失楽園

咎の園(第9話)

山本ハイジ

小説

5,412文字

if設定外伝、咎の園。途中までの掲載になります。

 

 影次、伊織に出会っていない。

 

 

 エデンの主(あるじ)、旦那さまがとうとう果てた。八十歳だった。
 祭壇に飾られた、ロマンスグレーが微笑んでいる遺影。膝行(しっこう)の作法で畳の上を移動した参列者はロマンスグレーを見つめてから焼香し、僧侶と喪主である婦人に一礼する。
 和装の喪服に身を包んだ婦人は目礼で返礼をした。切れ長の美しい目から感情は読み取りづらいが、沈んではいる。これから先を思い、漠然と不安も覚えている。進行していく焼香、その目で次々と参列者たちに目礼を送っていった。参列者のなかには得体の知れぬ者もいて、旦那さまの愛人、子供もいるかもしれない。
 そんな複雑そうな関係は放って、義理の子供である婦人がエデンの主を継ぐのである。旦那さま自身の希望であった。八十近くなり、体調を崩しがちになった旦那さまを、とりあえず主のかんたんな役目から代行しはじめた婦人が見舞うと、エデンを本格的に継いでくれないかと聞かされた。病室のベッドの上、やややつれてしまったがまだ元気そうで、男前な旦那さまから――私はもうじき死ぬだろうから、答えは早めに決めてくれ。と、言われて、婦人はそんな縁起でもないと笑った。
 が、それから婦人は見舞うたび、旦那さまから改めてエデンについての話をまじめに聞き、希望を受け入れた。ただの小さな秘密売春クラブから、旦那さまの手腕で政治家がストレス発散に訪れるまで発展したエデン。そんな城の王を務めるためのノウハウ。――まあ、でももうエデンの主なんて飾りみたいなものだから、エデンで働いてきたお前になら難しくはないだろう。ああ、あとかなり贅沢できるが、変な薬とかはやりすぎないように……。
 しかし、旦那さまはエデンを継いでほしいと本気で願っているわけではないだろう。ほんの軽い気持ちのはずだ。楽しむことの不可能な死後まで、エデンというコレクションに執着はしない。そして、婦人もエデンの主という重い地位を引き受けたのは、愛する父が築いてきたエデンを守りたい……と立派な使命感を覚えたというより、たんに退屈な、もうとっくに飽きた奴隷の日常から脱したい思いがあっただけだ。けれども出たくはない外界も、これで恐れる必要はない。エデンに永住できる。
 そのまま旦那さまは自ら予想した通り、さほど経たないうちに眠るように逝ってしまった。臨終に立ち会い、その死に顔を見た途端、婦人は旦那さまの子供になってからの色々な思い出を振り返り、泣いた。
 ……焼香がおわる。婦人は低めの声で参列者たちに挨拶をした。
「本日はお忙しいところを、父のためにお通夜のお焼香を賜りまして誠にありがとうございます。生前は格別のご厚情を賜り、父も大変感謝しておりました。厚く御礼を申し上げます。ささやかではございますが、酒肴を用意いたしましたので、父の供養のためにも召しあがっていただきたいと存じます。……」
 ベターな挨拶で、通夜振る舞いへの案内をする。別室に移動し、婦人とダークスーツ姿の使用人たちが酒食の卓を廻っていると、ある気のよさそうな初老の男性の参列者から一万円の紙幣が何枚か差し出された。香典ではない。
「ツグ坊ちゃん、喪服着てて色気あるし、せっかくだから縛りてえ」
 供養の場だ。しかしこの客を、神経どうにかしていると怒るのは理不尽だ。婦人――影次も女装をしているのである。第一旦那さまの霊魂は、ちっとも憤慨しないであろう。
 
 乱された黒い着物から覗く、折り曲げた長い脚の足首に、足袋を履いた上から赤い縄が巻かれている。縄は後ろ手に縛られている手首と繋がっていた。やや鳩胸な胸板にも縄がかかっている。
 緊縛の愛好家である客の器用な手で逆海老の形に縛られ畳に転がり、つらい体勢に影次の表情は素で歪んだ。未亡人のような色気漂う姿にカメラが向けられ、撮影音が響く。僧侶でさえ、その光景に好色そうな視線を投げかけていた。
 被虐性愛者のナルシシズムから、影次はあとで自分も写真が欲しいと思いつつ、ああもうこれから、付き合いでの遊戯は自分に性的魅力があるうちはするだろうが、無理して妙な遊戯に付き合う必要はなくなるのだと考えた。苦手な糞尿に塗れたりすることももうない。
「ツグ坊ちゃんももう三十になる。容色衰える前に、なぁ……」
 カメラを構えた客の言葉に、自分でも「性的魅力があるうち」と観念しておいて、影次はいらついた。縛られている苦しみではじめから眉間に皺が寄っているから、察せられはしない。
 隅々まで美容が行き届き、体も顔も無駄な毛など生えないようにはなっているが、自分はいつまで〝婦人〟で通せるのだろう……と、影次は憂いた。
 
 それから、約五年が経った。宝石のように煌めく貝などの殻、花のように活けられた極彩色の鳥の羽根、デカダンスな書籍や絵画云々。旦那さまのコレクションの残る部屋で、円形のベッドの上、現在の主がくつろいでいる。
「ン……気持ちいい」
 使用人からマッサージを受けて、艶めかしい吐息と、低めではあるが女性と言われてもさほど違和感のない声を影次は漏らす。高級感のある繊細な黒いレースのショーツを穿いた柔らかい尻に使用人の無骨な指が食い込んだり、むっちりとした腿を這ったりしている。
 使用人の手は段々あがり、地道なコルセットトレーニングでくびれた腰、主になってから伸ばした艶々の黒髪がかかる肩をほぐしていく。心地よさそうに喘ぎながら、影次はなんの悪戯心なのか
「胸も頼む」
 と、言い、俯せの体勢から上体を起こした。レースに包まれた豊満な乳房が揺れる。
「かしこまりました」
 使用人は影次の背後にくっつき、両手を廻すと、そっと乳房をビスチェ越しに揉む。女性ホルモンを注射や錠剤で取り入れはじめてから自然と膨らんできた胸を、さらに最新の技術で豊胸手術し、そこらの本物より美しい半球形の乳房である。硬いということもなく、使用人の大きな手の中で柔らかく変形していく。
 黒いレースに擦れて、乳首が勃起した。情欲を催し、ショーツの前も〝張り〟が出てくる。……影次はどこかくすぐったそうにクスクス笑って、使用人に聞いた。
「戸渡、私を抱きたいか?」
 顔に深い皺を刻みつつある使用人――戸渡はストイックに、無表情で主の乳房を揉みしだきながら答える。
「もう、恐れ多いです女主人(ドミナ)。ご命令であれば、お聞きしますが」
「じゃあ、軽くいかせて」
「かしこまりました」
 乳首に触れるか触れないかのところにあった戸渡の指が、存在を主張している粒をレースの上からつまんだ。もう片手はショーツの中に潜り込む。影次は仰け反り、大袈裟に鳴いてみせた。
 
 いっそ女性化したいという影次の願望を「お前はこの微妙な感じが魅力だから」と制止してきた旦那さまは、もういない。微妙な感じ、を支持する客たちのことも、もう奴隷の仕事はしていないのだから考慮する必要はない。
 肉質が変化し、柔らかく、女性らしくなった体の線。頬もふっくらとし、中性的であったのがよりフェミニンな顔つきになった。しかし、さすがに骨格までは変わらないから、女性にしては大柄である印象を与えるであろう。あと、声も変わらない。前より高音になっているのは、ホルモンで美しく変わっていく自分に合わせてはじめたボイストレーニングで得た賜物だ。
 戸渡と軽く戯れてから、主の仕事があるため影次は最近購入したばかりのアンティークのドレッサーの前、スツールに座り、薄化粧している上から化粧を重ねはじめた。戸渡はその後ろで、影次の髪にストレートアイロンをかけている。……影次の左腿にあった奴隷の烙印が手術で消されてから、使用人たちの態度と口調は変わり、催したから性処理に使うなんてことはもってのほかとなった。
 ただ、変わったのはそれだけで、身支度を手伝ってくれたりするところは以前と変わらない。とくに戸渡は髪を整えてあげたり、肌の手入れをしてあげたり、マニキュアを塗ってあげたりすることが仕事であると同時に趣味になっている。これで使用人たちより立場は下らしいエデンの娼婦と男娼が、奴隷などと卑しい呼ばれ方をされているのはただの雰囲気作りに過ぎなかった。
 肩までの髪と、横一列に切り揃えた前髪が戸渡の手で綺麗にまとまる。影次は唇に引いた真紅と同じ色のドレスを着て、網タイツを穿き、サングラスを胸の谷間辺りに引っかけた。シルクのショールを肩にまとい、高級ブランドのバッグを持つと戸渡と一緒に部屋を出る。
 戸渡を伴い、履いたハイヒールを鳴らして影次がエントランスへおりると、ほかの使用人たちと、愛らしく着飾った稚児が待っていた。薔薇の烙印をニーソックスとスカートのフリルのあいだから覗かせる稚児は、影次の姿を見ると表情を緊張させた。旦那さまであれば、綻ぶのであろうところが。
「……しっかり歓待するんだぞ」
 奴隷の子供に一声かけ、そのまま全員引き連れてエデンを出ると影次はサングラスで凝った化粧を施した目元を隠す。車に乗り込むまでの短いあいだ、戸渡は日傘で影次を夏の日光から守った。
 
「まだ子供のクセに使い勝手のよい、心地いいお尻まんこだ」
「本当、こんな可愛い男のコがたくさんいるのかね?」
「もちろん。重度の傷害以外なら、NGもありません。いえ、そういう猟奇的なことを楽しめる場もご用意しております」
 ある高層ホテルの最上階のレストラン。客たちは騒音を立ててデザートを楽しみ、接待している影次は奴隷だった頃に覚えた完璧なる優雅な作法で一人紅茶を楽しんでいる。食事をおえたテーブルの上、稚児が客たちに揺らされていた。
 フリルのスカートはまくられ、割り開かれた脚のあいだに腰を打ちつけられている。腿に、片脚を抜いたショーツが残っているのがエロチックだ。そして、ツインテールにしている頭を乱暴に掴まれ、仰け反らされている喉の奥までをスラックスから覗く客の陰茎が突き立てている。着ていた白いブラウスの前は乱され、散々弄られていた乳首がぷっくりと腫れていた。
 稚児趣味がなくとも、情を催しそうなデザートの光景である。稚児はかわいそうに、あまりの息苦しさに涙を滲ませ、口端からはよだれがだらだら流れている。幼茎は萎えていた。しばらくして、後ろを使っていた客が呻き、陰茎を抜くと乳房ができる前の少女のものだと思えるような少年の胸を精水で濡らす。つづいて、口を使っていた客が喉に放出する。
「吐き出すんじゃない、飲むんだ」
 と、客に言われ、影次に一瞬睨まれ――えずきそうになるのを堪えて、稚児は飲み下した。激しく噎せ返って鼻から精水が出そうになり、涙ぐみつつも健気に稚児は
「おいしかった……し、気持ちよかったです。ありがとうございました」
 と、客たちにお礼を述べ、微笑んでみせた。客たちは稚児に不満を抱くこともなく、無事商談はまとまる。奴隷の体に咲いている薔薇と同じものが彫金されたシールリングを、影次は客たちに渡した。エデンの客であることを示す会員証である。そのとき影次の背後にずらりと無駄なくらい並んでいた怖面な使用人たちが、雰囲気で客たちを威圧した。エデンで遊ぶにしてもルールを守るようにと、暗に語っているのである。
 それから、影次はテーブルの上で脱力している稚児の胸に散った精水を紙ナプキンで優しく拭って、労った。
 
 あのエデンに長年勤めてきたのだ。さらに主になって、高貴かつ、きな臭い連中を相手にすることに対し、影次の肝は据わった。たまに主である影次とは遊べないのかと言い寄ってくる客もいて、そんなとき、影次は奴隷だったときと同じように媚びて寝てみたりする。卑しい行為なのであろうが、自分はまだ美しいと安心感を覚えられるのであった。
 ……商談、その他諸々のスケジュールをこなした帰り、車中で影次はスマートフォンを弄りながら、運転を任せている使用人に言った。
「湊(みなと)のところに寄って。今夜はそこで過ごすから」
「はい」
 車は緑の多い静寂とした、しかし夜の闇のなかそう遠くはないところから都会の明かりの見える場所を目指して走る。そこにはハイグレードマンションが堂々と建っていた。影次が車からおりると、すでにポーチでホスト風の男が待っている。影次の昔の友人にどことなく似ている――しかし、その友人のほうがずっと美男子だ――金髪の男は笑顔で影次を迎え、女主人の腰に恐れなく手を廻す。車が去る。
 二人は著名な芸術家による絵画や彫刻の飾られた、エデンより立派かもしれないエントランスを通り、エレベーターに乗った。いちゃついているあいだに到着する、最上階のワンフロア。湊が部屋のドアを開けて影次を先に中へ入れ、つづいて自分も入ると途端、それまでの丁重なエスコートを解いた。
「女主人さまぁ」
「ちょっ……なに。痛いって」
 なかば襲われるように影次はリビングのフローリングに倒されて、乱暴に胸を揉まれる。そのまま、どんどん女主人の虚飾は剥がされた。
 
 続きはコチラでhttp://bccks.jp/bcck/128818/info

2015年7月24日公開

作品集『咎の園』最終話 (全9話)

© 2015 山本ハイジ

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

クイア 官能 男の娘

"失楽園"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る