禊 6/7

千本松由季

小説

4,465文字

梗概
女優の咲岐は、暴力的なロック歌手、啓二と別れたいが離れられない。彼の周囲の男達全てと寝れば、それが禊になって諦められると信じ、それを実行してしまう。偶然元カレで優秀なビジネスマン清一郎に再会し彼の優しさに触れる。仕事のない咲岐はヌードデッサンのモデルになるが、有名週刊誌の柴田にヘアヌードをやらないかと誘われる。撮影後、彼女は事務所の命令で柴田と寝ることになる。汚れた自分の身体を罰しようと自殺未遂する咲岐は、清一郎の愛で救われたのだった。

 

      六 雨

 

 その瞬間、また電話が鳴る。今度は出てみる。

「清一郎」

「咲岐。なんか心配で」

私は大丈夫。

「精神科に行ってるなんて言うから。具合悪いなら病院へはちゃんと行け」

「もう大分いいから」

啓二に破壊された頭。あの頃に比べたらずっといい。

「精神科の薬は、医者に言われるまで止めちゃダメだぞ」

「詳しいの?」

「部下を何十人も抱えてるから、色んなことが起こる」

優しいんだな。会わなくなって一年半も経つから、なんとなく忘れていた。それより啓二に会う前は、男は私にこんな風に優しかった。それが当たり前だった。

「君に今度いつ会える?」

もう会いたくないのかと思っていた。

「それは知らない」

私はたくさんの男に汚されたビッチだから。こんな優しい人には似合わない。

「君が、俺のものにならなくとも構わない……。あれから色々考えた」

考えさせてくれ、と言って、私は電話を切った。

 

 ヌードデッサンのモデルは辞めてしまった。柴田が怖いのと、男に裸を見せるのが自傷行為に思えてきて。私にはもうそれは必要ない。辞めてから調子はいい。もうグルグル同じことは考えてない。薬にも慣れたから、セックスのことばかり考えることもなくなった。

「女に優しくない奴はクズだ」という観念は突然現れた。啓二のせいではない。もっと抽象的なものだった。なにかに反抗したい、という意味合いが強かった。それが、禊という言葉に変わった。私はそれをやり終えた。啓二とはもう会ってない。数回、会いたいという留守電が入って、私は彼をブロックした。私は電話番号を教えた、啓二の周りの男達も全員ブロックした。これでメタルロック関係は全て切った。

 

 忘れた頃に事務所から連絡があった。あの週刊誌のアートディレクター、柴田から写真の話が来た。筋書きはもうでき上っていた。内緒でモデルの仕事をしたことは忘れるから、週刊誌をやれ。やる時は、こないだ撮った映画のあの着物を着て、映画の宣伝をする。

「それで私になんの利益があるんですか?」

「映画が売れれば、君にも得だろう?」

事務所の社長。金に汚い男。柴田はすっかり社長に取り入ったようだった。

「咲岐、お前、いくつになった?」

「二十二です」

「ほんとの年は?」

「二十四です」

「ほらな、こういうことをやるんなら今だぞ」

柴田の所がメジャーな週刊誌なんで、社長は舞い上がってる。

「三日やるから考えろ」

 

 三日後はショスタコーヴィチの命日だ。黒い服を着てダリアを供える。何軒か花屋に聞いたけど、そんなに大きな赤いダリヤは無理だろう、と言われた。去年みたいに探し回るのは大変だと思って、迷ったけど、清一郎にメールをした。

 彼の会社の前で会った。八月九日。一昨年もらったのより、もっと大きな、真紅のダリアだった。五本ある。嬉しい。

 庭にバラの植えてある、フレンチレストランに行った。

「私に、週刊誌やらないかって。」

「ヌード?」

「そう」

「ヘアヌード?」

「そう」

芸名は使ってるけど、親にはバレるな。彼に週刊誌の名前を言った。

「偉いメジャーだな。」

あの柴田にまた会うと思ったら気が重い。私が同意したら、勝ち誇った顔をするだろう。関係ない。自分の人生は自分で決める。

「返事はまだしてない」

「人生の大勝負だな」

「反対されるかと思った」

「反対しても言うこと聞かないだろ?」

そうだけど。

 レストランの窓に雨粒がぶつかる。こないだ清一郎に会った時も雨だった。

「君、傘ないだろう? 俺の所に泊まって行け」

写真のこと、反対して欲しいような気がした。矛盾してるけど。でも、私はこの人と付き合ってるわけじゃない。

「命日だから、今日」

「家に帰らなくたってできるだろう?」

「だめ」

「じゃあ、俺が君の家に行く」

朝から黒い服を着ている。彼の曲みたいな純粋さを求めているのに、私の人生はいつも違う方向へ漂流してしまう。

 タクシーの濡れた窓を通して人々を眺める。これもこの間と同じだ。

 ダリアを花瓶に挿して、ショスタコーヴィチの祭壇に置く。キャンドルを灯す。彼の曲をかける。清一郎が、君の身体が見たいと言う。丁度、弦楽四重奏曲第八番がかかっている。この曲と一緒にセックスしたらどんな気持ちがするだろう? 彼は私の黒い服を脱がせて、ベッドに抱いて行く。私の身体を見下ろす。いつものように。

「大した商品価値のある身体だってわけだ」

「まだ返事してないから」

返事は今日までだと思い出す。まだ決めてない。ベッドから起き上がって、携帯を見る。社長からメッセージが入っている。

「返事がないということは、オーケーだってみなすから」

嫌ならそう言うだろうから、社長の理屈も当たってる。清一郎は呟く。

「これで更に君が俺のものになる可能性が低くなる」

ベッドの中で私は、変わっていく自分の運命を思った。

 

 スタジオに入ると、当然だけど柴田がいた。私のことを咲岐ちゃん、と甘ったるく呼んだ。スタイリストは映画の時と同じ人だった。私は十代の時からファッション雑誌のモデルをしていた。そんなにメジャーではなかったけど。だからこのフォトグラファーが女の裸を撮ってきた人だ、ってよく分かる。オスのセックスの匂いがする。要求するポーズも全然違う。柴田はアートディレクターとしては一流だ。私はあの時、絵画教室で描いた彼の見事なデッサンを思い出していた。

 最初は立ちポーズで、あの時の着物を片方の肩にかけて撮った。次は着物を下に敷いて、フルヌードだった。無理なポーズを言われるたびに笑えてきた。こっちを見ている柴田の存在を意識するともっと笑えた。片方の乳房に触りながら腿に手を這わせろって言われた。私はカメラを挑発するように見た。

「目付きがエロいな」

フォトグラファーが言った。緊張している? 私のなにが彼を緊張させているのだろう? 私は頼まれてないのにもっとエロいポーズをしてやった。映画の時を思い出した。私はセットの中で、あの若い俳優と寝た。私はあの時の顔をしてあげた。精神科の薬のせいで、一日中セックスのことを考えてた、あの雌犬の顔。

 フォトグラファーが私に近づいて来る。なんだろう? と思ったら、彼は私にキスしようとする。柴田が来て、モデルには触らないように、と注意する。

「悪い……俺、理性を失いそうになった」

それだけボソッと呟いて、彼は写真を撮り続けた。

 撮影のあと、インタビューをされた。週刊誌に写真と一緒に載るという。大したことは言えなかった。子供の時バレエをやっていて、それでクラシック音楽が好きになった。あんまり月並みだったけど、男性は優しい人が好き。それはほんとだ。絵画教室でヌードモデルをやっていて、週刊誌記者にスカウトされた。

 日本中の男がこの写真を見て汚いことをする。満足のようなものを感じる。私はこうやって自分を痛めつけるのが好きなんだ。頭がおかしい。コンピューターのスクリーンで、できた写真を見せてもらった。上手くレトロな雰囲気が出て、アーティスティックだ。それでも私の身体に品がなくてエロいのに変わりはない。私の事務所から一人、スタッフの男が付き添いで来ていた。私の知らない人。彼に、早く帰ろうと頼んだ。そいつは柴田さんに挨拶してからじゃないと帰れない、と言った。私は理解した。柴田に挨拶。私は彼への貢ぎ物なのか。禊、という言葉を思い出した。自分を汚して、そして禊とする。私のクレージーなアイディア。

 スタッフの男は私が逃げないように用心して、私のそばを離れない。狂った頭で、なぜか絵画教室の先生のことを思い出した。私の背中に天使の羽をつけてくれた。彼のような優しい男にはやはり私は縁がないのか? 柴田がそばに来た。私はせめて少し飲ませてくれと、下手に出て言った。

 スタジオの近くにホテルがあった。その一階のバーで飲ませてもらった。ウォッカをストレートで飲んだ。それは室内に置いてあったから、いつもみたいに凍ってない。ショスタコーヴィチの祭壇にあったダリアのことを思い出した。そしたら、清一郎のことも思い出した。私はもう彼には会えない。こんなに堕ちた女に、彼は似合わない。全て私の選んだこと。有名になりたいわけではない。女優だけで食べたいという夢はある。

 清一郎から電話が掛ってくる。私は出ずに消音にする。柴田と事務所のスタッフは

二人共ビールを飲んでいる。私はもう三杯目だ。まだ酔っていない。五杯飲んで、柴田に手を握られた。獣のように厚い手。口調は優しかった。もういいだろう? と言った。私は立って、自分がどのくらい酔ったか確かめようとした。スタッフの男はホテルの部屋の前までついて来た。

 私と柴田が部屋の中に入った。

「お前には会ってから、随分待たされたからな」

奴は私の服に手をかけた。裸はもう散々見られている。教室でも、さっきの撮影でも。あの映画の中の役、売春婦の。赤い花の着物を着て、おかっぱの髪。あの時代の、昭和初期の、売春婦になった気持ちがした。家が貧しくて親に売られた少女。あれはそんな役だった。

 ずっと見るだけだった私の身体に、奴は執拗に触った。私は声を上げないように耐えた。啓二や、私が寝た啓二の周りの十人以上の男達が頭を横切った。私は男を利用してるだけ、そう考えようとした。なるべく柴田のことは気にしないようにした。そのうち酔いがもっと回って、私は声を出し始めた。柴田は満足そうな様子をしている。

私は自分の耐えられる限界を超えていくのを感じた。柴田は自分の大量のものを私の胸の上に出した。

 急いでシャワーを浴びた。私は部屋を飛び出そうとした。柴田にドアに押し付けられて、ディープキスされた。ドアを開けると、スタッフの男はまだそこに待っていた。私は走った。ホテルの人に駅はどこか、と聞いた。知らない駅名だった。私は小走りでその駅まで行った。酔っていたので、上手く走れない。駅は遠かった。途中で雨が降って来た。たいした降りではなかったけど、私の心を沈ませるには十分だった。駅に着いて路線図を見た。帰り道が分からない。道に迷う。いつものこと。携帯で調べようとした。余計、分からなくなった。駅の人に聞いた。どっち側の電車に乗ればいいのかだけは分かった。その人は、しばらく乗っていると横浜駅に着く、と言った。私の家からはまだ大分遠い。

 清一郎からメッセージが入っている。私のことを心配している。私は彼とは話ができない。早く家に帰りたかった。知らない電車の、知らない人達。あの週刊誌が発売されたら、私はマスクか眼鏡を掛けないと電車にも乗れない。世間は忘れるのは早い。私はそのことを、それほど心配していない。

 わざと傘を買わずに、濡れて帰った。私はいつも自分を罰しようとしている。

 もっと飲んだ。フリーザーの中の凍ったウォッカ。いくら飲んでも、柴田の身体の感触がまだべったりついて離れない。自分が汚い物のような気がする。取り返しのつかないことをした気がする。耐えられない。

 私は精神科からもらって来た一月分の薬をウォッカと一緒に飲んだ。

 

2021年6月27日公開

© 2021 千本松由季

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