容姿端麗にして高雅、盲目ながら天稟の才を持つ驕慢な三味線奏者・春琴と、その弟子兼世話係・佐助の恐ろしい程に純粋で究極な愛を描いた谷崎潤一郎『春琴抄』。川端康成や正宗白鳥から絶賛されマゾヒズム小説や耽美主義、さらには純愛やツンデレなどなど様々な角度から高い評価を受けて論じられる日本文学史上の傑作である。

「私は春琴抄を書く時、いかなる形式を取つたらばほんたうらしい感じを与へることが出来るかの一事が、何より頭の中にあつた。」(『春琴抄後語』)

と谷崎自身が語るように書き出しから技巧を凝らした構成と実験的な文体で著された本作は、全て虚構の世界でありながら春琴が実在の人物であると思い込む読者を数多く生み出したと伝えられており、春琴に熱湯をかけた犯人を探すという「お湯かけ論争」にまで発展するに至る。その一方、春琴のモデルは当時谷崎の家に出稽古に来ていた盲目の箏曲家・菊原琴治の手を引く娘・菊原初子から着想を得たとされており、さらには主従関係を結ぶ誓約書をしたためるほど傾倒していた松子夫人に対する理想の女性像と谷崎自身の実生活が春琴と佐助に重ねられているなど、現実から発現し投影された作品でもある。

 

<虚>と<実>の迷宮『春琴抄』の世界を巡る本展は、谷崎が松子に宛てたラブレターや創作ノート「松の木影」、谷崎が絶賛した和田三造「春琴抄」画、「細君譲渡事件」の佐藤春夫作詞「春琴抄」が添えられた樋口富麻呂画軸などの展示の他、関連イベントも多数予定されているので詳しくはホームページをご覧あれ。

 

100ページ足らずでありながら数多くの論点を内包する『春琴抄』。散々語りつくされた作品であろうが、新資料の公開・発見も続き、まだまだ貴方も新たな視点を残しているかもしれない。秋だけど『春琴抄』。寒くなってきたので、誰かお湯をかけてくれまいか。