イオン空爆

応募作品

天汁ちしる

小説

3,715文字

こっちは忙しいんだよ。戦争どころじゃねぇんだよ!

 

その時私は自宅で寝ていたのだが、ドガーンという大きな重いもの同士がぶつかったような音とグラグラっという震動で目を覚ました。

「えっ、今のなに?」

「地震?」

隣で寝ていた妻と娘も飛び起きて、パニックになっていた。

「交通事故じゃないかな」

隣か向かいの家にでも車が突っ込んだのかもしれない。

ベッドから出て階段を駆け下り、玄関のドアを開けた。しかし、それらしい光景はなく、街灯の白い光に照らし出されているのはいつも通りの家の前の景色だった。

ややあって隣の家のドアが開き、ご主人が顔を見せた。

「いまの何ですかね?」

目が合うと、私はご主人にそう訊ねた。

「いや、すごい音でしたよね」

「そうそう、かなり揺れましたしね」

地震でも事故でもないとすると、あれかもしれない。

「ここらもヤバいかもしれませんね」

「ああ、そうか」

ご主人も合点がいったようで、はぁーと長いため息を洩らし「じゃ、失礼します」と言って家の中に引っ込んだ。

私もドアを閉めて鍵をかけると、トイレで小便をしてから二階の寝室へ戻った。

「イオンらしいよ。宮台のイオン。ミサイルだって」

妻はスマホを見ながらそう言った。

ああ、やはりそうか。嫌な予感は的中していたようだ。

「ツイッターで上がってる。たてもの爆発炎上してるみたい」

ここから車で二十分くらいのところにあるショッピングモールだった。ユニクロやブックオフやニトリが入っていて月に一度くらいの割合で行っていた。

「今月中には避難しないと」

私はその言葉に無言で頷いた。

仙台あたりまではすでにロシア軍の占領下にあり、ここらももう時間の問題と言われていた。この家ももう諦めなきゃならない。イオンにミサイルが撃ち込まれたとなると、もう家がどうこうとかいう話ではない。

「今週末おじさんとこに連絡してみるよ」

大阪に父の弟のおじさんが住んでいた。頼れるあてとしてはそこくらいしか思いつかない。しかし精神病を理由に徴兵を忌避した私を、おじさんが温かく迎えてくれるとは思えなかった。

電気を消して布団に入り、再び眠ろうとしたがそんなことは不可能だった。こうしている今にも、ミサイルが飛んでこないという保証はなかった。イオンは狙われて爆撃されたのだろうが、その流れ弾一発でも飛んでくればここら一帯を一瞬にして焦土に変えてしまうことだろう。

アメリカ軍は核保有国であるロシア軍と衝突することになれば、それは核戦争になって人類が滅亡してしまうという理由で、国後島への侵攻が始まるや否や日本から引き上げてしまった。いったい何のために何十年も駐留していたのかと日本中が唖然としたが、それはどうやらあくまで抑止効果のためだけのもののようだった。

北方四島は二日で攻略され、次に北海道の知床が戦場になった。札幌が陥落するまでには一ヶ月近くかかったが、ロシア軍の圧倒的な戦力に自衛隊は終始押しまくられ、やがて北海道全土がロシア軍の手に落ちた。

青森から盛岡、福島から仙台をロシア軍は次々と攻略し、先月には日本全国の十六歳から六十五歳までの男子全員を対象とした徴兵制が敷かれた。しかし、足りていないのは兵士の数だけではなく武器弾薬や食糧、医薬品などの兵站も極度に輸入に頼っていた日本は制空権を奪われ海上封鎖をされると、あっという間に枯渇した。

頼りのアメリカや西ヨーロッパ諸国も、支援をするするとは言いつつ具体的な対応は曖昧なままだった。ドイツやフランス、イギリスはウクライナからポーランドへとじわじわと侵食しつつある西側戦線へ全精力を傾けていたし、アメリカは中国に侵攻された台湾と三十八度線を越えて朝鮮戦争を再開させた北朝鮮への対応で手いっぱいだった。

茨城や栃木の空爆をロシア軍は始め、次は埼玉だろうと言われていた。だが、こんなに早く、こんな近くにミサイルが飛んでくるとは思ってもみなかった。戦況はネットやテレビで見て知ってはいたが、どこか遠い国の出来事のようで現実味はなかった。

 

 

朝になると、ニュースでイオンのことが報じられていて、どうやら駐車場に落ちたようでドローンやヘリで空撮された大きなクレーターの映像が繰り返し映っていた。建物にも被害は及んでいて、北側のニトリの片側半分が大きな鉄球がぶつかったようにグシャッと内側に凹んでいた。専門家の解説によれば着弾時の爆風と金属片によるものらしい。しかし、南側のイオンの専門店街や直営のスーパーや売場には被害はなかったようで、今日の営業時間を十一時に遅らせ、閉店時間は夜の八時までとするとイオン側からは発表されていた。明日からは朝九時から夜十時までの通常営業へと戻れる予定とのことだった。

電車の状況が気になったが、特に運休や遅延の情報はなく、在来線は問題なく動いているようでホッとした。

小学校からも特にメールや連絡はなく、いつも通り授業は行われるようだった。

「あー、学校休みになるかと思ったのにー」

娘の和美はテレビを見ながら悔しそうにそう言った。

「閉店後で良かったよねー。駐車場とか建物の中に人はいなかったって」

私は自分で食べる分の冷凍パンをトースターへ入れ、四分のスイッチを入れた。

「ロシアもそこらへんは考えてくれたんじゃない? 人のいる土日の昼間とかだと国際社会からまた猛抗議されるだろうし」

「でも営業できなくなったじゃん。一日営業できないだけでも何百万かは飛ぶし、在庫とか建物の復旧までには相当時間かかるよ」

上場企業だし、従業員の給与補償もしないといけないだろう。

「建物とか在庫品とかは保険掛けてあるだろうから、むしろ新しくなっていいんじゃない?」

そう言えばそうだ。

「でも、これ保険下りるのかな?」

「ミサイルで爆撃された場合の条項が契約書に入っているかどうかだな」

世界は半年前には信じられない状況下にあり、戦争が各地で始まるとは誰も予想していなかった。だからおそらく契約書には入っていない条項だろうが、これが天災や天変地異に該当するかが焦点となる。保険会社はロシアに損害賠償請求をしろと言うだろう。だが、そんなことをロシアがしてくれるわけはなく、この戦争が終わる見込みも立っていない。そうなると裁判をするしかない。それもこれも、東京が陥落せずに日本という国が存続すればの話にはなるが。

私は七時に家を出ると、いつも通り七時二十一分の電車に乗って会社へ向かった。車内はいつも通り満員で、ロシアと戦争をしていることなど日本のサラリーマンたちには関係がないようだった。ミサイル攻撃や空爆が南下してきて東京へ迫ったとしても、死ぬのも厭わずみな会社へ通勤することだろう。自分の会社のオフィスが入っているビルが爆破されない限り、線路が爆撃されて電車が停まったとしても会社が休みになることはなく、タクシーやバスや車を使って何としてでも出勤する。いつになったら動き出すんだと駅員に摑みかかり、爆撃されたくらいで運休してるんじゃねえよと怒鳴り散らす人が続出する。こっちは仕事なんだぞ、どうしてくれるんだ、と。

そう言えば、徴兵制が敷かれているはずなのに、どうしてこんなに電車が混んでいるのか不思議だ。病気ややむを得ない理由がなければ、自衛隊に入らなければいけないはずなのだが。みんな何だかんだ理由をつけて忌避しているということか。私も人のことを言えないが。

九時前に会社に着くと、タイムカードを切り、パソコンを立ち上げてメールをチェックした。取引先からの嬉しくもないメールが何件も入っていて、それに重要な順に時間をかけて返事を書いて送った。

「お、あれ、篠塚さん、ニュースで見たよ。宮台のイオンにミサイル落ちたって。近くだったよね。大丈夫だったの?」

小山課長が顔を見るなり、そう訊いてきた。

「ええ、夜中にドカーンって音がして家族みな飛び起きましたよ。でも、特に家には被害はなかったです。十キロ以上離れてますしね」

「へぇ、そうなんだ。いよいよ埼玉まで来たかって感じだよね」

「はい、今月中には避難しないとって家族とも話してて。大阪に叔父がいるので、そこを頼ろうかと」

すると、みるみる小山の顔が曇った。

「えー、それちょっと困るよ。せめて三月の決算までいてもらわないと。事情は分かるけどさ、タイミングが悪いっていうか少しは会社のことも考えてよ」

来年の三月となると、あと四ヶ月以上先になる。

「はぁ、まあそうですよね。徴兵のせいで人減ってますしね」

「そうそう。俺もさ、そりゃお国のためだから応じようとは思ったよ。でもさ、ここで俺抜けちゃったらさ、この会社どうなるのって感じじゃない。分かるでしょ」

課長が抜けても特に害はないとは思うが、とりあえず頷いておいた。

「そういえば課長はどうやって徴兵を回避したんですか?」

「ああ、そりゃね血糖値が三年くらい前から悪かったから、かかりつけの近所の医者に重篤な糖尿病って診断書書いてもらったんだよ」

ああ、誰でも似たようなことをしているんだな。

「戦争もいい加減にしてほしいよね。こっちも忙しいんだっつーの」

ロシアの兵士たちは日本人たちがそんなことを考えているとは思ってもいないことだろう。

 

[了]

2022年4月29日公開

© 2022 天汁ちしる

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


2.7 (9件の評価)

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

リアリズム文学 実験的

"イオン空爆"へのコメント 18

  • 投稿者 | 2022-05-25 20:54

     視点の主を固定し、文章も平易で、時系列に従って半日程度の時間枠の中で描いているところなど掌編小説の基本は踏まえている(場面数はもっと減らせるはず)が、残念なのはリアリティの欠如。国土が次々と蹂躙されているという状況なのに、ミサイルの被害に保険が適用されるのかどうかとか、学校や会社が休みにならないのかとか気にしている様子はさすがに小学生でも「そんなわけないだろ」と顔をしかめるだろうし、実際に戦火に巻き込まれている人たちのことを思うと不謹慎で配慮に欠けると言われても仕方がないのではないか。/大型ショッピングモールという表現で充分なのにこういう内容の作品に実際の企業名を出したり、精神病を軽々しく作中で使うのも感心しない。/主人公は精神病を理由に徴兵を忌避したのに会社では頼りにされているというのは矛盾していないか。/お題の「ソビエト連邦」という条件を満たしているのか? もろもろ参考にしてもらえれば。

    • 投稿者 | 2022-05-25 23:35

      コメントありがとうございます。
      すべて皮肉です。誇張して書いて楽しんでいます。
      そこらへんの機微が分かると面白いですよ。

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-25 23:39

    戦時下で通勤電車が機銃掃射を受けて立ち往生したので、みんな電車から降りてぞろぞろ歩いて会社へ向かったという話を思い出しました。あとわりと有名な話ですけど坂口安吾のエッセイで、奥さんたちが井戸端会議で空襲が無い日は退屈と話していたエピソードとか。自分はそういう話に堅固すぎる日常を感じて嫌にならなくもないのですが、そういうものなのでしょうねえ。

  • 投稿者 | 2022-05-26 11:04

    コメントありがとうございます。
    2011年の東日本震災の時に、計画停電で在来線がすべて運転見合わせになったにもかかわらず、なんとかして辿り着いていつも通り仕事をしろと本社の方に言われた時のことを思い出して書きました。
    正常化バイアスというのの負の部分ですね。

    著者
  • 投稿者 | 2022-05-26 16:35

    有事でも普通の生活を続けようとする日本人の習性を上手く描いていて、秀逸だと思います。有事に限らず、首都圏で大雪が降ったりしたときも、「なんで電車遅れるんだよ、こっちは仕事行かなきゃならないんだよ」みたいな舌打ちがあちこちから聞こえてきますよね。そんな感じ。
    ちなみにタイトルを見たときはスター・ウォーズのion cannonとかion torpedoみたいなのかと思ってしまいました。イオンは日常の象徴だったんですね。

    • 投稿者 | 2022-05-26 23:16

      コメントありがとうございます。
      日本人独特の習性ですよね。「普通」と「常識」の国。
      わたしはその二つの軛から、外れていない振りをして生きています。

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-27 00:28

    突拍子もないことにも思えますが、地震や台風、緊急事態宣言があっても、形を変えて労働はし続けなければいけませんでしたし、皮肉なようで案外ありえそうな話だなと思いました。
    死ぬかもしれない状況でも「なんで営業しないんだ!」とかいうクレーマーもいそうですし、「インフラなので」とか謎の理由で店を開けさせられそうです。話のタッチも暗くならず、軽快なブラックジョークのようでありながらも、嫌味たらしくなく、何となく呑気な感じが良かったです。

    • 投稿者 | 2022-05-27 08:23

      コメントありがとうございます。
      わたしは書店で働いていたのですが、震災の時わりと大きめの余震がきてグラグラ揺れている中でもレジのお客さんの列は崩れず、お会計を続けざるを得なかったのが記憶に残っています。
      世界ではブラックジョークでも、日本ではあるあるっていうのが笑えないですよね。

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-28 00:44

    2作品あったので「こっちは忙しいんだよ」というリード文そのままにとりあえず短いほうを読むことにした。シュールな雰囲気がいい。心情描写を排したシナリオのような文体や、ドガーン、グラグラっといった漫画を思わせる擬音語がリアルさの希薄をうまく演出している。北方領土はロシアが既に実効支配しているのだからわざわざ攻略する必要がどこにあるのかと思ったが、いったん日本が強引にぶんどり返してその報復としてロシアが攻めてきたなどの経緯があったのかもしれない。

    • 投稿者 | 2022-05-28 08:46

      コメントありがとうございます。
      国後島ってロシアだったんですね。知床の沈没事故で遺体が国後島のロシア側がら引き渡されたっていう報道で知りました。
      ウクライナに支援しまくってるのに、返してくれるんだって思いませんでしたか?
      災害ユートピアってやつですかね。あっちでは戦争で何人も殺し合っているのに、海難事故では人道的。
      ああ、人間ですねぇ~。

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-28 10:32

    イオンってイオンサプライとかのイオンかと思ったら、ガチのイオンで、それが分かった瞬間、
    「わー!きゃあー!」
    わーきゃーしました。黄色い声援が飛びました。イオンも空爆の対象になるくらい立派になったんだねえ。立派になったねえ!うれしいよって思いました。ありがとうございました。いや私は別にイオン関係者とかじゃないんですけども。イオン愛国者ではありますが。

    • 投稿者 | 2022-05-29 00:56

      コメントありがとうございます。
      イオン愛国者とは?

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-28 11:50

    ウクライナのショッピングセンターが破壊されている様子は、日本で言えば正にイオンが爆撃されるようなものだよなと、ニュースを見ながらたしかに思いました。
    『イオン』という言葉は日本への置き換えという点で強力だと思います。

    • 投稿者 | 2022-05-29 00:57

      コメントありがとうございます。
      ヨーカドーと迷ってイオンにしました。

      著者
  • 投稿者 | 2022-05-28 22:40

    実際に原爆が落とされた翌日に電車は走っていたらしいので、今戦時になっても普通に出勤しそうな気はしますね。それはそれでやはり地獄な気がします。

  • 投稿者 | 2022-05-29 01:00

    コメントありがとうございます。
    ウクライナの出勤事情が気になりますが、誰も報じてくれませんよね。

    著者
  • 投稿者 | 2022-05-29 05:05

    2作品お疲れ様でした。迷ったんですが、あっちを3点こっちを3点でトータル5点満点です。逆でもよかったかもしれませんが、あっちの方がオチ感がよかったかなということで配分を決めました。

  • 編集者 | 2022-05-29 10:19

    ショッピングモールと通勤風景、まさに銃後だ。徴兵忌避(拒否ではないのか?)は人民の権利、いや、義務なので、問題ない。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る