#5

ディア・バチュエ(第5話)

挽混座

小説

1,333文字

 ハイドラの食事は基本的にない。どういう構造になっているかはわからないが、空気中の何かを摂取して栄養に変えているらしい。もしかしたら、この研究所に連れてこられた時点で薬剤か何かを投与され、食事を必要としない体に改造されているのかもしれない。そんな怖いことを考えてしまうのは、月に一度発行される研究所の広報誌に目を通していたからだった。

 今月の広報誌に目新しい発見は特にない。そういう時は大衆に『可愛い』と受けそうなハイドラの写真を載せることになっている。そういう世間的なイメージアップも研究所の存続には必要不可欠だった。未知の生物にぽっと出の得体の知れない研究所、それらは奇異の目を向けられることはあれど必ずしも歓迎されるわけではない。

 綺麗にデコレーションされたホールケーキを二体のハイドラが見つめているといった構図のほんわかした今月の写真と、次の広報誌に載せる写真を撮ろうと四苦八苦している酒井さんを交互に眺めた。僕は休憩中ということでスツールに腰掛けその様子をただ見守っているだけだ。

「ああ、ちょっと動かないで、ごめんね、ちょっとだけじっとしていて?」

 次の写真もスイーツ絡みなんて、生態調査部は面白みがないと思われるのが関の山だ。しかし僕にそういう芸術的なセンスは皆無だし、酒井さんが新作のスイーツを食べたいと言うのだから仕方がない。ちなみにいつもこういうものを買ってくるのは甘いもの事情に詳しい同期の伊達男だ。

「撮るわよ、はい、……うん、どうかしら?」

 タブレット型端末の画面を自信満々に見せてくる酒井さん。既に十回以上シャッターを切っていて、付き合わされているハイドラがだんだん可哀想にもなってくる。

「いいと思います。酒井さんの指が入っていなければ」

「えっ、また⁉︎」

 三回に一回は酒井さんの指がレンズにかかっているせいで失敗している。もうシャッターだけでも僕が切りましょうかと申し出るが、彼女にもプライドがあるらしくなかなか端末を渡してもらえない。

「あと一回だけやってみるわ」

 この台詞も既に何度も聞いている。こんな時に津山が来てくれたら、と思うがそういう時に限ってあいつは現れない。使えないやつだ。

「今度こそ完璧よ! 見なさい五十嵐!」

 渾身の出来、とばかりに突き出された端末には確かに完璧な構図、勿論指も入っておらずぶれてもいない一枚の写真が映し出されていた。達成感を隠そうともせず酒井さんは笑っている。

「送ってしまうわね」

 間違えて消さないうちにといそいそ広報部へ送信している酒井さんを尻目に、スイーツをハイドラたちから回収する。彼らは食べ物には興味がないらしく、障害物とばかりに蹴散らしたり踏み荒らしていくからだ。一度それで酒井さんが涙をのんでいる。

「コーヒー、淹れますか?」

「そうね、そうして頂戴」

 端末の着信メロディでもなく、ドアのロックを解除する音でもなく、次の瞬間響いたのは滅多に鳴らないこの部屋のチャイムだった。

「珍しいわね」

「そうですね」

 なんとなく嫌な予感がして解錠する気になれずにいると、酒井さんが動いてドアを開けた。

「どちら様でしょうか」

「初めまして、いつもお世話になっています」

 どことなく酒井さんに似た雰囲気の男が笑みを浮かべながら優雅に一礼した。

2021年9月5日公開

作品集『ディア・バチュエ』第5話 (全6話)

© 2021 挽混座

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