鬱屈としながらも日々を何気なく淡々と過ごしていた十代後半の私を破滅させてくれたのは、寺山修司の『家出のすすめ』でした。

近代以前からの家父長制、或いは母権制に支配された「家」からの脱出を様々な角度から検証する試みは本当に衝撃でした。それは、幸か不幸か、私が煙草も喫むし、酒も呑むけど、まだ「箱入り娘」として機能していたからでした。

まだ閉経しない母の血を見ることは、寺山にも経験のある残酷な秘密であったし(寺山との感じ方は違うし、要は私の母が至極健康であったということなのだけれども)寺山が磯野家を例にしながら言うように、家庭内に性の臭いは微塵もなく、禁忌であったのです。

マスオの性的主導権、性的自由、サザエの性解放の無さ議論さえを拒む姿勢を追及する文章。思わず、笑っちゃいます。漫画の中とは言え、他人の家の内部事情を観察することの下世話さ。それを否応なしに機能している家制度を前提に考えると、マスオにとっては虚しくもあり、寂しくもある。(もしかしたら寂しくは無いかも?)この入り婿に機能する家制度が父権制と母権制が複雑に絡み合うものであることが分かります。寺山が「人間関係よりも一着の訪問着をほしがる女のグロテスクさ」と言う、家制度に執着する女の有様。箱入り娘サザエの残酷さを回避するには、サザエのように「性に対する議論さえも拒んでしまう」嫁、母親になってはいけないのだ。

と思わせた後に、考が進んでいく「家出論」。「何も目標も計画もさだまっていないからこそ、家出という行動を媒介として目標をさだめ、計画を組み立てなければならないのであり、幸福な家庭であるからこそ、それを超克しなければならないのです。」という文章は、サザエ的箱入り娘からの脱出を夢に描き始めた私には、効果覿面、よく効きました。

自分に覆い被さっているものから、打破し、その先へ進む為の「家出」。

何とも魅力的に思えた家出への焦燥と、感じ始めた自分の家が持つ父権的、母権的縛りからの脱出を試み、私は意図も簡単に正式に家出したのでした。

そして、その家出から(かなり個人的な事情ですから筆は控えます)破滅していったので、正にこの本は「私を破滅させた一冊」です。

 

 

 

 

 

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