汝はそれである

合評会2023年01月応募作品

ヨゴロウザ

小説

3,150文字

前回の合評会に参加できなかったのが心残りなので、今さらですが童話っぽい感じを意識しました。

 どこぞの大佐は銃殺隊の前に立った時、初めて氷を見た日の午後を思い出していたそうであるが、同じような状況に立った時ガムポパはあの日祖父が自分にかけた謎の答えは何だったのかを考えていた。
   
 あの日、ガムポパは祖父と一緒に掘り出し物を求めて巨大なゴミの山をよちよち登っていた。町を離れた森の中にあるそこは市民が処分に困ったゴミを車に満載にして乗り付けて捨てて行く場所で、幼いガムポパにとってはむしろ宝の山だった。机とか壊れた扇風機の残骸とか特に面白味のないものに交じってなにやら芳醇な匂いを放つカラフルな酒瓶、何を入れるものかもわからない、どぎつい彩色の絵が描かれたブリキの小箱、ビニールでできた人形、てかてか光る金属の部品……おや、これは何だろう。くるみの実のようなものが落ちている。ガムポパはそれを拾って、ゴミの山に腰をおろして一服中の祖父のところへ持って行った。祖父はそれを手に取ってためつすがめつした。
 「これはアボカドの種だな」祖父は鼻から煙を出しながらそう言った。
 「まあお座りガムポパ。何でもないつまらないものに見えるかもしれないが、この中にこの世界の全てが詰まっているんだよ。ほら、あそこに木が見えるだろう。目には見えないけれどこの中にあるものがやがてあんな大きな木に育つんだ。それは何だと思うね? いいかねガムポパ、それは……」
 言いさして祖父はふとガムポパの顔を見つめ、笑って種を彼の手に握らせた。
 「答えは言わないでおこう。それが何かわかったら、私に教えにおいで。その時はガムポパはもう大人で、私はこの世にいないかもしれないけどね」
 祖父はどういうつもりでそんな話をしたのか、ただの気まぐれで深い意味はなかったのかもしれないが、ガムポパは帰り道ずっと祖父に言われた事を考えていた。そして本当にこの中にそんなものが詰まっているのか確かめるために、大きな種を庭に埋めてみた。
  
 その夜ガムポパは夢を見た。
 庭に植えた種――それは確かにあの一粒だけだったはずなのに、夜が明けた頃にはもうあたり一面見渡すかぎりにアボカドの木が生えているのだった。だんだん強くなる夏の午前の陽射しを避けようとしてなのか、一本一本の木の蔭に見た事もない人たちが安らっていた。この人たちはどこからやって来たのだろう? 不思議そうに木々の間を歩くガムポパを彼ら彼女らは気にも留めないでいるようだったが、ガムポパは歩いているうちに急にある事がわかった。この人たちはみんな、この木に実がみのるを待っているのだと。あたりはいい匂いがして、誰もが楽しげな顔をしていた。世界はこの木に生る果実に恋していた!
  
***
  
 ほら、この木です。あの人はこの木に縛り付けられて殺されたんですよ。額を撃ち抜かれたんです。私はその一部始終を見ていました。あの人はこの辺りでは評判が良くなかったですけど、私はずいぶんお世話になりましたから悪く言う気にはなりません。評判が悪かった理由? それはこの木が土地の水を全部吸い上げてしまうからです。あの人の農園だけならどうという事もなかったのでしょうが、誰もかれもがこぞってアボカドを作り始めましたからね。なんせ一本の木に生る実だけでおそろしいほどの金になりましたから。それでご覧の通りあたり一面アボカドの農園になったわけですが、おかげで土地はすっかり荒れてしまいましてね。それにいまお話した通りの、大変な金になる果実ですから、夜中に盗みに来るような連中が絶えなかったんです。連中はかなり本気で、武装してやって来てごっそり我々の一年分の苦労の結晶を持ってってしまう。それでいろいろ対策も取ってはみたのですが効果が出なくて、そこであの人の弟さんが……そうですそうです、ご存じでしたか、麻薬組織にいるんですけどね、彼が警備を申し出て組織の者らでもってアボカド泥棒をばんばん殺してしまったんですよ。夜中に派手な銃声がして、朝になってみればそこらにばらばらに千切れた死体が散らばってるんです。ええ、ばらばらに千切れてるんですよ。腕とか足とか頭とか。なんでそうなるのかわかりませんけど。
  
***
  
 「兄貴も覚えてるだろ?」 
 「何を?」
 「最初の木が庭に生えてきた時のことだよ」
 ガムポパは覚えていたし、弟のユトクが何を言いたいのかもわかっていたけれど興味の無さそうな顔をして黙っていた。
 「まだひょろひょろした若木を俺が蹴ったからと言って、俺を突き飛ばしたじゃないか」
 「それがどうしたんだ?」
 「あの頃から兄貴は俺なんかよりあの木の方が大事だったんだろ」
 ガムポパは黙っていた。
 「なあ、俺たち一緒にずいぶん悪さもしたよな。なのに兄貴だけ悪いことなんかしたこともないような顔してさ。こないだは名誉市民か何かになったんだって? 正直笑っちまうよ」
 「俺はお前みたいに他人を廃人にするようなものを売って金を儲けてなんかいないからな」
 「じゃあ兄貴のやってる事はなんだ? 兄貴は知らないだろう、自分がどれだけ憎まれているかなんて」
 「なにか悪いことをしてるか? ここいらの農家はあの木のおかげでまともな金の稼ぎ方ができてるじゃないか」
 ユトクはため息をついた。
 「悪いことは言わないから俺に任せて、提案を受け入れろよ。盗人どもからこの農園を守ってやったのは誰だと思ってるんだ?」
 「俺の方から頼んだか?」
 「なんでそんなに意固地なんだ? 兄に尽くした弟に対して感謝はないのか?」
 「何を感謝しろというんだ。死体の山を築いて俺に迷惑をかけた事をか」
 「なあ兄貴。俺はずっと兄貴に認めてほしかったんだよ」
 「何の話だ?」
 「俺は……兄貴に愛されたかったんだ」
 「ユトク」
 「なんだ」
 「お前はホモか?」
 ユトクはしばらく無言で兄の顔を見つめ、それからゆっくり立ち上がった。
 「兄貴の考えはよくわかったよ、それが弟への返事なんだな。もう知らないぜ。不人情で頑固で政治的にも正しくない糞兄貴だ」
 出て行くユトクの後姿を見送りながら、ガムポパは思った。俺はこいつを好きだった事なんて一度もないのだ。
  
***
   
 穏やかな満月の夜だった。ガムポパはアボカドの木に縛り付けられてあの日祖父が自分にかけた謎の答えは何だったのかを考えていた。
 ガムポパが育てた果実は眼に良く、消化を助け、解毒作用があり、がん予防の効果が期待され、抑鬱効果があり、血圧を下げ、またすり潰した果肉を直接塗る事で美肌効果もあった。なにより、とても美味しい。定番レシピはアボカドトースト。かりかりに焼いたパンの上にフォーク等で軽く潰した果肉を乗せ、塩で味付け。数えきれない人たちを健康にして、美しくして、生活を彩どった。一言で言うと、世界をより良い場所にした。
 しかしガムポパにしてみれば、あの種の中に詰まっていたものは結局誰をも幸せにしなかったように思えた。相変わらずどこか遠い外国でこの果実は喜ばれているのだと知ってはいたが、ガムポパ自身はそれらの国々を訪れることもなく、この地元から出ることさえなく、ここで殺されてしまう羽目になったし、こんな事態をもたらしたその種の中にあるものが何かなどということもわからなかった。本当は弟とも仲良くやって、町を幸せにとは言わずとも、少なくとも不幸にはせずにつつましく生きて行く人生もあったはずなのだ。俺はさんざん他人の生活を滅茶苦茶にして、他人の心を傷つけて、しかも本当に知りたかったそれについて何もわからないまま死んで行くのだ……そう思い至るとガムポパは自分の高ぶりを挫かれたような気がした。人々に許しを乞いたくなった。月の光を美しく思った。そして、初めて弟に愛情を覚えた。
  
 ユトクが自分にやらせるように頼んだ。彼は兄の前に立って銃を構えた。兄はぼんやりした目をしていた。額を撃ち抜かれる直前、彼は弟を見てにやりと笑った。

2023年1月23日公開

© 2023 ヨゴロウザ

これはの応募作品です。
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"汝はそれである"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2023-01-24 20:15

    アクロバティックな時間移動が効果的。下敷きになっているアウレリャノ・ブエンディアが効いている。大河ドラマなので、もっと長く読みたい。

  • 投稿者 | 2023-01-25 22:42

    面白い。そして文章がめちゃくちゃ上手い。
    祖父のエピソードもすごく効いてる。
    話して終わるのではなく、終わらせず、考えさせ続けることの大きさを見た気がします。

    わたしもこどもと話す時もっと謎かけしようと思いました。
    一日一謎かけくらいでやれば、モンスターのようなキッズになるのではないか。
    やろうやろう。是非やろう。

  • 投稿者 | 2023-01-27 16:00

    ラテンアメリカ文学の悠久を体現したようなお話のひとつの挿話を見たような気持ちになりました。fujikiさんと同じくもっと長編で読みたいタイプのお話だなあという印象でもあります。

  • 投稿者 | 2023-01-27 19:58

    私は弟属性なので、弟の気持ちもわかる気がします。寄る辺無い感じの弟からしたら、すでに何かに夢中、見出してる感じの長兄と言うのは、見ててイラッとするかな。と。
    でも、それはともかく仲良くしてよ。って気持ち。

  • 投稿者 | 2023-01-28 05:20

    アボカドの種は実の中では存在感があるけれど、大木になることを考えると、小さな一粒にすぎず、その中には壮大な情報が含まれているのだなと考えさせられました。
    ごみ溜めで主人公が拾った種の中には悲しい未来まですでに描かれていたのでしょうか。
    アボカドは、土地だけでなくその実に魅せられた人間の心も枯らせることがあるのかもしれないですね。
    悲しい描写も多いのに、日の出前のような、ほの暗いきれいな澄みきった情景が終始浮かんで、美しいストーリーだなと感じました。

  • 編集者 | 2023-01-28 23:05

    ブエンディア、木になった、あの……アボカド。ブラコンは自分にもわかりみがあります。

  • 投稿者 | 2023-01-29 19:17

    夢見た景色であっても日が昇ると影も生まれますからね。全てうまくいくことなどなかなかないよなあ。それと弟を大切にしようと思いました。

  • 投稿者 | 2023-01-29 22:01

    ラストがとても好きです。絶対的な諦めの境地でしか見えないものがあるのかもと思いました。そんな体験したくないけど。
    祖父の謎かけから、不思議な夢へ続き、アボカドが不思議の木となり富をもたらす、までは童話的ですが、その後の業の深さがやりきれませんね。お祖父さんの謎かけは、アボカドのもたらす富と罪だったのか?

  • 投稿者 | 2023-01-30 08:56

    悲惨な話なのに平易な言葉選びで読みやすかったです。童話っぽくと書いておられたので、「童話?」とも思いましたが老若男女読みやすそうです。たぶん。
    ラストが多くを語りすぎないところも良いです。

  • 投稿者 | 2023-01-30 12:07

    消費者サイドの作品が多い中、生産者サイドの物語は貴重だと思いました。いつもフェアトレードのコーヒーを買っています。

  • 投稿者 | 2023-01-30 12:31

    ラテンアメリカ文学のリズムを文章の一つ一つから感じ取れた。ボヘルスの短編を読んでいるかのように錯覚。

  • 投稿者 | 2023-01-30 16:03

    どのあたりが童話っぽいのかはわからなかったけど、きれいにまとまった物語であるところがそうなのかな、となんとなく想像してみました。
    祖父のなぞなぞは解けたのだろうか。

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