人をダメにする枕

二十三

小説

2,008文字

現実から逃げることは、悪いことじゃない。

 夢で逢えたらいい。私はそれだけのために夢枕を開発した。

 夢枕は、ストーリーを書いたデータを特殊な枕に繋げて取り込むことで、物語のまま同じ夢が見られる、いわゆる『見たい夢が見られる枕』だ。

 若くして妻を失った私は、せめて夢の中だけでも妻に逢えたらと、もともと脳科学者だった知識を生かして製作に没頭した。忙しくしていないと気が変になりそうだった私は、打ち込める研究のおかげで救われた。

 夢枕は当初、個人で使用するつもりだったが、おりしも商品化したいという友人のオファーがあり、深く考えないまま承諾した。今にして、まさかこんなことになろうとは露ほども思わなかった。私のような、家族や恋人やペットを失った人たちが、夢の中で彼らに逢えれば救われる。現実では嫌なことばかりでも、せめて夢の中で心地よい時間が過ごせたなら幸せを味わえる。それに夢枕は薬物のように身体的な依存性がないため、一時的な快楽や幸福感が欲しくて摂取するドラッグと違って中毒的なリスクはないと考えていた。

 私の夢枕は発売と同時に市場へ出回り、世界中で使用される娯楽商品に化けた。

 現実に会えない人と夢の中で遭うだけでなく、遊園地に行きたいけどいけない子供たち、ゲームのようなスリルと冒険を味わいたい人々、現実世界では犯罪とみなされる行為をとことん堪能する輩など。使う者はそれぞれの望みを夢の中で叶えるようになり、世界中で寝ることを楽しみにする人々が急増した。睡眠不足で悩んでいた人たちも夢枕により解消され、私は人々の役に立てた成果が嬉しかった。

 一番喜ばしいニュースは、夢枕が世の中に出回ってから犯罪(特に性犯罪)が激減したことだった。夢の中でなら欲望を思う存分満たせるようになり、現実社会でのストレスが解消されたのだろう。VRゴーグルを装着する仮想現実とは違い、夢の中の感覚はまさしく「本物」なのだ。

 夢枕は、事前に登録したストーリー通りに展開され、登録時間設定もあるので寝過ごす心配もない。自分が登録したストーリーが完結すればきっちり目覚める機能だ。登録できる時間は、最高九時間。それ以上は登録できないように制限をかけている。

 ストーリー構成が綿密で描写が優れているほど、見る夢も鮮明でリアルに近づく。そのため、体験してみたい物語を書く作家や脚本家、演出家が厚遇された。大枚叩いて自分だけの物語を個人的にオーダーする金持ちも現れた。自分を主人公に立てた、世界に一つだけのリアルな映画を創るようなものだ。

 見たい時に見たい夢が見れる夢枕は、ストレスが蔓延する現代社会を救う、素晴らしい商品と絶賛され、爆発的に売れた。

 だが、しばらくして問題が起こった。夢枕依存症が蔓延しはじめたのだ。

 一度夢枕を購入すると、半永久的に使用できることから、ベッドから出ない人間が増えた。さらに、夢の中の居心地が良すぎて、現実との区別がつかなくなったり、逆に満ち足りている現実から、夢の中の不幸こそ本物だと思い込んだり、現実と夢の混乱によって精神を病む症状が広がった。

 夢枕の使用は、最高九時間で連続使用は十二時間後に設定していたが、裏ルートでコードが書き換えられ、制限を解除した改造版商品が出回り、連続で夢枕を利用する者で歯止めが効かなくなった。彼らは「夢枕廃人」と呼ばれ、リハビリセンターに送られたが、あまりに使用者数が多いため患者を収容する場所が足りなくなった。政府は「夢枕の使用は一日一回まで」と危機感を訴え呼びかけたが、素直に守る人間はいなかった。学校からは生徒が消え、会社に行かなくなる人が増え、夢から覚めたくない人々は年々増加し、ついに経済が回らなくなった。夢枕を使って現実の辛さから逃避することは罪とされ、『夢枕狩り部隊』により回収された商品は廃棄処分となった。

 夢枕は『人をダメにする枕』と烙印を押され、私の実家には連日、夢枕で精神を病んだ家族や社員が来なくなった会社関係者が押し寄せ、私の断罪を声高に訴えた。

 実際に商品を市場に出した友人は逃げ足が速く、高飛びして行方知れず。契約書の一枚も作成しておくべきだったと自分の抜かりを思い知った。

 私は、大量精神破壊兵器を生み出した極悪人として起訴され、有罪で逮捕された。

 監獄の硬いベッドの上には薄湿った綿の枕が一枚、寒々しい空気の中で仄かな石鹸の香りがした。枕に頭をのっけて天井を見上げると、文字が書いてあった。どうやら先人が爪で彫ったらしい。

『正気にかえって自己を取り戻せ。目を覚まして、君を悩ましていたのは夢であったことに気付き、夢の中のものを見ていたように、現実を眺めよ』

 有名なマルクス・アウレーリウスの言葉だった。彼が示す本当の意味は違うが、今の私にはその言葉は皮肉でしかない。私にとって、自己を取り戻し、目を覚ますことは即ち狂気に戻ることだからだ。

 私は、うつ伏せになって枕に顔を埋め、永遠の幸せを夢見て瞳を閉じた。

 

〈了〉

2021年8月29日公開

© 2021 二十三

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