『オフライン・ナガサキ』 一

 
 びやん、と欠伸を上げて、我ながら情けない音だなあ、と思ったら目が覚めた。予感はしていたが、やっぱり逢魔が時。まだまだ隠遁してやろうと、夢の残像を掴む為に五、六分、だらだら転がっていたが無駄で、諦めて大袈裟に背伸びを一つした。左足がつった。
 ケイタイの電源を入れ時刻を見遣る。サタディ・ナイトの一歩手前頃。軽い持続睡眠療法と称して、五日間は眠り果てる計画だったのに、丸一日もやれてない。あんなに、別世界の中でも俗物に逢ったのにねえ。ケイタイは、どんどん新着メール情報を投げ付けてくる。どうせ、ろくなもんじゃないから、見もせずに消去を たくらみボタン操作をしたトコロ、通話の文字が現れた。狙ったように掛けてきた声の主は、ついこの前だったっけ? 絶縁をした吾郎君。ハァ、ハァと囀る。
 「ハァ、ハァ、おおう、耕治、君! やっと繋がったわ! ハァ、ハァ。いやー、心配しとったで! なにしてたん? ハァ、ハァ」
 改めてぽかんと聞くと、コイツ、面白い喋り方すんなあ、とも感じたが、ぼくはもう、モンキー・ビジネスには厭きていた。然し、返事をしないのも馬鹿らしいので、気がない調子にて一言、「あ、寝てた」 と答えた。吾郎君は、意気揚々と続ける。
 「うん、うん。眠りもまた良しや。ハァ、ハァ。そやけど、こないだはなんやろうなあ。喧嘩別れしたようになったし、耕治、君、様子が違ったし。ハァ、ハァ。まあ、ええわ! 今から、飲みにいかへん?」
 「あ、寝てた」
 「……え? まあ、うん、いや、ほら、眠っとったのは判ったわ。ほな、一時間後に、ジャンジャン横丁の、例の店でええ? ハァ、ハァ」
 「あ、寝てた」
 流石に吾郎君も台詞を吐くのを止め、四十秒くらい沈黙が流れた。ぼくは、思いついたまま咄嗟に、適当に、訳もなく、「これから、エスペラント語を学ぶのだよ」 と呟いてポチリ、ケイタイを切った。そうして、次の瞬間には窓を開けウットリ、月を眺めウットリ、背中をポリポリ掻いてウットリしながら、——ああ、 馴れ親しんだとはいえ、釜ヶ崎のドヤは底冷えして寒い——と、最早、違う事を考え、久々にミナミにでも繰り出そうって、薄ら笑いしていた。
 
 
                     つ・づ・く
 
 
 


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山谷感人が0:55に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

小休止、『芸術家気取りの君へ』

 
 これから提示する雑文は、この場を借りて、或る似非文筆家にあてた私信であるが、万が一、読んで不愉快になる人がいるかもしれませんので、前もってここで謝しておきます。
 
 君は、なにか自己の存在価値を履き違えているようだ。まるで、君のお文章の中の、エログロを見ている気分。エログロは簡単でしょう? センスもなにも要らず、困っちゃえばそう書けばいいのだから。
 おっと、学術的な反論は止め給え。そこはぼくが、いつか聞いた時にだけするがよい。下手な押し付けで釣れるのは、ほとほと権力に弱い女性だけであって、ぼくには全く通用などしない。ではまず、第一に聞こう。普通に、立派な小市民生活をやるのも否、かといって、底辺を彷徨いたくもない。そんな君が、求めている ものはなんだろう? 過信? 別格意識? おいおい、ただふわふわと、浮いているのも破滅? 冗談じゃない、甘い自己解決は見苦しい。或る時は学をひけらかせて、或る時は、子猫のように泣きじゃくる。それでいて周囲の、他人の事になど全く、そう全くと気遣いもせず、一本、芯が通っているフリをする君。いやしさにも程 がある。おぞましい。
 第二に、何故に君は、そこまで他人をダシに使うのだろうか?
 ぼくは、君の秘密は地獄に落とされて、ハリツケセンボンにあっても洩らすまい。何故なら、言わないと約束をしたから。だが君は、ぼくの全て、それもお話し百倍、有る事無い事まで囀む。逆説の、人気取りだろうか? 然しはっきり言えば、君の他愛ないチープ・トークの御蔭で、ぼくは諸々を失いもした。心当たりが あるだろう? その卑俗さは、如実に君の文章に現れている。
 第三に、似た意義であるが、よく君は、自分が勝てない者を試す。
 例えば、ぼくに対しても、アルコールは好きですか? と、野暮な事を聞く。ぼくは、好きで飲んでいる訳ないだろ? と思いつつも、馬鹿らしく迎合してやって、旨いねえ、と呟く。次に、もうどのくらい飲んだか? と、キャキャキャと聞く。ぼくは、まだまだこれからですよ、と、答えてやる。最後に君は、もう随分 お召し上がりのようなので、あなたの、掛けようとしている眼鏡を下さい、と、ねだる。ぼくは、酔眼の真似でも、真実そうだとしても、どっちでもいいが、ああ、どうぞ、と呉れてやる。このプロセスには、幾重にも深い描写が必要なのだが、君や、その奪った眼鏡は安易に、ケバケバしく捉え、そうして吐き、書く。以前、ミク シィにも引用したが、判らぬようなので、もう一度だけ提示する。
 太宰、『織田君の死』
 
 世のおとなたち(君等、俗物も含め)は、織田君の死について、自重が足りなかったとか何とか、したり顔の批判を与えるかも知れないが、そんな恥知らずの事はもう言うな! (中略)
 織田君を殺したのは、お前じゃないか。
 
 第四に……、ああ、もう相手にしていた自分が馬鹿らしくなった。外は白々と明けてきたし。もう、いいや。ぼくはぼくなりに、信ずるものを書けばいいだけの話し。この雑文を、消去しようとも考えたが、短くとも、ここまでカタカタ打ったから、それもまあいいや。ただ、君等のニヤニヤのまあいいやと、ぼくのそれは 大いに違うと断じて。
 
 この雑文を見て、心当たりがある者もいようが、返事は控える。ぼくも情けなく酔いどれていたし、なにより、君等の言い訳の啓蒙は、魂が穢される故。そう、哀れなる者の独白として、意味が判らないって逃げとけばいいのだよ。
 
 
            『オフライン・ナガサキ』、オタノシミニー。
 


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山谷感人が5:26に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

『オフライン・ナガサキ』 序

 
 邯鄲の夢ではないが、長い、敗北の冒険譚を繰り拡げていた。
 
 若きぼくは、アゲハチョウの軍団に守られながら樹海を出た。左手に竹槍、右手には、ワルサーP38を持っていた。やがて、断崖の絶壁になったが、空が見えなかったぼくはそれまでの恩を忘れ、右手を掲げてアゲハチョウの軍団を撃った。そうして、やっと上空を見上げる事が出来たのだが、空は曇りに曇っていて、も っとドス黒いものだった。
 断崖を飛び越えるのは、簡単であった。我ながら恐ろしい跳躍力で、緑の丘さえも越え、次の断崖の手前まで行ってしまった。そこでは、数百人の男女が、宴を満喫していた。ぼくは皆が踊り狂うのを見て、偽善者、と、訳もなく叫んだ。だが誰も、相手になどして呉れなかった。次にぼくは、臆病者、と、怒鳴った。矢張 り、結果は同じであった。そこで最後にぼくは、片輪めらが、と、絶叫してやった。漸く、四人の下手に控えていたテンプラ若者がこちらを見遣り、ニヤッと手招きした。ぼくも莞爾として、その集団に近寄ったトコロ、一斉に取り囲まれ、袋叩きの刑にあった。ワルサーP38も奪われた。恥も外見もなく土下座して、竹槍だけは 勘弁して貰ったが、ぼくは、断崖の底の底へと投げ捨てられた。
 それから、なんの繋がりもなく、ぼくはとある武闘場にいた。西の入り口からはぼく、東の入り口からは、着飾った貴公子が現れた。格闘の筈なのに、彼は六人の手下を従えていた。竹槍一本だけのぼくは唖然としたが、周囲は歓声を上げ、興に乗じて賭けをもする始末。おろおろしているうちに死合いは始まり、またもぼ くは袋叩きにあった。服は馬鹿らしく破れ果て、髪の毛は引っこ抜かれ、背中に烙印を押され、足蹴に踏みにじられた。流石にぼくはどうする事も出来ず、快楽さえ憶えながら殺されようとした刹那、以前、迫害したアゲハチョウの軍団が救いに訪れて、ぼくを彼方に連れ去って呉れた。そこは、遠くに一つだけ、ポツリと光が射す 洞窟で、雷鳴のように声が響いた。
 ——どうですか? 少しは、ほんの、ほんの少しだけは観念しましたか? もう、こちら側に来ますか?——
 ぼくは、ボロ雑巾のようになっていたが、気弱でも威勢良く、ふふんと笑い、こう返した。
 ——いえ、まだ自身の、軽挙なる敗北しか見ていません。またそれも、おっしゃるとおり、ほんの、ほんの僅かです。まだまだ全く、阿鼻叫喚を味わってませぬ——
 この洞窟は、鍾乳洞のようであった。幾重も重なった道の外から、ぽつんぽつんと音がする。
 
 儚い夢は、まだまだ、続きそうであった。
 
 
           次回より、『オフライン・ナガサキ』、本章へ。
 
 


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山谷感人が14:15に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

仮題『オフライン・ナガサキ』 六

 
 夜半過ぎまで、鈴木君と豊かな雑談をし(彼は、変わった男で、恩着せがましい京都の景観が嫌いだと、天下茶屋に住んでいた)、サパを御馳走になり、宿に戻ったぼくが試みたのは、五日間は眠り続ける事だった。所謂、軽い持続睡眠療法、である。幸い、ぼくは使いもしないのに、以前、いざという時の為に処方して貰 っていた、少量の睡眠薬と、精神安定剤を持っていた。気怠かっただけのあの日雇いアルバイトも、こちらから連絡しなければそれでもう終わりだし、鈴木君という、新しい外気にも触れた事だし、ぼくは一度、金銭の問題はさておき、自身をリセットしようと思った。無論、一番の要因は悲鳴を上げている、心身の再生にあるが。
 ドヤの宿というトコロは、一見、全くプライバシーがないと思われがちだが、個室部屋にさえ入れば実はその正反対で、全てを遮断出来る環境にある。例えば、ぼくの住む『帝釈屋』は、一日千八百円の四階建てのビル、この界隈では中の上クラスであるが、室内は三畳ながらもベッド、カラーテレビ、冷蔵庫、冷暖房付き で、各階にトイレット、キッチン、電子レンジ、ポットなどは当たり前、二階には、時間限定ながらも大浴場があり、一階には、ソフト、ハードドリンク、カップ麺の自動販売機、二十四時間利用可能の、シャワールームすらある。
 また、談話室なるスペースには、それまでの住人達が残していった夥しい量の雑誌、小説類がある本棚、有線までも設備してあり無料で聴ける。掃除だって、言えば毎日して呉れる。このように、世俗を割り切りさえすれば、頗る快適な上に、前もって宿賃を払っておけば、五日、十日、部屋から出なくても、誰も干渉など しない。ケイタイの電源を切った瞬間、案ずる事なく幾らでも、現世から隠遁するのは簡単であった。
 
 ぼくは、枕元にビールの空き缶に淹れた水を用意して、睡眠薬と安定剤を二錠づつ、ポリポリポラリン、新生の為、眠る事に頑張ろう、と、念えた。
 
 
                       つ・づ・く
 
 
 編集部より
 
 これにて序章は終わり、次回より、怒涛の本章に突入の予定、との事で、あります。
 
 
 
 
 


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山谷感人が14:49に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

仮題『オフライン・ナガサキ』 五

 
                       *
 
 目が覚めたら、知らない部屋の、小奇麗な蒲団の中だった。小鳥の鳴き声が聞こえ、懐かしさを感じさせた。
 「おはよう。熱いコーヒーにします?」
 「いや、冷たいお茶の方がいい」
 ふいに問われ、無意識で返答して顔を上げると、ソファーに座っていた鈴木君が、こちらを眺めていた。
 「ああ、君のトコロに泊まったようだね。迷惑を掛けたね。なにせ、途中から記憶がないんだ」
 「大丈夫ですよ。新聞、読みますか?」
 「朝刊……、ね。そんなものもあったなあ。どれ、起きるとしよう」
 ふらふらと立ち、まずは一目散にトイレットを借りた。芳香剤の、いい匂いがした。
 
 長い小便を済ませて戻ると、お茶と、林檎が用意されていた。ぼくは敢えて礼も言わずに、お茶を一気に飲み干し、そうしてからやっと周囲を見渡した。
 「あれ? 吾郎君は?」
 十畳程の、ロフト付き1Kの部屋には、彼の姿はなかった。当然、一緒にいるのだと思っていた。
 「なんだ、本当に憶えてないんですね。あの店でみんなで鯨飲して、ぼくの部屋で二次会だってなった時、耕治君が吾郎君に、お前は帰れって怒鳴り、無理やり追い返したじゃないですか。いやあ、いいもの見せて貰いました」
 「……そうだったっけ? まあ、いいや。あのアルバイトも、そろそろ潮時にしようと考えていたし」
 「アハハ、確かに、もうまあいいやって、五十回ぐらいは叫んでもいましたよ」
 「魏延の謀叛みたいかい?」
 「余を殺せるものはあるか? ですね。然し、それは趣旨が違い、いい例えとは思いませんねえ」
 二人、朗らかに笑った。ぼくは、鈴木君の心遣いもあり、ドヤとは違う居心地の良さに、久し振りに触れていた。
 
 
                      つ・づ・く
 


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山谷感人が14:36に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

仮題『オフライン・ナガサキ』 四

 
 鈴木君の英雄論は、当然の如く完全主義者論だった。
 孔明、仲達を語り、勿論、それはそれで深い博識さ、冷静なる分析を美しく思いながら拝聴していたのだが、結局は腐れ儒者、感情に勝てない二流人を愛しているぼくは、返答を控えて、うん、まあ、とだけ呟いていた。むやみにここで、傘を振り翳す必要はないと考えた。吾郎君は、キャッキャ、キャッキャとはしゃいで いた。
 
 「なんやコーチン。今夜はいつにもまして、おとなしいやん。全然、ガソリンのピッチがあがってへんし」
 「吾郎君からは、大変な酒豪で、酔えば熱く語りだすって聞いてますよ」
 隣りの席の、ぶくぶくに肥えたサラリーマン客の、——ああ、飲み過ぎで死んじゃいそうや—— との喚きと重なりながら、話題を転じた二人の声が入ってきた。
 「……少し、体調が芳しくなくてね。久々の盛り場だからかなあ。急に悪いけど、控えておくよ」
 「ええ! ありえへん、ありえへん。鈴木君も楽しみにしとったし、そんなコーチンは見とうないわ! サービス券の無駄にもなるやん! さ、ググッと」
 「いやいや。本当に、全身が重くて、耳鳴りもしてさ。それに今は聞き手で、充分に満喫させて貰っているから。……サービス券は、次回にとっておこう。悪い」
 「ギギギーッ! なんや、所詮アル中で、ポンコツマシーンのコーチンチンは、役立たずって事かいな! ゲーッ!」
 ぼくは、その彼の台詞で、際限なく悲しくなった。現状で唯一の、人間の友人を失った。この店内を訪れるまでは、消耗しか存在しない引越の登録制アルバイトで、互いに愚痴をこぼしつつ働き、耕治君、耕治君と愛想を呉れていたヤツが、自身が畏怖している者の前では、咄嗟にこの扱いへと変化する。全てが、ぽわんと 、馬鹿らしくもなった。——リョウカイ、シマシタナリー、—— 時計を見遣れば、まだ二十時を少し廻ったばかり。ぼくは、飲むだけ飲んでやって、果てるだけ果てる姿を曝してやり、やがて、泥んこのように眠ろうと、決意した。
 
 
                       つ・づ・く 
 


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山谷感人が9:42に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

連絡がスムーズに行かないので、この場を借りて。

 
 信三、信海先生。
 
 ぼくが唯一、かなわないと思える、両兄弟が見て下さるのなら、少しは真剣に書きましょう。お久し振りですね、ぼくは未だ、こんなに世間にくだをまきながら、呆れられてますよ!
 


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山谷感人が2:30に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

小休止で『我が文章論』

 
 仮題『オフライン・ナガサキ』、勿体振る必要は何もないので展開を述べると、——京大生の部屋に食客したぼくは、そこでPCのオンライン・カードゲームにはまり、その世界で或る女性と親しくなり、やがて諸事情から久々とナガサキに帰る事になったおり、体面を整える為に、その一度も逢った事も無い女性に頼み、婚 約者として故郷へ誘い親に紹介し、合間に、どしゃ降りの中、同級生だったドチンピラと傘で格闘したり、幼馴染の、他界した親友の墓参りをしたりしながら、彼女に救いを求め、将来を約束するのだが、帰りに駅に向かう最中、突然のスコールに遭い、互いに現実に戻り、傘を持っていなかったぼくは、『白夜』を想う——、それ だけの単純な話しである。最後に、新しい或る仕掛けだけは用意してはいるが。
 
 ぼくにとって、文章を書くとは、失礼ながら降りてきたセンス、フレーズを、如何に繋いでいくかの作業であって、筋書き、筆力なぞは二の次、三の次なのである。ただ、短くても、頓挫させずに続けていく、『我が文章論』は、それ以上でもそれ以下でもないでしょう。他は衛星のようなものである。
 
 さ、アルコールの時間だ。
 


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山谷感人が21:48に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

仮題『オフライン・ナガサキ』 三

 
 無造作に、乱雑とした店内。世知に長けている吾郎君は、どう交渉したかは判らないが、一番くつろげる、奥座敷の空間に陣取っていた。ドアを開け、ぼくがじっと見遣っても、こちらには全く気がつかず、一所懸命なる雑談スマイルを、くどいように周囲へアピールしているその姿は、微笑ましくもあり、痛々しくもあっ た。
 ——『アプリポアゼ』の時間かい?——
 ぼくがそう、声を放とうとしたところ、それよりも早く、大柄な背中だけを示していたその京大生とやらが、ゆっくりとこちらを振り向いた。つられて、吾郎君もやっとぼくを見つけた。
 「よう! コーチン! 遅かったやん!」
 彼はすかさず、今までに一度も呼んだ事がない愛称で、ぼくを迎えた。咄嗟に、『塵は塵に戻る』とのフレーズが、何故だか脳裏に浮かんだが、拘泥する事なく精一杯、ニヤニヤと笑って席についた。京大生とやらも、満面の笑みをしていた。
 「ま、ま、座られい、座られい! コーチン、こちらが、かの京大生なる鈴木君や! 頭が高い、頭が高いぞ! アハハハハ……」
 流石に、帰ろうかとも考えたが、ぼくは最早、流れに従う惰性を憶えている。その鈴木氏に、大袈裟に挨拶をしてやった。心中では、ありふれた姓のヤツだなあ、と思いながら。
 「やあ、こんばんは、はじめまして! 五所川原(ぼくの姓)……コーチン、です」
 「どうも。お噂はお聞きしてますよ。宜しく」
 怜悧に、疲れた表情を感じた。ぼくの物語の本題は、ここからじわりと、始まる事になるのである。
 
 
               さらば、つ・づ・く
 
 


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山谷感人が21:03に投稿しました。 | 1件のコメント | この投稿へのリンク 読む

仮題『オフライン・ナガサキ』 二

 
 ピシャピシャと、小雨が降っていた。ぼくはビニール傘をぶら下げて、宿の外へと出た。
 ここから、ジャンジャン横丁までは、飛田新地、通天閣を越え、徒歩約三十分の距離である。最早、自身の匂いも染み付いた裏路地を、手にしたビニール傘は開かずに大股で歩いた。この今となってはもう、覆された事ではあるが、ぼくは、雨の往来を蠢くのが好きだった。それはただ単に、俗的な問題として。
 現在でもそうであるが、幼少の頃、極端に非力であったぼくは、友人に誘われて、近所の寺へと剣術を習いに通っていた。持続性が皆無のぼくとしては、年齢もあり、その展開にしがみついた方であろう、或る程度は、血となり肉となった筈だ。棒状のモノさえあれば、他人の腕力に卑屈になる事はなく、臆する事もなく、 毅然と意見を吐ける心持ちになれた。だが、一般市民が常に竹刀を持ち歩くのは、これ所謂、パラノイア、真性病者の行動である。所詮、中途半端な隠者気取りのぼくには、出来ない仕業であった。それ故に、雨の日の、差しもしない竹刀代わりのビニール傘、その自己満足のみで喜々としていた。
 
 こうした、下らなく哀れな自己の習性を考えながらくねくねと、やがて、待ち合わせた大衆串カツ居酒屋へと着いた。ふと、——今宵の虎徹はないている——と、何故だか呟いていた。
 
 
                  つ・づ・く
 


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山谷感人が17:59に投稿しました。 | 1件のコメント | この投稿へのリンク 読む

仮題『オフライン・ナガサキ』 一

 
 我が『白夜』に捧げる。
 
 
 結局、全ては必然的な喜劇だった。
 ぼくが、或る女性と知り合い、久々に故郷へも舞い戻り、そうして未だ、なにも変化せずにのうのうと生きています。ただ、それだけの話である。
 然し、あの二日間の追憶は、ぼくがこのままノタレ死のうと、万が一、僅かでも幸福を掴もうとも、一生涯、忘れられないものである。窓の外から、雨を見る度に情景を思い出す。
 
 あの頃のぼくは、まさに、現代の落ち武者状態であった。大阪は、釜ヶ崎のドヤ街でウロウロして日々を捲り、いっそ勢いで凍死でもしてやろうか、と考えていた大寒の頃、ぼくは、その彼女と出逢う、切っ掛けを得る事になる。前もって云えば二月の第二の週末。それがぼくらの、短かった記念日である。
 当時、ぼくは、大暴走の果ての侘しさ、開き直って、それをスローガンとして生きていた。そんなぼくに釜ヶ崎——、この界隈は親切であり、自由であり、顔を上げられる場所であり——、特別区のようであった。ぼくは、その魔術に、どっぷりと浸かっていた。君等には、判らぬ事実である。
 その日も、凛とした逢魔が時、二畳の宿でアルコール片手に転がっていると、アルバイトの日雇い引越し作業の同僚、吾郎君からのコールが、ケイタイをけたたましく鳴らした。二回、三回、四回、五回…肝臓のどんよりとした重みを振り払い、ぼくはやがて、手を伸ばした。
 「おお、オオオオ、耕治君(ぼくの名前)! こないだはオツカレ! で、これからジャン横までこれへん? いやホラ、例のアイツと飲むねん」
 コイツ、山陰の田舎者の癖に、堂々と大阪弁を駆使するなあと、感心して聞いていた。例のアイツとは、吾郎君がどこぞで知り合った京大生で、以前、彼とふと三国志の話しをした時に、——耕治君より、もっと詳しいヤツがいる、今度、是非とも逢わすわ——と、勝手に告げられた相手だろうと思った。面倒だった。気が 乗らなかった。
 「あ、ああ、でも、オレ手持ちがないんだ。それに、娯楽としての三国志なら大歓迎だけど、真面目くさったのは、どうも、ね」
 「なんや、銭かい! そんなんは気にせんでええで! 集めに集めたサービス券で、ほぼタダで飲めるわ。それに耕治君、泥酔すればなんでもござれやん。アルコールを嗜まないヤツの、一年分の量は保証するわ」
 ぼくは既に立ち上がり、靴下を探していた。
 
 
          つ・づ・く    
 
 
 
 
 


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山谷感人が13:06に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

過去の記事

  • Anonymous 匿名 // 2007/06/14 13:55
  • Anonymous 匿名 // 2007/06/12 16:17
自分の写真
名前: 山谷感人
場所: 台東区日本堤、つまり山谷, 東京都, Japan

例えば、全てに自暴自棄になり、不吉な旅に出ようと思った時なぞ、少し立ち止まって「破滅派」を読んで見てください。その中のどこかに、あなたの新たな道が示された文章が載っているかもしれません。

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