『ノーライフキング』(新潮社) いとうせいこう/著

いろんなことがちょっとずつ駄目になる。
そんなひどい状況のなかで、ましなエンディングは待っていないのに、工夫をしてそこに一太刀加えたり、うまい妥協点を見出していく。『ノーライフキング』をはじめて読んだのは中学生のときで、子供たちがもがいて、それでもクールにコーヒーを飲んで世界に立ち向かうその姿のことをはっきりと覚えています。

この本を読んだころ、習いごとの帰り道、暗くなると紫色のスポットを当ててこちらを圧迫してくる太い鉄塔に怯えていました。川沿いのプレハブの工場の蛍光灯の下からこっちをじっと見る、左袖だけまっくろになった白髪の男がすごくいやでした。いろんな種類の小鉢を出す安い食堂で、プラスチックの器のなかで肉豆腐の茶色いおつゆに油が白く固まって点々になっているのにげんなりしました。自分の将来はもっとスマートでクリーンな仕事につきたいと思った。
全体的に汚いものに背中を押されて、大学を卒業したあと、大手衣料販売メーカーに入社しました。外資企業のように清潔で白っぽくはありませんでしたが、それでも周りの友人はうらやんだし、ほとんどの領収書は経理まで素通りして現金になって手元に戻ってきました。扱っているブランドの名前で寄ってくる女性もいて、そういう人はだいたいその日にやらせてくれた。

『ノーライフキング』を読んで教訓として得たのは何かが駄目になっていく中でこそ、ほんとうのお話はかちりと音を立てて進みだすものなのだ、ということでした。破滅することがわかっていても行動する、という姿勢や考えかたが100年前も100年後も”物語”として機能するのだと思います。
いまフリーランスの立場になってようやく自分のお話が動き出しました。

これから先もいろんなことがちょっとずつ駄目になっていくのを予感します。自分の左袖が思っていたよりも黒ずんでいることも。不思議といまはそれがうれしいのです。

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