ラブホテルの怪人

宇田侑平

小説

1,226文字

底辺日常系作家の低俗な言葉遊び。トイレのお供にどうぞ。

山崎は、ラブホテルの天井裏に住み着く怪人だ。男女の房事を覗き、露一滴逃さずメモリに刻み、空室が長引くや、そのメモリからアレごと引っ張り出して、マス掻きに励む。そんな暮らしを、もう五年も続けているのが山崎だ。カリカリカリカリ。

五つ星だったホテルの評価が下がり始めたのは、今から四年前のこと。数多の素晴らしき賛辞に紛れ込んだ、
「天井から異音がする。鼠でも這い回っているような気がして不気味だ」

というクチコミが世に浮き出してから、ホテルの評価は急転直下し、オカルトマニア御用達となった。

実のところ山崎は、怪人を装う人外である。それが為、食事も睡眠も不要なのだ。必要なものは、唸るようなエクスタシーだけだ。

黄昏時、いつものように若いアベックがやって来て、二戦の激闘を繰り広げた。その一部始終を、山崎は満足げに見つめていた。カリカリカリカリ。

深い夜になると、俳優の冴島と女優の中井がやって来て、夜通し暴れて帰った。天井裏の山崎は勿論、カリカリカリカリ。

中井のことがとても気に入った山崎は、五年ぶりにラブホテルの天井裏から飛び降りた。

町中彷徨して、漸く中井の居場所を突き止めた山崎は、彼女が次の男と会うまで、ずっと後ろにへばりつくことにした。

中井は、三日後耳鼻咽喉科に行って、幻聴を訴えた。聴力検査は異常なし。ストレスに因る一時的な症状ということで片付けられた。

翌日中井は、仕事終わりに熊のような男と食事に出かけた。ホテルではないが、横になって眠ることも容易いような料亭の個室に、二人は足を運び入れた。

熊のような、もうこの際熊と呼ぶか。熊は、食事を終えて直ぐ折りたたみ財布から三枚の札を抜き出し、その札で中井の頬を撫でた。

中井は、顔面蒼白になってその場にへたり込むと、熊の腰に手を回して、だるんだるんのジーンズをずり下ろし、ああ、いいや。これより先は、ゲテモノ好きの豊潤な妄想力に託そう。

山崎は、中井と冴島の再戦を強く求めていた。というのも、熊と中井の間にはなんの繋がりもないと感じ、昂ぶらなかったのである。

密着中井もとうとう十四日が過ぎた。そして訪れた僥倖。この日、寝て起きて寝て起きてのぐーたら生活を送っていた中井は、冴島からの電話に出るや、直ぐと厚化粧に着替え、家を飛び出した。すっかり気を抜いていた山崎は、慌てて彼女の後を追った。

「愛しているよ」

と云う冴島。

「愛しているわ」

と返す中井。

刹那、鋭い雨が降り始めた。山崎は確信して、またあのホテルに帰った。

二十三分後。二人はホテルにやって来て、この前より幾分か緩やかにのたうち回った。しかし最後の二秒だけは、凄絶な憧憬を演じて見せた。天井裏の異音なぞ掻き消されてしまうほどの嬌声と轟音が、部屋の中に木霊した。

雨夜は加速し、やがて空が白んだ。二人が部屋を出た後も、山崎は天井裏を悠然と這っていた。カリカリカリ……カリ。そのときの異音は、輪郭のない空虚な怪物の終章を飾り付けた。妙に儚く、それでいて陳腐な音だった。

2023年3月29日公開

© 2023 宇田侑平

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