GrimReaper ≪グリムリーパー≫ (死神)

Cocoa

小説

10,969文字

戦場ものアクションです。
近代戦の好きな方は、リアルな描写をお楽しみください。
ミリタリー好き、ガンマニアのかたは必読です。

<ジョン、聞こえるか? これから西の通りに移動するが、大丈夫か?>
「大丈夫だ軍曹。敵の狙撃兵は、まだ見えない」
<頼りにしているぜ!メアーズちゃんと監視しとけよ>
「ああ、任せとけ」
「ちゃんと監視してらい!オメーはいつも一言多い!」
<オメーには負ける>

軍曹の最後の一言がツボにはまったのか、ジョンが笑い出す。
「さあ仕事、仕事」
不機嫌になったメアーズは、再び双眼鏡を覗いて敵を探し始めた。

イラク郊外の街を、砂嵐が襲う。
強い風が砂ぼこりを舞い上げ、太陽の日差しを遮る。
舞い上げられた砂と同じ色の建物が並ぶ通りを進む完全装備の7人の歩兵たちを、4階建てのビルの屋上から狙撃手と監視員が護衛のために周囲を警戒している。

狙撃手が構えているのはM82A1バレット。
12.7x99mm NATO弾を初速853m/sで発射し、2000m先の的を撃ち抜く世界最強の|対物《アンチ・マテリアル》ライフル。

「これだけの砂嵐だ、敵の狙撃兵も本日は休業。今頃はベッドに横になってテレビでも見て寛いでいる事だろうぜ」

双眼鏡を覗いたまま、監視員のメアーズがクチャクチャとガムを噛みながら、伏せている狙撃手のジョンに話し掛ける。

「普通の狙撃兵は、そうだろうな。だが俺の“お目当て”は絶対に潜んでいるはず」

「おいおいお目当てはあのグリムリーパーかよ!ちきしょう。おかげさまでこっちは服の中まで砂が入って来て、体中砂だらけだぜ」

グリムリーパーと言うのは敵民兵組織の狙撃兵。
こいつのせいで既に100人以上が、あの世に連れ去られている。
顔も名前も年齢さえも分かっていない。
ただ分かっているのは、コイツに狙われた者には確実に死が訪れると言う事だけ。

だから死神《グリムリーパー》と名付けられた。

「でも奴の死神としての人生も今日で終わりだな。なにせ相手が悪い。ジョンは現役のライフル射撃の選手で、今日の銃はM82。腕にかすっただけでも関節から先のパーツがもぎ取れてしまう。あー怖い怖い」

「あんまり喋っていると、死神《グリムリーパー》に連れて行かれるぞ」
「まさか、奴の銃は旧式のドラグノフだぜ、7.62㎜弾じゃあこの風に流されちまう」
「だから、こうして風上を見張っているんじゃなかったのか」

「うっ……」

メアーズは何かを言いかけて止めると、ペッと噛んでいたガムを吐き出して身震いした。

 

しばらくしてパーンという銃声が響き、通りを進んでいた歩兵の1人が倒れた。他の6人は壁に貼り付くようにして、動きを止めた。

「やべぇ! 敵の狙撃兵だ。屹度お前の“お目当て”さんのお出ましだ。俺は確認できなかったが、ジョンは見つけたか? 」
「――」

しかし、ジョンは返事をしない。

パーン。

続けざまに、もう一発銃声が鳴るが、今度は誰も倒れない。
「ざまあみろ、外しやがったぜ。今度はこっちの番だ。ジョン、確認できたか?」
監視員がジョンの肩を叩くと、その首は力なく崩れ落ち、伏せている体の下側には血だまりが出来ていた。

そしてその事に気が付いた時、自身の意識も途絶え、ジョンの上に覆いかぶさるように倒れていた。

 

パーン。

 

まるで今倒れた監視員を追悼するように、銃声が後を追って空に響く。

 

1発目の銃声が聞こえたときに死んだのは、街を偵察していた歩兵の軍曹ではなく狙撃兵のジョン。
グリムリーパーの射撃距離が遠過ぎたため、監視員は歩兵が撃たれたと勘違いしてしまった。
そして2発目の銃声で歩兵の軍曹が撃たれた。
その次は監視員のメアーズ。

誰も自分が撃たれた銃声を耳から脳へ伝達する事なく、この世を去って行った。

<ジョン! 軍曹が撃たれた。敵の狙撃兵は見つけたか!?>
<ジョン! おい、聞いているか? 返事をしろ!メアーズ、ジョンが撃たれたのか? おい、メアーズ。どうした返事をしろ‼>

屋上に静かに横たわる2人の傍に置かれた無線機だけが、けたたましく声を上げていた。

 

 

***米軍 イラク駐屯地本部***

 

「一体いつになったら解決するんだ。今日も3人やられて、これで犠牲者は今月だけでももう10人を超えた。いったい奴の対策はどうなっているんだ!?」

仮設テントの中に作られたオフィスで、バッジを沢山付けた中年の男性が報告書を机に叩きつけて叫ぶ。

「この地域一帯はグリムリーパーの縄張りの中だ。だから奴を始末しない限り、今後も犠牲者は増え続ける。で、今日の失敗は何なんだ? 餌にはチャンと喰いついて来たと聞いたが?」

「はい。地上軍の制圧地点を予め漏らし、その周囲を4組の狙撃班に見張らせて待機させていましたが……」

「――いましたが?」

「それが……砂嵐に近い状況の中、こちらの想定していた範囲外から狙撃され、狙撃兵のジョン曹長と監視員メアーズ伍長、それに制圧部隊のオビロン軍曹がヤラレました」
「なんと、あのジョンが……それで、想定していた範囲外からの攻撃とは?」

「当日の砂嵐と言う気象状況から我々は狙撃距離を200~300mと推定しておりましたが、実際にはグリムリーパーの狙撃位置は800mほどでした」

「どうして、それが分かった?」

「解析の結果、オビロン軍曹が撃たれた時、銃声が2.3秒遅れて聞こえてきたからです」

「想定の3倍の距離から撃って来たというのか……これではもう我々だけでは手に負えん。直ぐに多国籍軍として参加している各部隊に作戦の協力を求めよう!」

「作戦の協力とは?」

「決まっているだろう。本格的な|死神《グリムリーパー》暗殺作戦だ!」

 

俺の名前はナトー。
イラクの反政府テロ組織の中で一番腕のいい狙撃手。

でも、まだ13歳の子供だ。

オッドアイに銀髪、そして色の抜けた白い肌は、誰がどう見てもイラク人とは違う。
育ててくれたのはイラク人のヤザとハイファの夫婦で、俺は本当の両親を知らない。
見たこともなく、声さえも聴いたことがない。

紛争で破壊された、瓦礫の下で泣いていた赤ん坊だった俺をハイファが拾ってくれた。
ハイファは優しくて、よく俺に本を読んでくれた。
大工だったヤザも良く働いて、貧しかったけれど幸せな家庭だった。
当時まだ大学生だったハイファの弟、つまり義理の叔父にあたるバラクも良く遊びに来て、日曜日には公園に行ってよく遊んでくれた。
しかしそのハイファも俺がまだ幼い時に、多国籍軍の爆撃により瓦礫に埋もれて死んだ。

それからというものヤザは変わった。
仕事を辞め、幼い俺を連れてザリバンと言う反政府テロ組織に入った。
反政府テロ組織だけでは食って行けない。

まだ背が小さい時分は、泥棒をしながらヤザに戦い方を教わり、少し背が伸びた頃から護身術と言うやつを駆使して、夜の街に溢れているチンピラを襲っては倒した相手の財布から金を盗んで生活をしていた。

当然大人相手に真っ向勝負の喧嘩をしたんじゃ敵わないから、格闘技と言っても使うのは技と頭だ。
ヤザから教わった護身術を駆使して、素早く相手の急所を叩く。
大人でも、膝の裏や脛、金的や鼻の下というところは弱点だし、素手では敵わない相手には棒などを使って“溝落ち”を一突きすれば大抵の大人は地面にうずくまってしまう。
子供だからと舐めてかかってくるのと、意外に大人ってやつは動きが遅いから慣れてしまえば楽勝だった。

もちろん初めの頃は毎回上手くはいかなかったが、その時は直ぐ近くに居るヤザが相手を倒してくれた。

ヤザはいつも俺のサポート役として見守ってくれ、失敗したときはいつも助けてくれたが、その場合は例外なく怒られた。

そしてこの頃から俺は銃を撃つことを覚えた。
いや、覚えさせられた。

毎日毎日、銃の練習。
AK-47やM-16と言った自動小銃から、ベレッタやコルトと言った拳銃まで。
的を外すとヤザに殴られた。

弾が手に入らなければ休めるのだが、銃や弾には事欠かない。
何故なら、それらは倒した敵から補充が出来るし、敵を倒せば恩賞も貰える。
だから、ヤザと俺はキナ臭い匂いを嗅ぎつけては、真っ先に銃を手に持ち先頭に立って戦った。
先頭に立てば、それだけ報酬が上がる。

俺は前進するヤザを援護する係。
盗みの時とは、役割が逆。
物陰に隠れて戦場を観察し、ヤザを撃とうとする敵を片端から撃ち殺した。

ある町の戦闘でヤザは突出し過ぎて孤立してしまい、12人のイラク軍正規兵に囲まれた。
四方から銃撃され、遮蔽物に蹲るヤザは泣き叫ぶように神の名を口にして、助けを求めた。
俺はヤザを助けるため建物から飛び出して、走りながらAK-47を撃ちまくり、瞬く間に12人の敵を倒して救った。

それから、いつもの通り、死んだ敵の兵士から武器と金品を奪う。

戦闘報酬と略奪こそが、俺たちの収入源。

12人目の兵士には未だ息があり、俺たちに助けを求めていた。
さっきまで泣き叫び助けを求めていたヤザが、そいつにとどめを刺すのを何も思わないで略奪を続けていた。

死んだ兵士の返り血が俺の頬に飛び散り、俺はそれを手ですくって舐めた。
稼いだ金品は、ヤザが全部使ってしまう。
返り血でも俺にとって栄養になる。

ヤザは俺を仲間に紹介するときに必ずこう言った。

“悪魔の子”だと。

そして今は、敵から|死神《グリムリーパー》と呼ばれる懸賞金付きの“お尋ね者”

だが、その正体が誰なのかは、敵はおろか味方だって知りはしない。
狙撃兵と言うものは、自分が手柄を言いふらさない限り、誰が撃ったかは分からない。
俺自身それを口に出さないし、何故かヤザさえもそれが自分の息子だと言う事はは話さない。

だから敵も味方も、100人以上狙撃したグリムリーパーが、まさか子供だなんて思ってもいない。

そのことが俺にとって有利な事かどうかは分からない。
だいいち狙撃で確実に相手を殺すためには、相手に発見されず、相手より先に敵を仕留める必要があるから。

今日も砂嵐の中、風上に回り込み、距離850mから敵を3人射殺した。
愛用のドラグノフ狙撃銃の有効射程距離は800m。
追い風だから有効射程は若干伸びるが、L96A1の様に強力な.338ラプアマグナム弾を使用できない分直進性は弱くなるから、砂の影響と弾丸の回転ズレを予測して照準位置を少し斜め右上にずらして撃つ必要があった。
敵のM82A1なら、そういう苦労はない。
12.7mm弾に6条右回りのライフリングから撃ち出される銃弾は、信じられない程の直進性を誇る。

だが、子供の私ではこの銃を使って今日の結果は出せない。
1発目は確実にあてることは出来るが、2発目以降は反動によるダメージを受けてしまい感覚がぶれてしまう。

大人は兎に角、デカいものが好きだが、それを扱いきれる体力が備わっているかが一番重要なのだ。

 

***バクダッド郊外の住宅地***

 

その日は昼前から、やけに狙撃銃同士の撃ち合いが街の至る所で聞こえていると思っていたら、案の定俺はヤザに連れられて敵の狙撃兵が潜む街に駆り出された。

路上には敵の狙撃兵により、民兵が7人も路上に横たわっている。
敵の狙撃兵に対抗するために駆り出された我々の狙撃兵は、既に17人も遣られていた。

何故この様な狙撃兵同士の打ち合いになったか?それは路上に倒れている一人の死体が持っている鞄が原因。
鞄の中には、多国籍軍による反政府勢力掃討作戦の計画書が入っているのだと言う。
路上に平伏して死んでいる男が、どうしてそれを手に入れたかは知らないし、何故多国籍軍がいつもの通り装甲車や歩兵を使って取り返しに来ないのかも分からない。

だけどその鞄をめぐって、既に民兵7人と、狙撃兵17人の計24人が殺されている。

現場に着いて直ぐにヤザは、俺に建物の奥に隠れて待つように言って、どこかに消えた。

俺は言われた通り、隠れてヤザを待つ。

暫く姿を消していたヤザが、5歳くらいの男の子と手を繋いで現れた。
俺には久しく見せた事も無い優しい笑顔で、その子を抱き上げ俺の顔を見下すが、羨ましくも何ともない。
俺が目を背けると、ヤザは俺の顎を無理やり掴み「見ろ!」と命令する。
そして、その子に向けて優しい顔で言った。

「向こうで、お昼寝しているオジサンの鞄を取ってくればチョコレートを好きなだけあげるよ」と。

男の子は嬉しそうに「ありがとう!」と笑顔で答え、倒れている男に向かって一目散で走って行く。

俺は行こうとする男の子を止めようと、その子に手を伸ばせたが、その手はヤザによってピシャリと叩かれて届くことはなかった。
代わりにヤザは俺の頭を掴むと、走って行く子供の方に向け「よく見ていろ!」と言う。

男の子は、誰も通らない通りをさも愉快そうに走り、倒れている男の横に座る。
そして鞄を取ろうとして屈む。

俺の頭を掴んだまま、ヤザが言う。
「手じゃねえ、見るのはあの子の頭」だと。

 

 

「次は子供だぞ! どうする?」

「子供じゃあしょうがないのと違うか? ハンス准尉、一応確認を取ってみてくれ」

ローランド中尉のスコープが子供を捉え、それを双眼鏡で確認した監視員が通信員に本部に確認を取るように促す。

返って来た答えは“バックを手にしたら射殺しろ”だった。

「ハンス、もう一度確認しろ! 相手はまだ5歳くらいの子供だ。戦争には関係ない!」

ローランド中尉が怒鳴るように通信員に再度確認を求めた。

しかし、返ってきた答えは同じ。

「貸せ!」

通信員からマイクを掴み取り、自ら確認するローランド。

だが、答えは同じ。

“子供だから撃たない”が、まかり通ると、今度から敵は子供を前線に送り込むようになる。そして、ここで誘き出すはずのグリムリーパーさえも逃がしてしまう。
たしかに、その通りだが、まさか自分が戦場で子供を撃つ日が来るとは思っても居なかったローランド中尉は激しく動揺した。

「俺に子供を撃たせてまで仕留めなければならない敵の狙撃兵とは、いったい何者なんだ!?」

納得はいかない。

だが任務。

命令は絶対だ。

射撃大会で何度も的を撃った。
駆り出されてハイジャック犯も撃った。
だけど、子供なんて撃ったことはない。

「これが、戦場」

動揺する気持ちを抑えて、銃を構え直しスコープを覗くと、そこには鞄を手に取り無邪気に笑う幼い子供の笑顔が映し出された。

 

 

男の下敷きになっていた鞄を上手に外し、それを得意そうにヤザに見せるため腕を上げた。
チョコレートが貰える嬉しさで、この上もない程の笑み。
なにも疑っていない、純粋な子供の笑顔。

次の瞬間、男の子の側頭部から赤いものが噴き出して、横の地面に砂ぼこりが上がる。
地面に倒れた男の子の鼻孔からは、水を吹き出すような勢いで血が流れ、乾いた砂の上に溢れて行く。
1.3秒遅れて“パン”という乾いた発射音が響く。

「掴めたな!?」

ヤザが俺に確認した。

 

確認は出来た。

男の子の撃たれ具合で銃の口径が分かり、撃たれた男の子の身長と着弾した場所で発射地点の向きと角度、それに後から聞こえて来た銃声で距離が掴めた。
俺は黙ってその場を離れ、最適な射撃場所を探す。

敵の狙撃手が男の子を撃ったことで、大まかな銃の種類は掴めた。
狙撃銃がM82でなかったことは直ぐに分かり、それは俺にとって幸いだった。
もしもM82の12.7mm弾で狙撃されれば、男の子の頭はスイカのように飛び散った事だろう。

通称バレットと呼ばれるこの銃の破壊力は凄まじく、薄いレンガなど簡単に貫通する威力を持っている。
こんな安普請な薄いコンクリート板で作られた建物の壁などは、まるでガラス板を割る様に簡単に貫通してしまう。
だから一旦発見されれば、遠距離からハチの巣にされてしまう。

柔らかい子供の頭を用意したことも、ヤザにしては冴えている。
7.62mmか5.56mmかも分かりやすかった。

戦場に於いて携行する弾数と、相手を殺すことよりも傷を負わせることで戦力を奪う目的で開発されたこの5.56mm弾は、損傷が少なく貫通力が高い。
もし5,56mmだったなら、柔らかい男の子の頭に当たっても、たいして血しぶきは飛ばなかっただろう。

しかし7.62mm弾だと、破壊力が大きいので頭蓋骨を貫通したついでに、脳みそをミキサーの様に拡販してしまう。
だからあの子は鼻孔から、まるで水道の蛇口を開けたように血を流していたのだ。

距離は約480m前後。
これは使用されたであろう銃が目標物に到達するまでの平均速度と、銃声が聞こえる迄の差を、今日の気温と湿度から計算した音速で弾き出した。

この前敵の装備はM82バレットだったが、今日は何故装備が違うのだろう?
広場の面積を考えれば1500m以上離れていても、即応部隊が到着するまで命令書の入った鞄を守り抜くことは出来るはず。

”目的は、鞄じゃない!”

これは狙撃兵を誘き出して殺すための罠だ。
1500mも離れると、鞄は守れるが、俺達民兵の位置は掴みにくくなる。
かと言って近付き過ぎると、狙撃兵の出番は少なくなる。

おそらく敵は広場に横たわる死体の持つ鞄を中心に、半径300~500の円を描いた扇状の範囲に敵は狙撃兵を配置しているに違いない。

距離300m以上では、普通の民兵が持つAK-47では歯が立たない。
そこで我々の主導部は狙撃兵を招集する。
狙撃兵が手にする狙撃銃はドラグノフの様に|銃身《バレル》が長いというのが特徴。

つまり射撃位置に着く以前でも銃身の長い銃を持っていれば、その兵士は狙撃兵として射殺すればいい。
つまり敵の狙撃兵に対応するために長い銃を持って動き回れば、幾重にも敷かれた敵の包囲網に引っかかり狙い撃ちされると言う手筈。

敵ながら、なかなか考えたものだ。

つまり敵の目的は、グリムリーパーである俺の暗殺を狙っていると言う訳だ。

取り合えずドラグノフはヤザに預けたまま、俺はAK-47を持って最適な射撃位置を探した。
敵の正面に入ると、発見はしやすくなるが、敵からも発見されやすくなる。

多国籍軍の兵士たちは狙撃兵が単独で狙撃することはなく、たいていの場合、隣には双眼鏡を持った監視の兵が見張り死角をカバーする。

狙撃兵と監視役の兵は目標物に対して横に並ぶため、広い窓や開口物、塀などから射撃してくるはず。
広い屋外だと狙撃手と監視役の位置関係はまちまちだが、狭い室内で打つ場合は射撃後に排出される薬莢の向きは射手の右側だから、監視役は熱い薬莢が当たらない射手の左側に位置することが多い。

相手の射撃地点が、建物の窓だと想定した場合。
こちらの射撃位置は、正面から向かって右寄りに行けば敵の狙撃兵が物陰に隠れてしまうことを避けられる。
俺は、右手側の見通しの良い建物へと向かった。

幸いにも俺の見た目は、まだ子供だ。
まさか子供が狙撃兵だとは思うまい。

俺は侵入したアパートの部屋にあった本を破って、飛行機を折り、窓から飛ばした。

遊んでいる訳ではない。
いくら子供の姿と言っても、あからさまに探していると、怪しまれて撃たれる可能性だってある。
現に、敵は鞄を取ろうとした子供を撃っている。

紙飛行機を飛ばしながら、目標物を探す。

ここに着いたとき地面につけられた銃弾の痕跡から、敵の狙撃兵は少なくとも7人は居ただろうと思った。
しかし敵の7人の狙撃兵のうち、一番腕の立つ隊長があの子を射殺した事は間違いない。
なぜなら、あの子供を撃つ判断を出来る者は隊長を置いて他には居ないし、嫌な任務を引き受けるのも隊長の役目。

しかも、見事に子供のこめかみにヒットさせている。

 

「ローランド中尉!また子供が出てきましたぜ」

「ああ、確認している」

監視役のラルフ軍曹に言われるまでもなく、その少年の奇怪な行動は、彼が窓から顔を出したときから気になっていた。
だけど、何故それが気になるのかは俺自身分からなかった。

「撃つか?」と監視員のラルフに聞く。

「まさか、ただ窓から折り紙で作った飛行機を飛ばしているだけの、普通の子供じゃないか」

「普通の子供が、さっき迄銃声のしていた場所で、窓から顔を出して遊び出すのは変じゃないか?」

「違いない。だけど、一応本部には連絡しとこう。ハンス本部に“もう1人子供を撃つか”聞いてくれ」

ラルフは冗談交じりに笑ったが、俺は違う。

どういうわけか、無性に紙飛行機を飛ばす子供を撃ちたかった。
いや、撃たなければならない気がした。

所々破れて汚れているTシャツを着ているが、整った綺麗な顔をしている。
男の子か女の子かは分からないけれど、どちらにしてもかなりの美形。

それに透き通るように白い肌、銀髪にオッドアイという特徴が、まるで森に住む妖精のように神秘的にも見える。
この子が男の子であったとしても、傍に置いておきたいと思った。
この子には、薄汚れた服は相応しくない。

もしも女の子なら、純白のドレスを着させてみたい。
俺はロリコンではないしサイコパスでもないが、何故だか無性にこの子が欲しくて、そして殺したかった。

 

本命以外の、敵の狙撃兵は直ぐに見つけた。
だけど、さっき子供を撃った奴は角度も方角分かっていると言うのに、ナカナカ見つけられない。
ひょっとしたら敵の隊長は、もう俺の正体に気が付いているかも知れない。

探すのはスコープと双眼鏡。

何度も色々な方向に紙飛行機を飛ばして、丁度紙飛行機が左に旋回した時に光の反射を感じた。
スコープの反射だ。

“やはり俺を見ていた”

こちらの声が離れた敵に聞こえないのをいいことに家族に呼ばれた子供を演じて窓から離れ、ふたつ上の階に押し入り、クローゼットのカーテンの奥に隠れポケットからスコープを取り出して覗く。

狙撃兵と監視員、それに通信兵の3人ペア。

奴の銃はSR-25。
この銃の特徴は、ライフリングが5条と、他の7.62mm弾を使う銃に比べて1条多い。
仕様銃弾とバレルの長さが同じでライフリングの条数が多ければ、バレル内での回転抵抗により有効射程距離が短くなる欠点はあるものの、市街戦などで実用性の高い400~500m付近での射撃制度は格段に向上する。
同じ発想の狙撃銃としては、SR-25とは逆にライフリングを1条減らして発射時にバレルに掛かる反動を軽減したFR F2がある。

つまり、僅かな隙間に隠れていても決して逃さないと言う訳か……。

持って来たAK-47にスコープを装着しようとして止めた。
こちらの狙撃手を既に17人も倒している相手なら、18人目の警戒も怠ってはいまい。

スコープを使うと、相手がよく見える代わりに、俺がレンズの反射に気が付いたように相手側からも発見しやすくなる。
俺はスコープを床に置き、吊ってある黒い服のボタンを閉めて、そこからAK-47の銃口を突き出した。

 

 

あの子が後ろを向いた。
部屋の中に居るお母さんに呼ばれているらしい。
窓から遠ざかろうとする子供。

“行くな!”

去ろうとする子供の後ろ姿をスコープで捕らえたまま、トリッガーに掛けた指に力が入る。
しかし、それを引くことは出来なかった。

子供を撃つことを躊躇ったのではない。
寧ろ、撃たなければならないと本気で思っていた。
だけど、俺は撃てなかった。

撃てなかったのは、子供の後ろ姿が俺を睨んでいたから。

それは、眼にも見えず、見た事も無い得体の知れないもの。
それがトリガーに掛けた俺の指先を睨んでいた。

“お前は……”

“私の名は|死神《グリムリーパー》。ローランド、君たちを迎えに来た”

 

 

弾丸の回転ズレを予測して、照準位置を少し斜め右上にずらす。
敵は、のんきにガムを噛んでいやがるのか顎が頻繁に動いている。

そして俺は、その狙撃手に向けて、ゆっくりとトリガーを引く。

興奮もしなければ、汗もかかない。
トリガーに指を掛け、ゆっくりとそれを引く。

 

 

「撃つ!」
「撃つって?!」
「あの子供を撃つ」

そうだ!
そうに、違いない。
あの子こそ、俺たちが捜していたグリムリーパーに違いない。

「おい、気でも狂ったか! 相手はただの子供だぜ」
ラルフが俺を止めようとするが、もう構っちゃいられない。
奴は、きっと場所を変えて俺たちを撃つ準備に取り掛かっているに違いない。

奴が撃つ前に、奴を撃たなければ、俺は殺されてしまう。
家の中に入ったわけではなく、きっと場所を掛けて俺たちを狙っているに違いない。
俺は慌てて付近の窓や隙間を調べ、そして、ついに見つけた。

開かれた薄暗いクローゼットの奥。
そこに掛かっている黒い服から、のぞいている黒い金属製の照準器。

“スコープを使わないのか?!”

そう思った瞬間、シュッっと言う鋭く無機質な風切り音が聞こえたと思う間もなく、周りの全てがぼやけて来る。
やけに首筋が熱いのは、今日の天気のせいじゃない。

いままで明るかった景色が、一瞬にして夜の闇に替わる。
闇の中でラルフが何かを叫んでいたが、その声はもう俺には届かない。

 

 

撃ち出された弾は、狙撃手の首筋に当たり、おびただしい血しぶきが上がった。

少し横方向にズレたぶん修正し直して、もう一度狙いを定める。
監視員が身を伏せて通信兵に何か指示を出している。
ようやく事の重大さに気が付いたのだろう。
だが、もう遅い。

今度は、その監視員のヘルメットに照準を合わせて、2射目を撃つとヘルメットの後頭部に穴が開き、兵士が倒れるのが見えた。

3射目は逃げようとする通信兵。
これは、背中に当たったものの、その命を奪うことは出来なかった。

まあいい。
所詮、通信兵。
狙撃は出来まい。

 

アパートの住人は、いきなり銃を持って入って来た俺が発砲したことに、怯えていた。
どうせ俺は嫌われ者。
怯えられた駄賃として、その家の食パンを頬張りながら、もう一度クローゼットに戻りスコープで通信兵が出てきていないか探る。

それにしても、この水気の無い食パンは喉に突き刺さる。

アパートの女の子が、クローゼットの中で監視する俺にミルクを持って来た。
水で薄めたヤツだ。
それでもカサカサの喉には有難かった。

女の子は、俺より背が高く大人びて見える。
幾つだと聞くと、13歳だと答えたあと「あんたは?」と聞いてきた。
同じ歳の女が、俺より大きい事にショックを受けて、何も答えずにいた。

返事を返さない俺に構わず、女の子は話を続けた。
お喋りな、女だった。
だけど俺は無性に、むしゃくしゃして、民兵の大人が良くそうするように乱暴にその女を押し倒し、その唇を奪った。
そして衣服を剥ぎ取ろうと手を掛けたとき、甲高い死の雄叫びが空から近づいて来ていることに気が付く。

“ヤバイ! 長居し過ぎた!”

殺し損ねたあの通信兵が、俺の居場所を基地の砲兵に連絡したに違いない。

ガラガラと崩れ落ちる天井と壁、それに床。

ただの通信兵じゃない。
俺の正確な位置に加えて、僅かな風や空気の密度も計算に入れた座標を的確に指示しない限りこうはいかない。

まるで狙撃兵!

初弾から命中されては、逃げる暇もない。
崩れる瓦礫と共に部屋から放り出され、瓦礫が敷き詰められた寝床に叩きつけられる。
痛いかどうかも、分からない。

気が付くと目の前には、さっきの女の子が目を開けたまま横たわり俺を見つめていた。
横になる女の目に瓦礫の埃が溜まって行くが、もう女は瞬きをしないし、お喋りもしない。

そして、俺の記憶もそこで止まる。

2021年9月28日公開 (初出 https://ncode.syosetu.com/n0209fu/

© 2021 Cocoa

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