#1

ディア・バチュエ(第1話)

挽混座

小説

1,378文字

 僕の職場は変だ。変、というと語弊があるか。変な生き物と常に一緒だ。ハイ・エルドラド、略してハイドラと呼ばれる未知の生物と共に暮らし、その生態を研究するというのが主な仕事なのだが、その仕事が問題だった。

「五十嵐!」

 今日も上司である酒井さんの大声が響き渡る。床をトテトテ歩いていた、手足が短く突き出た唇の丸いハイドラが驚いて跳ねた。

 染めているのか地毛なのかわからない、結構明るいストレートロングの茶髪を揺らして酒井さんがつかつか近づいてくる。小脇に抱えているのは……ジグソーパズル?

「今日はこれをしてみましょう」

 知能テストのようなものよと酒井さんは室内の中央にあるマットの上でパズルを広げ始める。

「はい」

 こいつらの短い腕じゃ、パズルなんて持てないだろう。それでも僕は彼女の従順な部下だ。室内に散り散りになっているハイドラを羊飼いよろしく集めてくる。

 白く濁った目がいくつもある、豚のような耳が生えた手のないやつ。足が五つあり、球体のような頭部をぐるりと一周するように目がついているやつ。巻貝のようなもので下半身を覆い、常に大口を開けている手しかないやつ。頭から触覚のようなものが生えていて、下半身にひだを纏っているやつ。どこかの先住民のような仮面をつけている、先ほど跳ねたハイドラと似ているやつ。その他たくさん。

 ハイドラの基本形状は短足短腕、目は点のように黒々としていて人間の膝くらいまでの高さしかなく、体は丸みを帯びている。そこから派生して様々な個体がいるらしい。

 らしい、というのはこのハイドラについての研究はここ五十年ほどの蓄積しかないからだ。それもそのはず、ハイドラが発見されたのがそもそもその五十年前で、未だに敵か味方かどうかもわかっていない。僕の祖父が彼らを発見した第一人者としてこの研究所を立ち上げて、今日に至るまで新発見の連続だ。現在の見解では『多分友好的』との発表がなされている。

 五年ほど前に祖父が亡くなって父がこの研究所を継いだ、とここまで書いたらわかるだろう。僕は親の七光りでここにいる。家にずっと引きこもっていて将来を心配した母のお節介によるものだった。コミュニケーションに難のある僕が回り回ってこの辺境部署に流れ着いた時、ここには酒井さんしかいなかった。何語も話さないハイドラと直接コミュニケーションを取り、情報を収集するこの部署は僕が入所する前はそれなりに人数がいたらしい。しかしある日起きた事故により、それ以降酒井さん一人になったと聞いている。事故の理由や内容は何故か機密事項として扱われ、一定の権限を持っていないと知ることさえ叶わない。

「ずいぶんつまらなそうな返事をしたわね、五十嵐」

 足元でもたつくハイドラを眺めていると、酒井さんが刺々しく僕を責めた。なんという無茶を。酒井さんは元から吊り目であるのに、こういう時は余計に目つきが鋭い。

「そんなことないです、楽しいです」

「そういうところよ。馬鹿にしないで」

 何と返せばお気に召してくれるんだろうか。

 しゃがみ、言葉が通じるかもわからないハイドラたちにジグソーパズルの説明をしている酒井さんのつむじをじっと見ていると、不意に彼女が僕を見上げた。

「ぼさっと突っ立ってないで、手伝いなさい」

「はい、すみません」

 さっきは従順な部下だと言ったが、訂正しよう。僕はただの気の弱い部下だ。

 

2021年8月22日公開

作品集『ディア・バチュエ』第1話 (全6話)

© 2021 挽混座

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