くずかごから酒場まで(2)

くずかごから酒場まで(第2話)

アサミ・ラムジフスキー

小説

5,590文字

特集*住石彰 ……稀代の天才・住石彰に迫る特集連載。第2回はスポーツライター/元プロ野球選手の新藤啓介氏。

キャッチボール未遂 のち くもり

新藤啓介

 

多趣味の人だ、と住石さんはよく語られる。音楽から政治までという幅広い活動にもそれは窺えるし、ときおり披露されたマジックやけん玉の腕前なども、いずれもとても素人レベルとは思えないものだった。倫理的問題で糾弾されたあの有名なレシピ本も、食材に非食品を使用している以外は実のところ相当まともな料理がなされており、かなりの料理上手だともいわれている。また、かつて頻繁にメディアに出ていたころを覚えている人ならば、住石さんがいかに博識であったかも記憶にあることだろう。どうしてそんなことまで知っているのだろうかと思わされることだらけで、その記憶があまりに多いものだから具体例を挙げることさえままならない。

そんなコインの裏返しとして、未知のものに対する好奇心も人並み外れて旺盛だった。

 

あれは、ワイドショーのコメンテーターを務めていた時期のことだ。ぼくは同時期にスポーツコーナーを担当していて、隣の席になることが多かったので、よく覚えている。住石さんは、ほとんどの話題について専門家同等の見識を惜しげもなく披露した一方で、守備範囲外の話題となると、どんなものでも食い入るように解説に聞き入った。そのときの真剣な横顔は、テレビ越しに見るどんな住石さんとも違うものだった。知らないものはなんでも大好物だ。最初から価値を決めつけて見下すことだけは絶対にせず、明らかに低俗で卑近だと思われる事柄さえ、熱心に勉強した。そして、翌週の放送ではすっかりその場の誰よりも詳しくなっているのだ。

たとえば、共演するまではぼくなんか名前さえ知られていなかったというのに、翌週には現役時代のぼくの成績をすらすら言えるようになっていたほどだ(なんの役にも立たないのに!)。

もっとも、ギャランティーをもらっている以上、なにごとについてもある程度語れるようにしておくことは当然ともいえる。義務といってもよい。ほかのコメンテーターたちを見ても、知らないなら知らないなりに言葉を紡ぎ出して、素人なりの視点でものを語ることに活路を見いだす場合も多い。ただ、住石さんが彼らと違うのは、知識が自分のものになるまで実際に足を使って調べ上げている点だった。本や雑誌に目を通して付け焼き刃の知識を蓄えるのではなく、食品なら実際に食べ、話題のスポットなら実際に出向き、衣料品なら実際に着た。注目のスポーツ選手が新しく出てくると、そのたびにぼくは執拗なまでの質問を受けたものだ。そして、ぼくに取材する予定があれば、同行させてくれと頼まれた。そうした場での住石さんの視点は、門外漢ゆえに斬新で、ぼくも記事を書く際に大いに参考にさせてもらったものだ。

あのバイタリティが熱狂的なファンを惹きつけるのだろうな、とぼくは思った。気づけばぼく自身も彼の大ファンになっていて、本番終了後は毎回のように一緒に食事をさせてもらうようになっていた(そして住石さんの選ぶ飲食店はどれもおいしかった!)。話をすればするほど、ますますファンになった。次から次へと溢れ出てくる楽しい話に、時間は瞬く間に過ぎてしまう。男惚れとはこういうことかと、はじめてわかった気がした。現役時代にも尊敬する先輩は多くいたが、体育会系の枠のなかではどうしても先輩に壁を感じたというか、そこまで親近感を抱くことはなかった。なのに、それ以上に年齢差のあるはずの住石さんには、父性にも似た親しみを感じた。

一方で、友達のような感覚も常にあった。ぼくは今まで、あんなに無責任な人を見たことがない。はじめはぼくも勘違いしていたのだが、住石さんの熱心な取材姿勢は、けっして仕事への責任感からきていたわけではない。ただ単に、知識を蓄えることを楽しんでいただけに過ぎなかった。好奇心の反面として、住石さんがかなり飽きっぽい性格であったことを思い出してほしい。アイドルであることを放棄して実験音楽の世界に走ったり、任期途中で国会議員を辞めたりといった過去の行動を考えれば、責任感を重視するような人でないことは一目瞭然だ。どこまでも無責任で、無邪気で、無垢だった。楽しいからやる、それだけが行動原理だった。

すると、住石さんを多趣味だというのは、必ずしも正しくはないように思える。というのも、住石さんにとってはマジックを一つ覚えることも、けん玉の技を習得することも、創作料理を編み出すことも、すべてが同じ範疇の行為だったのではないかと思えるからだ。カレーが好物だという人が、程度の差こそあれビーフカレーもチキンカレーもキーマカレーも区別なく好きであるように。住石さんの趣味はあくまで博覧強記という巨大なジャンルなのだ。一つでも多くのことを脳みその皺に刻み込むことが、最高の愉悦なのだ。

ときに、知識は活用してこそのものなのだから覚えるだけでは意味がない、という人がいる。これは一面ではたしかに正しいと思う。しかし、住石さんの博覧趣味を否定する論拠にはならない。なぜなら、住石さんのそれは趣味だからだ。趣味に意味など必要ない。目的も必要ない。そんなものは、陶芸品や古銭の収集家に向かって「使わないものを集めてなんの意味があるのか」と難癖をつけるのと同じだ。コレクターの一種と考えれば、住石さんの知識蓄積も理解しやすいのではないだろうか。アクリルケースに収納された知識が棚に並んでいるところを想像してみてほしい。ときどき取り出しては遊んでみたり、ケースをきれいに磨いたりする住石さんの無邪気な笑顔も一緒に浮かんでくるはずだ。

 

ただ、ふつうのコレクションと違うのは、手元に置いておけば、なにかの役に立つこともあるという点だ。なぜって、知識なのだから。

ぼくも住石さんの知識に助けられたことが何度もある。たとえば住石さんは、プロ野球チームの球団名の変遷だとか、オリンピック開催地の推移だとかを、すらすら順番に口にすることができた。今だから言えるが、コメンテーター時代は、ふいに失念してしまった固有名詞をCM中に教えてもらうことがよくあった。取材不足のまま放送を迎えたときは、本番前に住石さんに事実誤認がないかどうか確認してもらった。住石さんは新聞社か出版社の校正担当になれば大活躍に違いないと思ったものだ。

だが、そうした活用はやはり、住石さんにおいては副次的なものでしかない。メジャーどころからマイナーどころまで、多くのスポーツのルールを熟知していた住石さんだが、それらの楽しみがどこにあるのかはまったく理解できなかったという。

マラソン? 車に乗ったほうが早いし疲れないじゃないか!

サッカー? ゴール前に十一人で並べば点をとられないぞ!

野球? あんなの複雑すぎてルールがよくわからないよ!

ぼくの記憶がたしかなら、住石さんはスポーツ観戦もよく好んでいたはずなのだが、きっと、その場のあらゆる観客とは違う見方をして楽しんでいたのだろうと思う。残念ながら、それがどういう見方なのかは、ぼくには想像することもできない。

そんななか、唯一住石さんのお眼鏡に適ったスポーツが、キャッチボールだった。スポーツと呼んでいいのかどうかは微妙なところだが、芸能でもファッションでも経済活動でもないし、まあスポーツだろう。特別好きというわけでもないようなのだが、あれなら楽しむ人たちの気持ちがわかるのだということだった。一度、キャッチボールは奇蹟の体現であるのだと語ってくれたことがある。
「指から放たれたボールが離れた位置にあるグラブまで大気を突き破ってすっぽりと収まる様は言語の誕生を髣髴とさせる。個別の人格をもっているはずの二者がこの一瞬だけはたしかに意志を通じ合わせている。コミュニケーションとは奇蹟なのだ。また、その軌道が美しい放物線を描くにいたっては、太陽が虹を生む瞬間を思い起こさせる。キャッチボールは太古の記憶に訴えかけるから人類に支持されるのではなかろうか。落下途上のボールは、人類文化のひとつの象徴といってよい。私がアイザック・ニュートンだったら、万有引力よりもキャッチボールを発見したはずだ」

といったような話だった。ぼくには住石さんの言っている意味がよくわからなかったのだが、それでもこれは貴重なチャンスだと思い、今度ぜひ一緒にキャッチボールをしましょうと提案した。住石さんは二つ返事で承諾してくれた。

このときのぼくの興奮を理解してもらえるだろうか。まるで、はじめて女の子をデートに誘った中学二年の夏のように、瑞々しいまでに高鳴る鼓動が胸を突き上げていた。なにせ、あの、スポーツとは無縁かに見える住石さんとのキャッチボールである。住石さんはどんなフォームでボールを投げるのだろうか。住石さんのボールはどんな軌道を描くのだろうか。どんなスピードでぼくのグラブに収まるのだろうか。ぼくの目は住石さんの作り出した奇蹟をしっかりと拝めるのだろうか。そう思いを巡らせて、興奮せずに済む住石ファンがいるわけがない。繰り返しになるが、あの住石さんなのだ。

 

しかし、なかなかその機会は訪れなかった。共演していた番組がじきに終わってしまったからだ。はなから業種の違うぼくたちは、それ以降話すことはおろか、会うことさえほとんどなくなった。ときおり手紙のやりとりをしたり互いの著作を送り合ったりと、ゆるやかな交流こそ続いたが、直接顔を合わせることは年に数回あるかどうかという程度だった。その数回というのも、偶然テレビ局や出版社で遭遇してそのまま食事に行くというケースがほとんどで、そんなときにわざわざボールを持ってきているはずもない。

そうこうしているうちに、ぼくは古巣の打撃コーチに就任することになった。現役を引退してからずっと解説業やタレント活動だけをしてきたぼくが、ついにはじめて指導者として呼ばれることになったのだった。元アスリートとしてこれほど嬉しいことはない。金銭面だけを考えればタレントをしながらたまに講演でもやるほうが遥かに稼げるのだが、やはりアスリートの血は現場を求めてしまう。それで喜んで引き受けたのだが、しかし、残念ながら住石さんとの縁はますます遠くなってしまった。傍目には暇そうに見えているかもしれないが、プロ野球チームのコーチというものは案外ばたばたと忙しいものだ。仮に自由時間があったとして、野球は団体行動を要求されるスポーツだから、コーチがふらふらと単独行動をしていては選手に示しがつかない。もう諦めろ、そういうことなのかと思った。

ところが、そうして半年ほど経過し、シーズンも終盤に差し迫ったある日の午後のことだった。仕事のついでに近くまで来ているから練習を見学しにいってもよいか、と住石さんから突然電話があったのだ。今度二つ返事をするのはぼくの番だった。ぜひいらしてください、ぜひぜひぜひぜひ。これだ、と思った。練習中ならボールは掃いて捨てるほど落ちている。キャッチボールの場としてこれだけ最適な場もないだろう。またしてもぼくは、コーチの立場も忘れ、初デートの待ち合わせをしているかのようにどきどきしながら住石さんの到着を待った。若手選手のバッティングフォームのチェックをしてもうわの空、首脳陣の打ち合わせの場でもうわの空。対戦相手のスターター予想をしていてもうわの空。無責任との誹りを受けたらまさにそのとおりだと謝るほかないのだが、こればかりは仕方がないではないか。なにせ住石さんなのだ。あの日のぼくは、恋に恋する思春期そのものだった。

そうしてうわついていたら、耳のそばで鈍い音が聞こえた。

なんだろうと思ったときには、すでに視界が色とりどりの幾何学模様で占拠されており、やがてすべての色と音と匂いが混ざり合いながら遠ざかっていった。

気づいたときは病院だった。ファールボールを避け損なったのだと、すぐにわかった。後頭部が重かったからだ。意識まで失うのははじめてだったが、打球の飛び交うグラウンドにうわの空で突っ立っていたのだから、よくぞそれぐらいで済んだものだとも思った。ベッドの脇には、ぼくに打球を当ててしまった若手選手が神妙そうな顔で俯いているのが見える。数秒おきに溜息をついていて、いたたまれない。どう話しかけようかと迷っていると目が合い、途端に彼は涙声で謝罪をしてきた。すいませんでした、すいませんでした、自分がうんたらかんたらでうんたらで、すいませんでした。いや、謝りたいのはこっちのほうなんだけど。こちらの不注意だから気にするなと、どうにか彼をなだめて帰したのは、もう窓の外が薄暗くなってからだった。

トイレに行こうと立ち上がると、病室の机のうえに一通の置き手紙が置いてあることに気づいた。住石さんだ、と直感した。宛名もなにもない真っ白な封筒は、住石さんの純粋さによく似合う。

住石さんはとっくに東京に帰ってしまったのだろう。

大きく息を吐いて、ぼくは天井を見つめた。蛍光灯の横に設置された丸い煙感知機が、ちょうどボールのように見えた。深く考えもせず手を伸ばしてみたが、伸ばしてしまってからなんだか気恥ずかしくなって、その手でぽりぽりと頭を掻いた。がんがんと頭のなかに響きわたる痛みが、少しだけ心地よかった。

 

その後、やはりというか、ぼくは一シーズンかぎりでコーチ職をクビになった。以降どこからもオファーはない。

いつ呼ばれても会える環境になって久しいわけだが、現在にいたるまで、ぼくはまだ住石さんのボールを受けたことがない。そのボールが描く奇蹟の軌跡を、ぼくは、想像することさえできない。

(しんどう・けいすけ スポーツライター、元プロ野球選手)

2009年10月25日公開

作品集『くずかごから酒場まで』第2話 (全11話)

くずかごから酒場まで

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© 2009 アサミ・ラムジフスキー

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