ディビジョン/ゼロ(1)

ディビジョン/ゼロ(第1話)

波野發作

小説

1,250文字

ゼロで割ってはいけないと教わった。どうしてかは誰も教えてくれなかった。

〈1〉

 

ぼくたちは、どうしてゼロで割ってはいけないのか教えてもらえないまま、社会ってものに出された。

世の中にには、もっと理解できないことがたくさんあった。

ゼロで割ったらダメなぐらい、たいしたことではなかったのだ。

 

仕事を教えてくれる人もいなかった。教えてくれないのに、覚えろと言われた。

聞いていないことを知らないでいると、なんで知らないのかと怒られた。

上司や先輩は、仕事が忙しいのでぼくらに何かを伝える時間なんて余っていなかったのだ。

 

自分の仕事もまともにできないうちに、上司の代わりに客先に行った。

相手はぼくが何もかも知っていると思っていたが、ぼくは何も知らなかった。

お客様が何を言ってるかひとつもわからなかったが、わからなくても特に困ることはなかった。

 

本を渡された。分厚い専門書を何冊も渡された。

急いで全部読んだ。何一つ分からなかった。

上司は、本に書いてあることはぼくが全部できると思い込んだ。

 

ぼくはぼくの仕事の納期を自分で決められなかった。それは上司や客の都合で決まった。

できるかできないかを考えないで、納期は誰かの予定と知らない都合と関係ない事情で決まるんだ。

だからぼくは納期を守れなかった。守れないのは無能の証だと言われた。

 

三ヶ月も経つと、会社ではぼくは役立たずの一人になっていた。

何を求められているかなんて高度なことはわからなかった。曖昧な指示と、適当な命令だけがあった。

ぼくがよかれと思うことはすべて余計で、必要なことな何も足りていなかった。

 

同期の中で、ぼくは一番仕事ができなかった。何一つ上手くできなかった。

電話番も苦手だった。出るのに躊躇すると、同期が先に出た。

電話に出ないと叱られた。

 

無理をして電話に出ても、応対が上手くいかなかった。

相手の名前は覚えられないし、こちらの言ってることも伝わらなかった。

中途半端なメモを上司に渡すと怒られた。電話に出ても叱られたのだ。

 

半年経つ頃には、同期の社員はぼくしかいなくなっていた。

そのうち三人補充されてきた。三人とも一ヶ月でやめてしまった。

ぼくもやめようかと思ったけれど、やめ方がわからないのでやめなかった。

 

月イチぐらいで、社長に呼び出されて、一時間ほど話をした。

小さな会社なので、上司の上にはもう社長しかいなかった。

社長はがんばれと言ってくれた。上司には何も言わなかった。

 

社宅にはぼくしかいなかった。入った頃は同期が何人かいたけれど、もうぼくしかいなかった。

家賃の負担はないけれど、水道光熱費は一人で払っていた。

会社に泊まり込んでばかりなので、シャワーを浴びに戻るだけの部屋だった。

 

一年経った頃には、ぼくは会社が請けた仕事をやっていなかった。

会社の中で、ぼくをはたからせるために作った仕事だけやっていた。

なんの成果にもならない仕事を、ぼくはぼくがしかられるためだけにやっていた。

 

 

2015年7月16日公開

作品集『ディビジョン/ゼロ』第1話 (全10話)

© 2015 波野發作

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