くずかごから酒場まで(8)

くずかごから酒場まで(第8話)

アサミ・ラムジフスキー

小説

5,922文字

「人物なんかより、スパイスを描きたいんです」 近代カレーライス贋論

近藤幹男

 

住石の処女小説「現代カレーライス試論」は、発表当時、ポストモダニズムの文脈でしか語られなかった。物語性が希薄であるとか、メッセージがないとか、人物が描かれていないとか、ただの戯れであるとか、そうした意見も多かった。ある評論家などは、国民食であるカレーライスをモチーフにしたことのナンセンスさを評価したい、などという見当違いも甚だしい論評を全国紙の文芸欄に載せていて、当時学生だった筆者は地団駄を踏んだものだった。あまりに読みが甘いと思った。こんな輩が評論家を名乗るから批評の価値がますます下がってゆくのだ。筆者は怒りに震えて、その評論家宛に激しく糾弾する手紙を送ったのを覚えている。もちろん返事はこなかった。だから筆者は今でもあの鈴江某という評論家を認めていない。

とはいえ、かくいう筆者も、当時は論理的にその芸術性の高さを語ることはできなかった。多く天才と称される人物の出世作に共通することは、有り体にいえば、筆舌に尽くしがたい圧倒的なパワーが宿っていることであって、その凄みはひしひしと伝わりこそすれ、それをロジックで語ることはまた別の問題だ。優れた批評家であってさえ冷静な分析を困難にいたらしめることが、ある意味では名作の条件なのかもしれない。したがって、賛否両論を巻き起こした問題作は、時の経過をもってはじめて被批評のスタートラインに立つことが許されるといえる。

この点について、ジャンルを横断して活動した表現者である住石は、非常に自覚的であった。

 

言語という形式にエンコードしてアウトプットする以上、それははじめのインプットされた感動とまったく同じではありえない。つまり味覚を文字で表現しようなどということが、どだい無理な発想なのだ。だからいいかベイベー、おれが食ったこのバターチキンカレーと、おまえが食ったそのバターチキンカレーは、たとえ同じ鍋から同じレードルを用いて皿に盛られたのだとして、同じ味には絶対にならない。そしてなにより重要なことに、けっして味は保存できないのだ。

2013年3月17日公開

作品集『くずかごから酒場まで』第8話 (全11話)

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© 2013 アサミ・ラムジフスキー

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