SF 桃源郷の桃(モモ)とタロウ

千本松由季

小説

12,053文字

#ネムキリスペクト七月応募作品。テーマは「明日、地球が粉々になっちゃうんだって」。
地球が爆破され、タロウはロボットしかいない星に送られた。彼らは人間の繁殖を計画し、卵子を作ることに成功した。ロボット達はタロウから精子をとるために、色々と励む日々を送る。タロウはネコ型ロボット、モモに恋をする。そしてタロウが鬼ヶ島で見たものは、結構びっくりするようなものであった。

 

一 明日、地球が粉々になっちゃうんだって

 

 

 

山崎は叫んだ。

「来たぞ!」

複数の防犯カメラに次々と映る大型バイク。ドローンからアップの映像が来る。バイクは速度を上げてドローンを追い抜いて行く。

「覆面暴走族のなれの果てだな」

そう言った小田切は、山崎と共にガスマスクを付けて、警察署を飛び出し、パトカーに乗る。山崎の背には「POLICE」の文字があり、小田切の背には「IMMIGRATION(移民局)」とある。

 

高速道路を暫く走ると、バイクが見えてきた。パトカーのスピーカーが喚く。

「タロウ、止まれ! こっちの方が速いんだぞ」

山崎の声だ。パトカーがバイクと並んで走る。

「小田切さんどうします?」

「タイヤを撃ち抜こう」

「大丈夫ですか?」

「いけると思う」

小田切がライフルを握る。するとバイクがターンして高速を降りる。パトカーが後を追う。山崎はマイクを持って再びタロウに叫ぶ。

「お前の手下は全員避難させた。あとはお前だけだ」

道には死んだ動物が無残に転がっている。地球が死につつあるのだ。リードを付けたままのイヌ。毛並みのいい飼いネコ、そして野鳥など。それを避けようとしてバイクの速度が低下する。

 

小田切の弾がバイクの後輪に命中した。倒れたバイクを置いて走るタロウを二人が追う。追い掛ける二人の身体中から汗が流れ落ちる。熱波だ。地球が最期の悪あがきをしている。この小道の先は行き止まりだ。タロウは生垣を超えようとする。山崎が彼に銃を向ける。

「止まらないと撃つぞ!」

タロウは暫く躊躇ったが、二人の方を向いて手を挙げた。山崎がタロウをこんなに近くで見たのは初めてだった。思ったよりガタイのいい、背の高い男だ。

「逃げるなよ」

山崎はそう言って、小田切と二人でタロウの胸倉を掴んで道路に押し倒す。

山崎は彼のヘルメットを取って、布製の覆面を外した。……彫刻みたいに整った顔。滑らかな白い肌に、少女のように上気する頬。

「俺はお前みたいな奴を何年も追い掛けてたのか。お前、いくつだ?」

彼は、反抗的に山崎を睨んだまま黙っている。山崎はタロウを乱暴に揺さ振る。

「俺が聞いたことに答えろ!」

「十八です」

タロウは二人を振り切って、逃走を図ろうとする。山崎と小田切が肩を押さえる。

「逃げるな!」

二人同時に叫ぶ。山崎はタロウの額に銃口を向ける。小田切がタロウの大きな瞳を直視しながら、冷静な声で語り掛ける。

「お前がいると、俺達も避難できないんだ。明日、地球が粉々になっちゃうんだぞ」

小田切は制服のポケットから緑色に光る棒状のガジェットを取り出し、タロウに向ける。タロウは一瞬のうちに姿を消す。小田切は山崎にもガジェットを向ける。山崎が消え、最後に小田切自身も消える。その棒だけが緑色に光りながら道路を転がって行った。

 

その次の日だった。このままでは危険であるという宇宙連合の決断で、地球は爆破された。老化した地球の海は沸き立ち、マントルが裂け、中心がむき出しになっていた。汚染された地球の人口は千人を下回り、それぞれ宇宙の若い星々に搬送された。動植物はオスとメスのペアにされ、研究機関に送られた。

 

 

 

二 この星には太陽が二つあるんだ

 

 

 

タロウは一人で、桃みたいな球形の部屋にいた。人口の甘ったるい桃の匂いがした。壁は桃色で、叩いてみたら意外と安っぽいプラスティックだった。手を挙げたらやっと天井に届くくらい。出口は見当たらない。そのうち四方からとんでもない強風が出て、タロウの身体は宙に浮いた。これは主に農業で使用される、虫や病原菌を吹き飛ばす装置だ。

十分くらい宙に浮いて、風がおさまった。桃が中心から、ぱかっと割れて、タロウは次の部屋に出た。一匹のイヌ型ロボットが挨拶してくれた。色は銀色で、大きさは丁度タロウくらいだ。

「タロウさん、初めまして。私は山田と申します(Nice to meet you, Mr. Taro. My name is Yamada.)」

山田は片言の英語を話す。タロウは英語は喋れないが、言っていることはなんとか分かる。

そこはバスルームで、大きな湯船と広い床がある。タロウはイヌに湯船に入れられて、肩まで浸かるように頭を押される。イヌはよく手入れされた爪と肉球を使って、タロウの頭を洗ってくれる。身体が温まった頃に、イヌはタロウの身体をタイルの床に横たえる。そして長い毛足にボディーソープをたっぷり付けると、タロウの身体にすりすり擦り付けて洗ってくれる。回転されて、背中や尻も洗ってくれる。顔や足指の間など、細かい所は舌で丁寧に洗ってくれる。

山田は、タロウのよく発達した玉の裏までちゃんと洗ってくれた。タロウのあそこは一気に元気になってしまった。イヌは、はあはあ息を吸ったり吐いたりして、尻尾をしきりに動かしながら気合を入れると、タロウのあそこを口に入れ、責め立てた。タロウはとうとういって、山田はどこからか試験管を持って来て、タロウの排出した大量のものを、ソープが入らないように注意しながら試験管に入れ、慎重に蓋をした。

 

すっかり綺麗に洗われて乾かされたタロウは、次の部屋に導かれ、そこは巨大な会議室みたいになっていて、凄く大きなスクリーンがあったりして、そこで一匹のサル型ロボットに出会った。

「ようこそ、我々の星に。私は高橋と言います(Welcome to our planet. My name is Takahashi)」

高橋も英語は片言だった。しかし、タロウはサルが日本語を理解することに気が付いた。

「貴方のここでの使命は我々の星の人間人口を増やすことです(Your mission here is to help our planet increase our population)」

「人間人口?」

「私達は卵子を作ることに成功しました(We’ve succeeded to create eggs.)」

サルはタロウの局部の辺りを指差した。

「我々は貴方の精子が欲しいのです(We need your sperm.)」

 

タロウは部屋を出された。そこはもう建物の外で、海があって、太陽が出ていた。砂浜にデッキチェアがいくつか置いてある。彼は疲れ切って、チェアに横になった。すぐに眠気がやってきた。

タロウは大きな鳥の羽ばたきで目を覚ます。銀色の、羽の生えたトリ型ロボットだ。タロウは尋ねた。

「君、だれ? 名前は?」

「私の名前はキジです。質問があって来ました。タロウさんは週に何回がいいですか?(My name is Kiji. I have a question for you. How many times a week would you like?)」

「何が週に何回だって?」

「貴方の精子採取です。二日に一回? 三日に一回?(We gonna take your sperm. Would you like every two days or every three days?)」

「二日に一回だと疲れるかも知れない」

「じゃあ、三日に一回ですね。そのように手配します(Okay, every three days. I’ll tell everyone.)」

キジは飛び去る時、

「私はキジです。私はキジです……(My name is Kiji. My name is Kiji……)」

と、なぜか二度繰り返し、その声は高い空に消えて行った。

タロウは一人残された。遠くでロボットの笑い声とボールを打つ音がする。テニスコートかなにかがあるのだ。水平線が丸い。タロウは振り向いて地平線を見た。やはりかなりカーブしている。この星は地球よりかなり小さい。

地球の狂った熱風と比べると、ここは天国だった。そよ風の中でタロウはまた眠ってしまった。起きると、空が真っ赤な夕焼けになっていた。落ちていく太陽が、海の上に広がる雲を染めている。その赤い雲は、見たこともないほど海に近い。確かにここは地球ではなく、新しい星だ。タロウは横になったまま、その赤に見入った。

真っ暗になる直前に、反対側からまた太陽が昇って来た。

「この星には太陽が二つあるんだ……」

タロウは独り呟いた。そして彼はまた眠りについた。今が夜なのか、それとも朝なのか、それも知らずに。

 

 

 

三 モモ

 

 

 

海の近くに大きな旅館があって、タロウはそこに住むことになった。タロウが映画でしか見たことのないような、古風な障子や畳や布団があった。

新しい星にも慣れて、タロウは活動を始めた。丸い水平線のある海に入って泳いだ。海は透き通って、深さもないようだった。海草類が見当たらず、魚もいないようだった。タロウが海にいると、暇そうなロボット達が集まって来て、彼が水しぶきを上げて海水を蹴るのを眺めていた。ロボット達は水へ入れないのだろう。どんどん集まって来て浜辺に並んで体育座りする。そんなに海に入っている者を見るのが珍しいのだ。この星では、いつも気持ちのいい海の香りがして、そよ風が吹く。

キジに言った通り、三日に一度、色んなロボットがタロウの精子を採取しに来た。それはいつも砂浜で行われた。太陽が一番高い時。それは一種の神聖な儀式らしかった。周りに誰もいないはずなのに、時々、旅館の窓から双眼鏡で覗いている輩が見えた。

まず、山田というイヌ型のロボットが来た。砂浜に寝かされて、また泡踊りサービスを受けた。

三日後、高橋というサル型ロボットが来た。まず全身に性感マッサージを施され、その挙句に、見事な手コキを披露された。

その三日後、キジが飛んで来て、羽で色んな変な所を散々くすぐられた。

またその三日後、見たことのないネコ型ロボットが来た。デッキチェアにいるタロウにロマンティックなキスをした。そんなことをされたことのないタロウの頬が桃色になった。

ネコのざらざらした舌で身体中を舐め回されて、そのあとタロウの若くて元気なものを、絶妙な舌わざで、主に竿の裏側を微妙にじらされて、タロウはすぐいってしまった。それに、いく時、つい大きな声を出してしまった。タロウは謝った。

「ゴメンね、すぐいっちゃって」

「いいですよ(Don’t worry.)」

ネコがお辞儀をした時、頭の上に「三」と書いてあるのが見えた。ネコは微笑んで、それから難しい顔をしながら試験管に蓋をした。

その後も色んなロボットが来たけれど、タロウはネコ型ロボットが忘れられなかった。サルの高橋が来た時、タロウは聞いてみた。

「俺、いつかのネコがいい」

高橋は意外とあっさり了解した。

 

三日後、ネコが来た。いつかみたいにタロウのことを、とても大切なもののように抱いて、キスをした。ふかふかの尻尾でタロウのものをぱたぱた叩いた。タロウはため息をついた。

「……その前に話がしたいんだ」

「なに?(What?)」

タロウが、なにげなくちらっと振り返ると、旅館の窓からもっと多くの双眼鏡がこっちを見ているのが分かった。

「君の名は?」

「立花です(Tachibana)」

「下の名前はないの?」

「モモです(Momo)」

「可愛い名前だね」

それからは、毎回モモが精子の採取をしてくれた。

ある日、精子採取のあと、タロウはモモをデートに誘った。いつ見ても穏やかな、この海に沿って、二人は歩いた。大分長い間歩いた。一緒に夕焼けを見ながら、モモとタロウは手を繋いだ。モモの金属製の手は冷たかった。

「モモ、こんなこと聞いてゴメンね。君の頭にはいつも三って書いてあるけど、ネコ型の三って君だけなの?」

「そうです。一人だけ(That’s right. Only me.)」

もう一つの太陽が昇って来る。爽やかな朝に、二人はぴったりくっ付いて腰を下ろし、波が行ったり来たりするのを飽きずに見詰めていた。モモはタロウの肩に頭をもたせかけ、喉をゴロゴロ鳴らし、長い尻尾でタロウの背中を愛撫した。

 

 

 

四 ソイレント・グリーン

 

 

 

タロウは、帰って行くモモの背を見送った。一人になると、急にここへ来た時のできごとがフラッシュバックした。パトカーに追われて、ここへ瞬間移動させられた。タロウはネオ暴走族の頭(かしら)だった。狂信的な地球教徒である彼は、地球と心中するつもりだった。手下も皆そのつもりでいた。しかし、手下は次々と移民局に捕らえられ、別の星へ送られた。それでもタロウは地球の上を、一人で走り続けた。

タロウが生まれた時、地球は既に壊れ始めていた。彼の両親はきっと他の人達みたいに、腐った地球に殺されたのだろう。

ある老夫婦に発見されたタロウは、二人に大事に育てられた。おばあさんが教えてくれた。おばあさんが川で洗濯をしていた時に、大きな桃が流れて来たと。そして、その時おじいさんは山でしばかりをしていたと。その桃の中から赤ちゃんのタロウが出て来たと。何度も聞かされた話だ。

大きくなったタロウは毎日、宇宙ステーションから送られて来る映像を見た。タロウの知らない青く美しかった地球は、どす黒く変化していった。

 

サル型の高橋が、わざわざタロウの住んでいる旅館の部屋までやって来た。明日、正午から会議室で総会があるから、タロウにも出席して欲しいということだった。会議室とは、タロウが高橋と最初に出会った、あの大きなスクリーンのある部屋だ。タロウは指折り数えて、明日が精子採取の日ではないことを確かめた。

その日、タロウが会議室に行くと、既に大勢のロボット達が集まっていた。高橋は議長だった。余程、位が高いに違いない。タロウはそれを知らなかった。ロボット達は真剣に高橋の言うことに耳を傾けていた。タロウは一番後ろの、両隣に誰もいない席に座った。三列前に、イヌ型の山田の頭が見えた。山田の前にはKijiがいた。見回したが、モモの姿はなかった。きっと会議に出るにはまだ若過ぎたのだろう。

会計報告だの、新しい事務局員の選挙だの、つまらない議題が続き、タロウはもう少しで寝てしまいそうになった。

それが全部終わって、今度は映画鑑賞になった。『ソイレント・グリーン』アメリカ映画。一九七三年。主役はチャールトン・ヘストン。タロウは数年前その映画を観ていたが、それでも、そのよくできたストーリー展開に目を見張った。

それはSFだった。人口爆発で食糧難に陥った地球人。政府は安楽死を奨励し、そのためのビルを作った。死に旅立つ人は最期に、素晴らしい音楽と共に、地球の映像を見せられる。かつての地球。失われた、美しかった自然。そして野を駆ける動物達。

その場面にくると、多くのロボット達は耐え切れず嗚咽を漏らし始めた。ハンカチで目を押さえている者もいた。

 

映画が終わると、イヌ型の山田が来て、高橋が話をしたいと言ってると伝えてくれた。高橋は他のロボットと打ち合わせが忙しく、タロウはかなり待たされた。ネコ型のロボットが通る度に、頭の上を見たが、やはり三番はいなかった。高橋は色んな書類にサインをしてやっていた。

それが終わって、やっとタロウが呼ばれた。高橋とタロウは会議室を出て、海岸に向かった。一つの太陽が沈んで、もう一つの太陽が昇る、この星の神秘的な瞬間だった。毎日見ているのに、その瞬間はタロウには特別だった。

「タロウさん。今日は少し話したくて。さっき見たでしょう? 私達は地球のファンなんです(Taro, I want to tell you something. We all love the Earth.)」

タロウは理解した。だからあの映画を観て、皆あんなに泣いてたのだ。タロウも地球のファンだ。地球と心中しようとしていた。

「我々は地球を真似て、海を作り、山を作りました(We created seas and mountains look just like the Earth.)」

この星の自然は皆、作り物だったんだ。海には魚がいない。山には木がない。高橋はタロウの心を見透かしたようにこう言った。

「宇宙政府に動植物を送るようリクエストしたのですが、遅れていて(We asked the space government to send us animals and plants but there is a long waiting list.)」

タロウは生き物のいない海を見た。波だけはいつものようにやって来て、タロウの足をくすぐった。タロウは尋ねた。

「あなた達を創ったのは誰なんですか?」

高橋はタロウに微笑んだ。

「それは誰にも分かりません(Nobody knows the answer.)」

彼等はロボットだ。誰かが組み立てたに違いない。

「それじゃあ、タロウさんは誰に作られたか知ってますか?(Do you know who made you?)」

タロウは数分間黙って答えを探した。水平線をゆっくり昇って来る朝の太陽。

「神?」

「そうでしょう。貴方に言えるのはそのくらいです。我々だってそうです。誰に創られたか分からない。(See, you don’t know who your God is. We don’t know ours either.)」

タロウは高橋からこの星の歴史を聞いた。ロボット達が意識を持ち始めた頃、この星は暗闇の砂漠だった。彼等は手探りで火をおこし、太陽を二つ創り、海を創った。彼等の愛する地球を真似て。太陽を二つ創ったのは、ロボット達が暗闇を恐れたからだった。

「タロウさん、我々はぜひ貴方にこの星に名前を付けて欲しいのです。急がなくて結構ですから(Taro, we want you to name this planet. There is no

hurry.)」

タロウは砂浜にしゃがむと、指で書いた。それを読むと、高橋の身体がかたかた震えた。

「それはあまりにおこがましい……不遜なのでは?(No, we can’t do that. There is no respect.)」

「いいでしょう? 俺も好きだし、皆もきっと」

それはタロウの率いるネオ暴走族の名前だった。タロウ達は、バイクにその文字を書いた旗を立て、東京中を走り回った。

高橋とタロウはその文字を見詰め続けた。波が星の新しい名前を消し去るまで。

砂浜には「Chiku」と書かれていた。

 

 

 

五 鬼が島

 

 

 

モモが来る日だった。タロウはデッキチェアの周りをうろうろ歩き回った。旅館の窓に見えるギャラリーは、かなりの数になっているようだった。

モモはいつものようにタロウを抱いてキスをした。いつものようにタロウの頬が桃色になった。

「タロウさん、私は日本語を習い始めたんです(Taro, I started learning Japanese)」

モモはタロウの竿の先っちょをぺろぺろし始めた。

「じゃあ、なんか日本語で言ってみて」

タロウの息がだんだん速くなっていく。

「ボクノナマエハモモデス」

タロウはもう少しでデッキチェアから落ちそうになった。

「ボクなの?」

「ボクデス」

「男の子なの?」

「ソウデス」

タロウのものは一瞬、縮んだが、またすぐ大きくなった。そしてモモの舌技で、さっさといってしまった。双眼鏡で覗いている旅館のギャラリーからは「ちぇっ」とか「はやっ」とかいう、やじが聞こえた。

モモは試験管に蓋をした。タロウは元の大きさに戻った自分のものをパンツの中に入れ、モモに背を向けると、砂浜に座った。いつもならモモと手を繋いで一緒に歩くはずの浜辺であった。

「オトコノコダメ?」

タロウの目の前を、波が百回くらい行ったり来たりした。タロウはモモに三日に一度、ぺろぺろしてもらった。モモがいなくなったら、タロウの生活は大きく変わってしまうだろう。一緒に歩いたり、肩を寄せ合ったり。そんな思い出は強烈だった。

「……まあ、いっか」

タロウはそう言って立ち上がった。モモはすぐ後ろにいた。涙がいく筋も流れていく。タロウは涙を払ってあげて、頬にキスをしてあげて、いつものようにモモの手を握った。モモの喉が盛大にごろごろ鳴った。尻尾がばたばた大きく揺れた。彼等のギャラリーから拍手が沸き上がった。

 

モモは手に持っていた試験管を大事にポケットにしまった。それは、いつになくタロウの興味を引いた。

「例の実験ってどうなってるの? 俺のソレ」

「知らないんですか? (Don’t you know about that?)」

モモは黙り込んだ。それは星の機密事項なのかもしれない。

 

タロウはすぐに高橋と連絡をとった。

「まだ実験段階ですので、御会わせすることはできません(It’s coming. You can’t meet them yet.)」

「会わせるって誰に?」

「まだ実験は終わっていないということです(I mean we haven’t got the result yet.)」

高橋はお茶を濁した。

暑い日だった。毎日少しずつ気温が上がった。夏になったのだ。タロウは毎日海で泳いだ。

見たことないカメ型ロボットに出会った。砂浜を這ってはいなくて、他のロボットみたいに二本の足で歩いていた。カメとタロウは、しばし話をした。カメの名は大塚という。図書館で働いていると言った。

「タロウさんはタロウさんでよかったですね。これが浦島太郎だったら困りますもんね(You ‘re lucky. If you’re Urasima Taro, you could be in trouble.)」

「そうだな、いきなりじじいになっちゃたまらない」

二人は笑い合った。カメはいやに地球の物語に詳しいようだった。

「私達はできたばかりの星に住んでますから、なにか神話のようなものが必要なんです。(Our planet is fairly new. We need some kind of myth.)」

タロウはアレのことを思い出した。

「大塚さん、俺のアレは今どうなっているんですか?」

「知らないんですか?(Don’t you know about that?)」

大塚はモモと同じことを言った。彼は続けた。

「アレのことは星内でも意見が分かれていて(There is a debate about it.)」

この星に来てから政治的なことを聞くのは初めてだった。大塚によると、ここには右翼と左翼がいて、左翼は右翼の、この星を地球のリプロダクションにしようとする計画を阻止している。左翼はもっと独自性のある星を求めている。タロウは大塚に聞いてみた。大塚は右翼の構成員だということだ。タロウも滅亡する地球と共に心中しようとしていた。

 

「本物の地球を知っている貴方が羨ましいです(I wanted to see the real Earth.)」

しかし、タロウは美しかった地球は知らない。生まれた時はもう荒れていた。あの映画『ソイレント・グリーン』の安楽死の場面に出てくるような、昔の青い地球。タロウもその目で見たかった。

「タロウさん、分かりました。来週、この星の誕生日があって、その時は警備も緩くなりますから、我々が貴方を案内しましょう(We gonna have a birthday party for this planet. There won’t be many police around. We gonna take you there.)」

 

この星の誕生日には、ある儀式が行われる。暗闇に最初に火をおこした歴史上のできごとを、夕焼けと朝焼けの交代する一瞬の暗闇に、再び行うという儀式だ。

タロウは大塚に言われた場所へ行った。この星で一番高い山の上だ。砂漠に海を創った時に盛られた山だ。砂で登りにくい。タロウは早めに旅館を出たが、到着は時間ぎりぎりだった。

Kiji型のロボットが二羽飛んで来た。優雅に二度旋回し、山の上に降り立った。Kijiの上には、それぞれ大塚とモモが乗っていた。モモはこれから行く巨大なラボでバイトをしているので、道に詳しいのだった。大塚が言った。

「これから行く実験場は、鬼が島と呼ばれています(The lab is called Onigashima.)」

大塚は一人でKijiに乗り、タロウはモモと一緒に乗った。モモは前にいるタロウにしがみ付いて、頬をタロウの背中に押し付けた。

上空から見ると、砂漠の中にまだ開発中の都市があり、誰が住むのか、新しい家が無数に建設されている。この星の雲は低い。もうすぐKijiは雲に飲み込まれる。二羽は雄叫びを上げた。

 

島が見えて来た。砂でできた人工島だ。山の上に、ジェームズボンドかヒッチコックの映画に出てきそうな、高級な建物がある。三階建てで、それが島の約、十分の一を占めている。

モモは建物の裏に降り立つよう指示した。モモによれば、裏にゴミを放り込むダストシュートがある。そこから中を覗くことができるらしい。二羽のKijiは見張り役になった。モモはタロウを導いて、中に入って行く。大塚も後に続く。丁度その時、上階から誰かが大量のゴミを投げ、タロウ達は皆、ゴミだらけになった。

モモはタロウに指差した。タロウは指差された方向を覗いた。

人間の赤ちゃんが山のようにいる。でもよく見ると皆、頭に小さな鬼の角が生えている。それはぴかぴかで銀色だった。そして背中には真っ白の白鳥みたいな翼が付いている。鬼なんだか天使なんだかよく分からない。まだ歩くことができない小さな赤ん坊でも、その発達した翼で飛ぶことができるみたいだ。

「可愛い」

思わずタロウは囁いた。一人の赤ちゃんがダストシュートから覗いているタロウに気付いた。

「父ちゃん(Daddy)」

次々に赤ちゃんがばたばた飛んで来た。一斉にタロウのことを「父ちゃん」と呼ぶ。

 

タロウ達は慌ててゴミ箱から出てKijiの背に乗った。

海を渡り、Kijiはいつもの浜辺に大塚とタロウとモモを降ろした。

「なんで俺のこと、父ちゃんなんて?」

「あの子達、ロボット以外の者を見たことないんで(They’ve never seen any human.)」モモが説明した。

タロウは海に入って汚れた身体を洗った。大塚はカメらしく、器用に砂に転がって身体を清めている。タロウはモモを自分の旅館の部屋に連れて行って、身体を濡れタオルで拭いてやった。乳首らへんを拭いている時、それまで収納されていたモモの生殖器が現れた。タロウは何気なくそのさきっちょを指でつついた。モモは「あっ」って声を出して、その場に崩れ落ち、失神した。

タロウは冷たいタオルをモモの額に置いてやった。数分後、モモが意識を取り戻した。タロウは笑った。

「なに、そんなに感じたの?」

「ボクドウテイダカラ」

タロウはいつもモモにやられているようにしてあげた。モモは、散々喘いだり悶えたりしたあと、きらきらの銀色のものを放出した。

 

数日が過ぎた。夜が終わって、朝が来る瞬間に、高橋から電話があった。

「聞きましたよ、タロウさん。もう実験も一段落したし、あんなことしなくたっていつでも連れて行ってあげたのに(I’ve heard what happened. We can take you there anytime you want.)」

タロウは高橋に謝った。

「タロウさん、どうです? 貴方の赤ちゃん可愛いでしょう?(What did you think about your babies?)」

「あれはほんとに俺の子供? あの羽と角は?」

「あれはね、私達が地球人そっくりの子供を創ろうとしたら、野党が反対して、もっとどこの星にもいない生物を創ることになったのです。どうです、可愛いかったでしょう? (We tried to create Earthlings but we decided to create very unique creatures nobody seen before. Aren’t they cute?)」

「可愛い。とても可愛い」

タロウは目を細めた。

「今、三百人います(There are three hundred babies right now.)」

「そんなに?」

 

次の日、高橋はモーターボートを出して、タロウとモモを連れて鬼が島へ渡った。サル型の高橋は、白と紺のストライプのTシャツに赤いスカーフを巻いている。

「早く本物の植物や動物が届けばいいんですけどね。ネットで注文したんですけどね(We ordered real plants and animals online but we haven’t received anything yet.)」

珊瑚礁も海草も魚もいない海は、透き通っているばかりで趣がない。

 

タロウの赤ちゃん達はタロウの周りを「ダディー!」と叫びながら、ぐるぐる飛び回って、見ていると目が回りそうだった。彼は両手に一人ずつ捕まえて抱いてみた。人間の肌のぬくもりがして、ミルクの匂いがして、ふわふわの羽が落ちて来て、タロウの鼻をくすぐった。

モモはいつもバイトでやってる通り、一番小さい赤ちゃん達を抱いて、上手にミルクを飲ませている。

よちよち歩きの子供が高橋の手を握る。高橋はその子を持ち上げ、肩車する。

「タロウさん。今は私もこの羽や角が好きです。我々の星にはこれから神話が、歴史が生まれるんです。(Taro, I like the wings and horns now. We’re just starting our own myth and history.)」

タロウはすっかりへとへとになるまで、皆と遊んでやった。力尽きて、モモの隣にゴロンと横になった。それでも赤ちゃん達はタロウにじゃれ付いて、タロウの身体を枕にして、すっかり眠ってしまった。

タロウの家はここ、「Chikyu」だ。この新しい星の神話や歴史はこれから始まるんだ。赤ちゃん達が大きくなったら、本物の地球の話をしてやろう。バイクでどこまでも走り回ったことを。崩壊する前の、美しい青い地球のことを。

2021年7月22日公開

© 2021 千本松由季

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