アワ・ソングス

光源のない走馬燈(第5話)

アサミ・ラムジフスキー

小説

8,712文字

風の坂道 流るる雲を追い抜けば

小鳥の歌声 出迎えるだろう

われらが母校

あゝ ラドムの空を

舞い踊る銀翼のように

浮かべよう 遥かな夢を
 

教えを守り 朗に笑おう ともに歌おう

白々と映える暁の中

われらが故郷

あゝ ラドムの地には

ワルシャワの光とヴィスワの流れ

注ぎ込む虹
 

若き血潮と溢れる愛を 胸に抱いて

広き世界へ羽ばたく日まで

われらが母校

あゝ ラドムの日々よ

美しき学舎よ

ひとりひとりが希望の星よ

 *

 

訃報欄に見覚えのある名前が増えたのはいつごろからだったろう。

僕の記憶にある最も古い著名人の訃報は美空ひばりのものだったが、当時はなんの感慨もなかった。テレビのコメンテーターがずらりと沈痛な表情を並べているのを見ても他人事で、それよりも、追悼特番のために大好きな番組がいくつも潰されてしまったことを恨めしく思うばかりだった。僕はまだ、あまりに幼かった。

もちろん今なら、美空ひばりが唯一無二の国民的大スターで、いかに戦後大衆文化に大きな影響を与えた人物であるかは熟知している。流行歌謡史を専門的に研究していたこともあるから、世代のわりには彼女の歌だってかなり知っているほうだ。現在の知識があったならば、僕もブラウン管のなかの大人たちと同じような反応をしていたに違いない。しかし、小学校にも上がるまえの幼児にそんな振る舞いは到底無理な話で、あの日の僕にとっての美空ひばりは、名前も知らない「どこかのおばさん」でしかなかった。知らないおばさんの死を悼むことは、子供にはむずかしい。

未成年のうちにふれた訃報は、九割以上が、同じようによく知らない人のものだったと思う。政治家や文化人など、名前に聞き覚えはあるというケースこそあったが、それは「知っている」の範疇に入らない。生まれるまえや、生まれていたとして物心もつかないころに活躍していた人物の死なんて、感覚的には歴史上の人物の死と大差なかったからだ。田中角栄も黒澤明も、当時の僕にとっては聖徳太子やら卑弥呼やらと同一のカテゴリーに括られる存在だった。偉大な功績を残したということはわかっていても、それは悼む理由とはならない。織田信長の最期を思って涙を流す子供がいないように、教科書のなかの人物の死は特別な感傷を与えてはくれないのだ。

おそらく、リアリティの問題なのだろう。子供のころにふれた訃報のなかでも、逸見政孝や藤子・F・不二雄、hideといった人々の死には小さくない悲しみと喪失感を覚えた。追悼特番も食い入るように見ていた。彼らがひばりや角栄や黒澤とどう違うのかといえば、結局はリアルタイムで活躍を見ていたかどうかという点に尽きる。同じ時代を生きたという実感の有無がそのまま思い入れの有無に直結しているだけなのだ。生のリアリティと死のリアリティは比例するらしい。

だからか、二十歳を過ぎたころから、急激に訃報欄が身近になったように思う。自分が歳を重ねた分、周りの人々も一歩一歩死へ近づくのだから当然の話だった。また、知識が増え関心の幅も広がったことで、知っている人物の名前が単純に増えたということもあるだろう。一般的にはろくに知られていなくとも、そのジャンルに明るい人にとっては雲のうえのスーパースターだという存在は世に数えきれないほどいる。たとえばカールハインツ・シュトックハウゼンの死の際にはかなり思うところがあったが、あと五年早かったら僕はなんの関心も向けなかったに違いない。逆に横井軍平の死は、あと五年遅かったら大きな衝撃をもって迎えていたはずだが、実際にはまったく気にもかけないうちに通り過ぎていた。知らない誰かと偉人との差は、ほんの些細なものでしかなかった。

今日も新聞には、誰かにとってはどうでもいい、けれど誰かにとっては非常に重要な人物の訃報が掲載されている。そのすべてについてくわしくある必要なんてまったくないし、そうなりたいとも思わないが、せめて僕が知っている偉人については少しでも語っておきたい。そう考えてしまうこともまた、人として自然な感情ではないだろうか。

 

ここで書こうとしているのは、スタニスワフ・カチンスキという男性についての文章だ。

この奇才のことを、残念ながら多くの人は知らない。氏についての情報は乏しかった。生涯の仕事をまとめあげた文献はこれまで皆無だし、ウィキペディアにも項目はない。今から業績を事細かに調べ上げるためには、かなりの時間と労力と知恵と根気が必要となるだろう。インターネットの普及以降すっかりマニアやオタクたちが忘れてしまった、原始的な情報収集のメソッドが求められる。はっきりいって、気の遠くなるような作業だ。おまけに、知らないからといって生活に不便が出るようなことは一切ないのだから、多少興味をもったとして、わざわざ自分で調べようとする者も少なかった。

そんなカチンスキ氏だから、訃報もひっそりとしたものだった。二〇一二年末、日本のメディアが衆議院選一色になっているあいだに、氏はひっそりとこの世を去った。本当にひっそりと、まるでその人生を象徴するかのような最期だった。かくいう僕も、つい最近までその死を知らずにいた。大手新聞の全国版でこの件についてふれていたものは一紙もなかったし、もちろんヤフーのトップ記事になることもなかった。国内での最初のソースは、埼玉県内のとある私立中学校の学校報だったという。そこから地方新聞へ情報がいき、それを見つけた好事家がツイッターに転載した。やがてそれがリツイートされ、巡りに巡って僕の目にも入った。それでようやく、この一件を知ったというわけだ。

数少ない情報を繋ぎ合わせると、どうやらカチンスキ氏は、僕が暢気に代々木上原のブータン料理店で信じられないほど辛い干し肉を食べているころにその生涯を終えたらしかった。享年七十三歳。死因は老衰。日本人の感覚だと少々物足りなく思ってしまうが、東欧の男性としては充分長寿に入る部類だろう。

2015年8月6日公開

作品集『光源のない走馬燈』第5話 (全7話)

光源のない走馬燈

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© 2015 アサミ・ラムジフスキー

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