花にむせぶ

谷田七重

1,399文字

第67回角川短歌賞応募作。受賞の該当作はなかったようです。連作50首、供養です。精進します。(カテゴリーに「短歌」がないので「詩」で投稿しました)

まっさらな水にすら酔う花もよい 色なき爪にひと刷毛の春
 
 
トンネルをくぐり抜ければ花吹雪 音なき世界に凝るまなざし
 
 
はるかなあこがれの幻惑に打ち震える体ぜんたいがひとつの器官
 
 
肌すべるしとどな春のしたたりに聾されたまま置き去りのからだ
 
 
ひとしずく春を喫するやましさに靴を棄て逃げる逆光のあなた
 
 
春のただ中に立ちつくし花にむせびあえぐ胸おさえかすれる吐息
 
 
彼岸にとどめておきたい花霞の記憶たぐろうとする手たしなめて
 
 
紅椿ぽつり落ちた首いたましく触れる指おしべの露にかぶれて
 
 
息の弾むごとに濃くなる首すじの咎の匂いにひたされる夢
 
 
褪せた日記を繰るともなくまさぐれば栞がわりのケシの押し花
 
 
春のまどろみを裂く赤い閃光にまばたきひとつ宵やみの淵
 
 
割れた香水瓶のかけら一心に拾いあつめる色のない夢
 
 
きれいな夢 色とりどりの鉱石に濾過された水に舌をひたす夢
 
 
何を誓うでもなく差し出された花のただれた匂いに目をさます夜ふけ
 
 
あたたかな色味まぶたの裡にこもり呼びかけてくる春の寝ざめに
 
 
蝶たちの睦みたゆたう遠景にあこがれそっと伸ばしかけた手
 
 
窓枠を額縁にのぞむ春景色 主人公にはなれないわたし
 
 
春のぬかるみに弔ったオルゴールのささやき耳をかすめた気がして
 
 
みぞおちの奥いつまでも鳴りやまぬ春こみ上げて唇を湿す
 
 
あたたかな霧雨にけぶる春の午睡 なつかしい匂いのやわらかな夢
 
 
錆びついた蝶番きしみあたたかくこぼれる光を両手に掬って
 
 
うろ覚えの歌を舌先にころがして琥珀の露を味わうように
 
 
立ち迷う匂いに心のありか見失いわずかに首をめぐらせ
 
 
酔いざめの耳とうにしんと冷たくて輪郭なぞりうつつにかえる
 
 
なにげなく野に踏みつけた野の花の色ひとしずくまぶたに沁みて
 
 
名も知らぬ花こそかえっていとおしく名も知らぬまま行きすぎる春
 
 
ゆきずりに視界を染める色ばかりあざやかに残る匂いのない花
 
 
踏みまよい踏みはずしふいにとどまれば頬にひとしずく花冷えの雨
 
 
ひとりきりモノクロームのパントマイム むすんでひらいてたわんではじけて
 
 
霧雨にけぶる音律にみちびかれレースカーテンごしの追憶
 
 
万華鏡ごしにきらめくいかさまの虚飾まぶした望遠の春
 
 
胸底に砕けたままの色ガラス 光を透かすこともないままに
 
 
散り遅れたつま先のネイルエナメルを落とすためらい見て見ぬふりして
 
 
雨だれのまばらなリズムのしたたりにひたされてしんと無機物になる
 
 
垂れこめるすりガラスの窓ひたひたと訪ういつかのゆきずりの春
 
 
たちのぼる湯気に心をさまよわせ、ふいにからだを脱ぎ捨てたくなる
 
 
こんなにも薄く無防備でかよわくてひとひら冷たい耳のけなげさ
 
 
明るい窓ごしほがらかなさえずりの逆光にうずくまる影の淀み
 
 
ほころびを繕う指をふと止めて熱にうかされた針先を見る
 
 
ゆきずりに通りすぎ色あせた春に陰影あたえなぞる指先
 
 
暗い部屋 小花もようの壁紙の褪せた色ながめまたまどろんで
 
 
伏せたまま埃まとった手鏡を目の端にとらえなお目をそらして
 
 
陽炎のほのめきに心を失くして通りぬけざま耳朶をうつ春
 
 
押しよせる春を帆にはらみただよえば島影も見えぬ無風の海原
 
 
花びらをむしられて蕊のみあらわに露をふくみなお風になぶられて
 
 
吹きだまりの花びら煮詰めて指にすくい舌からませる晩春の宵
 
 
散りまどい色あせてうつろな花びらひとひらひらりあてどない道
 
 
たおやかにしおれゆく肌かくしたまま暮れゆく春に耳を澄ませる
 
 
水墨の春に殉じてつま先の紅ぬぐいマニキュアの瓶も捨て
 
 
気づいたらつま先しんしん冷えていて、でももう少し寂しくしてたい

2021年9月2日公開

© 2021 谷田七重

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