文藝春秋の公式YouTubeチャンネルに、筒井康隆の歌唱動画がアップされている。歌われたのは筒井本人の作詞作曲による「ラ・シュビドゥンドゥン」で、これは先日『文學界』誌上で発表されたばかりの短篇「漸然山脈」の作中に登場していた楽曲だ。

「漸然山脈」のラストには「ラ・シュビドゥンドゥン」の歌詞と楽譜も掲載されており、実在している楽曲であることは示唆されていた。だが、まさか筒井本人の歌声によって全世界に配信されるとはファンも想像していなかったのではないだろうか。しかもピアノ伴奏は、盟友・山下洋輔である。

若い世代だとあまり馴染みがないかもしれないが、筒井と音楽との関係はけっして浅くない。過去には複数の関連レコードがリリースされており、そのうちのいくつかは好事家から今なお珍盤奇盤の類として愛されつづけているほどだ。

たとえば1976年の『家』というLPは、筒井の短篇「家」をモチーフとしたジャズ作品として一部で有名だ。山下洋輔のほか坂田明、近藤等則、村松邦男、大貫妙子、そしてタモリらが参加しており、メンツからもわかるとおりフリージャズやプログレの要素も備えた壮大かつシュールなジャズオーケストラ作品となっている。筒井自身もナレーションなどで参加しているが、そのタイミングやSEの入りかたなどもかなりアクロバティックで、全体としては前衛的なジャズオペラのようにも聞こえる。

1985年の『THE INNER SPACE OF YASUTAKA TSUTSUI』は、新潮社から当時刊行された筒井康隆全集の全巻購入者特典として配布された非売品LPだ(のち20年以上経ってCD化)。こちらも山下人脈での豪華なジャズグループとの音源だが、筒井が作曲した曲が2曲収録されていることと、筒井本人もクラリネットを演奏していることからツツイスト必聴の作品となっている。もちろん筒井の腕前はアマチュアにしてはできているという程度なのだが、周囲が凄腕ミュージシャンだらけなのでその異化効果は抜群だ。

こうした魅力はいわゆる「ヘタウマ」とは似て非なるもので、「筒井康隆」というアイデンティティがあってこその演奏の強度だといえよう。筒井康隆はポーツマス・シンフォニアでもシャッグスでもなく、筒井康隆だからこそ魅力的なクラリネットを吹けるのだ。00年代の音響系やローファイのムーヴメントをも通り越して、10年代的な音響音楽の捉え方が40年早く先取りされていたと考えるのは、さすがに穿ちすぎだろうか。

今回の「ラ・シュビドゥンドゥン」がどういう意図で収録されたのかは現在のところ不明だ。しかし、わざわざ山下洋輔に伴奏させておいて何もないということもあるまい。すでに長篇小説については「おそらく最後」と自称している作品を発表している筒井が、最後の音楽作品集を発表する日が来るのかどうか、妄想しながら待ちたい。