仮題『オフライン・ナガサキ』 四
鈴木君の英雄論は、当然の如く完全主義者論だった。
孔明、仲達を語り、勿論、それはそれで深い博識さ、冷静なる分析を美しく思いながら拝聴していたのだが、結局は腐れ儒者、感情に勝てない二流人を愛しているぼくは、返答を控えて、うん、まあ、とだけ呟いていた。むやみにここで、傘を振り翳す必要はないと考えた。吾郎君は、キャッキャ、キャッキャとはしゃいで いた。
「なんやコーチン。今夜はいつにもまして、おとなしいやん。全然、ガソリンのピッチがあがってへんし」
「吾郎君からは、大変な酒豪で、酔えば熱く語りだすって聞いてますよ」
隣りの席の、ぶくぶくに肥えたサラリーマン客の、――ああ、飲み過ぎで死んじゃいそうや―― との喚きと重なりながら、話題を転じた二人の声が入ってきた。
「……少し、体調が芳しくなくてね。久々の盛り場だからかなあ。急に悪いけど、控えておくよ」
「ええ! ありえへん、ありえへん。鈴木君も楽しみにしとったし、そんなコーチンは見とうないわ! サービス券の無駄にもなるやん! さ、ググッと」
「いやいや。本当に、全身が重くて、耳鳴りもしてさ。それに今は聞き手で、充分に満喫させて貰っているから。……サービス券は、次回にとっておこう。悪い」
「ギギギーッ! なんや、所詮アル中で、ポンコツマシーンのコーチンチンは、役立たずって事かいな! ゲーッ!」
ぼくは、その彼の台詞で、際限なく悲しくなった。現状で唯一の、人間の友人を失った。この店内を訪れるまでは、消耗しか存在しない引越の登録制アルバイトで、互いに愚痴をこぼしつつ働き、耕治君、耕治君と愛想を呉れていたヤツが、自身が畏怖している者の前では、咄嗟にこの扱いへと変化する。全てが、ぽわんと 、馬鹿らしくもなった。――リョウカイ、シマシタナリー、―― 時計を見遣れば、まだ二十時を少し廻ったばかり。ぼくは、飲むだけ飲んでやって、果てるだけ果てる姿を曝してやり、やがて、泥んこのように眠ろうと、決意した。
つ・づ・く
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