『オフライン・ナガサキ』 序

 
 邯鄲の夢ではないが、長い、敗北の冒険譚を繰り拡げていた。
 
 若きぼくは、アゲハチョウの軍団に守られながら樹海を出た。左手に竹槍、右手には、ワルサーP38を持っていた。やがて、断崖の絶壁になったが、空が見えなかったぼくはそれまでの恩を忘れ、右手を掲げてアゲハチョウの軍団を撃った。そうして、やっと上空を見上げる事が出来たのだが、空は曇りに曇っていて、も っとドス黒いものだった。
 断崖を飛び越えるのは、簡単であった。我ながら恐ろしい跳躍力で、緑の丘さえも越え、次の断崖の手前まで行ってしまった。そこでは、数百人の男女が、宴を満喫していた。ぼくは皆が踊り狂うのを見て、偽善者、と、訳もなく叫んだ。だが誰も、相手になどして呉れなかった。次にぼくは、臆病者、と、怒鳴った。矢張 り、結果は同じであった。そこで最後にぼくは、片輪めらが、と、絶叫してやった。漸く、四人の下手に控えていたテンプラ若者がこちらを見遣り、ニヤッと手招きした。ぼくも莞爾として、その集団に近寄ったトコロ、一斉に取り囲まれ、袋叩きの刑にあった。ワルサーP38も奪われた。恥も外見もなく土下座して、竹槍だけは 勘弁して貰ったが、ぼくは、断崖の底の底へと投げ捨てられた。
 それから、なんの繋がりもなく、ぼくはとある武闘場にいた。西の入り口からはぼく、東の入り口からは、着飾った貴公子が現れた。格闘の筈なのに、彼は六人の手下を従えていた。竹槍一本だけのぼくは唖然としたが、周囲は歓声を上げ、興に乗じて賭けをもする始末。おろおろしているうちに死合いは始まり、またもぼ くは袋叩きにあった。服は馬鹿らしく破れ果て、髪の毛は引っこ抜かれ、背中に烙印を押され、足蹴に踏みにじられた。流石にぼくはどうする事も出来ず、快楽さえ憶えながら殺されようとした刹那、以前、迫害したアゲハチョウの軍団が救いに訪れて、ぼくを彼方に連れ去って呉れた。そこは、遠くに一つだけ、ポツリと光が射す 洞窟で、雷鳴のように声が響いた。
 ——どうですか? 少しは、ほんの、ほんの少しだけは観念しましたか? もう、こちら側に来ますか?——
 ぼくは、ボロ雑巾のようになっていたが、気弱でも威勢良く、ふふんと笑い、こう返した。
 ——いえ、まだ自身の、軽挙なる敗北しか見ていません。またそれも、おっしゃるとおり、ほんの、ほんの僅かです。まだまだ全く、阿鼻叫喚を味わってませぬ——
 この洞窟は、鍾乳洞のようであった。幾重も重なった道の外から、ぽつんぽつんと音がする。
 
 儚い夢は、まだまだ、続きそうであった。
 
 
           次回より、『オフライン・ナガサキ』、本章へ。
 
 


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