精一杯の復讐

__natsushiro

小説

3,037文字

誰かがそのシナリオを読んだら必ず指摘したはずだ、これにはボロが多すぎる

お客様だった彼女は、私の先輩に殺された。

 

部長と一緒にホテルの代表として彼女の葬式に参列したのは、少しの罪悪感があったからかもしれない。

葬式は都内の小さな葬儀場で行われており、参列者は想像よりずっと多かった。

きっとここには彼女の知らない人もたくさんいるのだろう。

老舗ホテルのコンシェルジュがお客様を殺害した。

このニュースは大きく取り上げられ、ホテルには連日報道陣が押し寄せていた。

遺影の中の彼女は私が記憶している姿とは異なっていた。

はにかむ笑顔は記憶のそれと全く同じだが、髪色で人の印象は大きく変わるのだと改めて思う。

斉木さんはなぜ彼女を殺したのだろう。その理由は分からないし、さして興味もない。

可哀そうな彼女、可哀そうな私。

いや、私を含めて従業員の全員が事件の被害者だ。

斉木さんのせいでホテルはお先真っ暗だ。殺人鬼がいたホテルなんて誰も泊まりたくない。

同期で一番努力してきたのに、憧れの海外支店行きはこれでパーだろう。

終わりが見えない後始末に不安だけが募る日々。全員があの男のことを恨んでいる。

誰も口には出さないがそうに決まっている。私達も立派な被害者だった。

殺すにしても、せめてホテルの外でやって欲しかった。彼女には大変申し訳ないが。

 

会場を出て首を大きく一周回すと、思いのほか体がこわばっていたことに気づかされる。

部長も同じようで、肩を大きく回していた。2月入りにまだまだ寒い時期が続くが、今日は太陽がたっぷりと日を落としていて、日向にいるとコートを脱ぎたくなるような晴天。

1時間ぶりの太陽を感じながら「行きますか?」と声をかける。

部長は暑いねと溢しながら、数秒前に上まで閉めていたコートを開けていた。

葬儀のため出勤は午後からでいいと言われていたのでホテルまで歩きますかと提案すると、お散歩日和だねと乗り気のようだ。

幸いここから仕事場までは徒歩20分程度だ、ポカポカの大通りを並んで歩く。

隣の道路ではせわしなく車が動いているが、この通りはどこかゆったりとした時間が流れている。

土地柄のせいだろう。お金を持つと溢れ出てくる心の余裕は道路にまではみ出すようだ。

恨めしくて羨ましい。こんな立地に住んでいる人は、不安も苦しみもなく幸せな人生なのだろう。

少なくとも職を失う危険性がある私よりは。

心の中で悪態を付いていると部長が声をかけてきた。指さした方を見ると、一画に数人の列ができている。

「あれね、最近できたサンドウィッチ屋なんだって。この前、娘が買ってきてくれたんだけど凄くおいしかったんだよ。まだ時間も余っているからさ、あそこで買って公園のベンチでお昼にどう?」

いいですね、というと早速は速足で店まで歩いていってしまった。

背中に感じる太陽の光に押されるように、私はコートを脱ぎながら後を追った。

 

「はい、エビとアボカドのやつです」

サンドウィッチとペットボトルのお茶を渡す。

藤井さんは何にしたのと聞かれ、私が買ったものを見せると僕の方が女っぽいサンドウィッチだねと楽しそうに笑っている。

私のお父さんと変わらないくらい歳なのに、趣味や好きなことはあまりにも女子らしい。優しい性格で家族思いの部長は、みんなに慕われておる。あだ名は最高部長、安直だがぴったりだ。

「これ、凄く美味しいよ。エビがぷりぷりでアボカドと最高のマッチ。胡椒のアクセントがあると何倍も美味しくなるよね。藤井さんも早く食べなって」

娘に写真を送ると言ってスマホを出す姿を見ると、家では最高お父さんなのだろう。

袋を開け大きく一口。ライ麦の香りがするふかふかのパン。卵とハムのシンプルなサンドだけど、これはおいしい。ハム自体が美味しいのだろう。この店、大正解だ。

「席取れてラッキーでしたね。こんな混んでいるなんてびっくりしました」

「ここの公園人気だからね。日本のセントラルパークって呼ばれて若者が集まってきているんだ、最近は自然、ネイチャーが流行っているんだよ」

そんなこと初めて聞いた、おじさんに負けているのか私は。

ランナーや犬の散歩をしている人たちが通り過ぎていく姿に、どこか世間から切り離されたような、心地のいい隔たりを感じる。

都内一広い公園と銘打っているだけのことはあり、目の前の芝生は視線の先まで広がっていて、夏には青々とした地面の上でたくさんの人が寝転がるのだろう。今はまだ少し寒い。一口お茶を飲み、ベンチに深く座り直して力を抜く。

「そういえば、斉木さんはランニングして出社していたじゃないですか? ここの公園を通っていたらしいですよ」

「そうだったね。仕事前に走るなんて信じられないって更衣室で何回もツッコんだよ。君の体力どうなっているの、って」

「そういえば、あの靴知っています? 超ド派手な蛍光の。限定版とかさりげなく自慢していたけど派手過ぎって散々いじらせてもらいましたよ」

お互い大きく笑った後、緩やかに沈黙が広がる。

明るい話題で盛り上げたくて口を開こうとした時、珍しく真剣な顔をした部長が私の方に向き直った。

「僕もね、斉木くんがお客様を殺したなんて未だに信じられないよ。長い間一緒に働いてきたし、彼を信頼していた。だけど、彼はもうただの人殺しだ、あんなに若い女性を刺し殺した。警察はそう判断したし、それに自分の目でも見たのだろう? 」

「そうですよね、分かっています。ただ、私が彼女に言われた言葉を重く受け止めていたら、あの日斉木さんを止めていたら亡くならなかったかと思うと。彼女はまだ大学生だったんですよ。色んな後悔が出てくるんです」

そう。これが本来の私が言うべきセリフだ。私はお客様に愛される笑顔の藤井。

今回の騒動のせいで心が汚れて普段の思考を失いかけていた。本当の私は「あんな男死刑になればいいのに」などとは思わない。誇りに思っている仕事を奪われそうになっていても、あいつが訴えている無実の理由があまりにも阿保らしくても。

「殺人って懲役何年くらいになるんですかね。ホテルはこのままやっていけるのでしょうか。考えることが多すぎてこんがらがっています」

僕たちには何もわからないね、部長は静かにうなずきながらそう言った。

太陽は少し陰りはじめ、冬の風が足元を通る。会話が途切れて気づかないうちに時間は過ぎていた。

時計を見るとそろそろ歩き出した方いい時間になっている。わざとらしく明るく声をかけてベンチから腰を上げる。せめてホテルに着くまではもう暗いことは考えたくなかった。

先ほどより大きくなっている人の波に乗り歩き出す二人をランナーが通り越していく。

「あっ、あれ」

彼女は声をあげると小さく指をさした。視線の先にはランナー姿の男がベンチに座っている。その足元にはやけに目立つ靴が。

「斉木さん以外にもあんな靴履く人いるんですね」

派手だねえとお互いクスクス笑いあう。部長もわざと明るく振舞ってくれているのだろう。事件の件で誰よりも疲れているはずなのに、彼には育ち盛りの子供が二人いる。

男の横を通り過ぎる時、部長はまた小さく肩を震わせた。

「そんなに面白かったですか? バカにしすぎですよ」

「違うって。あの人が食べていたもの見た? あれ、枝付きの干しブドウだよ。美容にいいって最近海外から入ってきて、芸能人なんかがこぞって食べているらしい」

娘から教えてもらった、そう言いながらオジサンなのにあんなの食べているとケタケタ笑っている。なんだか少し心が晴れて、部長もおじさんですよ、とは言わなかった。

2022年9月22日公開

© 2022 __natsushiro

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