腐れ儒者列伝 バックパッカー編 前編

山谷感人

小説

2,742文字

冊子・破滅派十号掲載作品の続編。今回は、老郷土史家と旅に出て……。太宰の黄村先生へのオマージュ。新しきユーモア私小説が、炸裂する(かも)。

平家の、高貴なる落ち武者の末裔だと吹聴する老郷土史先生と、その、愚かな六番弟子たる僕との、所謂、泥酔どんぐり事件は以前、お伝えしましたが(ネットでも購入が出来る冊子の破滅派十号参照)、今回、還暦をとうに越えた先生が、なんと生まれて初めて地元ナガサキから出る事になり、その件でまたひと騒動が起こった故、皆様へ御報告をさせて頂こう。なに、単純に馬鹿らしいハナシである。

ナガサキを出ると云っても特別、長い旅をする、実際は評判が悪い地元から逃げ去り、別天地を求めたワケでは非ず。また、遠くのキ印病院に入るワケでもない。前回でも触れた、近県に嫁いでいる御令嬢、亡き奥様の他界後、唯一と愛されている一人娘さんが体調を崩したらしく(結句、単なる風邪だったのであるが)、それを気に揉んだ先生が、これまで一度も向こうの御両親をナガサキへ呼ぶだけで(自称・平家の末裔を連呼するプラウド故にか?)一度も訪れる事はなかったのに、そのクセに、「病状の、娘の顔を見に行きたい……」と、或る意味、駄々をこねたからである。全く、一人娘さんこそ、迷惑なハナシでもある。

「そう云えば君は、二十代の頃には海外を武者練り歩きしたルンペン、あ、いや……バックパッカー。エジプトで銃を突き付けられたり、シャムのなんとかなる島で、全裸の西洋人に囲まれて逃げた、等々の愉快なるハナシを以前、私に語っていたね。そうだよ、若いうちは冒険をするべきだ、ハハハ……。さて、どうせ君は無聊なる日々を捲っているだろう? どうだね、私のお供をして娘のトコロへ付いてこないかね? いや、来なさい」

いつものような、うわべは余裕ぶった言い方で〆るのでは無く、来なさい、と断言するからに、先生は初めてのナガサキ離れ、遠出が一人では頗る不安なのであろう。然し、先生は勘違いをされておる。僕が銃口を向けられたり、全裸の白人ヒッピー達に絡み絡まれて逃げた、なるハナシ等々は事実ではあるが(無論、先生へと語る時は、オモシロオカシク脚色したけれども)、それは世界でのバックパッカーとしての享楽一人旅での事。安心、安全を第一とするであろう、先生の、初めてのおつかい、否、プチ遠出のお供に関しては、全くもって無意味なるスキルである。そうして、悪い予感がしたし、気が乗らなかった。それが正解だったけれども。

「……先生、お誘いは有り難い……のですが、僕もこう見えて、そこまで暇を持て余しているワケではありません。ええ、外で額に汗して金銭を稼いだりはしていませんが、そうそう、ほら、現在、隠れキリシタンに附いて調べておりまして、ね……、すみません」

「なにっ、潜伏キリシタンに附いてかねっ!」

先生は、莞爾と笑った。

「ハハハ……、なら、なおさら来なさい! そりゃ市内は云うに及ばず、生月、平戸、五島、大村、島原……、ナガサキはその研究の宝庫では有るが、私の娘が嫁いでいる大分。時系列的に、まずはそこを調べないとウソになるテーマだよ、君っ。ハハハ……、良いタイミングになったモノだね。君は、倖せ者だよ。私の解説も拝聴が出来るしな。本物の文筆者、郷土史家は、足を使わないとならぬ(御自身、ナガサキを離れた事が無かったクセに)。では、出発は明日の早朝とするっ」

こうした調子で押し切られ、お守り、する破目になってしまったのであった。

 

東洋のナポリ。大分県は別府。

ナガサキと同じように、海を山々が囲んでいる土地であるが、ここには、キラーコンテンツとして日本最大規模の温泉が、有る。そうして、これまた同じような地形の東の雄、熱海などと比べると、そこまでまだ猥雑では無い雰囲気であるのも、この保養地の魅力の一ツであろう。先生の娘さんは、この市の郊外に住んでいるとの事。

「漸く着いたか。バスに揺られて約四時間。あ々、疲れたわい。一句、ひねりつつと思っておったが途中、車酔いしそうになったしの。ハハハ……」

僕にとっては、本日も初っ端から全然、先生おきまりのハハハ……を、お愛想でも、共感する気分ではなかった。

早朝、御屋敷へと迎えに行くと、先生は荷物の準備を何もしていなかった。御自身から無理矢理、僕をお共に誘ったのに、すわっ、遂にボケたのか! とさえ思い事情を聞いたら、「一人娘のトコロへ行くのに、何の荷物が必要であるかっ! ええいっ!」と、お叱りを受けてしまった。どんな、気儘で自由を求めるバックパッカーでも、それこそバック一ツ分の中に、歯ブラシ、タオルやら石鹸、髭剃り、鼻毛剃り等々……、必需品は詰め込んでいくモノだ。僕はまだ、出発するバスターミナルへ向かうまでに、三十分くらい残っていた時間内で、先生の必要最低限なる備品を探し出し用意してやった。然し、そこで先生は、そんなアタフタと動いている僕を見遣り、耳掃除をしながら、えへらえへら、呟いた。

「ふうん……、ヒッピー気取り、海外でのバックパッカーもどきでも、荷物は躍起となって準備するモノなのだね。私の場合は、乃公、ひとたび起てばっ、そうした気概、心持ちで常にいるのだがねえ」

……、判りました。だが一旦、お守り、を引き受けた以上、先生にではなく、御嬢さんに恥ずかしい思いをさせるワケには参りませぬ。こうした、ひと悶着もあった故にて。

先生は、そんな僕の気持ちを敢えて無視しているのか、それとも単純に鈍感なのか(間違えなく後者、の方であろう)、会話を続ける。

「さて、我が地元、ナガサキには到底、及ばないとしても、古くから文人墨客が訪れた別府界隈。この場所の歴史、郷土史を教えて進ぜよう。まあ、落ち着いて勉学をしたまえ。ゴホン。まず、そもそもだねえ……」

本日は旅の疲れもあるだろうし(バスで約四時間足らず)、有名な別府温泉にも浸かってみたいしなる事で、中心部の旅館に一泊する予定だと先生はおっしゃっていたが、そこへチェックインするまでの二時間余り僕はその、先生が初めて訪れたナガサキではない箇所、別府に関する講釈を、長々と聞かされてしまった。

実は、僕は別府に来たのは四回目であったが、それを言ってまた、小面倒な事態に陥りたくなかったし、まあ、汚いハナシ、旅費、滞在費、大分でシンケン(大分弁で、本当に、なる意味)に美味いとされる高級な鳥天や関サバの御馳走、その全ては先生の金銭で、また以前、焼鳥屋で奢ってやったのに何だ! なる叱責もされたしで(ネットでも購入が出来る、冊子の破滅派、十号参照)、識っている逸話を述べられても、感嘆して頷いておいた。あ々、諸君! これから当初より、漠然と危惧していた以上の、大騒動に巻き込まれるとは、知らずに、だ。

 

 

(中編へと、つづく)

2014年12月1日公開

© 2014 山谷感人

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