蛍光灯を交換する女

応募作品

オニダルマオコゼ

小説

3,875文字

茨城県つくば市。駅前のロータリーを見下ろす雑居ビルにその探偵事務所はある。
頭脳明晰(自称)、容姿端麗(自称)、大胆不敵(他称)の女探偵、海城翠梨の探偵事務所である。

翠梨の手腕を伝え聞いて現れたのは、彫刻家石神井靖彫の屋敷で働く使用人、久根利紫であった。
靖彫のアトリエから消えた「望郷の女神像」を盗んだ嫌疑をかけられた紫だったが……?

初投稿です。なんとか4000字に収まりました。

「やーだよ」

海城かいじょう翠梨みどりはソファに寝そべり、足をバタつかせた。

「そこをなんとか、さ。頼むよ」

テーブルを挟んだ向かいのソファには、黒のダウンジャケットに身を包んだ口の悪い女が座っている。彼女の名は久根利くねりゆかりという。探偵業を営む翠梨のところへやってきた依頼人であり、彼女の古くからの友人である。

紫は今、トラブルに巻き込まれているのだ。彼女は昨今珍しくなってしまったメイドである。秋葉原の怪しげな店でオタクたちを前にオムライスにケチャップで字を書き、「萌え萌えキュン」などと宣う『ビジネスメイド』ではなく、田園調布の怪しげなアトリエ兼豪邸で石柱に像を彫る彫刻家、石神井しゃくじい靖彫せいちょうに雇われた、「お帰りなさいませご主人様」などと宣う『職業メイド』である。

靖彫の代表作、オークションにかければ億は下らないともいわれる「望郷の女神像」が盗まれた事件は記憶に新しい。昨今作品を発表していなくなっていた靖彫は美術館に寄贈していた本作を一時的に自宅に「帰宅」させていたが、その逸品が鍵のかかった密室の作品庫から忽然と姿を消したのだ。

紫はその女神像を盗んだ嫌疑をかけられている。鍵を持っていたのは靖彫本人と、何故か靖彫から気に入られ、アトリエの清掃を任されていた紫だけだったからである。

「いーじゃねぇか、友達のよしみだろ」

「やだよ! なんで私がお前の依頼なんか受けなきゃいけないんだよ! しかも窃盗の嫌疑を晴らしてくれだって? 寝言は寝て言えってーの!」

「金ならあるんだよ。ほら」紫は足元に置いてあったジュラルミンケースをテーブルに置く。

中身はちり紙にできそうなほど大量の札束である。紫はここに三千万ある、とその量を誇らしげに語った。

「これは手付け金だ。成功報酬は弾むぜ?」

「金の問題じゃないでしょ! 大体、このお金もどうせ盗品で作ったモンでしょ!」

そうなのである。

紫はこう見えて、高価な美術品を専門に狙う泥棒、いわゆる「怪盗」である。口も悪ければ手癖も悪いというわけだ。紫が靖彫の屋敷でメイドとして働いていたのも件の女神像を狙ってのことだった。そのはずなのだが、盗む算段、売り捌く算段をつけているうちに横から獲物を搔っ攫われたのである。

「こんな汚いお金、さっさと片付けて!」

「いくらなら受けてくれるんだ? 言い値で出すぞ」

「金の問題じゃないって言ってるでしょーが! こんなところにのこのこ出て来て……通報するぞこの女」

「世の難事件を解決することに悦びを感じるのが名探偵なんだろ! この際、オレが泥棒なのはどーでもいいじゃねぇか。な、この事件、お前のネズミ色の脳細胞で解決してくれよぅ」

「『灰色』だ、このネズミ小僧! それに何が難事件だよ。もう一度、最初から事件のあらましを説明してみろっての」

「また話すのかよ」

紫はしぶしぶながらも、盗難事件のあった夜のことを語り始めた。

 

― ― ― ― ― ―

 

事件があったのは三日前の夜のことだ。

その日は靖彫のジジイは同窓会で外出してて、帰ってきたのは日付が変わってからだった。その夜、屋敷にはオレと使用人の松原まつばら美玖みく、それから執事の玄田げんだ龍介りゅうすけがいただけだったな。松原のほうは最近入ってきた女だ。歳は二八とかいってたか、仕事は……まあまあだな。どうも玉の輿を狙ってるらしいぞ。独身金持ちとはいえ、靖彫のジジイ六八だぜ? 正気じゃねぇよな。

玄田の爺さまはオレより前から働いてる執事だ。歳は教えてくれねぇんだけど、靖彫もかなり信頼してるらしいからかなり長く働いてるみたいだぜ。仕事はテキパキしてるが、最近手が震えて来てるから靖彫から作品には触らないようにって厳命されてる。代わりにオレがアトリエや作品庫の掃除を任せられてるってワケだ。美術品の扱いには慣れてるしな、ガハハ。

事件のあった夜、夕食の後にオレと玄田が作品庫をチェックした。毎朝鍵を開けて二人で作品庫から無くなってるものがないかチェックして、夜にも同じようにチェックして閉めてるんだ。その時は女神像は確かにそこにあった。オレも見てるし、玄田の爺さまも見てる。そんで鍵をかけて……そうそう。その時蛍光灯が切れかけてたんだよな。作品庫の。あの部屋は地下室で窓も何もねぇ密室だからな、蛍光灯がついてるんだよ。そんで、作品庫に鍵をかけてから家のほうに戻って、夕食を食べ終えてぐーたらしてた松原に新しい蛍光灯を持ってくるように言って、オレはアトリエ、玄田はキッチンの掃除を始めた。作品庫にはアトリエからしか行けねぇから、その間は誰も作品庫には近づいてねぇな、間違いない。

松原が蛍光灯を持って戻ってきたのはアトリエの掃除が終わる少し前くらいだった。遅ぇなお前!って言ったらどこにあるのか分からなかったからってよ。事件の前の前の日、一緒にリビングの蛍光灯変えたばっかりなんだぜ? とぼけすぎだろアイツ。

そのあとは先にアトリエの掃除を終わらせてから作品庫に行った。本当は玄田を呼んで一緒に入るべきだったんだが、蛍光灯を変えるくらい一人でもいいだろって思ったのが運の尽きだったな。作品庫に入って、蛍光灯を交換して、すぐに出た。断じてオレは盗ってねぇぞ! だってその時には確かにあったんだよ、女神像。でも、その時がオレが女神像を見た最後になった。

その後、零時を回るくらいになって靖彫が帰ってきた。オレと玄田がそれを出迎えて、今日も徹夜で作業するから、ってアトリエに入った靖彫が、作品庫のカギが開けっ放しになっていて、女神像が無くなっているのを発見した……ってワケだ。

 

- - - - - -

 

「盗んだのはオレじゃねぇ。絶対に」

「どうだかね。そろそろ紫もお縄に付いたほうがいいんじゃないかな」

「おい翠梨ぃ、信じてくれよぉ……お前しか頼りになるやつがいないんだよぉ……」

泣き始める紫。

演技だ。そう分かっていても、翠梨は目の前で困ってめそめそ泣いている女を放置できるような人間ではない。

「あーもう、めんどくさいな。じゃあ私の推理を聞いたら帰ってよね」

翠梨はいじっていたスマホを放り出し、紫と相対するようにソファに座りなおした。

「まず、事件の真相には四つの可能性がある。一つは紫、お前が本当に盗んだんだ」

「それはねぇって!」

「次に、帰ってきた靖彫さんが女神像をどこかに隠して、狂言の窃盗事件を起こしている。でもこれは動機が分からない。調べてみたら何かわかるかもしれないけど、私はこの線は薄いと思う」

「靖彫のやつ、ちょっとスランプっぽかったから、案外頭がイカれてたのかもしれねぇな」

「残る二つは、それぞれ松原さんと玄田さんが犯人である可能性だよ。二人にも犯行は可能だったはずだから」

「そうか? だってオレが蛍光灯を変えたときは、女神像はまだあったんだぜ? 作品庫は密室だし、鍵がなきゃ入れないんだぞ」

「一つ確認したいんだけどいいかな。作品庫に内鍵はある?」

「ああ、あるぜ。だって地下室だぞ。万が一誰かに閉じ込められたら出られないんだから」

「それが答えだよ。紫、蛍光灯を変えるとき、電気はつけたままにする?」

「するわけねぇだろ。危ねぇもん」

「そう。蛍光灯を変えている間、紫は電気をつけていなかった。でも窓もない作品庫で灯りがなかったら作業はできない。だから入り口の戸は開けっぱなしだった。犯人は紫が蛍光灯を変える隙に作品庫に侵入し、その中に隠れた。そして紫が作品庫を出たあと、女神像を持って内鍵を開けて外へ出る。これだけでいい」

「なるほどな……でも、そんなこと誰がやったんだ?」

「靖彫さんは普段アトリエに籠りっきりなんでしょ。なんで同窓会の、靖彫さんがいない日に限って蛍光灯が切れかけてたのかな」

「偶然だろ」

「私は偶然じゃないと思う。紫、リビングの蛍光灯を変えたって言ってたよね。犯人はその切れかけた蛍光灯を作品庫に付け直したんだ。同窓会の、靖彫さんがいない日に紫が作品庫に一人で入る用事を作るためにね」

「なんだって⁉」

「つまり、犯人は日中作品庫に入っていても不審がられない人物。切れかけた蛍光灯をどこに捨てていたのか知っていて、それを回収できた人物。そしてたぶん……女神像の本当の価値を知る人物」

「まさか……玄田か?」

「紫がそういうならそうなんだろうね。そら、帰った帰った」

「おいおい、動機は何なんだよ、動機は!」

口悪く話の続きを求める紫の背を押し、翠梨は彼女を探偵事務所から追い出した。

応接間に置かれたアタッシュケースは開いたままだ。しまった、と頭を抱えた翠梨はそれを素早く閉じ、紫を追いかけてアタッシュケースを持って外へ飛び出した。

名探偵である翠梨は、盗品で作った汚い金で払われる依頼など受けるわけにはいかないのだ。

 

- - - - - -

 

久根利紫に問い詰められた玄田龍介が保管場所を吐いたことで「望郷の女神像」は無事発見され、事件は窃盗未遂事件として収束した。

動機を問われた玄田は「過去の栄光に縛られている靖彫先生を見ているのが辛かった」と警察に供述した。靖彫はスランプに陥っており、美術館から女神像を回収したのも過去の自作を見返してそれに縋るためであったのだ。

遠く離れた故郷を想う寂しさを孕んだ笑顔を表現した「望郷の女神像」。その憂いの表情は、女神像に縋る靖彫の表情にも似ていたという。

事件は解決を見、今でも紫は靖彫の屋敷で働いている。だが、狙う獲物は女神像から新たなる靖彫の傑作「蛍光灯を交換する女」に変わった。

この作品を世に広めてはならない。紫は自分を模して彫られている石像を前に、決意を新たにするのだった。

2022年1月13日公開

© 2022 オニダルマオコゼ

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

"蛍光灯を交換する女"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る