雪のかげは青い

常世田美穂

小説

3,389文字

【ゆきのまち幻想文学賞応募作】猛吹雪に東京からやってきた転入生は、不運としかいいようのない極寒に放られ、雪国ではまず乗り越えられないであろうおしゃれなチェスターコートを羽織って、雪にまみれてへらへら教卓で笑っていた。

 

 

 

「すっげーまっさおだなぁ」

嬉しそうに叫ぶ転入生に、なにいってんだこいつと本気で思った。誰がどうみても、どこからどうみても、一面まっしろだ。俺にとっては、ただまっしろな、代わり映えない雪景色。晴れの日の帰り道。家の方向が同じというだけで、半ば強引に俺は転入生のお世話係に任命された。昨日の天気とは一変、うそみたいに晴れ渡った空が広がっている。まっさおなのは空のことかと、例えば夏なら納得ができるのだけど、正真正銘、季節は冬なのである。空はうっすらと紫がかっていて、グラデーションができている。

猛吹雪に東京からやってきた転入生は、不運としかいいようのない極寒に放られ、雪国ではまず乗り越えられないであろうおしゃれなチェスターコートを羽織って、雪にまみれてへらへら教卓で笑っていた。なんだってこんな時期に。人見知りしない性格ゆえかすぐにクラスに馴染み、親の転勤とか諸事情によりだとかおちゃらけたように笑っていたけれど、全くなんだってこんな時期に、だよ。こんなド田舎に。俺なら顔面まっさおになっちゃうくらいの不運だ。で、君のいうまっさおってのは一体なんだい。

「かげ! めっちゃ青じゃん! 雪のかげ! うたで雪のかげは青いって知ってたけど、本当に青なんだなぁ」

「そんなうたあんの?」

「うん。なんか昔のロックバンドの。父さんがよく聴いててさ。あ、今もか。だから雪国に憧れてたんかなぁ」

「ここにきたのは父ちゃんの夢ってこと?」

「いや、それとはまた別」

「別なのかよ」

「うん」

にしし、と転入生は笑って雪の絨毯にダイブした。ああ、けっこうかたいんだぞこの絨毯。おしゃれなコートの足元はゴツくてかっこいいブーツ。

「顔が痛い」

「あたりまえだ」

「俺にはあたりまえじゃないもん」

積もった雪がしばらくすればかたくなるのも、雪のかげが青いのも、俺にとってはあたりまえのことだった。だからはしゃぎ倒してわざわざダイブなんてしたいとも思わないし、知っているから、そんなことしない。こいつはちがうのか。そんなことも知らないのかと罵りたくなる気持ちと、雪に寝そべりながら俺をみあげてくる無垢な瞳を、うらやましいと嫉妬する気持ちが綯い交ぜになって、このまま雪のなかに沈めてやろうか、なんて物騒なことが脳裏をよぎった。

「なんで雪のかげって青いんだろ」

呟いた転入生の声はくぐもっていた。おもむろに雪をくちに含んでいる。なんだこいつ、と思った。やってることが幼稚園児だ。知らないことを目の前にすると、ひとというのは後退するのだろうか。

「雪ってのは光を全部反射させるから白くみえて、かげの部分は光が届かないから、波長の長い赤が吸収されて、短い青だけが散乱するんだよ」

「へ?」

「だから、反射の関係で青くみえんの。光はプリズムっていう色のレイヤーでできてて、赤の波長が長くて、青が短いの」

「ふ、ふぇー」

転入生は仰向けになって、絶対に理解できていないであろう、ふにゃりとした笑顔をみせた。

「なんかよくわかんないけど、すっげー」

「すっげくねぇから。それが光の原理なんだよ」

あきれる俺を一瞬だけ無で射止めて、やっぱり転入生はふにゃふにゃの笑顔を向ける。すっげーすっげーといいながら、雪の絨毯をゴロゴロ転がっていた。俺も一緒になってバカみたいにはしゃげればよかったのだろうけど、そんな無邪気さはとうに麻痺した。きっとこの極寒の地で、とうに、麻痺した。

 

転入生はすぐにクラスに馴染んで、楽しそうに雑談している姿をよくみた。行儀悪く椅子にもたれかかるやつを囲んで、みんな擦れたふりをしているなか、転入生だけは、純粋な目で相槌を打っているのだ。東京で流行っているというお菓子を持ってきてみんなに配っていたりして、そいつはキラキラと光ってみえた。

それが長く続くことはなかった。転入生はある日を境に不登校になった。最初はみんな気にしていたけれど、仲よさげにしていたやつらにはどこか薄情さがみえた。一ヶ月経つとクラスは転入生がくる前と変わらない、ただの擦れた集団になっていた。俺はふと、転入生の不在を漏らしたのかもしれない。

「お前が家にいってやればいいじゃん」

なんで俺が、と思った。たった一週間、帰り道を歩いただけだ。俺よりも仲のいいやつはたくさんいるはずなのだ。いつも楽しげに、輪のなかで笑っていたんだから。

「あいつ、ちょっとうさんくさいよな」

「そうそう、距離がある」

「え?」

俺は耳を疑った。なんで。笑ってたじゃん。お菓子もらってバカみたいにはしゃいでたじゃん。胸にもやもやしたものが出現して、俺を乱す。あんなに笑っていた転入生も、わかっていたんだろうか。距離を、はかりかねていたんだろうか。薄情なのは、みんなじゃない。俺が一番、あいつの近くにいたのに。

 

帰り道だしと俺は転入生の家をのぞきみることにした。みしみしと雪の絨毯を踏みしめて、かげのない雪道を歩いた。空は曇っている。今夜も雪が降りそうだった。最近、ずっとこんな天気だ。荒みそうになるくらい鬱々とした、狭い視界だ。だだっ広い雪景色なのに、矛盾したことを思った。

「あ、」

ちょっとのぞくだけだったのに、縁側に転入生がいたものだから気まずくなってしまった。だって、目を丸くしながらも、嬉しそうに俺に笑いかけるんだ。

「え、なんで? 学校でなんかあった?」

「そりゃこっちの台詞だ」

転入生はからだをくねらせながら頭を掻いた。黒いダウンジャケットの下はスウェットのようで、寒そうな顔をしている。おしゃれなコートといいダウンといい、俺の月のおこづかいよりも高いんじゃないかと思う。防寒力はみるからにないくせに。

「うん。なんか、調子悪くて」

「どっか悪いの?」

「うーん。だるくて朝起きれないっていうか……」

「ウインターブルーってやつ?」

「ブルー?」

最後の音だけを拾って転入生は目を輝かせる。あまりいい意味ではないのに、こいつのなかできっと青というのはよっぽどキラキラしていて、まぶしくて、本来の意味なんかはねのけてしまうんだろう。

「冬のあいだだけ発症する、うつ病っていうの? 日照時間が短いと気分も暗くなりやすいからさ。こんな僻地だし、不便だし、環境変われば当然だよ」

「……ああ。俺、季節関係ないんだ」

「え?」

「だから転校しようって親にいわれたの。ちゃんと、心を休めて、穏やかに暮らそうって」

「そう、なんだ……」

だからこいつはクラスに馴染めているようで馴染めていなかったのか。へらへら笑っていたけれど、心はずっと不安だったのかもしれない。心のビョーキは繊細な人間が患うものだ。でも、この現代社会では誰もが起こりうる問題なのかもしれない、とも思う。こんなにも荒んでしまいそうな天気だから。

「……太陽の光が、いいっていうよ。朝起きるのつらいなら、照明を明るいのにするとかでも効果あるらしい、からさ」

「すっげー。医者になれるよ。てか、先生も同じこといってた」

「いやいや」

「ならないの?」

「ならねーよ」

「なんでも知ってるのに?」

「別に、それだけだろ」

知っているから職業に結びつくわけじゃない。そんなの、高校生にもなればわかるだろ。苛立ち半分、羨望半分だ。こいつと話すと同時に訪れる、わけのわからない感覚。

「しょうもないことを知るのが好きっていうか」

「へぇ。やっぱすっげー」

「なにが」

「好きなことがあるってだけですっげーことじゃん。俺にはないもん」

「なにいってんの?」

「だよね。なにもないっておかしいよね」

「そうじゃなくて」

俺は、こんなにも純粋な瞳をみたことがない。好きなことなんて俺なんかよりもたくさんあるような顔をして、なにもないという。雪の絨毯にダイブしていたこいつは、全然、ビョーキになんかみえなくて、だからこそ、なにか抱え込んじゃってて、エスオーエスも出せなくて、ひきこもっちゃうのかな。そう思ったら隣にいた俺はなんなんだって。雪国を理由にして心を麻痺させてた俺はなんなんだって。こいつのほうがずっとずっと、あったかい心を持っているはずなのにって。麻痺してほしくないなって。転入生はまっしろな雪に似ている。じゃあ、俺は、青いかげになりたいんだと、思った。溶けかけた心がそう訴える。俺は、こいつを支える、青いかげになりたいんだと。

 

 

 

2021年8月8日公開

© 2021 常世田美穂

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