#8

ディア・バチュエ(第8話)

挽混座

小説

861文字

 暴走した僕は父に厳しく叱責された。言い返すこともできぬまま、もう帰れと荷物を持たされ研究所を追い出された。研究所がどういう決断を下すのかわからないほど僕だって馬鹿ではない。恐らく酒井さんを差し出して、平和を保とうとするだろう。たった一人の人間と、その他大勢の人間の命、比べるまでもない。

 津山は心底軽蔑したような眼差しでこちらを見ていたし、酒井さんも突然自我を発露した僕に困惑していた。「気持ちは嬉しいけれど」と、完全に生贄になることを選んだ発言は心を荒ませた。

 酒井さんは、どうしてハイドラを選んだんだろうか。やつらがどこにいるのかもわからないのに、どのような場所で暮らしているかもわからないのに。何故自分が選ばれたのかも、わかっていないはずだ。

 男のあれだけの話だけじゃ、何も伝わってこない。父は、津山は、理解できたんだろうか。酒井さんも? わかっていないのは僕だけなのか? どうして酒井さんを差し出さねば誰かの血が流れることになるのか、理解できない。したくもない。

 電車に乗らず、たっぷり一時間強歩いて家まで帰り着くと、玄関を開けたその足でタブレット型の端末に向かった。『バチュエ』と入力するが、検索結果には出てこない。次に『エルドラド』と入力する。ヒットした。とある民族の言葉で『黄金の人』を意味するらしい。正しくは『El Dorado』……黄金郷。知れば知るほど、ハイドラが発見された場所を想起させる。昔祖父から聞いた、黄金に輝く地下の話。あれは単なる幼い子供に話して聞かせる夢物語ではなかった。そのとある民族——ムイスカ人というらしい——の信仰する宗教に『バチュエ』の名があった。しかし、バチュエはおろか、その宗教自体の詳しい記述はほとんど存在しなかった。まさか、この発達したインターネットの海で見つけられない情報だとは思わなかった。お手上げだ。

 端末の電源を落とし、朝から開いたままの窓を閉めた。いつの間にか雨が降り出している。湿った匂いが不快感を増幅させた。再びシャワーを浴び、何も食べる気になれないまま布団に潜り込んだ。

2021年10月3日公開

作品集『ディア・バチュエ』第8話 (全9話)

© 2021 挽混座

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