どうでもいいこと

天汁ちしる

小説

5,118文字

私が部屋を出る時、たいてい男たちはまだほぼ同じ体勢のままペニスの先から精液を出し続けている。ゆっくりとごく少量ずつ。こっちを振り返っているのもいる。私の消失に気づいた男だ。

 

どうでもいいことなのだが、今私は猛烈にワキがかゆい。さっきのワキ舐め男の唾液が残っていて、それが乾いてきて、どうにも我慢ならない搔痒感がもたらされている。

でも、ここで掻くわけにはいかない。なぜなら、私はいまその次の男から挿入されている最中で、そいつはまさにこの瞬間にでも射精を迎えようとしているからだ。射精されるのは嫌いではないが、もう少し待ってほしかった。この男の場合、あまりにも早過ぎる。中に出してもいいと言ったら、もう我慢が出来なくなったようだ。

あぁ、出た。どくんどくんと大量に出ている。私は体質的に妊娠しないから、いくら中に出されても構わない。薬も飲む必要はないし、まあ便利と言えば便利な身体だ。

中に出された瞬間、私の時間は止まる。いわゆるタイムストップ的なものではなく、射精の時間と比例して自分の時間がのびる。割合にすると、だいたい一秒が十分。九秒が平均的なタイムと言われているから、九十分。約一時間半が私に与えられた時間ということになる。

その間に私はペニスを抜いて着替えを済ませ、男の財布から札をすべて抜き取ってホテルの部屋を出る。エレベーターで一階に降り、フロントの前を通過してホテルを後にする。

今回の男の持ち金は三万五千円。さっきの男の四万二千円と合わせて七万七千円。悪くない金額だった。

タクシーで赤羽の自室へ戻ると、私はベッドの上でオナニーをした。巨根の横にクリトリス刺激用の触角のようなものがついたかなり本格的なバイブを使用する。アマゾンで五万ちょっとくらいした。仕事の後はいつも性欲が溜まっている。中途半端に終わった性交の代償的な行為だ。イクとこまでイキたいのだが、それができない。

私の時間にしてみれば、男は永遠とも思える時間射精し続ける。男にとってもわずか九秒ほどの出来事なのか、それとも私とおなじく感覚的時間が引き延ばされているのか、訊いてみたことがないから分からない。とにかく私は自分の仕事を済ませるだけだ。男たちから快楽を得た分の対価を頂戴して、その場から立ち去る。私が部屋を出る時、たいてい男たちはまだほぼ同じ体勢のままペニスの先から精液を出し続けている。ゆっくりとごく少量ずつ。こっちを振り返っているのもいる。私の消失に気づいた男だ。──ホテルの部屋を出ると、すべてが滞りなく推移している。私の性器の中に射精した男の時間だけが引き延ばされている。

性器の奥から汁が何度か噴出し、私はイキ果てる。上半身と尻がぶるぶるッと痙攣し、快楽がゆっくりと後退していく。ティッシュで股間を拭き、バスルームでシャワーを浴びた。

最初に気づいたのは、私がまだ高校三年生の時のことだった。当時交際していた一つ年上の浪人生とカラオケに行って、そこで押し倒されて犯されそうになった。スカートを捲り上げられて下着の隙間からペニスをねじ込まれ、あまりの痛みに泣き出した私の中に彼は射精した。その瞬間、彼の動きが停まり、顔が硬直した。何が起こったのか分からず、一瞬私は彼が死んだのかと思った。一言も発せず、視線は前方の一点を見つめたまま動かない。

おそるおそるペニスを引き抜き、置物と化した彼の身体の下から這い出した。ペニスの先からは白濁した液体がよだれのように垂れている。テーブルの上にあったおしぼりで性器を拭い、パンツとスカートを元通りの位置に戻すと鞄を持って部屋を出た。そして、駆け抜けるようにカラオケ屋を飛び出すと停めてあった自転車に乗ってうちに帰った。

彼から連絡が来たのは、二時間くらい後のことだった。電話が何度か鳴り、画面を見て出ないでいるとメールが送られてきた。

──なんだよ。急にいなくなって。

返事をしないでいると、また五分後くらいに送ってきた。

──気持ち悪ぃな。幽霊みたいに消えんなよ。生きてんだよな?

レイプしておきながら心配している。よく言えたものだ。

──生きてるし、気持ち悪いのはそっちでしょ。急に電池切れたロボットみたいに固まって。

すると、数分後に彼はこう返事を寄越した。

──こわっ! なに言ってんの? いや、もう別れよ。

分かった的な返事をして、彼とはそれきりになった。

私の中でその体験は大きな謎として残り、その一年半後にまた同じようなことが起こって、こんどはむりやりとかじゃなかったから下着やら服を着て、相手が動き出すのをじっと待った。すると、一時間後くらいから徐々に動き始め、ペニスの先から何も出て来なくなると完全に元に戻った。

ああ、これは前と同じなんだと私は思い当たり、相手に話を聞くと射精した瞬間、私の姿が搔き消えたということだった。それで気づくと服を着て目の前にいた、と。

私の性器にはどうやらそういう能力が備わっているらしい。射精した男の時間を引き延ばし、その時間を相対性な時間から孤立させる。たとえば、電車に乗っていて、同じ方向に進んでいる別の電車を窓から眺めているとする。速度が同じときは止まって見える。しかし、自分の乗っている電車だけが急停車したとすれば、相手側の電車は一瞬で急加速して目の前から消えたように見える。

男の時間が遅くなったのか、私の時間が速くなったのか、それとも男の時間が速くなったのか、私の時間が遅くなったのかよく分からなかった。

時計を見ればその答えが見つかるかもしれないと思って、実際、男がゆっくりと射精し続ける間、私はちらちらと時計を見ていた。そのようにして、私は男が動き始めるまでの約一時間という時間を計った。しかし、そこで妙なことに気づいた。

いやに、時計の時間が進むのが遅いな、と。

私の部屋のベッドでその時はセックスをしていたのだが、そこには壁掛け時計とテーブルの上のデジタル時計がある。壁掛け時計の方は秒針がないからよく分からないが、デジタル時計の方の秒の進み方がいやにゆっくりしている気がした。もちろん感覚的なものだから絶対というわけではない。でも、それでも一秒ってこんなに長かったっけというような明らかに遅々とした進み方だった。

もし私の感覚的なものが正しいのならば、男の時間が加速したのではなく、私の時間の進み方が遅くなって、ものすごく俊敏に動けるようになったということになる。

自分でもよく分からなくなってきた。

でも、たぶんこういうことだ。

時間というものは相対的なものだから、どこかに基準を定めなければならない。ここだと時計時間だ。仮にそれを十秒とする。

時計時間 十秒

男時間   一秒

私時間    百秒(一分四十秒)

でも、一秒で射精が終わる男は稀で、実際にはだいたい五秒から十五秒の間くらいだ。となると、男時間で平均の十秒だと、

時計時間 百秒(一分四十秒)

男時間 十秒

私時間 千秒(十六分四十秒)

まとめるとこうなる。

 

時間の経過が男は速まり、私は遅くなっている。

男からしてみれば、時計は十倍速でぐるぐる回り、私は百倍速で目にもとまらぬ速さで動いている。

私からすると、時計の針はゆっくりと進み、男は時間を停められたかのように見える。

私と男以外の人から見ると、男はゆっくりと緩慢に動き、私はかなり素早い動きで行動している。

おそらくこれが私の膣に男が射精したときに起きる現象だと考えられる。ちなみに男がコンドームをつけたときどうなるか試しにやってみたことがあったのだが、その時は何も起こらなかった。生で中出しをしないことには起こらないということらしい。男の精子と私の卵子が直に接したときに、何らかの原因でこの現象は引き起こされる。

 

 

私は機会をうかがっていた。ある人物と接触する機会を。

その人物はXという。名前はまだ知らない。だが、男であることは分かっていて、この人物に殺された人を私は少なくとも三人知っている。これを読んでいる皆さんも知っている。なぜなら、三人とも有名な芸能人だからだ。Mという俳優とTとAという女優。公けには自殺したことになっているが、これは事実ではない。Xに殺されたのだ。理由は簡単だ。Aが知っていることをMに伝え、さらにMがTに伝えたからだ。彼らは社会的にも認知度の高い人たちだったから、それを世の中に公表すれば大きな反応が返ってきていただろう。しかし、その前に口封じのために殺された。自宅での自殺という形を装って。

Xの話はゆうきから聞いた。ゆうきというのは私の年の離れた弟で高校を一年で中退してフリーターになり、いま一緒に住んでいる。三日に一度くらいは帰ってきて、たまに女を連れてくることもある。

ゆうきの話によると、まず発端となったAが入っていた宗教団体がとにかくヤバいらしい。聖奴イグナチオロヨラ教会というキリスト教カトリック系の団体らしいのだが、教祖のヨハン福澤という百五十キロ以上はあるデブ禿げ眼鏡が信徒の女性たちとやりまくっているとのことだった。閉鎖的な宗教団体にありがちなことで、幹部たちもそのおこぼれに預かり、もうほとんどその目的で入信してくる者が後を絶たないそうだ。そうなると、女性信者が慢性的に不足し、その解決策として慈善事業と称して家出少女たちの保護活動を始めた。家出少女たちは寝起きする場所とフリーWi-Fi、スマホの充電設備、温かい食事と飲み放題のジュースやコーラを与えられ、とりあえず安心する。にこやかな顔で接してくる信者たちに対して、はじめはスマホをいじり続けていた少女たちも次第に心を開き始める。

Aは教団の広告塔になり、聖書の言葉の研究と祈りの実践という耳当たりのいい言葉を撒き散らして、芸能活動の傍ら日々信者の獲得に励んでいた。

ゆうきの連れてきた女というのがその教団から抜け出してきた人で、教祖他幹部数名や他の信者からセックスを強要され、拒絶することができずにやられまくってしまったそうだ。もし逆らえば、何時間も部屋に閉じ込められ、聖書の実践教習というのをやらさせられる。これはとにかく聖書をノートに書き写すという作業だ。聖書というのはとにかく長い本で細かい字でびっしりと書かれているから、何日もかかって数ページしか進まない。祈祷という名の拷問も課せられる。イスラム圏の人のように床に額を擦りつけて、何度も何度も聖書のお題目を唱えさせられる。

「え、それやらなかったらどうなるの?」

「むりむり。もう否定とか口答えできる雰囲気じゃないんだって! もうやらざるを得ない空気になる」

たいていの人はそれらの仕打ちの波状攻撃で、精神を病み、弱くなって選択肢が頭の中から消え、セックス地獄へと戻っていくそうだ。信者や幹部の男たちが入れ代わり立ち代わり彼女の身体を貪る。

ゆうきはSNSを通じて彼女と知り合い、話を聞いて、抜け出したいという彼女の言葉を信じて文字通り強奪してきた。それは大きな危険を伴う行為だったが、ゆうきはそれをやってのけ、バイクの後部座席に彼女を乗せてここまで帰ってきた。

「で、ちなみにさ、あんたはこの子とセックスするの? しないの?」

ゆうきは軽く首を横に振った。

「今後の関係性によるだろうね。いまはしない。だって、俺はこの子の恋人じゃないから」

優等生然とした答えで、私としては面白くなかった。

「恋人じゃなかったらセックスしないの?」

「そんなこたぁないけど、お互いにしたいって思ったらじゃない?」

「じゃあ、したくてしてたらOKなんだ?」

「そりゃそうだろ。まあ不倫とか生徒と教師とか倫理的にダメなパターンもあるけど」

セックスは倫理的な行為ではない。私と男たちもセックスはするが、相手が既婚や子どもがいるパターンもあるだろうが、そこまでは聞かない。そんなことには興味がないからだ。

そう考えると、様々な段階のセックスがあることが分かる。

 

①私と男たちのようなどこの誰かも分からない状態でセックスをする。

②知り合いや友人などある程度相手のことが分かっている状態で性欲と流れでセックスをする。

③恋人や夫婦ではないが、恋愛感情や情愛を持った人同士がセックスをする。

④恋人や夫婦だが、情愛はない状態でセックスをする。

⑤恋人や夫婦が情愛がある状態でセックスをする。

 

ここで問題になってくるのが、性欲と愛情と関係性の問題だ。

①は性欲10。(私からするとお金10)

②は性欲8愛情2。

③は性欲5愛情5。

④は性欲2関係性8。

⑤は性欲3愛情4関係性3。

だいたいこんなもんだろう。

しかし彼女が教団の中でさせられていたセックスは、このいずれでもない。強いて言えば、④が一番近いだろう。関係性の中でのセックス。教団の論理がその関係性を作り上げている。

でも、そもそもそんなことどうでもいいことだよね。

 

[了]

2022年5月23日公開

© 2022 天汁ちしる

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