仮題『オフライン・ナガサキ』 三

 
 無造作に、乱雑とした店内。世知に長けている吾郎君は、どう交渉したかは判らないが、一番くつろげる、奥座敷の空間に陣取っていた。ドアを開け、ぼくがじっと見遣っても、こちらには全く気がつかず、一所懸命なる雑談スマイルを、くどいように周囲へアピールしているその姿は、微笑ましくもあり、痛々しくもあっ た。
 ——『アプリポアゼ』の時間かい?——
 ぼくがそう、声を放とうとしたところ、それよりも早く、大柄な背中だけを示していたその京大生とやらが、ゆっくりとこちらを振り向いた。つられて、吾郎君もやっとぼくを見つけた。
 「よう! コーチン! 遅かったやん!」
 彼はすかさず、今までに一度も呼んだ事がない愛称で、ぼくを迎えた。咄嗟に、『塵は塵に戻る』とのフレーズが、何故だか脳裏に浮かんだが、拘泥する事なく精一杯、ニヤニヤと笑って席についた。京大生とやらも、満面の笑みをしていた。
 「ま、ま、座られい、座られい! コーチン、こちらが、かの京大生なる鈴木君や! 頭が高い、頭が高いぞ! アハハハハ……」
 流石に、帰ろうかとも考えたが、ぼくは最早、流れに従う惰性を憶えている。その鈴木氏に、大袈裟に挨拶をしてやった。心中では、ありふれた姓のヤツだなあ、と思いながら。
 「やあ、こんばんは、はじめまして! 五所川原(ぼくの姓)……コーチン、です」
 「どうも。お噂はお聞きしてますよ。宜しく」
 怜悧に、疲れた表情を感じた。ぼくの物語の本題は、ここからじわりと、始まる事になるのである。
 
 
               さらば、つ・づ・く
 
 


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