「居場所」を侵犯される事への怒り、恐怖。いくつもの激情の氾濫に、言葉を失うということ。
存在意義を感じる日常を心穏やかに過ごす事の出来る者は、真に幸いである。
しかし常に揺れ動く世界において、日常とは余りにも胡乱な代物である。
一度満足の置ける日常に身を置いた者が、その地位を、権利を、居場所を剥脱された時、そこへは戻る事は無いと明白に知る時、彼は二度と領域を侵されまいとするだろう。
そして多くを望まない彼の孤独を守る城は己の身ただ一つ。私はあなたに何も望まないのだから、あなたも私に何かを望むべきではない。
成る程、道理である。彼と他者との間に、物理的であれ精神的であれ「距離」が保たれていれば、
それは全くの道理である。

しかし、彼は、雇われて、そこにいた。

最初、彼の仕事は過不足無く、雇用条件を満たしていた。しかし、条件の外にある頼み事を雇用者に切り出される度に彼は繰り返す。「せずにすめばありがたい」と。他人の要求には、際限のないことを知るからだ。
そこを居場所と定め、そこから動く事をしない。彼はそう決めた。彼はそう決めたので、彼の中でそれは全てだった。
事務所において宛行われた机。やがてそこで彼は宛行われた仕事を、上司の越権行為の為に放棄し、木の実ばかりの食事をし、睡眠をとる。
城は日々益々堅牢さを増していく。雇用者は若く、一見知性的ですらある彼を何とか理解し、可能であればわずかながらも人生を救う手助けをしたいと会話を、行動を取るが、それらの行為は全て物語に奇妙なユーモアを提示するだけの結果に終わる。
雇用者の辛抱は底を尽き、コミュニケーションは打ち切られ、彼の会社は彼を残して別の部屋へ移る。
彼の城は「関係の無い」人間によって一蹴される。不法占拠の罪で彼は留置所へと放り込まれる。
かれは遂に一切の行動を止め、衰弱の中、壁を見つめ続けて死に至る。

これら一連の話は雇用者の記憶として語られる。
「ああ、バートルビー!、ああ、人間!」彼の叫びと共に物語は幕を閉じる。

正直な話が、20歳前後の私は、彼の死をとてもとても美しいと思った。今も折に触れ、この短編の存在を思い出す。
私に労働に対する忌避感を圧倒的に焼き付けたのはやはりこの著者メルヴィルで、彼の紡ぐ物語の中、許多出現する病的な概念と心中する男達は、素晴らしく詩的で、恐ろしく何物も生み出さず、死を以て圧倒的に完結していた。
思い返してみれば、教育機関終了後の私の社会参画へのモチベーションの低さ、その原点は、この本を読んだ事による感動が深く影を落としている気が致します。

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