混迷者

地獄に寄り道、曲がり角(第5話)

TURA

小説

1,799文字

引き攣る右足、駆ける左足、止まらない好奇心。

山道を背景に、強風に吹かれた細やかな雪が、斜めに吹き降っている。僕は、いつかテレビで見た、砂漠を横断するイナゴを思い出していた。羽をいきらせ、瞳孔を開かせた、あの干魃の大群。押し寄せる、枯渇の波。この吹雪もあの蝗害と同じ様に、その巨体の下に沈丁花を隠してしまうんだろう。
この地域に雪は珍しい。やっぱり雪は、絵になる。どんな無粋な空き地でさえも。その一瞬一瞬が、絵画の様だ。そんな感慨に耽りながら、ただ雪に吹かれた。絵画の額縁からは、景色の一部が漏れ、僕の体にも降り注いていく。
僕は、家の近くの堤防の沿道をとても散歩だとは言えない深刻な足取りで進んでいたが、それは単に積雪だけのせいではなかった。不確かな足取りも、雪と蝗の馬鹿なオーバーラップも、全てあれのせいだ。偶然だ。ああ、偶然だ。間違いない。松の枝に厚く雪が乗り、撓んでいる。
先ほどまで、当て所なく街を歩いていた。哲学書の彼のことを思いながら。街を彷徨きながら、僕は、熱という言葉に敏感になっているのを感じた。立ち寄ったコンビニのカップ麺の包装に印字された熱湯の字。総合クリニックの看板にある、発熱の字。何か一つ目的があれば、歩幅と姿勢が変わる。それが面白くて、雪の中を歩いて回っていた。
その流れで久々に入った住宅街の一角にある、ゴミステーションに新聞がまとめて捨ててあった。その一番上にある、数週間程前の地方紙。そこには、一つの事件が掲載されていた。
驚いた。全く知らなかった。遠く離れたアフリカ大陸の食糧事情に詳しくなっても、町内の特産品のことは知らないことが多い。街は、都市化、情報化を進めた結果、灯台の下は、ますます闇を深めている。
二週間ほど前の未明、ある一軒家が焼けたらしい。現状判明していることは、出火原因が現在不明であることと、暮れの多忙でぐっすりと寝込んでいた夫婦2人が、亡くなったことだ。
僕は、急いで現場に駆けつけた。そこには、花束が手向けられていた。一体どういうことだ。
木の枝から、雪が束になって落ちた。この、静かに降り積もる雪は、人々の生活の様に万遍ない。際立った高さや形は出ない。だからこそ、推理小説の犯人の異常性は、雪の足跡の様に、はっきりと残る。特に、この国ではそうだ。
偶然とは思えない。いや、偶然だろう。
僕は、街の喧騒を吸う雪を踏み締めて歩いた。柔らかな雪は、騒がしさの代わりに、シャリシャリと、静かな音を立てた。白い静寂の中、追い求めた影が、実体に追いつき始める。彼なのか。いや、そんなはずあるか。
よし、考えよう。もし、例えば、例えばだ。この火事が、放火だとしてだ。自然火や事故ではなく、放火だとして、なおかつ、僕の懸念通りに、線の主と同人物だったとする。だとすれば、目的は、復讐や悪意だろうか。熱という言葉に拘泥しているということは、火自体に用があったはずだ。復讐や憎悪が目的であれば、対象の人物、もしくは苛烈な感情を発生させるに至った出来事を連想させる記述に線が引かれるはず。
そうではない。線が引かれたのは「熱」自体なのだ。彼の火は、そんな激情、そんな湿度は蒸発させてしまう。もっと、無機的で、非普遍的理由が見て取れる。性的倒錯なのか、偏執的嗜好なのか。それなら、やはり放火の理由は、いや、放火後の彼の行動は、ある程度、推測が可能なのではないか。もしかすると、彼は、それを具に観察したのかもしれない。例えば、写真に撮ったり、写生したり……流石にそれはないか。いや、どうだろうな。
そういえば、あの場所に行った時、僕が黄色いテープの前で、居心地悪く手を合わせていると、野次馬を蔑む様な目つきでこちらを睨むおばさんが、近づいてきた。僕に向かってなんだか小言を言っていたが、地面に置かれた物を見るなり突然声を上げ、誰がこんなことをと、その下にあった何かを持って行った。
あれは、ステッカーだ。火の用心とプリントされたステッカー。皮肉なのか、なんなのか、いずれにしろ悪質な悪戯だと思った。同時に、何だか見覚えのあるフォントだとも感じた。実のところ、あれだ。あれのせいで僕は、彼のアリバイを確信出来ないでいる。
降りしきる柔い雪が、熱くなったほおの温度で溶ける。もしこの仮説が現実だとしたら…。
僕は、あまりにも、これ以上は。
それでも、行かなければ。
さて、とうとう、この遊びは辞め時を見失った。遊びのままで、どこまで行ける……?

2022年5月5日公開

作品集『地獄に寄り道、曲がり角』第5話 (全9話)

© 2022 TURA

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

サスペンス

"混迷者"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る