『元旦日記』

 
 元旦。
 世の大半の方々が、一年度で最も健やかに過ごすこの日。かの男は、だからこそ、何もやる事も出来る事もなく、それでも、間借りしている部屋で一人、踞ってウン々々悶えているのは我ながら見苦しく果敢無いモノであるから、アテはなくども上野へと向かった。
 JR。駅の周辺は、いつもより混雑しているのか、していないのか、良く判らなかった。浅草から流れて来る、如何にも初詣での恰好をした人並み。アメヤ横丁、入り口を往来する群衆。その「風景」に対して、日常は路上に跋扈している、かの男のような、ただ漂っているだけの者は少なかった。北へ、南へ。彼等もこの 日だけは、他日の苦渋を忘れ、それぞれの郷里にて、冷たくなった骨を休めているのだろう。男は、自身の感傷を殺す為に、一時間余り、ガード・レールの脇でぼんやりとしていた。
 やがて、それにも厭きて、恩賜公園を散策していたのだが、今度は、何の因果か、衆道の中年や、侠道の手配師に、実に数えたら六度、卑猥に声を掛けられた。男は、流石に泥土を感じ、気がふれそうになり、またもや目的はなくとも、列車へと駆け込んでいた。
 約三時間後、正常を取り戻した男は、熱海駅のホームに佇んでいた。
 上野駅から、片道百三十円の切符を握りしめ、何時の間にか、東京駅から東海道線下りへと乗り込み、終点のこの駅のベンチに、深々と腰を降ろしていた。目下には、遠くサンビーチ、顔を上げると錦ヶ浦の崖、熱海城が映る。暫く時間をぼんやりと流し、逢魔が刻が迫って来ても、ベルボトムのウシロポケット、財布の中 には正味、一千三百十六円。勿論、このまま、改札を出る事は儘ならず、かといって、ここからまた、帝都へと戻るのも危うい。それでもかの男は、図らずとも、想い入れが或る場所に元旦、訪れた事実に嬉々として、遥か彼方の島々を指差し、あれは初島、向こうはどうの、と、多分、間違えだらけの陶酔に浸り、行き交う列車か らの眺めでは、彼自身が一等、忌み嫌う、無惨なる「風景」の一つになり果てていた。
 イキハ、ヨイヨイ、カエリハ、コワイ。
 
 さて、明けました。これからも『アル中日記』内では、短くとも、判らぬ方には心底、意味不明でも、世の所謂、「アハーン・アッハーン文章」に対峙する為に、コソコソとやって行きたいと思います。
 最近は『北條民雄(1914〜1937)』を、再読していて、知っている方は少ないでしょうから、その内に、まとまった評伝でも書ければなぁ、とも思っています。
 
 
 
 
 
 
 
 


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山谷感人が18:20に投稿しました。 | 0件のコメント | この投稿へのリンク 読む

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名前: 山谷感人
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例えば、全てに自暴自棄になり、不吉な旅に出ようと思った時なぞ、少し立ち止まって「破滅派」を読んで見てください。その中のどこかに、あなたの新たな道が示された文章が載っているかもしれません。

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