たいした話じゃない

応募作品

我那覇キヨ

小説

3,177文字

父が死んだ。
残されたゲーム機には、ぼく宛のセーブデータがあった。
父はぼくに何を伝えたかったのか。
それを知るためにぼくはゲームをプレイする。

父が亡くなったので遺品の整理をしている。

写真、映像はすべてクラウドデータに保存されていたので手間は少なかった。ぼくのアカウントにデータは移行済。
写真はスライドショー形式でランダム再生することにした。AIの分析によればぼくが幼いころの写真が多いとのこと。次が母の写真で、母が撮った父の写真も多い。すべての画像に目を通すにはあと82時間スライドショーを表示してやればいいことになる。写真はサブウインドウの壁紙に表示するように設定したので、今月の仕事中には60%の写真を見終わる見込みだ。

大量の蔵書は処分することにした。置くスペースがない。葬儀屋が本のタイトルをリスト化してくれていたので、あとはAIがあらすじを検索しておいてくれる。一応、今月の間は葬儀屋が保管してくれているので、あらすじに目を通して、読んでみたい本があればそれは手元に残せる。
そのほか、家具は今の家でも使えそうなやつや、ちょっと上等なやつはいただくことにした。
それでほぼおしまい。

最後に残ったのが父の残したゲーム機だ。第11世代のゲーム機なので、2世代前のものになる。一時期流行した、さかのぼりセーブ機能があるので、大量のセーブデータが残されていた。
……今では珍しい機能なのでさかのぼりセーブ機能について説明しよう。ちょっと長くなるが付き合ってほしい。
さかのぼりセーブ機能は、ユーザーがゲーム中に面白いと思ったシーンからさかのぼってセーブデータを作れる機能だ。
と言っても、貧弱な第11世代のマシンスペックでそれを実現することはできない。そのため、第11世代のゲームでは1分、5分、10分など一定間隔でのオートセーブが行われる。セーブデータはプールに配置され、100個を超えたら古い順に削除される。ユーザーはゲームで面白いことが起きたら、プールからセーブデータを選び、名前をつけて保存する。名前を付けたセーブデータはプールとは別に保管され、オート削除の対象外となる。これがさかのぼりセーブの仕組みだ。

こうすることでお気に入りのシーンを何度も楽しむことができるというわけだ。
ほかのユーザーにセーブデータを送ることで「体験を共有する」ということもできた。
元々はソフトの中古転売対策の一環だった、という意見も見たが、だとしたらなかなか考えられていると思う。人は思い出と結びついたモノはなかなか手放せないものなのだ。
そんなわけで今ぼくの家には父の残したゲーム機と大量のセーブデータがある。別にどうでもいいかと思って処分してもらおうと思ったが、セーブデータの名前にぼく宛とつけられていたものがあった。
そりゃ起動してみるだろ。一応。息子として。

 

ゲームを起動すると、半裸の男が山小屋でベッドに寝ている。これが操作キャラらしい。
ボタンを操作してゲーム内でできることを確認していると、山小屋の窓からクマの姿が見えた。
クマの方もぼくに気づき、唸り声をあげる。
クマは山小屋に突進し強烈な体当たりを見舞ってきた。大きな音と共に揺れて破損する山小屋。
何かできることはないか、と山小屋の装備を確認していると窓ガラスが割れる音が。
先ほどのクマが窓枠を破壊して乗り込んでくる!
絶体絶命!
と思った瞬間、ものすごい地響きと共に雪崩が押し寄せ、クマは山小屋の窓枠ごと流されていった。
山小屋は奇跡的に無事。雪崩は物理演算で作られているので、本当に偶然としか説明がつかない。
そこでチェックポイント通過の通知と共にウインドウが開いた。
「びっくりした?」

先ほど説明していなかったが、さかのぼりセーブデータには以下のものが設定できる。
①セーブデータの名前
②プレイ前に読めるコメント
③チェックポイント通過条件(何分経過とか、どこについたとか、敵を倒したとかゲームごとに設定できる)
④チェックポイント後に表示されるコメント

そんなわけで今ぼくは①の名前に誘われ、③のチェックポイントを通過し(多分クマの死がトリガーなんだろう……)④のコメントを読んだわけだ。
……なんてくだらないものを体験させられたのだと思いつつも、時を超えた父との対話ができたようで楽しかった。
メニューに戻り、大量にあるぼく宛の名前がついたセーブデータの一覧を眺める。……長い付き合いになりそうだとぼくは思った。

 

仕事から帰って暇があるとゲームで遊ぶようになった。と言ってものめり込むほどじゃない。一日あたり数分の時もある。
だんだんセーブデータのクセもわかってきた。
基本的にプレイ前コメントは書かれていないが、やってほしいことが分かりづらいものにはプレイ前コメントに説明が書かれている。
父からのメッセージを読みたければチェックポイントをクリアせよということだろう。やってやろうじゃないかという気持ちになってくる。
ある意味でこれが一つのゲームなのだ。

父の作った、ぼくに向けてのゲーム。

遊びながら考えた。ぼくは父とどんな話をしてきただろう。

忘れ物大丈夫?とか、ごはん何食べる?とか、そういう生活のこと以外で。
ぼくは学校の話はそれほどしなかった。
父もあまり会社の話はしなかった。そっちの話は、わざわざ思い出して説明してまで話すほど面白い話に限られた。
一番した会話はやはりゲームの攻略についてだろうか。父とぼくは言わばゲーム友だちでもあったのだ。
ぼくが幼い頃は、父のゲーム友だちと混ざって遊んだこともある。
人と遊ぶことも楽しかったし、オンライン、オフラインでの会話も楽しかった。
そこでの会話で多くの時間を占めるのがゲームの攻略についてだ。
父がよく言っていた。
攻略とは当人が持ち得る情報から有効な選択肢を考えた思考の結果であると。攻略とは言わば、状況を把握して整理し、より良い状況を目指そうとする物語なのだと。当人の認識不足、誤り、バイアスから有効ではない攻略が語られていることもある。それは間違った物語だが、それも含めて楽しく素晴らしいと父は思うのだと。

攻略は「個人の感想」であり、「ランダムからパターンを見つけだそうという営み」であり、「検証されないままにたれ流される仮説」であり、「一回性の記録」であり、「その人の世界観」であり、「つまりは語れるサイズの人生」なのだと。
大勢で攻略を持ち寄ったところで、ゲームの全貌、その真の姿が明らかになるわけではない。でも攻略を持ち寄ることで、何かがほの見えることがある。情報以上の何かをそこに感じるのだと。
確か父はそんなことを言っていたのだ。

こんなゲームで遊ばなければ思い出すこともなかった。

 

ゲームを遊んでいたら気づくと涙を流していた。画面では本当にくだらないことが起き、チェックポイント通過と共に「びっくりした?」なんてどうでもいいメッセージが表示される。
「あぶ……あぶ……あぶ……あぶなーい!」とか、

「あぶ……あぶ……あぶ……アボカド!」みたいな、当時仲間内で流行っていた時代遅れのスラングの時もある。
「ワーオ!」なんていう文字を打つのが面倒だったとしか思えないコメントもある。

それらを見ながらぼくは泣いた。

葬式でも泣かなかったのに。
父はここに居る。
そしてもう居ない。
大人になってから、いつのまにか父とは遊ばなくなっていた。
父が死んだのがきっかけで、また父と遊ぶ。
もう居ないことを知っているから、だから遊んで泣く。これはどういうことだろう。言えるのは、遊んだことを父に伝える手段はもうないということだけだ。

たいした話じゃない。
思い出を蘇らせるためのヨスガとして、ぼくと父の関係ではセーブデータがちょうどよかったというだけの話だろう。
父がゲームをやっていてよかったと思う。
そのせいでくだらないものが残され、それを遊んで息子が泣く。
たいした話じゃない。
たいした話じゃないんだけど、この話をどうしてもしたかった。

2023年1月13日公開

© 2023 我那覇キヨ

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"たいした話じゃない"へのコメント 14

  • 投稿者 | 2023-01-24 20:05

    ゲームに詳しくないのでちょっと入り込みにくい部分もあったけれど、息子の父親に対する思いは伝わってきた。私も蔵書のリストを作ってくれる葬儀屋がほしい(できれば、生きているあいだに)。

    • 投稿者 | 2023-01-27 11:01

      蔵書のリスト作る商売は結構成立しそうな気がします。料金4〜5万円で、葬儀の金銭感覚バグってる時ならどさくさで契約取れそう。
      取り分は葬儀屋が紹介料1万、リスト屋が4万とかの内訳で。

      ブックオフはそういうビジネスはじめた方がいい。

      著者
  • 投稿者 | 2023-01-27 00:50

    アボカドの出て来方が強引でちょっと笑ってしまったのですが、しめやかになりすぎない、けれどドライではない絶妙な父子の距離感がとても良くて『ニューシネマパラダイス』の最後のシーンを思い出しました。「たいした話じゃない」が繰り返されるのも良かったです。けれど自分も父親が亡くなったらくだらない思い出ばかりを思い出すんだろうなあと、しんみりしてしまいました。

  • 投稿者 | 2023-01-27 08:38

    「びっくりした?」
    の所で、もう泣いてた私。

  • 投稿者 | 2023-01-27 13:39

    めちゃくちゃ良い話で泣けました。いつアボカド出てくるんだろう、と思っていたらダジャレというところもしっくり来ました。

  • 投稿者 | 2023-01-27 20:10

    親子で同じ趣味(あるいは職業)を持って、それを通して死後も語り合えるという話はよく聞きますが、ゲームの攻略が出てくるところが新鮮でした。(私が知らないだけかもしれないけど)「つまりは語れるサイズの人生」なんてカッコイイセリフ言えるお父さんいいな。短い映像作品になりそうです。

  • 投稿者 | 2023-01-27 20:34

    アボカドがちょっとこじつけでしたが、これはしんみりする破滅派ですね。泣いちゃう人もいるかも。
    なんでしょう、このシナリオで保険会社の泣けるコマーシャルが作れそうです。

  • 投稿者 | 2023-01-28 05:36

    残されたメッセージが教訓めいた特別なものじゃなくて、ちょっとした声がけなのがいいですね。だからこそ、お父さんがそこにいるような気になれたのかも。
    お父さんのロスタイムに居合わせられたというような、ささやかだけれども、特別な時間の溜まりに、心地よさと切なさを感じました。

  • 投稿者 | 2023-01-28 15:37

    不器用な家族だと思った。母親の姿がこの小説にはほとんど見当たらないのもおそらく父が原因だろうと思った(死別ではなさそう。離婚した?)
    「攻略は……(中略)つまりは語れるサイズの人生」
    主人公は父の「作った」ゲームをどう攻略していくのだろう。できれば、生前に父を見つめてほしかったと思ってしまった
    とにかくしんみりする話だった。

  • 投稿者 | 2023-01-28 19:08

     父親との思い出がほぼゲームという関係性もあるのだろう。父親のキャラや職業などをもう少し描き込んでいればより作品に感情移入できたと思う。お題との関連も一工夫ほしい。

  • 投稿者 | 2023-01-29 05:29

    しんみりとした余韻の残る良作だと思います。ゲームのセーブデータを介して父親と対話をする、という仕掛けが新しい。これで長い話を読んでみたいです。

  • 投稿者 | 2023-01-29 15:24

    最近はドラクエとかポケモンとかゲームもご長寿シリーズは親から子へ、「あの頃、オヤジは勇者だった」みたいな懐古と郷愁のアイテムになりつつあるし、これからはもっとそれが普遍的な価値観になっていきそうですよね。東京タワーがエレキギターがLINEのメッセージがま新しいものの代名詞から時を経て、のべ人数で相当の人がそれに接し、蓄積された思い出がエモエピソードになるのと同じように。

  • 投稿者 | 2023-01-29 20:40

    父の遺品を整理している中で自分に向けた何かが見つかるのはよくある話ですが、それがゲームデータってところが新鮮で我那覇さんっぽいなあ、と。アボカドがかなり強引で笑ってしまいましたがよくできた物語でした。

  • 投稿者 | 2023-01-30 10:14

    セーブデータがGitっぽくなってるのは今風(近未来風)でいい発想だなと思いました。むかし、他人のスクリプトにその日食べたものがコメントアウトされていたりしましたが、今でもそういう文化は残っているのでしょうか。

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