机の落書き

諏訪靖彦

小説

1,782文字

世田谷ピンポンズ『机の傷を髪の毛と間違えて』を聴いていてアイデアが浮かびましたが、曲の内容とは一切関係ありません。厭な気持ちになるお話です。

 

夏休みが終わり二学期最初のホームルームは席替えだった。小学生にとっての席替えはそれはもう大きなイベントで、担任の先生が教卓から上部に丸い穴が開いた大きな箱を出して「席替えするぞ」と言うと、クラス中がワッと沸いた。僕の前の席に座っていた関口君なんかは椅子の上に飛び乗って喜んだ。当然先生に注意されたけどね。

前の席から順に生徒が教卓に向かって歩いて行き、先生が差し出した箱の中に手を入れる。取り出した二つ折りの紙切れは、席に着くまで開いてはいけない決まりにでもなっているかのように、みんなその場では開こうとしない。席について初めて紙切れを開いて「やった!」とか「なんでよ……」などと声を出す。仲の良い友達グループで固まったとか、自分だけ離れてしまったとかそんなやつだ。それとは別に好きな女子や男子と隣同士になった生徒は嬉しさを顔ににじませる。嬉しさを声に出すことはない。だって僕たちはまだ小学四年生で友達に私は誰々が好きなんだとか、ましてや直接好きな相手に告白することなんかできない。みんな内に秘めてしまう。僕たちはまだそんな成長過程の恋心を抱え込んでいる微妙な年ごろなんだ。

残念ながら僕の席は席替え前と変わらなかった。窓際の一番後ろの席。でも隣の席には以前座っていた女子に変わって横溝香織よこみぞかおりさんが座ることになった。横溝さんはクセの強い髪の毛を中心で分けておさげにしていて、耳の後ろの髪留めゴムの先の髪の毛が纏まらずに四方に散らばってしまうのをいつも気にしている。横溝さんは休み時間にグラウンドに出て遊ぶことはなく、席で一人文庫本を読んでいる。正直に言うと僕の隣の席に来るまで横溝さんがクラスにいたことを知らなかった。それくらい地味な女子だ。

横溝さんに友達はいなかった。休み時間に一生懸命読んでいる文庫本の貸し借りをする友達も、一緒に学校から帰る友達もいなかった。それどころか横溝さんに話しかけるクラスメイトを僕は一人も見ていない。別に友達だけが学校生活の全てではないし、勉強が好きな子もいれば小説を読むことが好きな子だっている。だからあまり気にしてなかったけど、ある日、横溝さんが登校してくる前に何気なく横溝さんの机に目をやると、机の端に鉛筆で『天パちゃん』と書かれているのを見つけた。天パちゃん、それを僕はかわいらしいあだ名だと思ったけれど、登校してきた横溝さんはそれを見つけるとすぐさま筆箱から消しゴムを取り出し消し始めた。そのときクスクスと声が聞こえたので、周りを見渡したら幾人かの女子が横溝さんが一生懸命消しゴムを動かすのを見て笑っていた。

翌日もまた横溝さんの机に落書きがあった。今度は『ハリガネムシ』と書いてある。流石の僕もこれはあだ名ではなく悪口だと思った。横溝さんは登校してきてそれを見つけると消しゴムでハリガネムシと書かれた場所を一心不乱に擦り始めた。しかしハリガネムシは一向に消える気配がない。その様子を昨日より多くのクラスメイトが見てクスクスと笑っている。昨日はいなかった男子も混ざって笑っている。ハリガネムシの落書きは安全ピンか彫刻刀で削ってあるらしく、消しゴムを擦るたびに落書きの周りのニスが薄くなって余計にハリガネムシが目立つようになる。クラスメイトの笑い声もさらに大きくなる。そのうち横溝さんはハリガネムシを消すのを諦めて、筆箱でハリガネムシを隠した。僕も昔、同じような嫌がらせを受けたことがある。だから気にしないほうがいいよって声を掛けたかったけど出来なかった。

それから毎日横溝さんの机には削り書かれた落書きが増えていった。『ヤキソバ』とか『チリチリ』だとか、酷いものだと『インモウ』なんてのもあった。横溝さんはもう新しい落書きが増えても消しゴムで消そうとはしなかった。諦めたのだ。嫌がらせが終わるまで無視することにしたんだと思う。けれど、それでも落書きは毎日どんどん増えていった。そして二学期が終わりに差し掛かったころ、とうとう横溝さんは学校に来なくなった。

二学期が終わり冬休みを挟んで三学期が始まった。やっぱり横溝さんは学校に来なかった。僕は横溝さんの机に目を向ける。机の真ん中に理科の実験で使うビーカーを長くしたような透明な花瓶が置いていて、そこに数本の白い百合の花が挿してあった。

僕の机の上と同じだ。

 

(了)

2021年9月1日公開

© 2021 諏訪靖彦

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