『オフライン・ナガサキ』 三

 
 さて、世俗とは実に因果なるもので、胃液を吐き懐中は貧しく、醜態のお手本の如きぼくの隣りベンチには、恰幅の良い中年男性が、酔い果てて眠りこけていた。
 左手で臓腑の辺りを揉みながら、ふとその姿を認めたぼくは、まだとても動ける状態でないにしろ、即座にこの場を離れようと思った。何故ならその中年、ドリフのコント並に無防備、横になってイビキすらかいていて、まさに酔漢の自決行為、ミナミナミノミナミナミヨ(見なミナミの皆々見よ)、ドウゾオスキニシテク ダサイ、の有様であったからだ。
 当然であるが、この憐れな中年が目覚め素面に戻り、「あれ? ゼニがないわ! オマワリサン、オマワリサン!」 とでも叫べば、現状で第一に、二でも三にでも、疑われるのは間違いなくぼく。少なくとも、根掘り葉掘り聞かれる事になる。かといって下手に今、余力を振り絞り起こしてやろうとしても、逆になんらか の邪推をされる可能性の方が高い。理由を問わず、顔面蒼白であれば不審者にされるだろう。ぼくは、儘よと立ち上がった。例え道中、次は血を吐こうとも、セコイ犯罪者扱いされるよりは、よっぽどとマシである。デカダンのラスト・プライド、異端を求めたエピゴーネンの末路。そう思い込めば自身、選ばれてあるような気分に もなって、こうなれば翌朝になろうが歩けるだけ歩き、後の結末は知らぬと決意した。
 ——勇ましい負の勇者よ、万歳! 上空からは輝かしい、オリオン座も見守っておりますね——
 ぼくは即興で、観衆の声をも捏造し、口笛は不得意なので鼻唄、すっかり偉人気取りになっていた。
 
 約一時間後。
 ぼくはまだ出逢って間もない、京大生の鈴木君の部屋で、お茶を飲んでいた。
 あれから矢張り、案の定、結局は直ぐに体力も気力も萎え、それでも満員電車に乗って、見世物になる覚悟は出来なかったから、手持ち僅かでも、どうせたかが知れている距離だしと、タクシーを拾った。これぞフェイク・スター。
 然し、車の中で多少は落ち着いてみると、ドヤの宿に帰るのが惜しくなってきた。考えてみれば、まだ床から覚醒し、数時間しか経過しておらず、躰が急にポンコツボロボロになっただけで、頭の奥の奥は妙に冴えていて、刺激や言葉を欲している。それは、久々にミナミへ訪れた行為にも表れているだろう。また夢現を貪 るなんてとんでもない、おこがましくもある。
 ぼくはやがて、深呼吸を一つしてから、鈴木君に電話を掛けた。程なくして、もしもしと、彼の趣深い声が聞こえた。
 「ああ、鈴木君、耕治だけど。この前は世話になったね」
 これから体調悪く、金銭は零に等しいが、少し会話の相手でもして呉れないかと伝えるとなれば、我ながら情けなかった。自身に対する悔し涙さえ憶えたが、彼はケイタイの向こう側からこう言った。
 「いやいや、明日にでも、こっちから電話しようとしてたんですよ。この前に耕治君、一万円以上は多く払っているじゃないですか。酔いどれて、いいからいいからって言ってたけど、やっぱりそれはって」
 「え? そう……、だったっけ?」
 「アハハ、それも忘れてました? 一緒にいた吾郎君のサービス券が期限切れで使えなくて、もういいよ! って全額払っていたし」
 そう言われれば、確かにそんな記憶も蘇る。
 「あ、ああ。いや、そう、だった、ね。で、ところで今、暇?」 
 「ええ、暇ですよ。ドヤにいるんですか?」
 「いや、或る用事があってミナミからの帰りなんだ。そう、タクシー。軽く寄ろうか、なあ」
 「どうぞ。待ってますね!」
 ぼくは、その台詞に答えるのは、流石に恥ずかしくて、承諾を確認したらケイタイを切った。だが、素早く運転手さんにこう言った。
 「あの、近いんですが、行き先変更で。天下茶屋です。詳しい道順は、おいおい教えます」
 ああ、莫迦の骨頂也。
 
                        つ・づ・く
 
 注:筆者、この一ヶ月余り、あらゆる意味にて調子が芳しくなく、今回、推敲なぞしておらぬ為、短いながら、読み苦しい点なぞは御容赦を。
 
 


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山谷感人が5:10に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

『オフライン・ナガサキ』 二

 
 地下鉄に乗り、狭い車内で老婆と密着状態、真冬なのに油汗ダラダラとなってミナミへ着いた。西日本最大の歓楽街。まずは見廻組ごっこと、元々健脚、剣客のぼく、汗を拭いさあ闊歩してみたが、ほんの僅かでどうも感覚が違ってきた。左足は痺れ、心臓は激しく、呼吸はとめどなく乱れる。 ——アルコールを常飲して いた退薬症状かなあ、煙草の吸い過ぎかなあ、そういや、栄養とも絶縁しているなあ—— 幾らでもある原因を並べてみてもあとの祭り、いきなりに重度。このままでは、小学生に絡まれてもやられるって思い、数人の歩行者にぶつかりながら兎に角、公園を探した。
 結局は道頓堀、川沿いのベンチまでソウソウロウロウふらつき、椅子取りゲームみたいに空いているスペースへとダイブした。八十パーセントくらいで虫の息、かといって救急車沙汰など嫌だ。小康を得ようと蹲ってみても、脳裏になんの関連もなさそうであるようなフレーズが、浮かんでは消えていき、フワッと召されそ うになった。 ——あぶない、あぶない、こういう時は、現実問題を考えるべきだろう—— ぼくは素早く、金銭計算を開始した。場所柄といい、これでは完全な織田作之助の登場人物だなあとも呻いたが、真実大変なのでしょうがなかった。
 ——ええと、最後に、日雇い労働に行ったのが七日前。先週は珍しく耐えて頑張って、四万六千元、じゃなかった、円あったのを確認。そこでちょうど切れ掛かっていた、ドヤの宿賃を十日分、一万八千円也を払ったから、単純に二万八千円残る。まあ、飲食費や煙草代で端数は去ったとしても、約二万円はある筈だ——
 ぼくはヨレヨレの財布を弄り、目を凝らしてみたトコロ、悪寒でも冷気のせいでもなく、凍りついてしまった。こげ茶色の紙幣は零枚、暗い顔色の英世のみが、一、二、三、四、五、六、な……六枚。そうして愛着のベルボトムのポケットに数百数十数円のみ。あれ? なんで? って震えたが、矢張りこれしか手持ちはな し。こうなれば詮索は一応置いといて、結果に対する考慮が先であろう。小銭がポッケに結構あったから、それで済ませて安心していたのになあ。
 ——ああ、久々にたこ焼きを喰らおうと愉しみにしていたのは、体調も含めとてもじゃない、断念。市民の贅沢よ、サヨウナラ。いや、まてまて、それより、七日前に十日分の宿賃を入れたって事は、もうそろそろ期日にもなるじゃねえか! おいおい、こうしている場合じゃない。 ……けど、今のこの体力で、日雇い労 働なんか行ったら、本気で他界しそうだな、かといって、え、犬死?——
 懶惰、堕落、似非自由、真似事、無気力、放漫、似非才能、反逆……等、諸々の自業自得なる鉄槌を下されたようで、いや、下されて、ぼくは暫くして胃液を吐いた。
 
 
                        つ・づ・く
 


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