咎の園 恋の罪(1)

咎の園(第5話)

山本ハイジ

小説

13,458文字

R18/エログロ

 今回の語りのなかに出てきた遊戯を、今実行できそうなものはすべて実行された。拭いきれぬほど汚れて、大浴場へ向かう。噴水の隅では初老の客と少女の奴隷が睦まやかに寄り添い、あたたまっている。洗い場では、瑞樹が頭に剃刀を当てている。
 ……永久脱毛せずに、わざわざ手で剃るのは剃髪で奴隷という名の娼婦を束縛するあの客に対する、愛の証。会うたびになめらかな頭を確認させて、私はあなたのものだということを示すのだ。
 そんな彼女のそばに寄り、シャワーのコックをひねると金色のヘッドから注がれる湯で、肌に擦りつけられた汚穢を洗い流す。悪臭が漂ってきているかも知れないが、瑞樹は表情一つ変えずに頭の手入れをつづけている。洗いながら、なんとはなしに彼女へ話しかけた。失礼は承知で近づいたのも、次回から語りは恋の話になることから、無意識的に彼女と接したくなったのかも知れない。
「……瑞樹さんは、エデンに来て長いですよね」
「そうね、ここがただの黒線だったころからいるわ」
 とくに言いたいことのないおしゃべりに彼女を巻き込む。彼女は刃で肌を撫でるのをやめてシャワーを出すと、頭を湯に打たせて剃ったごく短い毛を流す。
「あのお客さまとの付き合いも長いですよね」
「そうね、長いわ」
 あのお客さま、で通じた。瑞樹を指名する客はもう、あの客以外にほとんどいないのだろうか?
 シャワーをとめて、頭の水滴を手で払いつつ指の腹で頭皮の感触を確かめるような動作をしながら、目の前の鏡に映っているであろう頭のつややかさを見て、彼女は言った。
「もしもあの人から捨てられたら、私も影次くんと同じ方法で引退ね」
 この一言で確信した。瑞樹はあの客を愛している。幸いにも永久脱毛を要求されてはいないのだから、髪は生やせばいい。ほかの客からも鬱陶しがられているあの嫉妬深い客と手を切れば、彼女はそこそこ栄えるだろう。と、いう問題ではないのだ。
 剃刀を持って、彼女は浴場から出ていく。シャワーを一旦とめて、柑橘系の香りがするソープを手の平に出し、泡立てながら――相思相愛だろうし、あの客、瑞樹を身請けして結婚でもすればいい。と、一瞬思ったが、いや愚考だなとすぐに改めた。
 入浴をおえて髪を乾かすと、身に着けていたものはどろどろに汚れていたために裸のまま脱衣場を出て、階段をのぼる。向かうのは旦那さまの部屋。ドアをそっと開けると、穏やかな寝息が響いていた。ベッドに近づき、布団の中へ静かに入る。
 旦那さまは背中を向けていた。そのあたたかな背中に額をつけて、突如襲ってくる喪失感に耐える。

 

 気分で、朱色の地に牡丹を主として様々な花が咲いたチャイナ風のコルセットを締めて、頭にも牡丹の造花を飾った。今はもう相手をしていない、脚以外は愛してくれぬ客からもらった金糸で編まれた網のガータータイツをまとい、赤いハイヒールを履いて広間へおりる。すると偶然にも、今宵は広間もオリエンタルな雰囲気を演出していた。
 しっとりと雅楽が流れているなか、二卓のテーブルの上には棺桶くらいの大きさがある木の船が置かれ、船の中には結った髪にかんざしを何本も挿した裸の花魁が寝ている。両名の花魁の体は刺身で飾られ、股間には陰毛のように海藻が盛られてある。
 そして舞台では、絢爛な着物を着崩した白塗りの女形が吊され、宙を舞っていた。女形の体を浮かせているのは情緒溢れる麻縄などではなく、ワイヤーとフックというところがエデンらしく最高に趣味が悪い。フックは女形の背中に刺さり、ワイヤーは舞台にあるポールにつながっている。ポールの両隣には明らかに花が人工的で安っぽい、作り物の桜の木が設置されていた。
 オリエンタル、と言ってもこちらはエセ中華、向こうはエセ和風か。小皿に刺身を盛り、つまみながらやや興味のわいた前座をよく観賞してみた。女形は紅で縁取った目を夢でも見ているようにとろんとさせ、真っ赤な唇は薄ら笑みまで浮かべて、広げた扇子を片手に持ち悠々と空中で踊っている。着物は大きく開けていて、ほとんど晒している上半身の、首から下の白粉を塗っていない肌は、興奮して体がほてっているのか紅潮して見えた。頬も赤く染まっているのかも知れない。
 全体重を、皮膚を貫いているフックが支えているのだ。演技で消せるレベルの苦痛ではない。しかし、女形から苦悶の色はいっさい見えない。いや、表情は幸せそうにすら見える。どうやらこの前座は女形の趣味らしい。ふと昔、こんなふうに体を吊りあげる、ボディサスペンション趣味の客がいたことを思い出す。
 俺は体験したことがないからわからないが――被虐の快楽とはまた違うものだよ。吊られた瞬間、精神に翼が生えて、ニルヴァーナへ飛んでいく。と、言っていたっけ。懐かしいな。……ふと、その客は破産してエデン通いが不可能になってしまったから俺との関係が切れたが、現在付き合いのある客全員、もうそろそろで完全にお別れか。と、少し感傷的になる。
 女形は一時間以上、吊られていただろうか。ようやく使用人の手でおろされ、背中に滲む血を拭われると、着物を直してから女形は観客たちに深々と頭をさげた。
「いつもはお客さまとクラブで吊っているのですが、こうしてみなさまの前で舞ったのは初めてです。ありがとうございました」
 まばらな拍手が響きおわってから、女形はしずしずと舞台からおりる。俺と目が合うと会釈をして、そのまま紋付羽織袴姿の上品な中年男性客のもとへ行き、仲良さそうに手をつないで広間を出ていった。
 突然、客たちに呼ばれる。客たちは満腹すると、まだわずかに花魁の肌に残っていた刺身を船の中に叩き落とし、二人の花魁を乱暴に抱え床へ倒して、輪姦をはじめていたのだ。……客たちはにこにこ笑って、すっかり結い髪の乱れた花魁、いや女奴隷を一人俺に差し出し、輪姦に加わるようすすめる。笑顔で応じ、生臭い肌に舌を這わせ、繊細な花の模様が刺繍された自らのショーツをおろし、抱く。カメラの用意をしていた使用人が、さっとレンズを向けた。
 射精を済ませれば、舞台の片づけとセッティングはおわっている。ショーツは脱いだまま、使用人に預けていた原稿を受け取って舞台にあがった。まだ何人かは輪姦に夢中な観客たちに頭をさげ、椅子に座る。
「最初に、断っておかなければならないことがあります。今回は語りのなかにセクシーな部分がさほどないため、手淫を楽しむことはできないと思います。私と馴染みのお客さまと、彼女と遊戯をしたことがあるお客さまなら覚えているはずの、外界の清純なあの娘と、私とその娘との馴れ初めに興味のある方へ向けて語ります。
 ……毎年、私の誕生月には旦那さまがお互いのスケジュールの合う日にデートへ誘って、祝ってくださいました。私が十八になる月のデートの日、出かけるときは女装することが多かったのですが、この日は旦那さまに普通の男の子らしい格好でと言われました。
 めずらしいな、と思いつつ素直に従います。しかし、普通の、という命令に悩んでしまって、服を選ぶのを使用人に手伝ってもらいました。久々にコルセットを外し、ショーツは装飾のないいちばんシンプルなものを選び、長袖のシャツの上に薄手のジャケットを着て、細身のズボンを穿きました。
 化粧はもちろんしませんが、私の誕生月は七月でなおかつ日差しの強い日だったので、日焼けどめクリームだけ塗ります。仕上げにユニセックスなデザインのシルバーアクセサリーを控え目につけて、旦那さまにお待たせしてしまったことを詫びてから、革靴を履いて出かけました。
 車に乗り込み、ついたのはよく行く料亭です。出迎えてくれた美貌の女将は私を見て、あら今日はカッコイイのねと笑いました。私は女将に軽いキスで冗談の範囲を超えない程度にスキンシップをして、旦那さまはかぶっていた帽子をまためずらしく脱いで預けてから、座敷へ案内してもらいました。
 女将の手で襖が開けられると、私はひどく懐かしいような、不思議な感覚に一瞬だけ襲われました。座布団に正座して、開け放した障子から見える日本庭園を眺めていた少女は、背中の中程まで届くつやつやの黒髪を有していました。……そのときは気づきませんでしたが、もう無意識の下にいる小夜子をふっと連想するような情景だったのでしょう。振り向いた顔は別に、似ていませんでしたが。
 私と少女はお互い、不可解そうな表情を浮かべて見つめあっていたと思います。お待たせ、と旦那さまが少女に一言謝ってから、私を手で示し――伊織ちゃん、こちらは私の息子の影次。と言っても義理でね、君と同じく天使の家の児童だったんだよ。と、上品な笑みを少女へ向けました。
 伊織と呼ばれた少女は――そ、うなんですか。初めまして。と、緊張したのかどもってしまいました。私は笑顔で挨拶に応じつつ、このときは伊織をリンボに仕入れる用だと思い、なぜにわざわざ自分に会わせるのだろうと内心旦那さまを訝りました。
 これが、最近までいた妹との初対面です。座するとき、伊織の向かいに座るよう、旦那さまが私をさりげなく追い込みました。彼女とぽつぽつ会話をはじめます。……伊織は伏し目がちで、しかし度々明らかに私の顔に視線を移し、話しかけるとやや間を置いてから短い返事をするのがやっと、という有様でした。
 いかにも生娘らしい反応は、とても新鮮に感じました。話をしつつ、変に思われないよう気をつけながら彼女を観察します。美貌は奴隷の女の子たちの綺麗どころと比べたら少し劣りますが、十分かわいい娘です。左側に泣きぼくろのある、目尻のさがった大きめの目は優しげな印象がありました。それと、小さな鼻、薄い唇が申し訳程度の化粧をした顔にバランスよく配置されています。
 そして、なによりも惹かれたのは長い黒髪を映えさせる、雪白(せっぱく)の肌! 撫でてみたくなりました。服は装飾のない簡素な黒のロングワンピースに、フリルが控え目についた白い長袖のボレロを着ています。……女将が懐石料理を運んでくるとき、私にさりげなく秋波を送るので、伊織に訝れない程度に目で応じましたが、内心女将がわずらわしく感じました。
 彼女は私の一つ下で、前月十七になったばかりだという情報をなんとか会話で得ました。旦那さまが時折助け船を出してくださいましたが、彼女は終始前述した調子で、なかなか話を弾ませることができません。奴隷という名の男娼として、まだまだ未熟だなと反省しました。そのまま食事をおえてしまいます。
 料亭を出て、帰りの車の中私はシートの真ん中に座り、隣で黙ってうつむいている伊織の香水などではない、自然に漂う清潔な香りを楽しんでいました。やがて郷愁を禁じえない天使の家の門前にとまり、彼女は短く別れの挨拶を述べて軽く頭をさげてから、車をおりていきました。発進すると、突然旦那さまが笑い出します。
 そして――いやあ、あの子、あんなに緊張して、お前のことばかり気にしていた。私に気がある感じだったのに、お前に盗られちゃったな。と、冗談めかして言いました。私は――急に息子なんて紹介されて、人見知りしていただけですよ。と返事をしましたが、自分を救ってくれるかも知れない方からなんの知らせもなく美男子の息子を紹介されて、戸惑いつつもまあドラマチックには感じていただろうなと思いました。
 旦那さまはふいに真顔になって――あの子、かわいそうな子なんだよ。と、突然伊織の不憫な身の上話を語りはじめます。
 要約すると……彼女の両親は、駆け落ちの仲だったそうです。幸せに暮らしていたようですが、不幸にも母親は病に倒れ、そのまま亡くなってしまいました。しばらくは男手一つでまじめに、気丈に父親は伊織を育てていましたが……やはり、見せないようにしていただけで、心は非常に病んでいたのです。
 奥さまを愛していたのでしょうね。推測ですが成長して母親に似ていく伊織を見て、とうとう我慢の限界に達したのでしょう。ある日まだ中学生だった彼女を強姦してしまいます。自失している伊織を残して、父親は罪の意識からか自殺しました。
 両親の結婚は猛烈に反対されていたのか、親戚はすべて伊織を受け入れず、こうして彼女は十四のころに天使の家へ来たということでした。彼女は、肉体的には生娘ではなかったのです。……親に犯されるというのはどういうことか、家庭が崩壊するというのはどういうことか、禁忌にも家庭にも疎い薄情な私でも伊織に憐憫を催す、そんな話でした。
 しかし、旦那さまはそんな薄幸の少女をリンボの奴隷にするつもりなのだと思うと、今更ながら恐ろしくなりました。黙っている私に、旦那さまがまったく予想外だった意図を告白します。――あの子をお前の妹として迎えようと思う、と。
 このときは旦那さまがなにをお考えなのかわからず、ただ驚きました。いっさい退廃的なにおいなどしない清純な雰囲気の、性交にはトラウマがあるであろう哀れな彼女があの楽園に馴染めるわけがない。リンボなら馴染む、馴染めないは関係ありませんが……。
 しかし、とうに精神腐り果てている私は、うまくいけばかわいらしい少女を物にすることができるのかも知れないと獣欲がわき、憐憫はときめきに変わりました。旦那さまに――伊織ちゃんを迎える手伝い、してくれるね? と、聞かれて二つ返事で引き受けます。
 あとで旦那さまからプレゼントにアクセサリーをいただきましたが、ふと真のプレゼントは彼女なのかも知れないと気がつき、彼女に別の使いを遣り先に料亭で待たせ、わざわざサプライズ的な出会いを演出したのはこのためかと納得しました。……それからスケジュールが合えば旦那さまとご一緒して、伊織に会いました。
 顔を合わせる回数を重ねれば、伊織は少しずつ私に馴れてきたようで、口数を増やしてくれます。趣味とか、学校とかたわいない話……趣味は健全に読書と答え、学校は旦那さまと口裏を合わせて適当な学校名を挙げました……をしました。読んだ本について聞かれると困ってしまい、あやふやにしてしまいましたが。余暇を過ごすのに役立てる、旦那さまから借りた本の内容に健全なものなんてありませんから。学校についてもあれこれ質問されるたび、旦那さまに助けていただく始末でした。
 それでも伊織は時折、花笑みを見せてくれるまでになりました。そんな表情を見るたび癒され、もう忘れてしまった外界に住んでいる娘に私は獣欲とはまた違う甘ずっぱい気持ちを少しずつ覚えはじめました。エデンでは得られなかった感情です。……まだこの段階だと、彼女に恋をしつつあるとはっきり自覚はしていませんでしたが。
 仕事の合間にふと、彼女に思いを馳せ、彼女の健気さに気がつきました。心を患ってもおかしくはない悲劇に遭い、すべてを失いながらも、旦那さまと交流しているということは彼女は前向きに自分を立て直そうとしているのです。天使の家のとくに生い立ち不幸な児童は、完全に自暴自棄になっている子もいた記憶があります。か弱い少女の懸命さを思い、愛しくなりました。それと同時に、そんな彼女を私は騙くらかしているのだと、ひどい罪悪感にも襲われました。
 しかし、甘ずっぱい気持ちを生じさせつつも、罪悪感に苦しめられつつも、獣欲は薄まりません。薄まるどころか、強まってさえいました。物思いをおえて、訪れたお客さまに抱かれるとき、私はつい伊織が父親に犯されているところを想像して、久しぶりに体を熱くしてしまいました。お客さまに今日はなんだか激しいね、と笑われます。なんとも複雑な気分になりました。
 そんな複雑な気分のまま、伊織に会いつづけます。口数の増えた彼女ですが、天使の家の話題になるとよく苦笑を浮かべて言葉を濁していました。あとで旦那さまが――彼女、家の居心地、あまりよくなさそうだよ。と、家の職員たちから聞いたのであろう事柄を話してくれます。
 児童の意地悪な女の子たちに、嫌がらせを受けている様子なのだそうです。理由は恐らく、女の子たちのグループのリーダー格が付き合っていたらしい児童の男の子が、伊織に言い寄っているから。……強引かつ嫌らしい言い寄り方で、伊織は大変迷惑しているようですが。ほかにも素行の悪い男子児童たちに嫌らしい目で見られているようで、職員たちがよく気をつけなければ間違いが起こってしまいそうだと。
 そのリーダー格の女の子は伊織より美人らしいのですが、異性から好意を持たれやすいかどうかに、案外容姿なんてそこまで関係ないものです。……いえ、伊織の場合は好意というより獣欲ですね。とにかく、幼稚ないじめっ子たちはそれがおもしろくないわけです。
 伊織は仲のよい校友がいるようですが、学校はいじめっ子たちも同じところに通っているようで、もしかしたら彼女は校舎内でも嫌な思いをしているのかも知れません。都合がよい、細工などしなくても伊織はかんたんに手に入りそうだと旦那さまが言うのを聞いて、私は彼女を助けてあげようかと一瞬だけヒロイックな感情に惑わされました。
 現状がつらいかも知れないけれど、エデンに来たらもっとつらいことになると彼女に打ち明けようか。いやそんな恐ろしいことはできないと、すぐに正気に戻りましたが。……悶々としながらも、物事は進行していきます。
 おかたい会食ばかりではなく気楽に遊んで、もっと親睦を深めようという旦那さまの提案があり、夏もおわりかけのある日にそれは実行されました。カジュアルに、私は長袖のTシャツにジーンズ、旦那さまはポロシャツを着て、アクセサリーにサングラスをかけた姿で地元のややマイナーな観光地へ行きます。伊織は白地に薄い青色の小花が咲いたロングワンピースに、いつも着ている長袖のボレロという服装でした。
 はたから見たら、祖父と孫二人が睦まじくお出かけしている微笑ましい光景に映るのでしょうか。青天の下、どことなく昭和を感じさせるような宿や民家、玄関前でひなたに寝そべりあくびしている柴犬などのそばを通り、港に出ます。昼食に、こぢんまりとしたアットホームな雰囲気の食事処で、風鈴の音を聞きながら海鮮丼を食べました。
 それから海岸沿いを歩き、途中落ちていたヒトデを拾ってふざけたりしつつ、公園に向かいます。気温は高いのですが、潮風が涼しくて気持ちのよいなか童心に返り、遊んではしゃぎました。伊織も笑っていました。おやつに名産の野菜を使った変わり種のソフトクリームを舐めてから、公園内にある土産物屋に寄ります。
 店内には種々様々な貝殻のオブジェが並んでいて、旦那さまの買い物は時間がかかりそうでした。本当に夢中になってしまったのか、それともわざとなのかは知りませんが――二人で足湯でもしてきなさい、という旦那さまの言葉に私たちは素直に従います。この地は海産、農産以外に温泉も有名でした。
 足湯場は公園内の小高い丘をのぼったところにありました。ローヒールのミュールを脱ぎ、ワンピースの裾を控え目にまくった伊織の細い爪先からすべすべしていそうな脛を盗み見しながら、少し熱めの湯に足を浸からせます。私の脛が男のものにしては綺麗すぎるのを変に思われたくなくて、ジーンズの裾をまくるのを濡れるか濡れないかのぎりぎりの程度にしておきました。
 そのまま隣り合って、丘の上から一望できる海を眺めながら足の疲れを癒します。私が旦那さまについて――妙な収集癖がありまして、変わった方でしょう? と、伊織に笑いかけ、彼女は――そうなんですか、と返し、そのまま会話を楽しみました。しかし長くはつづかず、途切れるとなんとなく、消波ブロックにぶつかり弾ける白波を二人して黙って見つめます。周囲にはお年寄りの方がほんの数人いるだけで、静かでした。
 そのうち、彼女から――私、こんなによくしてもらっちゃっていいのでしょうか、と声をかけてくれます。気のせいか、彼女のやわらかな声は緊張しているように、微弱に震えていました。――あなたも、夏休み中ですし、ほかに遊んだりする友達とかいるんじゃないですか。と、つづいて聞いてきます。私は単純に、彼女が現在の無償の優遇振りに心苦しくなったのかと思い――気にしなくていいですよ、自分も楽しいので。と、答えました。
 やや間を置いてから、彼女は――彼女とか、いないのですか? と、発しました。パシャ、と一瞬、彼女の足下で湯が波立ちます。彼女のほうを向くと、うつむいていました。私が――いいえ、彼女なんていませんよ。と返すと、彼女は顔をあげて明らかにほっとしたような表情を見せてから、すぐにまた恥ずかしげにうつむいてしまいました。
 なんて、不器用なんでしょう。感情をまったく隠せていない。……かわいらしい下心に触れて、私の胸はどうしようもなくときめき、しかし一瞬後、チクリと痛みました。伊織を迎える手伝い、ちゃんとこなせてしまっていると。再びお互い沈黙していると、旦那さまから買い物をおえたという知らせが、ジーンズのポケットに入れている私の携帯電話に届きました。
 それから、私のスケジュールが合わなかった会食の日は伊織があからさまに残念そうにするよと旦那さまから笑われるたび、私は胸を弾ませたり痛めたりしました。たまに、旦那さまの指示でスケジュールとは関係なく伊織と会うのを控えます。寂しさを感じさせて、次に私と会ったときの彼女の喜びを倍にするという手管です。
 仲がよくなっていくうちに私と彼女は自然と携帯のアドレスを交換し、私はほとんどお客さまとの連絡用に使っている携帯で、自分がまるで外界の普通の男の子になってしまったような錯覚を覚える文面を打って、彼女のたわいないメールにまめに対応し、また私もたわいない内容のメールを送りました。楽しさと罪悪を感じながら。
 ……つまらなかったはずの外界にいる娘に、私はどういうわけか心を掻き乱されてばかりです。正直、伊織は欲しい。父親に犯されはしたが精神的にはまだ十分処女の、不幸な彼女がエデンに来て、残酷に汚されていくさまを想像すると官能が燃え立ちます。しかし同時に、罪悪感にさいなまれます。……このころ、鞭打ち趣味のお客さまのお相手をするとき私は久しぶりに、鞭のみで達しました。
 それに、伊織が奴隷になれば好きなだけ抱けるでしょうが、肉体を征服したところで私は心底嫌われ、憎まれるだろうという恐怖もありました。なぜか、彼女に嫌われたくないという思いがあったのです。
 そんな私の複雑な気持ちをよそに、旦那さまは伊織に養子縁組の話を持ちかけました。まあ、現状がどうであろうとこんないい話、断る理由がありませんね。息子を紹介されてから、彼女自身薄ら期待していたことでしょう。
 彼女は卒業を待たず、養子縁組の手続きを完了させると、冬休みがはじまる直前くらいに学校をやめてエデンへ来ました。私たちの関係は義理の兄妹になってしまいますが距離はぐっと縮まりますし、そんな些細な禁忌、ロマンチックに感じる程度でしょう。……彼女が来るまでのあいだ、いつもはリンボである程度育った子供がエデンの奴隷デビューする際に行われる初物オークションに、まためずらしく外界の子が出品されるという告知がお客さまたちになされました。
 伊織が来る日。旦那さまが伊織を連れてくる頃合いにどうしても気になってしまい、仕事の合間、化粧をしてコルセットをしっかりと締めて、セクシーなショーツを穿いたいつも通りの格好にガウンだけ羽織って、エントランスへおりました。待機している使用人たちの背後に、さりげなく隠れます。
 ややあって、ドアがゆっくり開き、使用人、旦那さま、つづいて伊織が現れました。彼女はセーターにロングスカート、コートを着てマフラーを巻いた、エデン内だと暑いうえに浮く出で立ちで、旦那さまたちについていく歩をとめ、エントランスの時点で異様さに気づいたのか表情に戸惑いの色を見せました。一行のそばを、お客さまだと思われる全裸の男性が通りすがります。
 旦那さまの命令で使用人たちが何人か、あっと言う間に伊織をかこんでしまいます。私の前にいた使用人もそれに加わり、彼女の忙しなく動く黒目と目が合うとどきりとしました。すぐに逸らされましたが。……弱々しく抵抗する彼女を、使用人たちは有無を言わさずのぼり階段のほうへ連れていきます。
 途中、使用人の一人が彼女に――お父さまは、あなたのお尻には挿入していませんか? とたずね、彼女は混乱しているであろう精神状態で、その意味不明な、恐ろしく下卑た質問に怒りを感じることすらできないのか、間の抜けた調子ではあ? と返す……そんな遣り取りが聞こえてきました。旦那さまは使用人を伴い、さっさと広間に向かいます。広間のドアが使用人の手で開かれると、色めき立ったざわめきが漏れてきました。
 再び、エントランスのドアが開きます。現れたのは男装した笹沼夫人です。着ていたロングコートを使用人に脱がせて預け、受付でエデンの入場手続きを済ませると、突っ立っている私のもとへ颯爽と革靴を鳴らしながらやってきました。――やあ、どうしたんだい? そんなところでぼうっとして。と、呼びかけられ、夫人の言う通りなかばぼんやりとしていた私は、慌てて夫人に頭をさげ、挨拶をしました。
 夫人は女性的になりすぎない、貴公子のような微笑を浮かべて――清十郎さんの娘の初物も、必ず賞味させていただくよ。と、言葉を残し――じゃ、またあとで。と、軽く手を振り、そのスーツ姿の美男子は広間へ入っていきます。私と夫人はこのあと、遊戯の約束がありました。
 それから私は仕事に戻り、オークションに興味のないお客さまのお相手をします。遊戯中、伊織のことが気になって気になって、落ち着かない気持ちを必死に押し殺していました。そして、夜になるとネクタイを緩めた笹沼夫人が私の部屋を訪れます。
 聞かなくても、おしゃべりな夫人は私を抱きながら色々と教えてくれました。――ばっちりと化粧をして、薄紫色の透ける地のランジェリーをまとっていたよ。でも、そんな娼婦のなりをしながらも、つけ睫毛をした目元を赤くして涙ぐみ、両手で一生懸命胸を隠して、いかにも騙されて娼館に売られてきた田舎の生娘といった哀れな風情でね、それが客人たちの加虐欲を煽った。胸の前で組んでいた手を払われて乳房を鷲掴まれると、悲鳴をあげて逃げようとしたよ。
 仮定の陰核を擦られながら話を聞いて、オークションの前の品定めを受ける伊織の様子をありありと思い描きます。――まあ、外界の普通の子なら、こんな反応だよね。と夫人が笑い、私は昔自分自身がオークションにかけられたときの品定めの宴を思い出し、幼くも淫売のような自分と、犯されても処女のような伊織とを思わず頭の中で比べてみました。――使用人たちに押さえられ怒られて、泣きそうな顔になりながら客人たちのスキンシップに耐えていた。
 尻や太腿、乳房を撫でられ、下品なことを言われて、あまりの不愉快さに身震いしたであろう伊織の様子と気持ちを想像してみます。……不愉快以外に混乱、恐怖もあるでしょうね。夫人の手の中で、私の陰核はどうしようもなくふくらみ、硬くなっていきました。――それから、彼女は使用人の手で広間から出され、オークションがはじまった。
 夫人がスラックスの前を開き、陰茎を出してベッドの上で膝立ちになります。私は身を起こし、夫人の陰茎をくわえて前戯のお返しをしました。――外界の清潔な娘にみんな興味津々の様子だったわりにそこまで高値にはならず、あっさり初物を落札できた。
 ああ、このわずかに異臭を放つ、シリコンの陰茎は手つかずであっただろう伊織の後ろを貫いたのだ。私はくわえているだけでほてってしまう淫乱な女のようになりながら、吸茎をしつつ話を耳に入れ、伊織の後ろの落花無残についてひたすら想像を巡らせました。――使用人を伴い彼女の部屋へ向かうと、彼女、ベッドの上で手枷と足枷につながれて、ぼろぼろに泣いてしまったみたいで化粧がひどく崩れていたよ。
 ……ああ、そこは私と同じく恐慌し、取り乱したのだ。そして――悲鳴をあげて、鎖を鳴らして暴れる彼女から、ショーツを使用人が無理やりナイフで裂いて払い、俺のものを受け入れさせるための準備をはじめた。浣腸器を挿されて、盥の中に臭い糞を漏らした瞬間、大粒の涙を零してわなわなと震えた。
 伊織の排泄なんてちょっと生々しく想像できませんが、きっと私が出したものより清らかな糞なんだろう。と、おかしな妄想をしてしまいました。乙女が人前で漏らしてしまうという、想像のしづらい恥についてあれこれ考えていると夫人が私の口から陰茎を引き抜き、尻を向けて四つん這いになるよう命じたので、その通りにします。
 ――さらに彼女は後ろを使用人に指で辱められた。使用人が去ると、俺はベッドにあがりすすり泣いている彼女をそのまま抱いた。
 私の唾液で濡れた陰茎が、仮定の膣の入り口にあてがわれます。――後ろの処女をもらうと、まるで小動物の断末魔のような声をあげちゃって、かわいかったよ。
 貫かれた瞬間、私は伊織と一体化した気持ちになって、甲高い鳴き声をあげてみました。伊織の鳴き声には悲痛さしかなかったでしょうけれど、私の鳴き声には多分に悦がまじっていたと思います。
 夫人がお帰りになってから、入浴をおえると旦那さまに呼ばれました。旦那さまが――伊織が輪姦された姿、じかに見てみたくないかい? と、伊織に割り当てられた三階の部屋へ案内してくれます。私は愚行にも裸身にガウンを着ただけの自分の姿を気にする素振りを見せてぐずつくと、旦那さまは私の身なり以前に彼女と対面する勇気がまだ出ない女々しい気持ちを察したのか――大丈夫、よく寝ているよ。と、付言しました。
 悪臭漂う部屋に入り、ベッドの汚れたシーツに広がっている少女の無残な姿を見た瞬間、私は小さくああ、と声をあげ、無意識に、ふらふらと、だらしなく脚を開いて仰向けに昏睡している彼女のほうへと近寄りました。
 手枷と足枷はもう外されています。ほっそりとしている、胸も上品な程度にふくらんだ上半身に反して、意外と肉づきのよさそうな太腿から尻のラインの中心……いつも丈の長いふんわりとしたスカート姿だったのはこれを気にしてか、と納得しました……元はまだ処女色を保っていただろう女陰と、狭かっただろう肛門が、夫人が初物を賞味したあとほかのお客さまに高値をつけた順で犯され、ぽっかりと口を開いているうえに腫れて、赤々とした内部をうっすら見せていました。
 陰毛は色々な液体で濡れて、股間に海藻が張りついているようです。まだ拭かれていない体は所々茶色く汚れ、性的魅力を感じていたはずの雪白の肌は今、汚らしいものにしか映りません。つやつやしていた髪も、かわいらしい顔もどろどろに汚れて、見る影もありません。薄紫色のランジェリーをまとっていたとのことですが、褐色に染まってしまっている薄ら透けた布のベビードールの切り裂かれた胸元から覗く、色素の薄いピンクの乳首だけが可憐に映りました。
 泥に落とした人形のようです。落としたのは、私です。彼女に対する様々な申し訳なさと、形容しがたい愛しさと、奥のほうでくすぐられる官能で、胸が痛いような熱いような、なんだか泣き出しそうな気持ちになりながら、ベッドのそばに膝をつき、入浴したばかりですが構わず、お客さまたちの体液と彼女の排泄物でべたつく髪に手を伸ばし、撫でました。私はここでやっと、伊織に恋をしていたのだということを、はっきりと自覚しました。
 撫でながら、再度彼女を観察します。身じろぎすらしないほど深く眠っていて、死体と勘違いしてしまいそうだなと思っているとふと、体の両脇に投げ出されている手の手首にいくつもの線状の傷痕が走っていることに気がつきました。とくにそれは左手に多くありました。感受性の強いお客さま方の手首にも、似たような傷痕を見たことがあります。……夏のあいだ、私はたんに日焼けしたくなかったから長袖を着ていましたが、彼女はこういう理由だったのかと痛々しく思いながら納得しました。しかし傷痕はすべて白く、最近新たにつけたものはないようでした。
 しばらくそうしていましたが、旦那さまに声をかけられ、彼女の髪に指を差し込んだまま振り向きます。――彼女の講習中のご褒美役は、お前に頼みたい。では、いいところですが今宵はこの辺で」
 大半は外界の娘とのデート話になってしまったが、二人、俺の話に耳を傾けながら女奴隷を使っていた客がいる。一人は男。かんざしが散らばる床に女奴隷は手をつき、後背位で犯されていた。もう一人は婦人で、煙草を吸いつつ女奴隷に女陰を弄らせていた。二人とも、こちらを凝視していて女奴隷を見てすらいなかったから、この恋の話をネタに手淫を楽しんでいたと言ってもよいかも知れない。

2015年7月3日公開

作品集『咎の園』第5話 (全9話)

© 2015 山本ハイジ

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