くずかごから酒場まで(7)

くずかごから酒場まで(第7話)

アサミ・ラムジフスキー

小説

4,242文字

失われた酸素ボンベを探して

住石佑哉

 

父について書くのは、小学生以来のことになる。

三年生か四年生のときだったはずだ。お父さんについて作文を書いてきなさい、そう言った教師の顔が魚にそっくりだった記憶がたしかにある。ぱくぱくと必死で酸素を探しているような、魚の顔。正面から見た印象はほとんど残っておらず、側面からの顔ばかりが思い出される。あの魚がわたしの担任だったのは、その二年間だけだった。

作文は、父の日に実施される授業参観にあわせての課題だった。事前に書かせておいて当日の授業で音読させようという腹づもりだったのだろう。今なら母子家庭の保護者が難癖をつけてきそうなテーマだが、あのころはそんなこともない大らかな時代だった。あるいは、クラス全員に父親がいることを確認した上での宿題だったのかもしれない。いずれにせよ魚が手抜きをしたことに変わりはない。児童たちに勝手に書かせて勝手に読ませるだけなら、教師は適当に感想を言って褒めておけば済む。これほど安全で当たり障りのない授業参観があろうか。あの魚の保身のために、わたしたちは作文を書かされたようなものである。

もっとも、そのこと自体はどうということもないのだ。

わたしは元来、作文を苦手にしてはいなかった。

なにせふだんから学級通信に頻繁に掲載されたし、読書感想文で区から賞を貰ったこともある。文才皆無を自称する母からは、お父さんに似たのねとよく言われたものだ。どうしたらそんなにたくさん書けるのかと、同級生に訊かれたことも多い(小学生レベルでは、内容以前に、枚数を多く書けるだけで羨望の対象となるのだ)。だが、得意だという自覚はなかった。周りに褒められるから、どうやら自信をもってよいのだと判断しただけのことであって、たとえば徒競走で一着になったりテストで百点をとったりというような、わかりやすい達成感や優越感のようなものとは無縁だった。だから当然、誰かにコツを教えることもできない。作文なんて、呼吸するように自然にできるものだと思っていた。国語の授業で作文を書かされるたび、同級生たちはやいのやいのと騒いだり悲鳴をあげたりしていたが、それを横目に、わたしは楽な授業だとこっそり喜んだものだった。

2013年3月16日公開

作品集『くずかごから酒場まで』第7話 (全11話)

くずかごから酒場まで

くずかごから酒場までは3話まで無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2013 アサミ・ラムジフスキー

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

家族 精神科学

"くずかごから酒場まで(7)"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る