるわけもなく、である。続いて本命の『正義と微笑』。主人公の進は同じ10代で少し年上の設定。サッカー部の人間関係。クラス内での人間関係。うんうん。あるかも。めんどいよね。納得がいく感じ。彼の悩みや愚痴を聞く専属マネージャー気分で読み終わり、内面の葛藤を教えてくれた親切な進先輩のおかげで、宿題も無事に終了した。そして何よりも太宰ブランド!

「あの噂の太宰の本を読んだ」事実は自分のプライドをかなり満たしてくれた。

 

彼との交際が新展開を迎えたのは私が25歳を過ぎた頃である。大学を卒業し、実家を出て、一人暮らしの部屋で『正義と微笑』と同居していた。読み返すうちに明るみになる事実。進先輩は結構変な人だった。まず日記をこまめに書いている“メモ魔”気質が怖い。さらに日記の合間に引用を入れている(聖書等)のはもっと怖い。第一志望の試験に落ちた夜に街を徘徊し、さらにお兄さんに八つ当たり。でもって別荘に養生に行き、慰められてる。その顛末をまた日記にコッソリ書いている。現実に強い姉のだんなさんをチョッピリ馬鹿にしている。わははっ。笑える~。が、微妙にめんどくさい……?!

そして彼との交際はまた新たな局面を迎えた。今や『正義と微笑』はスマホでも読める時代に突入! 先日、旅先から帰る途中に、真っ暗な機内で液晶画面を光らせながら、久しぶりに進先輩の日記を読んだ。明るく健全な男子じゃないか! 心底ジーンとした。特に後半の描写。真っ直ぐに、だけど手探りで社会と対峙していく感じ。もう日記に「孤独だ孤独だ」と書き連ねなくなった17歳の進先輩のほうが、きっと孤独とより仲良しになったのだろうね。それでもって「彼みたいに引用できる言葉のひとつもない男性なんて……面白くない!」と思うぐらいには、私も進先輩に人生破滅させられたような気がしてます。

 

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