我が愛すもの�

 
 ハロー・グッドバイ! 最近、東京は北千住の子供達から、「変なおじさんがまたいた!」と、好奇な視線にて愛されている感人です。なにしろ近所の寂れた公園に、毎日と白昼に訪れては、長々とベンチで『なにか、お書き書きしている落ち武者』ですから。でもボクタチ、たまにズボンへかかっているので、水風船 遊びは止めて下さいね!
 
 さて、今回の『アル記』は、多忙な時、安易に二十分もあれば書けるコーナー設立としても、『我が愛すものシリーズ』を掲載し、皆様のお目々を汚したいと思います。
 初回は、導入として軽い感じで『鬼太郎』について。次回は『田中英光』の予定です。勿論、どれもアルコールに関したテーマはあります。それでは、いざ参ら……あ、ボク! また水がかかったよ!!
 
 墓場の鬼太郎
 
 作者の水木先生が、近頃は痴呆症、お歳もお歳だし、そろそろ本望に他界するんじゃ? とした事情もあってか『ゲゲゲの鬼太郎』、またアニメ化のみならず、実写の映画も公開されるようですね。ぼくは細かく調べて、意見や文章を吐くのは、アルコールが「面倒だしいいじゃん! ユーのうろ覚えでも、感じてきた 場数が違うし、どうにかなるYO!」と申すので、ちゃんとした月日の呈示、解説等は省いていきます。それ故に、研究者、またはミーハ—の方の啓蒙や苦情なぞは、お断りいたします。
 そもそも鬼太郎は、昭和三十年代に、貸し本屋向けのポンチ画として生まれました。最初の題名は『墓場の鬼太郎』で、彼は全くヒーローではなく、自身を蔑んだ人間を地獄へと落としたり、仲間の妖怪と、色々な悪戯もしていました。今の『ゲゲゲさん』なら、逆に、成敗! の側だったでしょう。
 然し、いつのまにやら、鬼太郎は大衆の支持を得て、商業誌への連載、やがては第一度目のテレビアニメ化となります。そこで『ゲゲゲ』と、『墓場』よりはオシャレに自分を名乗りだします。
 まあそれでも、彼は完全な人物ではなく、キャッキャ、キャッキャと宴会を繰り返したり、仲間と周囲を顧みず遊び呆けたり、敵の妖怪と素手で殴り合って、そいつを警察署に連行し、またその妖怪も、監獄の中で出刃包丁片手に「ここから出して!」と叫んだりで、愛すべき漢でした。悪い人間どもに騙されて満月の 夜、「だから、ぼくは人間が嫌いだ! 大人は、莫迦だ!」なぞと、ふて腐れて嗚咽をあげたりもしていました。実に、ヒューマンなアニメだったのです。
 昭和四十年代、二度目のアニメ化ではカラー映像となり、その服装の、拘っているセンスも味わう事が出来ます。今度の『鬼公』は、自由奔放はそうなのだけれど、悪には徹底的に立ち向かいました。特に、時代背景もあってか、公害問題、恒久の平和を乱す相手には、「鬼公、そこまでやるか!!」くらいに懲らしめ ていました。ただ、アニメでは流石に放送はできないでしょう、煙草(銘柄はピース)をスッパスッパ味わったり、酒と女性に身を持ち崩したり、借金まみれで……等の、無頼な漫画作品も残っています。バンザイ!!
 昭和六十年代の、三度目アニメ化。これから、ぼくは幼くとも、リアルタイムで見ていましたが、最早、典型的な勧善懲悪のヒーローとなってしまいました。ぼくは既に、過去のヤンチャで繊細な『鬼ちゃん』を知っていたので、敢えて見ない放送日もありました。子供ながら、「お前、正義過ぎてそこは違うだろ!! 」と、叫んで、母親に怒られた記憶もあります。
 平成になっての四度目、論外。
 今回の五度目、ぼくはテレビを、発作的に捨てて持っていないので、見れません。
 『ビビビのねずみ男』については、ぼく、彼を他人とはどうしても思えないので、敢えて、胸中に秘めておきます。語りだしたら皆様、少なくとも三日は眠れない。
 
 『アル記』は、こうしたブログ形式で、なんどき早めに更新するか判らないので、ちょくちょく『破滅派』本体を、のぞいてやって下さい。それと、何度もいいますがブログなので、添付等の理由で、句読点が頭にきていたりは御容赦を。
 
 寂れた公園より、皆様の御多幸を祈って。
                       感人
 
 
 
 
 


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山谷感人が21:25に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

センス

 太宰治が、違う文筆名、黒木舜平との名義で書いた作品が一
つある。
 文庫では掲載されてはいないが、全集等で探せば読めるでし
ょう。ぼくとしての意見は、はっきりいって、傑作である。
 然し、書いた本人曰く、「あれはただ売れようとして、ミス
テリーの要素を満載しすぎた、ただの駄作だよ。もう、書いた
のすら、思い出したくねえ」 との事である。そこまで言い切
られたら、ぼくら凡人は、何もむしかえせない。だが、「作者
がそうもいっているし、確かに、あれはツマラナイ」と、真剣
に読んでもなく吟味せず、そう断言する俗物、これは論外でし
ょう。

 南無。ワッショイ、ワッショイ。

 太宰の名をだしたから、ここで意識した作風を一つ。

 マイニチマイニチ、メザメトトモニ、ソウソウロウロウトコ
ノ、サビレタコウエンニキテハ、オイタジュボクヲナガメテ、
イキルユウキヲモラッテイルノデス。フケイノミナサマ、オコ
サマガタニ、ココデヤキュウヤ、サッカーヲ、サセナイデクダ
サイ。コノ、ワズカナバショダケハ、ワタクシニ、イキルタメ
ニ、クダサイマシ。タトエバ、ココデイガイデ、オコサマガ、
ワタクシニ、ツバヲハキカケヨウトモ、ソレハ、ワラッテミノ
ガシマショウ。ドウゾ、ドウゾ、コノタノミダケハ、キイテホ
シイノデス。
 ワガママヲ、オユルシクダサイ。モウスコシ、イキテ『ハメ
ツハ』ヲ、ナガメテイタイノデス。

 南無。はっけよーい、のこった、のこった。

 深夜の、一人での徘徊、自己肯定していえばパトロール。い
ろんな国、地域の、いろんな風と共に敢行して来たが、そこで
降りてきた『センス』が、ぼくの全てを、形成していると、断
言出来るでしょう。
 エジプトでの、貧民窟の丘の上から見た、暗闇のピラミッド
。熱海での、山林から眺めた海の光。まだまだ若い頃、家出し
て、長崎の異人墓地で迎えた朝焼け。ああ、そうだ、バリ島の
小さな村で、酔いどれて蛍を見に歩き、帰りに数匹の野犬に絡
まれ、必死に格闘した事なぞ、今では良い思い出です。
 旅は、止められません。

 南無。えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。

 三日前、友人より、「お前は死ぬのか? 文章が、そういっ
ている」 との手紙を頂きました。一瞬、彼の優しさに嗚咽を
溢しそうになったけれども、やがて、鼻を穿りながら、その手
紙をビリリと破り、鼻毛と共に、ゴミ箱へと投げつけました。
 ぼくら、書き手でしょう? 例えば、LAメタルのバンドが、
バラッドでよく使う単純な台詞、「ハニー、君の為に死のう。
ベイビー」と唄えば、かれらは皆、自決しないといけないので
しょうか? まあ、かれらは、オーバードゥーズで、簡単に他
界しますが……。
 「全て、お前が発した台詞だ!」そういわれる事には、閉口
してしまいます。

 南無。ビビビのビン。

 最後に、ぼくはここで、またこうもいわなければならないの
でしょう。
 「小生の、短き愚文におつき合い頂き、感謝感激、雨霰です
!」

 南無。ズンドコドッコイ。

山谷感人が23:16に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

アルコールとロック

 ——小金井公園西口の、テレフォンボックスまで。
彼女が好きな映画の中の、誰かさんみたいに——

 以前、在籍していた楽団の、ポップな曲のフレーズでも口ず
さみながら、意気揚々と散歩したい季節ですが、矢張り、アル
コールと共に荒みきった日々を送っております。
 ヘイ・ジュ—ド! 感人です。そろそろ、文学新人賞の締め
切りが多い時期にもなりますね。わたくしめも今度こそは、真
面目にそのイベントへ参加しようと思っております。なにせ生
まれ落ちて、自己流のテーマを蓄積する事にだけ躍起となって
いました。もう充分でしょう、この辺で世間様に問おうかと、
遂に身支度を始めました。もの悲しさに狂った経験がお有りの
方は、どうぞ応援してやって下さい。
 で、つまりは言い訳ですが、その為にこのブログには当面、
放言のような、随筆だけを掲載していきます。そもそもとココ
は、「アル中日記」とのコントコーナーであり、わたくしめ一
人が気負って、早く傑作小説もお見せしようとしただけで、「
阿呆が。そんな余裕があるのならば、長い作品をどっか巷の出
版社へ!」との声もチラホラと。確かに、そのとおりです。「
私的英雄妄想伝」、前回もお伝えしましたが、わたくしめなり
には良いと信じていますし、数名の方に、「楽しみにしている
」との励ましも頂きました。予告したものを一旦取りやめにす
る行為は、大作家か本物のペテン師の如き仕業ですが、いかん
せんもう、ただの落伍者と見られる現実に厭きて参りました。
「LAST REBEL」を敢行したいのです。まあいずれに
しろ、破滅文章は呈示して、みなさんに失笑を味わって貰いま
すので、僅かながらもわたくしめの受け手様、長い目にて御容
赦の程を。

 では少しばかり、アルコールとロックについての文章を書い
て、今回はサヨウナラとします。

 わたくしめは六十年代から、九十年代初期のロック(広いカ
テゴリーで)しか聴きません。一等好んでいる、サザンロック
というジャンルでは、殆どがアルコールとアメリカ南部への故
郷愛の歌詞だといっても過言ではないでしょう。なにしろライ
ヴ中に、ウイスキーを飲みながら演奏する愉快かつ繊細な無頼
漢達ですから。興味がありませんので詳しく知りませんが、サ
ザンオールスターズとの日本の楽団。これはそこから拝借した
グループ名のようです。さて、何個か思い浮かぶままに、サザ
ンロックのフレーズを自己で作成、雰囲気だけお伝えしてみま
しょう。
 ——ボトル一本目を空けたら、あのコの幻覚が訪れ、二本目
は涙を飲んだのさ——
 ストレートで読めば一目瞭然、たったそれだけの事ですが、
そこはかとないアルコールロマンを感じさせるフレーズが特徴
です。

 ——弦を張り替えて、さあ一曲やってくれないか? チュー
ニングするのに必要な、アルコール代は俺が払うから——
 このジャンルのスロウなバラッドとくれば、こうしたフレー
ズが定番です。登場するブルーズ弾きは、アルコールがないと
動くのも億劫なのです。身につまされます。

 ——ボトルの底の底まで行き着いた、もうずっとこうしてい
たい、これがオレの完全な現実。躰は震え、やがて目もぼやけ
てきた、でもこれでいい、意識が戻れば、悲しみに溺れるはめ
になるから——
 こうした真性駄目アル中の叫び、もう再起不可能間違いない
ぜ! とのアピールを、痛いくらいに伝えるフレーズも多数あ
ります。ちなみに英国の大楽団、キンクスがサザンロックを意
識したアルバムに入っている、アルコール(そのままズバリの
タイトル!)の歌詞は、典型的な全てを失ったジャンキーの物
語です。
 キリがないので、また次回以降に持ち越しますが、わたくし
め、アルコールじゃないにしろ、なにかに中毒、依存して底辺
を這わなければ、良い作品は出来ないのではと考える者であり
ます。温室育ちの悲哀なぞ、全く莫迦々々しくありませんか?
 エセ文筆家の方は、どうぞ、大好きな新宿歌舞伎町で狭く、
アゲアゲとやらで浸って下さい。然し、犯罪はいけませんよ!
 この文章を書いている合間、たまたまスポーツ新聞紙で読ん
だのですが、世界的歌姫らしいブリトニー某は、アルコール依
存治療施設へ入院して、長く美しいブロンドの髪を、突発的に
坊主にしたそうですね。ただお姉さん、お気をつけて下さい。
わたくしめが崇拝するアーティストはデュエン・オールマン、
リチャード・マニュエルを筆頭に、みんな飲み過ぎで事故死か
自決しております故。

 ※前回も含め文章内で、わたくしめブログへの書き方を良く
知らなかった為、句読点が頭にきている箇所があるのは、ご愛
敬として流してやって下さい。

山谷感人が8:55に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

掌編「四月一日」

アッサラ—ム・アレイコム! 感人です。さて、前回予告した
三国志が題材の、「私的妄想英雄伝」ですが、我ながら書いて
いて甚だ面白く、かなりの長編になりそうです。生まれてはじ
めて、推敲の楽しさを知りました。それ故、今回は掌編小説を
一つ。なに、がっかりはさせないから。


   四月一日

 電話がかかってきた。勿論、吉報の筈がない。躊躇しながら
受話器を取ると、矢張り、○×社編集部の、軽やかな声が聞こ
えた。
 ——ああ、どうも! 今日も朝から飲んでますか? エヘヘ
。で、今回の作品の件なんですが、やっぱりですねえ——
 これから長々と、おきまりの言い訳を聞かされるのも苦痛極
まりない。ぼくはその時点で、固定電話を投げ飛ばした。発作
的に冷蔵庫を蹴り上げた。そうして、旅に出た。
 東京、北千住駅から約二時間余り。諸々の現実問題を考えな
がら熱海に着くと、漸く多少は落ちついた。最早、俗に侵され
た観光地なのだが、なぜかここに来ると癒される。それは唯一
本気で交際した女の子と一度、笑いながら訪れた場所だからだ
ろう。彼方に、鶺鴒が飛んでいた。ぼくは海辺の方に降りてい
った。
 サンビーチは春満開。子供連れの若夫婦の、賑やかさに溢れ
ていた。ぼくはベンチに腰かけて、缶ビールを浴びつつその光
景を見遣る。泣けてきた。
 ——ぼくの姿が映りますか? どう思案しても、あなた達の
仲間にはなれません。でも少しは、ちょっとぐらいは、ねえ—

 涙でくしゃくしゃの、醜態を話題にされるのは嫌だったから
、素早くその場を離れた。熱海城方面に行こう。
 ひよどり越えのような道をてくてく歩き、「考え直せ」の看
板を過ぎ目的地に着くと、待ち構えていたかのように雨が降り
だした。然し、ぼくはもう動じなかった。「逝け、逝け」と、
適当なリズムを付けて鼻唄を。脳裏には、「ぼく、ぼく、笑っ
ちゃいます、君の心に」との、クソみたいな台詞が響いている
。やがてドラムが暴れたか、どしゃ降りに。
 ——あれから一人、何十回も訪れている土地だ。余り発見さ
れない奥地も知っている。あそこならば楽に。万一、それが出
来なければ、今度こそ全てを洗い流して、臆することなく書い
ていこう。なんだかんだで、選挙の公約みたいな、絵文字の如
き「お幸せ」を気にしていた。もっと「堕落の甘さ」を信じて
——
 山林からの眼下には、熱海の街並みが豪雨で霞みながらも、
美しく望めた。ぼくはふざけて、遥か遠くを、人差し指で示し
た。「四月一日」の事件だ。その後は作者を知らぬ。
山谷感人が20:12に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

過去の記事

自分の写真
名前: 山谷感人
場所: 台東区日本堤、つまり山谷, 東京都, Japan

例えば、全てに自暴自棄になり、不吉な旅に出ようと思った時なぞ、少し立ち止まって「破滅派」を読んで見てください。その中のどこかに、あなたの新たな道が示された文章が載っているかもしれません。

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