アルルの少女

鈴村智久

小説

4,748文字

それにしても、なんという清々しい夏空だろう! 留学先の南仏アルルのユースホステルの涼しく広いベランダで、晴彦は空を見上げていた。眩しい陽光が体中の細胞の隅々にまで射し込み、内側から尽きることのない泉のような力が沸き立ってくるのを晴彦は感じていた。ハンモックには読みかけのルソーの『ジュリー』を乗せて、丸くて小さなテーブルの上には冷たいマスカット味の炭酸水にストローがかかっている。晴彦は生まれたばかりの姿で、全身に夏の情熱そのものを生み出している陽の光を一身に浴びていた。先刻から晴彦のおしべは脈打ちながら太陽の咽喉目掛けて天高く屹立していた。それもそのはず、ベランダには晴彦の傍にこのユースホステルに滞在中の別の留学生、愛華がいるのだ。ベランダに繋がっている二人の相部屋は、愛華のレース編みの黒いブラジャーやパンティーが脱ぎ捨てられている。愛華も今、丸裸のままハンモックに寝転がって向日葵の花を指先で曖昧に撫でたり、風車のように回したりしていた。南仏の小麦畑が見渡せる素晴らしい展望台に直結している部屋は、このユースホステルの中でも二人が利用しているここだけだった。日本から離れ、遠いフランスの地中海に近い南部に滞在して既に晴彦は一ヶ月ほど経過している。途中でそれまでは見ず知らずの存在だった同じ日本人学生の愛華がチェックインすることになり、宿主の何の気紛れからか、本来男性同士になるはずがこの部屋だけ男女の若い日本人という組み合わせになったのだった。

愛華が滞在して今日でもう三週間経過していた。二人は顔を合わせて意気投合し、互いの旅の土産話や家族や大学について一晩中語り合ったのだが、三日も経たないうちに肉体的にも結ばれ合う関係になった。それは夜空が満点の星空を浮かべる日もあれば、嵐の前兆である濃い黒雲に覆われる日もあるように、いわば自然に起きるコミュニケーションの一つだった。

「ここで一生の想い出を作っておこう」

晴彦は独り言のように太陽に向かって囁いた。

「今なんて言ったの?」

脈打ち続けている晴彦の活発なおしべを恥じらうように見つめながら、愛華が繊細な声で尋ねた。

「俺たちは今、きっと本物の楽園にいるんだよ。こんな素晴らしい田園風景、東京じゃ絶対に見れない。ほら、夕方になればミレーの《落穂拾い》そのままの世界が広がってるんだ。俺たちはそんな世界に囲まれながら……」

そこまで晴彦が言いかけると、愛華が彼の方に身を寄り出した。二十一歳の娘にしては実に豊かな胸の谷間がハンモックの編みの上でわずかな汗の粒を光り輝かせている。

「セックスばかりしてるわ、私たち……。昨日だって、一日中どこにも行かず、課題の勉強さえ投げ出してずっと丸裸のままだった。あんまりにもあなたが突いて突いて仕方ないものだから、私のあそこはひりひりして痛いくらいなのよ?」

「俺が突いてるんじゃないんだ。大地だよ!」

「大地? あの綺麗な見渡す限りの小麦畑にも人間のような男根があるっていうの?」

「ああ、そうさ。農夫は大地に種を蒔くだろう? 至るところに、種を散撒く。そうしたら大地が妊娠して無数の子供を産むんだ。種の持つ豊饒な力だよ。大地は俺たちと同じようにセックスのために生きてるんだ」

晴彦はそう自信たっぷりに言ったが、愛華は彼が旅行用の鞄にD・H・ロレンスの詩集を忍ばせていることに気付いていた。愛華はクスッと微笑み、詩人気取りのロマンティシズムで二人の営みを審美化している晴彦の精神の少年性に思わず可愛らしさを感じてしまった。優秀な頭脳と端麗なマスクを備え、申し分ない一流大学で美学を研究しているというのに、晴彦にはどこか幼くて、戯れているだけなのか本当に大真面目でそう言っているのかよく判らない瞬間がある、と愛華は素直に感じていた。

「今日もまだ続きをするの? もう三度午前中に出したけれど……」

「あんなの、回数のうちに入らないよ」

「でも、もうすぐゴムも尽きてしまうわ。また街に出てあの太ったおじさんに不審な目付きをされながら買ってこなくちゃ」

「無くなれば、生でやればいいんだ。その方がきっと素晴らしい快感で満たされるから」

平然と笑顔でそう言い放った晴彦に、愛華は一瞬不安を隠せなかった。旅は人を解放的にするとはいうけれど、ここまで性に耽溺させてしまっているのには自分の責任もあるのかしら、と愛華は漠然と感じてしまった。

「でも、それだとあっという間に妊娠してしまうわ」

「大丈夫だよ。ぎりぎりで抜けば平気さ。それとも、愛華は生でやりたくないの? ゴムを付けていたのが馬鹿らしくなるほど気持ちいいんだよ」

晴彦はそう言うと、ハンモックで寝そべっている愛華の傍に子猫のように転がり落ちた。

「前の彼女とも、生でやってたの?」

「ううん、君が初めてだよ」

「本当に?」

「ああ、本当だよ。俺は生まれて初めてこのゴッホが数年滞在した永遠の夏のような街で、君という女性に触れたんだ。まさかこんなにもセックスが素晴らしいものだったなんて、思ってもみなかった。俺は射精するたびに、自分の身体がより男らしくなって、研ぎ澄まされ、洗練されていくのを感じるくらいだよ。射精するのが、イェイツの詩を朗読したり海で泳ぐことと同じくらい楽しくて、嬉しくて仕方ないんだ。今の俺は、愛華に俺の射精を見てもらうことに夢中なんだ」

愛華はその時、晴彦はどこかが性的に狂っているような気がした。だが、その飽くなき性への好奇心と探究心には、それまで恋愛に億劫でありながら、男性に関心を抱いていた若い愛華の胸を衝迫させる何かが宿っていた。真夏が永遠に続いている風景画の片隅で、若い男女が濃密な情事に四六時中耽っていること――世界はその秘密にけして気付くことはないだろう。愛華は晴彦の唇に自分の薄い唇を重ねた。

「私も、あなたとのセックスが大好き。このままこのアルルで一緒に暮らしたいくらい」

「俺と暮らすなら、猫も一匹飼おうよ。それに、小さなサボテンも良いな」

「どうして猫とサボテンなの?」

「猫は動き回る気紛れさの象徴で、俺たちが互いに不自由で窮屈な時の道案内をしてくれるからさ」

「じゃあ、サボテンは?」

「猫のような生活に飽きてきた時に、初めて瞑想することや勤勉さ、それに本を読む時の静謐さを思い起こさせてくれるからさ」

「もしかして、晴彦の魂も猫とサボテンで構成されてるの? セックスの時は猫で、机に向かう時はサボテン?」

「サボテンでも、可愛い如雨露で水をあげなければうまく成長できないんだ。愛華、君はこの数週間のあいだに俺になんて多くの水を与えてくれたことだろう」

愛華は再びクスッと微笑んだ。そして、ハイライトの入った晴彦の髪を撫で、頬に手の甲を乗せてみた。

「晴彦の頬、とても温かいわ」

「太陽に照らされているからね」

そうして、二人は再び若々しい汗を身体中に煌めかせながら互いに縺れ合った。晴彦は愛華の透き通るような白さを保ち続けている豊満な胸を鷲掴みにした。乳房を獣が樹木に舌を伸ばして吸い上げるような勢いで夢中で頬張ると、愛華はこの激しい愛撫の開始に鮮烈な悦びを感じて、思わず頓狂な声をあげた。貪欲な晴彦の腕は愛華の桃色に上気した太腿を持ち上げ、長い指先を欲望で濡れためしべの奥にまで伸ばした。悦びとも、もう本当は疲れてるのよ、という合図とも言えない独特な溜息が晴彦の耳元で髪を揺らした。同年代の若い女の裸を抱き締めながら、こんな風に誰もいない真夏の大地を眺められる自分は、先祖代々農夫としてこの土地で暮らしてきたかのような錯覚さえ覚えた。風が小麦畑の黄金色に輝く穂先を優しく撫でている。それは大地の恥毛のように微風によって愛撫され、晴彦に自分の身体は無限に広がる大自然のごく一部に過ぎないことを改めて感じさせた。

晴彦は夢中で愛華の唇に接吻した。それはあまりにも激越な愛し方だったので、晴彦自身が心の奥底に持っている名状し難い恐怖心を彼女に悟らせるほどであった。とはいえ、彼は自分が何を具体的に怖れているのか認識しているわけでもなかった。ただ、帰国した後に愛華との関係はどうなってしまうのか、あるいは、自分は本当に日本で名の知れた若手の研究者として活躍できるだけの実力を持っているのか、そういった様々な不安が渾然一体となったものが彼の裸体の裡で発芽しているのは事実だった。愛華は強く抱き締められるほど、晴彦が自分と過ごしたこの一夏を永遠のメモリアルとして綺麗に折り畳み、土産話としてリボンをつけてラッピングしているのではないか、という不安を抱かざるを得なかった。晴彦は愛華の唇を貪りながら、濡れに濡れためしべの奥の、彼が秘密の聖域と勝手に名付けているこりこりした最も敏感で感じ易い部分を夢中で愛撫していた。愛撫というより、それは二本の長い指で狂乱の如く突き、揺さぶるような責め方だった。愛華にとってそれは、理性があっという間に消し飛んでしまうほど意識を真っ白な花畑に染め上げるもので、二分と経たないうちに口元からは官能の涎が垂れ始めた。

「き、きもちいいよぉ……」

「愛華……、俺の瞳を睨みつけてごらん? そう、そうだよ……。その調子だ……。俺を睨み殺すんだ。ああ、なんて淫らな眼差しなんだろう……!」

愛華は晴彦に言われるがまま、下半身に圧倒的な快楽の波が押し寄せるのを感じながらも、同時に涙眼で大好きな彼を必死で見つめていた。晴彦の指は、なんて淫らに動くのだろう! まるで二匹の渾然一体となったウロボロスの蛇が、互いに頭部をぶつけ合いながら子宮のすぐ傍で暴れ狂っているような度を越えた天上的な快感だった。愛華が頬に涙を流しながらキスを求めると、晴彦はすぐに唇を重ねた。双頭の蛇と化した指先によって奏でられる官能のワルツとは異なり、その時の晴彦のキスは優しく、うっとりするほど甘美なものだった。まるでヘンゼルとグレーテルが訪れた御菓子の家の中にある、特別に甘い飴玉をゆっくり少しずつ舐めていくように、晴彦は指とは相反して意図的にキスの動きをスローにしているかのようだった。愛華は震え上がり、歓喜と戦慄の渦で一気に快楽の絶頂に達した。激しく痙攣し、引き攣った喘ぎ声を断続的に出す愛華は、今日でもう四度目の絶頂を迎えていた。

「愛華……。君は本当に俺の天使だよ。今、どんな気持ちだい?」

「……メルヘンの、おひめさまに……なったみたい……あぁ、きもちよかったぁ……」

晴彦は涎と涙でいっぱいになった愛華の顔を見て微笑を洩らすと、自分のおしべの根本を掴んで彼女の滴が滴った太腿を、とんとんと軽く叩いた。

「さあ、次はこっちの番だね。今日は死ぬまで愛し合おう」

枯渇という文字を知らない晴彦の欲望を目の当たりにして、愛華は一瞬そのままハンモックに倒れ込みそうになった。それでも愛華は、家族も友人も、現地の人さえもけして認知していないこの秘密の愛の楽園にいつまでも耽り続けたい欲望に抗うことなど到底できなかった。二十三歳の晴彦と、二十二歳の愛華は、その夏、その後の二人の人生においてけして忘れることのできない永遠の性の実相に触れたのだった。それは日本の若い学生たちが週末に使う安っぽいロココ様式のインテリアで装飾されたラヴホテルでの情事とはかけ離れた、大地が太陽によって色を変える夏の中心地での愛の饗宴であった。二人はいつまでも性に没頭し、盛りのついた猫が真夜中に耽る濃密な交尾と変わらない深い交わりを果てしなく交わし合ったのだった。

 

 

 

 

 

2014年2月9日公開

© 2014 鈴村智久

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