アボカドキノコ

応募作品

小木田十

小説

4,176文字

 ネットで調べたら、アボカドは人間とカメムシの一種しか食べないんだって。
 他の動物たちにとっては有毒なんだとさ。なんでだろう。答えは本作の中に。

ある星雲の中で一大勢力を誇っていたインベージョン星は、惑星としての寿命を迎えようとしていた。自転のスピードが衰え、地場が乱れ、近いうちに地底のマントルが膨張して爆発することが予測されたので、インベージョン星人の連邦政府は、新たな居住場所を求めて、さまざまな方面に偵察部隊を派遣した。

その偵察部隊の宇宙船の一つが銀河系の中に地球を発見し、大いなる興味を持って観察を始めた。地球は空気組成も気温もインベージョン星に類似し、居住に適した惑星だった。海も空も陸地も季節や時間帯によって多彩な一面を見せ、それぞれに美しく、引力もインベージョン星とほぼ同等だった。水や空気の循環はスムーズで、地域によってハリケーンや地震、大雨や干ばつが発生したりしていたが、全体としては安定性が保たれており、地球自体が一つの生命体として活動しているともいえた。

その地球には数多くの生物たちが生息していたが、生態系ピラミッドの頂点に君臨していたのは人類という二足歩行の生物だった。彼らの文明はあまり高度なものとはいえず、いまだに人類同士で領土や食料、エネルギー資源を奪い合って戦争を繰り返していた。また、人類は目先の利益優先で化石燃料を燃やし続けてきたせいで温暖化が進行し、それが原因で数々の自然災害を頻発させていた。マイクロプラスチックや放射性廃棄物も増加しており、環境汚染も深刻なものになっていた。

そして、人類のサンプルを採取して身体組成を分析したところ、インベージョン星人の食料として栄養価も味も申し分のないスーパーフードであることが判った。他の動植物や昆虫類よりも、人類はインベージョン星人にとって格別なごちそうだったのである。

偵察部隊は連邦政府にそれらの事実を報告した上で、こう進言した。

〔地球には大きな潜在的価値あり。早急に総攻撃を仕掛けて人類を家畜化すれば、安定した住環境と食料が同時に手に入ること間違いなし。〕

この報告と進言を聞いて連邦政府の首脳部は大いに喜んだようではあったが、念のためにしばらく経過観察をして報告を継続せよ、との指令が返ってきた。そして、ささいな出来事も漏らさず報告するように、との注文がついた。

偵察部隊はその指令に従い、地球の観察を続けた。

人類の間ではその頃ちょうど、アボカドという、ディップ用ソースやサラダなどに使われる人気食材が入手困難になるという事態が発生していた。

アボカドは熱帯や亜熱帯で生育し、森のバターと称される栄養豊富な果実だが、それだけに栽培すると土がたちまちやせてしまうため、生産を増やすために森林破壊が進行していた。また、アボカド産業が大きな利益を生んでいることに中南米の麻薬カルテルが目をつけてビジネスに食い込もうとし、紛争が頻発していた。この対策として人類の国際機関はアボカドの生産量を規制するようになったためさらに入手困難となり、価格が高騰しているのだった。

日本という小さな島国では、アボカドの味や食感がマグロのトロに似ているとして、カリフォルニアロールなどの鮨ネタにも使われていたが、アボカドの方が高級食材になってしまったため、メニューのカリフォルニアロールの欄には〔アボカドの代わりにマグロのトロを使っています〕という注意書きが入るほどだった。

また、このアボカドという食材は、他の動物たちにとっては有害なので、一部の昆虫と人類しか食べることができない、という奇妙な特徴があった。

インベージョン星人の偵察部隊は、地球全体のことに較べるとアボカドのことなど取るに足らない些細な出来事だとは思ったが、人類しか食べないという事実に連邦政府は何らかの深い事情があるかもしれないと考えたようだった。下りてきた指令は、アボカドについてさらに注視して報告を継続せよ、というものだった。

品不足になって価格が高騰し、麻薬カルテルの紛争まで発生していたアボカドだったが、マグロのトロを代替品にするなどしていた島国日本に住むある菌類学者が、ミドリツキヨタケというキノコをペースト状に加工してバターと混ぜ合わせると、アボカドそっくりな味と食感になることを発見した。ミドリツキヨタケは原生林の腐葉土などに生育し、毒はないが人類にとって美味なものではなかったため、これまで注目されることのないキノコだったのだが、これにより一躍脚光を浴びることとなった。

やがて、ミドリツキヨタケは楽に計画生産することができることや、本物のアボカドとは栄養成分が異なるものの、腸内環境を格段に向上させる効用があることなどが判り、日本の企業が次々と生産と販売事業を始め、アボカドキノコと称されて、たちまち世界の人気食材として拡散した。その勢いはすさまじく、高騰していた本物のアボカドはそのあおりを受けて価格が暴落し、アボカドの密栽培や密輸出に多額の出資をしていた中南米の麻薬カルテルが次々と破産してしまうほどだった。

三年も経つと、アボカドキノコは世界のスタンダードな食材として定着したが、それに前後して、人類の中で、森林伐採の阻止を実力行使する過激派環境保護活動家たちがなぜか急増していた。彼らは人類ではなく森林の代弁者となり、各国政府の関連施設を襲撃したり、政府要人を拉致監禁して森林伐採を止めさせようとした。

やがて、過激派環境保護活動家たちとアボカドキノコとの関連性が明らかになった。逮捕した活動家たちの脳を調べたところ、ミドリツキヨタケの菌が腸内にとどまらず、脳細胞にまで侵入して繁殖していたのである。ミドリツキヨタケの菌が脳の思考活動に影響を与え、過激派環境保護活動家たちを操っていたのである。

人類の代表者たちはあわてて、全人類的に脳を検査した。その結果、ほぼ全ての人類の脳内にミドリツキヨタケの菌が繁殖していたことが判明した。つまり、いつ誰が過激派環境保護活動家のような行動を開始するか判らないという、いわば時限爆弾を抱えた状態だということが明らかになったのだった。

各国政府はすぐさま、アボカドキノコの生産工場を焼き払い、食べることを禁止した。しかし、時既に遅しだった。すべての人類はミドリツキヨタケに類似する生態を見せ始め、直射日光を嫌うようになり、それまでの住居を捨てて、森林の中に移り住むようになった。腐葉土に身体を埋めて眠るだけで必要な栄養分が取れる体質に変化していたため、無理して働かなくても済むようになり、ほとんどの産業活動が人類にとっては不要なものとなった。これにより化石燃料の消費はストップし、マイクロプラスチックや放射性廃棄物による環境汚染も止まった。そして人類は、日陰でおとなしく暮らす、きわめて地味な、出しゃばらない生物へと変化した。

インベージョン星人の偵察部隊は、大喜びでこの事態を連邦政府に報告した。人類を武力で制圧したり施設に収容したりしなくても、森林に分け入って必要な量の人類を順次〔収穫〕するだけで済むのである。連邦政府が経過観察を続けよという指令を出したのは大正解だったわけである。

偵察隊は、さっそく森林の中から数体の人類を捕獲して、蒸したり焼いたりして試食した。味も歯ごたえもすばらしく、栄養価も文句なし。連邦政府はこの功績を高く評価してくれるはずで、偵察部隊のメンバーは全員、大幅な昇進間違いなしとチームは喜び合った。

しかし、大きな誤算があった。人類を食べた偵察部隊のメンバーたちの体内で、ミドリツキヨタケの菌が繁殖し始めたのである。幸い、人類を食べることを中止すれば、ミドリツキヨタケの菌はやがて死滅することが判ったものの、上質な食材だったはずの人類は一転して食べてはいけないものになってしまった。

連邦政府からは、一連の経緯について真相を解明する内容の報告をまとめてから帰還せよとの命令が下った。真相解明のためにはさまざまな調査が必要となり、偵察部隊が帰還の途に就くことができるまでにはさらに数年の歳月を要した。

以下はその報告の主な内容である。

――地球の支配者は人類である、という我々の見立ては、そもそもの事実誤認だった。地上の生命体のうち、質量換算で95%以上を占めるのは植物群であり、その植物群と共存している菌類こそが真の支配者だった。菌類は植物の根元に網の目よりも細かく広く寄生し、その菌糸は長く伸びて地中でネットワークを形成しており、森全体が一つの生命体として意思を持っていた。

彼ら、すなわち植物群と菌類たちは、人類との共存を長らく許容していたが、人類の身勝手な振る舞いによる環境汚染はかなり深刻なレベルに達したため、ついに彼らは人類に見切りをつけ、無害化するべく行動を起こした。

彼らはまず、アボカドという、人類しか食べられない、しかも栄養豊富で美味な果実を出現させた。人類はすぐにそのエサに食いつき、アボカドを入手するためには殺し合いまでするようになった。

植物群と菌類たちは第二段階として、ミドリツキヨタケを加工すればアボカドと同等以上の食材になることを人類に気づかせた。人類はこのエサにも食いついたため、ミドリツキヨタケの菌を体内に定着させることに成功した。

第三段階は、ただ眺めているだけでよかった。ミドリツキヨタケの菌を通じてコントロールできるようになった結果、人類は環境破壊をやめて、おとなしく森の中で暮らすようになった。かつて人類の影におびえて隠れるようにして暮らしていた他の動物たちは今、日当たりのいい大地を走り回っている。異星人から見ても、不思議と美しい光景である。

なお、地球の真の支配者である植物群と菌類たちは、単に人間を無害化して環境破壊を止めることだけが目的だったのではなかった。

植物群と菌類たちは、インベージョン星の偵察部隊が接近し上陸するなどして調査活動を始めたことを察知して、人間を無害化するだけでなく、目障りなよそ者に侵略をあきらめさせる作戦まで鮮やかに遂行してみせたのだった。インベージョン星人にとって魅力的な食材だった人類を、食べられない存在、食べてはいけない存在に変えるという方法で。

報告書の最後にはこうまとめられてあった。

地球には人類よりもはるかに高度な知性と防衛力を持った生命群が存在しており、安易な手出しは危険。彼らの逆鱗に触れるとどうなるかを人類が教えてくれている。

2023年1月20日公開

© 2023 小木田十

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"アボカドキノコ"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2023-01-24 20:08

    SFというジャンルに特有の説明過多にかなり抵抗を感じたが、ほら話として手が込んでいる。アニメで見たい。

  • 投稿者 | 2023-01-24 21:25

    物語中でおにぎりを捨てて踏んだりする人物がロクな死に方をしないとか、現実の事件では米騒動とか、個人的な話で言えば、ロクにおかずがなくてもご飯が炊きたてだとそれだけでニコニコになったりとか。

    そういうこと思うと、日本の神様はお米で、日本人は稲穂に支配されているのかな、などと、この話を読んで思いました。
    面白かったです。

  • 投稿者 | 2023-01-27 08:48

    面白かったです。
    最初、『第9地区』みたいな話になるのかなと思っていたんですけども、違いましたね。第9地区の続編『第10地区』はこういう話だったらいいなあ。

  • 投稿者 | 2023-01-27 15:05

    世界最大の生体はキノコだという話を思い出しました。

    キノコの他にも、人間の好奇心や野心を利用して、他の惑星に移住を狙う生命体もいるのかもとか、ドキドキする想像をふくらまさせてくれる大変興味深い作品でした。

  • 投稿者 | 2023-01-27 20:39

    面白く読みました。特に異星人と人類と植物、キノコの三者のからみ。
    お正月のテレビ番組で植物や菌類、微生物こそが質量ともに地球上の生物の大部分であり知的活動さえ行うのだと言うのを見ました。さもありなん。
    それにしても腐葉土に埋まっているだけで栄養を吸収して生きていけるのならその方がいいなあ。植物たちの戦略がそっちに変更になれないいのに。

    • 投稿者 | 2023-01-27 22:15

      全てはキノコの手(?)の中に……。
      ある意味究極の共存ですね。人間に毒を蓄積させて殺してしまうわけでもなく、良い具合に弱体化させる、と。ある意味、菌と人間が手(?)を取り合う平和なハッピーエンド。

  • 投稿者 | 2023-01-28 15:10

    ミドリツキタケのアイデアは面白いと思いました。Fujikiさんも指摘されていますが、前半から中盤にかけての説明が助長なように感じました。できればここを偵察隊の描写や司令部との会話などで読みたいと思いました。ただ、アボカドの説明は面白かったです。

  • 投稿者 | 2023-01-28 16:08

    ホモ・サピエンスは生物学的に変な特徴を持っていたりする。(例:ビタミンCを接種しないと死ぬ動物は人類とサル、モルモットぐらい)
    アボカドを食べられるというのも変な特徴の一つ。その特徴とSFを組み合わせる筆者の力量に驚いた。

    キノコに乗っ取られる……。昔見た特撮映画『マタンゴ』もそんな話だったなあ。

  • 投稿者 | 2023-01-29 15:09

    菌の知性。雄弁は銀、沈黙は菌、いや、金。寡黙な知性ほど恐ろしいものはないのか、どうか、って感じました。

  • 投稿者 | 2023-01-29 23:14

    面白く読みました。菌類はどうやってネットワークを築いていたのか気になりましたが、人類とは異なるレイヤーで繋がっているのか、もしくはすべて丸っと一つの知性なのかもしれないですね。「〔アボカドの代わりにマグロのトロを使っています〕」にクスっとしました。

  • 投稿者 | 2023-01-30 09:45

    冒頭のガイア仮説っぽい地球の描写が、こういう形で伏線回収されるとは思いませんでした。随所に皮肉も効いているし、面白かったです。

  • 投稿者 | 2023-01-30 10:23

    インベージョン星人の地場産業を荒らすと怒鳴られるということだけわかりました。素晴らしい梗概だと思います。カメムシは食うと不味いです。

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