第157回芥川賞の候補になっていた温又柔が、ある選考委員による自作への選評に対してTwitterで不快感を示した。当該ツイートでは個人名こそ出していないが、実際の選評と照らし合わせれば宮本輝に対しての発言であることは明らかだ。芥川賞の選評は、8月10日に発売されたばかりの『文藝春秋』9月号に掲載されている。

今回問題となっているのは、宮本輝の選評にあった以下のような部分だ。

台湾国籍でありながら日本で育った温は、2009年の作家デビュー以来アイデンティティの問題を中心に取り組んできた作家といえる。創作を日本語で行いつつも「外国語ではないが母国語とも言い切れない」と述べているように、言語と国籍の不一致による不自由さに向き合う作品が多い。大学院時代にリービ英雄のゼミに所属していた経歴をもつのも、自身のアイデンティティと無関係ではないのだろう。

今回候補となった『真ん中の子どもたち』でも、台湾をルーツにもつ登場人物に「言語と個人の関係は、もっと自由なはずなんだよ」と喋らせているほどなのだが、その問題意識を宮本は「対岸の火事」と断じ「当事者にとっては深刻だろうが退屈」と言ってのけたわけだ。楊逸以降、他国にルーツをもつ作家がますます増えているなかでの大御所の発言としては、浅慮だったと言われても仕方がないかもしれない。

温のツイートを受けて、ほかの作家や批評家たちもTwitter上で同調するような反応を見せている。星野智幸は「これはもう差別発言。」と述べ、文月悠光は「私も選評を読んで絶句した」と発言、東浩紀は「その選評はさすがにレベル低すぎだろう」と感想をもらした。同じく台湾出身であり先日デビューしたばかりの李琴峰は「文学の価値を根底から否定しているのではないか」とまで語っているほどだ。

他方で、宮本の選評を「対岸の火事と思わせないだけの切実さがなかった」「退屈に感じさせないだけの技量がなかった」という意図だと捉えている読者も見られる。この件について今後宮本が発言をするのかどうかはわからないが、続報があればまた追いかけたい。