技の起源

応募作品

小木田十

小説

3,941文字

シベリア出兵でソ連軍の捕虜となった男の矜持

ラーゲル(収容所)に向かってとぼとぼと歩きながら翔は、ここが自分の死に場所なのだなと他人事のように考えていた。全身の疲労と空腹、そして寒さ。捕虜となって二週間、木の切り株を除去して道を作る作業が続いている。食事は一日二回、カチカチの黒パン一切れと味がよく判らないスープのみ。おそらく体重が二貫目(約七キロ半)は減っただろう。

シベリア出兵の大義がどこにあるのか、ロシア革命と共産主義勢力の拡大が欧米列強や日本にどう危険なのか、翔にはよく判らなかった。実際、派兵については国内世論も分かれていた。翔は単に、貧しい農家の四男がおまんまにありつける道として大日本帝国陸軍に入隊し、行けと言われて従っただけだった。

ウラジオストクから進軍し、最初のうちは散発的な撃ち合いがあっただけだが、広大な平原で塹壕から突如現れた大勢のソ連兵たちから一斉射撃を食らった。煙にむせて視界が利かなくなり、地面に伏せて反撃の機会を窺ったが、銃声がやんで振り返ると自軍は退却しており、残されていたのは戦友たちの累々たる遺体だった。ソ連兵がやって来てその遺体を銃剣で刺し始めたため翔は観念し、ひざ立ちになって後頭部に両手を回したところを、さんざん蹴りつけられて縛り上げられた。

少し前を歩く捕虜の一人が倒れた。隊列の両側で監視していたソ連兵の一人がそれをつま先で小突きながら何か言っている。多分、倒れた男はもう死ぬだろう。これまでに何度も見てきた、もはや日常の光景である。

粗末なラーゲルに戻ったとき、その手前で長身のソ連兵が日本人捕虜を殴っていた。動きからすると、拳闘(ボクシング)使いらしい。わきをしめて構え、左の拳でちょんちょんと突くと、日本人捕虜はそれを額にもらってのけぞり、そこを右の拳が顔面を捉えた。日本人捕虜は泣き叫んだり、やめてくれと懇願する余力もなく、あっさり倒されて動かなくなった。取り囲んで見物している数人のソ連兵たちが笑っている。

弱い者いじめもはなはだしい。日本人をなめやがって。

ここら辺りが死にどきってやつか。翔は半ば投げやりな気分で近づいた。死ぬついでにソ連兵の一人か二人を道連れにしてやる。日本男児の意地だ。

気づいたソ連兵たちが、何だという感じで見てきたが、翔が半身に構えると、ソ連兵たちがどっと笑い、はやし立てた。拳闘使いのソ連兵も笑いながら構え直した。

左の拳を繰り出しながら接近した相手に、翔は関節蹴りを見舞った。ひざの皿の下をつま先でちょんと蹴っただけだが、相手は驚いた表情で前につんのめった。関節蹴りで大切なのは蹴る力ではなく、正確さと、相手の突進を利用することである。

相手はたちまち顔を赤くして立ち上がり、大きく踏み込みながら右の拳を放ってきた。翔はその腕の下に潜り込み、すばやくそでをつかみながら反転して背中を相手の腹部に密着させ、腰を落として一本背負いを食らわせた。相手は背中をしたたかに地面に打ちつけて苦悶のうめきを漏らした。

翔は即座に相手に覆いかぶさり、縦四方から相手の右わきの下に頭をこじ入れて右腕を首に回し、肩固めの体勢に入った。相手のソ連兵が逃れようともがくがのを制しながら、翔は右腕に力を込めつつ身体を相手に押しつけて首に圧力をかけた。絞め技は相手の呼吸を止める技ではない。頸動脈を圧迫して血流を遮断し、脳への酸素供給を止めて失神させる技である。相手は苦しむことなく意識が遠のいてゆく。

やがて相手の脱力が伝わり、落ちたことが判ったが、翔はさらに絞め続けた。このまま絞め続けて脳の酸素不足が限界を超えると死に至る。

だが、それはかなわなかった。複数のソ連兵たちから無理矢理引きはがされ、何本もの足で蹴りつけられた。防御姿勢で耐えていると、誰かが大声で何か言い、軍靴の嵐がやんだ。

さっきの相手よりもさらに体重がありそうなソ連兵が、自身の胸を親指で示しながら何か言い、身体を低くして身構えた。俺が相手だ、ということらしい。

相手の首の太さと、両手を開いた状態で身体をかがめる姿勢から、西洋相撲(レスリング)だなと見当がついた。案の定、相手はいきなり突進して翔の胴体を捕まえに来た。

後退しながら相手の頭を片手で押さえつけて逃れようとしたが、体重差があり過ぎた。しかもこちらは空腹続きで体力を奪われていた。耐えきれずに尻餅をつき、相手がのしかかって来たので、翔はあわてて両足で相手の胴体をはさみながら仰向けに倒れた。

危ないところだった。相手の胴体をはさむことができず馬乗りになられてしまったら殴られ放題となる。だがこの姿勢だと下から腕十字や三角絞めを狙える。

二発、三発と上から顔を殴られた。鼻血が流れて口に入り、鉄の味がした。だがこれは相手を油断させるためのエサ撒き。そもそもこの体勢から殴っても踏み込みが利かないので、いわゆる手打ちになって威力は低い。

四発目が飛んで来たとき、翔は顔をそむけてかわしながら相手の右手首を捕まえ、右足を振り上げて首にかけた。相手の背中で両足を組み直し、両手で相手の手首を引いてひじ関節を伸ばす。三角絞めが決まった。しかもいつでも腕十字にも移行できる体勢である。

相手は顔を朱に染めて怒鳴りながら力づくで片腕と頭を引き抜こうとしたが、これは余計に絞まる結果を招く。むしろ身体を押し込んで頸動脈への圧迫を緩和させるべきなのだが、そんなことを知るはずもないソ連兵はたちまち白目をむいて失神した。

再び他のソ連兵たちが近づいて来た。今度こそ蹴り殺されると覚悟し、せめてこいつだけは道連れにしてやろう、と腹をくくったった直後、女の声が響いた。

何度か見かけたことがある、身体のでかい女のソ連兵だった。手袋をしたまま間の抜けた音をさせて拍手をしながら、「ハラショウ、ハラショウ」と言っている。

なぜ自分の名前を知っているのか。波良翔は不思議に思いながら女兵士を見返し、口の中に溜まっていた鼻血をぺっと地面吐き出した。

その後、翔は二人のソ連兵からライフルの銃口を向けられながらトラックの荷台に乗せられ、鉄条網に囲まれた施設に連行された。監視がついたまま、机や椅子がある部屋へ。処刑前の尋問だろうと思っていると、さきほどの女兵士が東洋系の通訳を伴って部屋に入って来た。このやせた通訳は、翔が捕虜として最初に尋問されたときにもいた男である。

堅い椅子に座らされ、机の向こう側には女兵士が着いて、通訳の男はその横に立った。女兵士が何か言い、通訳が「波良曹長、あなたは柔術の有段者ですね」と日本語にした。翔が「だから何だ」と答えると、さらに「担当直入にお話しましょう。あなたをこのまま処刑するのは惜しい。わがソビエト軍に柔術を指導してもらいたい」と言われた。

「断る」翔は即答した。「お前らに銃で脅されて従ったとあっては、末代までの恥だ」

女兵士は神妙な顔でうなずいてから、また何か言った。通訳が「我々が最初に柔術と遭遇したのは、日露戦争でした。白兵戦になった際、ロシア兵が小柄な日本兵に次々と転がされて抑え込まれ、ナイフでとどめを刺されるという事態が頻発し、驚愕しました」と翻訳。さらに「そこで日本兵の捕虜から柔術の情報を得ようとしましたが、上手くいきませんでした。あなたと同様、実利よりも名誉を重んじる日本人に脅しは通用しなかった。その後、ソビエト連邦の建国と共に、我々は考えを改めました。どうかわが軍の兵士に柔術をご指導ください」と続いた。女兵士が席を立ち、「オネガイシマス」と片言の日本語で頭を下げた。女兵士が目配せをし、翔の背後で銃口を向けていた二人のソ連兵が退出した。

ドアが閉まると、通訳が「それとも、捕虜交換での帰国を望みますか?」と、皮肉な笑い方をした。その意味するところはすぐに判った。いったんソ連軍の捕虜になったら、共産主義思想に染まったと疑われ、帰国後に待っているのは過酷な拷問だ。

「捕虜扱いせず、師範として敬意を払うというのだな? 保証するものがあるのか?」

すると通訳が「この方はソビエト共産党青年同盟の極東地区担当で、同志フルシチョフの従姉妹です」と説明した。翔が「誰だ、フルシチョフってのは?」と聞くと、「同志スターリンとも対等に話せる人です。あなたに失礼がないよう、彼女は同志フルシチョフに必ず話を通しておくと言っています」と返ってきた。

スターリンなら知っている。レーニンの後継者と目されている男で、頭は切れるが冷酷な性格だというもっぱらの噂である。

ソ連兵たちの師となれば、波良翔という人間が存在した証を後世に残せるかもしれない。翔は一度大きく深呼吸をしてから、返答するために口を開いた。

―― 日本という小さな島国で生まれ、先人たちの創意工夫によって体系化された柔術は、近代五輪の祖クーベルタン男爵の思想に共鳴した講道館創始者の嘉納治五郎によって、当身(打撃)技を取り除いた柔道へと変化し、時を経て五輪種目として定着するなど国際的なスポーツへと成長する。一方、黎明期の講道館で抜きん出た実力者であった前田光世(コンデ・コマ)は、欧米を巡ってレスラーやボクサーたちをことごとく撃破、晩年はアマゾン開拓に心血を注ぎながら現地の人々に柔術を指導し、直弟子のエリオ・グレイシーによって孫弟子、ひ孫弟子へと拡散、ブラジリアン柔術は総合格闘技界の一大勢力となる。そしてユーラシア大陸では、旧ソ連圏を中心に日本の柔術は軍隊の格闘術サンボとして独自の進化を遂げる。こちらは高名な柔術家ではなく、日露戦争やシベリア出兵を契機として名もなき日本人捕虜たちが師となって伝授したものとされているが、ソ連の秘密主義的な体質とその後の体制崩壊により、具体的な記録はあまり残っていない。

2022年5月7日公開

© 2022 小木田十

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ハードボイルド リアリズム文学

"技の起源"へのコメント 14

  • 投稿者 | 2022-05-26 17:21

    柔道はすごいですよね。投げ技はともかく、寝技や絞め技はやり方さえ知っていれば素人でも身体能力や体格差に関係なく戦えるのがすごいと思います。私も柔道なんて高校の体育の授業でやったことしかなかったんですが、ちゃんと極まれば経験者にもまったく返されませんでした。

  • 投稿者 | 2022-05-27 01:07

    ソ連に柔道はこうして伝わった、という歴史小説風な昔話風なお話で良かったです。痛そうな感じが伝わってきました。
    重箱の隅をつつく話ですが、「翔」という名前が大変イマドキに思えたので調べたところ人名漢字にできるようになったのは昭和56年からのようです。

  • 投稿者 | 2022-05-27 08:10

     そういうご指摘を頂戴するかもしれない、と思ってました。確かにイマドキふうの名前なので、最初は将という名前にしたけれど、大将や中将に使われている文字は「名もなき日本人捕虜」にふさわしくないということで、章に変更。しかし章だとアキラと読み間違えられないよう章(あきら)と表記する必要があり、この段階で勘のいい読者は「もしかして苗字はハラか?」と気づくかもしれんということで、翔で決着した次第。なお、人名用漢字は1951年に内閣が内示したもので、作品の舞台よりもずっとずっと後の話。シベリア出兵当時に翔という珍しい名前の男がいても別に間違いではない、ということでよろしく。

    著者
    • 投稿者 | 2022-05-27 08:12

      すまん、すまん。章(あきら)じゃなくて章(しょう)ね。

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-28 00:50

    自分が生き抜くための戦略や、無意識の自己顕示欲の誘惑といったあくまで個人本位な理由から柔術の師となった波良の物語がナショナリスティックな日本文化礼賛のエクリチュールとして回収されるところに歴史の語りに対する皮肉が利いているのかもしれない。シリアスな全体のトーンと名前のダジャレの落差にもセンスを感じた。

  • 投稿者 | 2022-05-28 10:40

    北方領土返還を求める北海道の土地の海辺の北方領土が見える土地の近くに建ってる北方領土返還を求める博物館、郷土資料館的な建物の脇の海辺の近くの岬とかに建てられている石碑に記録されている内容みたいで面白かったです。

  • 投稿者 | 2022-05-28 22:50

    いいですね、柔術、習いたいと思います。うちの親父が中村天風の本とか読んでいたのを思い出しました。完成度も高くて良かったです。

  • 投稿者 | 2022-05-29 05:30

    無駄に引っ張るぐらいなら最初にフルネームを出して出オチ狙った方がマシだったのではないかと思いますが、ハラショーが言いたいだけのために嘉納治五郎まで引っ張り出してきたのはさすがの手腕だなと恐れ入りました。「ソ連兵が逃れようともがくがのを制しながら」の部分がどうしても読解できませんでした。広島弁に近い用法があるようにも思えるので、もしかしたら私が広島出身ではないから読めなかったのかもしれません。岡山弁なのかもと思って調べてみましたが方言のアーカイブはまだまだ発展途上で調査しきれませんでした。瀬戸内を挟んだ向かい側の地域でも似たイントネーションの方言が多く使われるケースもあるのでもしかしたらそっちかもしれないのですが、よく考えたら広島の対岸は愛媛なんでそれだとぞなもしーとかになっちゃうし、そんなわけないですね。

  • 投稿者 | 2022-05-29 09:35

     すまんのう。「ソ連兵が逃れようともがくのを制しながら」が正解で、「が」がいらんかったんじゃ。

    著者
  • 投稿者 | 2022-05-29 10:14

    面白かったです。格闘シーンとかが特に。
    わたしも柔道やっていたのですが、読んでいて小木田様も経験者なのかなと感じました。
    最後のオチがちょっと強引かなという気もしましたが、人間、自分の利害が絡めば率直になるもんですよねぇ。わたしも同じ立場に立たされたら、うんと言ってしまうかもしれません。

  • 投稿者 | 2022-05-29 10:25

     難しくてよく分からない、と言われるんじゃないかと大変恐怖を掻き立てられ、非常に怖かったので、ほっとしています。

    著者
    • 投稿者 | 2022-05-29 14:46

      いや、分かりました。引き込まれました。
      文章力だと思います。

  • 編集者 | 2022-05-29 10:31

    柔道がこんな形で伝わっていれば、ソ連(軍)ももう少し長続き(?)したのかも知れないが、やはり殺人技術としての柔術に先祖返りしてしまったのだろうか。

  • 投稿者 | 2022-05-29 10:48

     日本発祥の柔術は本来的に護身術であり、襲われたときに身を守るためのもの。南米では基本的にその精神が引き継がれたけれど、旧ソ連圏では残念ながら殺人術として進化してしまった、という解釈でよろしく。

    著者
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