世界はとっくにバグってる

応募作品

小木田十

小説

3,845文字

こうして作り話を他人様に提示すること自体、異世界転生してもらってるようなもんですでゲス。

充夫が向き合ったドアの横には〔市議会議員 大喜多ミツル 市民相談所〕というプラスチックプレートが掲げられている。その横にはさらに小さな文字で〔市政に関すること、その他もろもろ相談に応じます。〕とある。

インターフォンがないので、充夫は、いつものようにドアを軽くノックした。建物自体が安普請のプレハブ小屋なので、ドアを叩く音も間が抜けた感じである。

すぐに中から「はい、はーい」という呑気そうな返事があった。充夫がドアを開けると、狭い事務室の奥の机に、大喜多ミツルの姿があった。

室内にはパソコン、プリンター、ファイルを並べたキャビネットなどが一応はそろっているが、低予算のドラマ用に揃えたかのような簡易な内装である。

大喜多ミツルは机の上で広げていた新聞紙をたたみながら「やあ、兄さん」と微笑みかけた。「今日の新聞に載ってたけど、米軍が密かにパラレルワールドへの出入り口を探す研究をやってたらしいよ。ところが先月、想定外のエラーが発生して、世界のあちこちで奇妙な現象が起きてるってさ。米軍はそんな研究の存在自体を否定してるんだと」

「へえ、何だか怖いな」

「まあ、俺たちには関係のないことだと思うけどね。で、今日はどうしたの?」

「営業回りの途中で近くに来たものだから、調子はどうかなと思って寄らせてもらったよ。市民相談はどんな感じかな」

大喜多ミツルは「見てのとおりさ」と肩をすくめた。「まだ住民には浸透してなくて、相談に来るのは一日に一人か二人といったところだよ。でもまあ、地道に頑張るよ。有権者の困りごとを解決してあげるのが、市議会議員の仕事だからね」

「そうか。いい心がけだな」

それから二人は、事務室内にあるソファに移動して向かい合って座り、世間話を始めた。大喜多ミツルは、地方に共通した問題ともいえる、あちこちで空き家が放置されたまま老朽化して倒壊の危険性が高まっていることや、幼稚園や保育園の数がまだ少ないことなどについて熱く語った。その口調からは、市の将来についていろいろと真面目に考えているらしいことが窺えた。

会話が一段落したところでドアがノックされた。大喜多ミツルがドアの方を見て、「市民の相談かな」と腰を浮かせた。「悪いが兄さん、しばらくの間、そっちのついたての向こう側で待っててもらえないか」と言った。

「いやいや、俺はもう失礼するよ」

「まあ、そう言わないで。せっかくだから、どんな相談が持ち込まれるか、聞いてってよ」 大喜多ミツルからそう言われて、充夫は「判ったよ、じゃあ、向こう側で聞かせてもらうとするよ」とうなずいて、右側にあったついたての裏側に移動した。そこにはパイプ椅子と長机があったので、座って待機することにした。

大喜多ミツルが「はいはい、どうぞー」あらためて応じると、ドアが開いたようだった。

「こんにちは。相談したいことがあるのですが、いいでしょうか」という女性の声が聞こえた。来訪者から隠れる形になった充夫は、物音を立てないよう注意した。

やがて、訪問した女性と大喜多ミツルとのやりとりが始まった。まず、女性は「最近どうも妙なんですよ」と切り出した。

「妙、といいますと?」と大喜多ミツルが応じる。

「頭の中で、誰かの声がするんです。道を歩いていると、右に曲がれとか、引き返せとか。でも、声の主が誰なのか、さっぱり判らないんです」

「ほう」

「これはきっと、宇宙人かそれに類する存在が私にテレパシーを送ってきているんだと思うんです。だから、真相を調べてもらえないでしょうか」

「ふーむ、テレパシーですか。失礼ながら、あなたの思い過ごしとか、空耳とか、そういうことはありませんか」

「いえ、そんなことはありません。だって、はっきりと聞こえるんですから」

「今、何かの病気で通院しているとか、薬を飲んでいるということは?」

「いいえ、いたって健康ですよ。そんなことより、声の主を突き止めてもらえませんか。市役所の相談窓口に行っても、病院に行けって言われるだけで、全然相手にしてくれないんです。もう、市議会議員の大喜多さんを頼るしかないんです」

「そうですか……判りました。では、もう少し詳しいことを伺いましょう」

その後、やりとりはさらに続いた。女性は、これまでの謎の声について話し、大喜多ミツルは「なるほど」などと合いの手を入れつつ、メモを取っている様子だった。

そして最後に大喜多ミツルは、知り合いにそういことに詳しい専門家がいるので、調査をしてもらうことにしまょう、と約束した。

訪問した女性は「ありがとうございます。あー、これで一安心です」といかにもほっとしたような口調で言い、大喜多ミツルは「はい、お任せください」と応じて、女性を送り出した。

ドアが閉まる音が聞こえたので、息をひそめていた充夫は、ついたての裏から出て、ソファの方に戻った。

大喜多ミツルは、疲れた表情でため息をつき、電子タバコをくわえた。

「市政とは関係ない相談事だったね」と充夫が言うと、大喜多ミツルは「ああ、やれやれだよ」とやるせない感じの苦笑いをした。「実際、さっきみたいな変な訪問者が少なからずいるんで、困ったもんだよ。テレパシーだとさ」

「本当に調べるのか、あんな依頼を」

充夫がそう尋ねると、大喜多ミツルは苦笑いで片手を小さく振った。

「あの手の訪問者には、まともなことを言っても通用しないから。誰もテレパシーなんか送ってません、などと言おうものなら、私をウソつき呼ばわりするのかって怒り出すんだから。しっかりと調査をしました、その結果、犯人が判りましたので、私が警察署長に直接頼んで、懲らしめてもらいます、と言えば、ようやく満足してくれるんだよ」

「ふーん、そういうものか」

「そういうものだよ。もともとただの思い込みなんだから、犯人を懲らしめてやったと言われたら、そうなんだと思って、変な声も聞こえなくなるってものさ」

「市民相談所とは言いながら、カウンセラーみたいな仕事もやるわけだね」

「そういうこと」大喜多ミツルは、電子タバコを口から外してうなずいた。「それで相談者が満足してくれたら、大喜多ミツルは頼りになるから次回選挙は一票入れよう、家族や知り合いにも支持を呼びかけようってなるから、ウィンウィンってことだよ」

「なるほど」充夫は腕時計を見た。「おっと、少し長居をしすぎてしまった。次の訪問先との約束があるから、そろそろ失礼するよ」

充夫は、大喜多ミツルから「ああ、そうかい、兄さんも仕事があるだろうからね。じゃあ、またいつでも気軽に寄ってくれよ」と言われて見送られ、事務所を出た。

外に出ると、通りの向かい側に、さきほど訪問した女性が待っていた。ふくよかで温厚そうな容姿をしたその女性は充夫にとって、実はよく知る人物である。

充夫が「三津屋先生、いかがでしょうか」と尋ねると、その女性心療内科医は腕組みをして「まだ改善の兆しは見えませんね」と険しい顔で答えた。

「やはりそうですか」と充夫は肩を落とした。「弟が突然、世界が転生して自分は市議会議員になった、などと言い出して、会社にも行かなくなって相談所とやらを始めたのが約一か月前。でも実際には市議会議員なんかじゃないから、まともな人たちは誰も相手にしない。訪ねて来るのは、あいつが本当に市議会議員だと思い込んで、訳の判らない相談ごとを持ち込んでくるイタい人たちばかり。毎日毎日、あいつは市議会議員になりきって、さっきのようなことを続けてるんです。これはかなり深刻な状態なんじゃないですか」

「そうですね」と三津屋は小さく複数回うなずいた。「弟さんの会社はどういう対応を?」

「今は病気休暇の扱いですが、来月になってもこのままだと解雇すると言われてるんです」

「そうですか。でもそれはもう仕方ありませんね」三津屋は神妙な表情でうなずいた。「じっくり治すことこそ優先させるべきだと思いますから」

充夫は神妙な顔で「そうですか……」と険しい表情で答えた。

「ご面倒でしょうが、明日以降も、こまめに様子を見に行ってあげてください。経過観察が大切ですから」

「判りました」充夫は自分を納得させるようにうなずき、「では今日のところはこれで失礼します」と一礼して三津屋の前から立ち去った。

それを見届けてから三津屋は再び〔市議会議員 大喜多ミツル 市民相談所〕を訪れた。

中で待っていた大喜多ミツルは「どうでした、先生」と尋ねた。

三津屋は険しい顔で「かなりの重症ですね」と答えた。「あなたのことを完全に弟だと信じてるようです。しかも、あなたが妄想にとりつかれていると思い込んでる」

「そうですか」と大喜多ミツルは眉根を寄せた。「どこの誰だか判らないあの人が急に私の兄だと名乗ってやって来るようになったのが約一か月前。その後も頻繁にやって来るので、先生にご相談するしかないと思いましてね。私はどうすればよろしいでしょうか」

「即座に拒絶的な態度を見せると相手は何をするか予測できない面がありますので、しばらくはこの調子で接して、様子を見ていただけますか」

三津屋がそうアドバイスすると、大喜多ミツルは「判りました」と応じ、「今後もどうかよろしくお願いします」と言い添えた。

三津屋が事務所を辞して外に出ると、充夫が再び道路の向かい側に戻って来ていた。

「先生、やはり彼は、大喜多ミツルは、私のことを兄ではないと思い込んで――」

そのときにふと三津屋は、自分は本当に心療内科医なのだろうかと不安にかられた。

 

 

2022年9月13日公開

© 2022 小木田十

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SF ユーモア

"世界はとっくにバグってる"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2022-09-21 21:47

    分かりやすく、おもしろくてゾっとさせられるお話でした。無限ループが始まりそうに思いました。実は誰もが「あの人は頭がおかしい 」と思わされてるだけ、みたいな。
    ただ、異世界転生?とは少し思いました。

  • 投稿者 | 2022-09-22 18:44

    何が本当かわからなくて怖いですねー。初めて行く場所にある階段かなんか降りてるような感じ。これ、道合ってる?本当?みたいな感じですねー。怖いですねー。

  • 投稿者 | 2022-09-23 12:25

    面白かったです。終わり方も鮮やか。登場人物の名前も面白くて。
    何が正しいのか、あるいは全員頭がバグってるんじゃないかと微妙なところで止めているところも良かったです。
    ストレートな異世界転生モノではないけれど、冒頭の米軍研究のくだりが良いスパイスになって不気味感が引き立っていると思いました。

  • 投稿者 | 2022-09-24 00:12

    みんな仲良くわけのわからないことを言っている様子を淡々と描いていて秀逸。現実も結局こんなものかもしれない。お題の異世界転生は米軍の陰謀説、テレパシーと同様に登場人物が口にするたわごとの一つということだろうか?

  • 投稿者 | 2022-09-24 02:41

     作中でパラレルワールドについての説明不足により、本作は異世界転生というお題を満たしているのかという疑問を持たせてしまい、申し訳ない。
     ミツルは過去のきっかけや巡り合わせ次第では、犯罪者になっていたり、スポーツ選手になっていたり、料理人だったり、市議会議員になっていたたかもしれないわけで、現実世界と並行してそういった別バージョンのパラレルワールドが無数に進行しているという仮説があるんですな。ときどき、こんな記憶違いするか? という体験をすることが誰しもあると思うけど、それは実は共通項が多いお隣のパラレルワールドから何らかの拍子に移動してしまったからではないか、みたいな。要するにパラレルワールドという異世界から転生してしまった人たちを描いてみた、ってことでよろしく。スティーブン・キングの「ミスト」や映画「スライディングドア」から発想を得て書いてみたのでありんす。

    著者
  • 投稿者 | 2022-09-25 13:23

    無限ループのコントのようで面白かった。精神分析が医学のように扱われるのが問題であると以前聞いたときの納得感に似ている。そういう意味ではユングがオカルト的になっていったことも、もう一度改めて考える必要がある気がする。

  • 投稿者 | 2022-09-25 21:16

    思考がグルグル回って何が本当なのか、本当ののことなど無いのではないか、私自身がおかしいのではないかという気にさせられるぞっとする話でした。こういった話では視点がごちゃっとなりがちですがうまく書かれていました。

  • 編集者 | 2022-09-26 12:25

    良いコメントは皆がしてしまった。パラレルワールドは考えてるとゾッとしたり途方がなさすぎるが、この作品は丁寧に解しているのではないか。

  • 投稿者 | 2022-09-26 15:13

    「ような」「みたいな」がやたら多く、フィラーや指示代名詞をわんさか盛ってあるのは、きっとなにか高度で特別な演出を狙っていらっしゃるのだろうと思いましたが、弊脳ではうまく理解できませんでした。

    • 投稿者 | 2022-09-28 00:18

      4千字の中で「ような」が3つ、「みたいな」が2つ。
      それが、やたらと多いんだ。へえ。
      しかも、京都のおばはんみたいな、遠回しで悪意に満ちた挑発。
      もしかしてオレ、あんたにケンカ売られたってことなのかな。
      だとしたら、めっちゃうれしいんですけど。

      著者
  • 投稿者 | 2022-09-26 20:53

    登場人物が各々妄想を垂れ流しているだけだと思えばそれで終わりなのだが、一つ一つがパラレルワールドを構成していてそれらが交錯していると考えると一気に深みが増す。そのパラレルワールドが実は米軍の実験と関わっているとしたら、おおごとだ。

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