掌編「四月一日」
アッサラ―ム・アレイコム! 感人です。さて、前回予告した
三国志が題材の、「私的妄想英雄伝」ですが、我ながら書いて
いて甚だ面白く、かなりの長編になりそうです。生まれてはじ
めて、推敲の楽しさを知りました。それ故、今回は掌編小説を
一つ。なに、がっかりはさせないから。
四月一日
電話がかかってきた。勿論、吉報の筈がない。躊躇しながら
受話器を取ると、矢張り、○×社編集部の、軽やかな声が聞こ
えた。
――ああ、どうも! 今日も朝から飲んでますか? エヘヘ
。で、今回の作品の件なんですが、やっぱりですねえ――
これから長々と、おきまりの言い訳を聞かされるのも苦痛極
まりない。ぼくはその時点で、固定電話を投げ飛ばした。発作
的に冷蔵庫を蹴り上げた。そうして、旅に出た。
東京、北千住駅から約二時間余り。諸々の現実問題を考えな
がら熱海に着くと、漸く多少は落ちついた。最早、俗に侵され
た観光地なのだが、なぜかここに来ると癒される。それは唯一
本気で交際した女の子と一度、笑いながら訪れた場所だからだ
ろう。彼方に、鶺鴒が飛んでいた。ぼくは海辺の方に降りてい
った。
サンビーチは春満開。子供連れの若夫婦の、賑やかさに溢れ
ていた。ぼくはベンチに腰かけて、缶ビールを浴びつつその光
景を見遣る。泣けてきた。
――ぼくの姿が映りますか? どう思案しても、あなた達の
仲間にはなれません。でも少しは、ちょっとぐらいは、ねえ―
―
涙でくしゃくしゃの、醜態を話題にされるのは嫌だったから
、素早くその場を離れた。熱海城方面に行こう。
ひよどり越えのような道をてくてく歩き、「考え直せ」の看
板を過ぎ目的地に着くと、待ち構えていたかのように雨が降り
だした。然し、ぼくはもう動じなかった。「逝け、逝け」と、
適当なリズムを付けて鼻唄を。脳裏には、「ぼく、ぼく、笑っ
ちゃいます、君の心に」との、クソみたいな台詞が響いている
。やがてドラムが暴れたか、どしゃ降りに。
――あれから一人、何十回も訪れている土地だ。余り発見さ
れない奥地も知っている。あそこならば楽に。万一、それが出
来なければ、今度こそ全てを洗い流して、臆することなく書い
ていこう。なんだかんだで、選挙の公約みたいな、絵文字の如
き「お幸せ」を気にしていた。もっと「堕落の甘さ」を信じて
――
山林からの眼下には、熱海の街並みが豪雨で霞みながらも、
美しく望めた。ぼくはふざけて、遥か遠くを、人差し指で示し
た。「四月一日」の事件だ。その後は作者を知らぬ。


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