禊 5/7

千本松由季

小説

2,068文字

梗概
女優の咲岐は、暴力的なロック歌手、啓二と別れたいが離れられない。彼の周囲の男達全てと寝れば、それが禊になって諦められると信じ、それを実行してしまう。仕事のない咲岐はヌードデッサンのモデルになるが、有名週刊誌の柴田にヘアヌードをやらないかと誘われる。撮影後、彼女は事務所の命令で柴田と寝ることになる。汚れた自分の身体を罰しようと自殺未遂する咲岐は、元カレ清一郎の愛で救われたのだった。

      五 禊

 

 啓二の親友と二回目のデートをした。最後の禊。小説家の卵。どうしても今日、落とさないと、私の頭がもたない。まだグルグル考えてる。同じことを。セックスのこともずっと考えてる。夕方会って、お茶を飲んだ。彼が払ってくれた。飲みに行こうと誘った。彼は考えてる風だった。金がないんだな。私は気づいた。

「今夜は私が誘ったんだから、私に奢らせて」

 私達はいつもライブの打ち上げに使っている、大きめの居酒屋へ行った。平日で、まだ早いから、広い店内にはあまり人がいない。彼に電話が掛ってくる。

「ああ、いつものとこにいるから、お前も来いよ。そう、歌舞伎町の」

電話を切る。

「啓二が来るって」

啓二が来る? 会いたくないが、関係ない。私が必要なのは、こっちの男だから。上手く酔わせて、でも酔わせ過ぎないようにして、全部、今夜終わらせよう。

 三十分くらいして、啓二が現れた。あの嫌な女雑誌記者と一緒だ。この女には我慢ができない。啓二は私がいるのを見て、変な顔をしている。雑誌記者は私と並んで座る。啓二が私とその女を見比べている。でも私には関係ない。嫉妬させることが目的じゃない。この男と寝て、啓二とさようならをする。もう決めたことだから。

 雑誌記者が遠慮がちに話し掛けてくる。私は適当に相手をする。私はこの女に嫉妬していない。もうすぐ全部終わるのだから。

 小説家の卵は、青白い肌をしている。私が得意技のボディタッチをすると、その肌がじっとり冷たく濡れているのが分かる。爬虫類の親戚みたいだ。まだ若いのにお腹に脂肪がついて、それが余計に気持ち悪い。あのお腹と寝るのはどんな気分だろうと、つい考える。それを嫌がっていたら目的が果たせられない。この男を酔わせなくては。幸い私の性欲はまだ病的に強い。彼のビールが四分の一くらいになったら、私がオーダーする。自分も飲む。シラフではやってられない。

 啓二は私にほとんど話し掛けない。私は自分の目的のことだけ考える。私は啓二の親友と絶えず話をしている。彼は映画に詳しいから、私も相槌を打って聞いてやる。女優という職業柄、映画はよく観ている。少しは惚れさせた方がことが上手くいくかな、と思って、私は頭のいい振りをする。

 雑誌記者が時々私達の会話に割って入る。数回無視したら、もう話し掛けてこなくなった。私は早くこの二人と別れて、この男の家に行きたい。上手くいったら、禊が完成したら、完全な平和が来る。

 親友がトイレに立った。啓二は私の方をうかがっている。でも私にはなにも言わない。雑誌記者に、まだ利用価値があるのだろう。啓二と二人で黙っていると、居心地の悪くなった女がトイレに立つ。私は啓二と残される。

「お前、なんであいつと一緒にいるんだよ」

もうすぐこの男と別れられる。私は思わず笑顔になる。

 親友がトイレから帰って来る。私はそろそろ出ましょうか? と言う。啓二が私達のことを睨む。でも雑誌記者がいるから、ここでは争わない。私は彼と二人で店を出る。

 あまり縁のない中央線の駅で降りる。徒歩十五分ほどで、その古い木造アパートが見えてきた。彼が、六畳一間でトイレとシャワーは共同だ、と説明してくれる。隣の部屋の前を通った時、なにか外国語が聞こえた。今時こんなアパートがあるんだな。トイレの消臭剤が部屋まで匂って来る。

 私の携帯が鳴る。清一郎。速攻で消音にする。最中に掛って来なくてよかった。さっさと終えて帰ろう。居心地の悪そうにベッドに座っている親友の隣に座ってキスをした。気持ちが悪い。彼のシャツを脱がす。私も脱ぐ。ベッドの上で抱き締められる。彼の爬虫類系のネバネバが身体中に貼りついて来る。彼が私の上になる。お腹が邪魔で上手く入らない。私が上になる。私のエロい身体が彼に見られている。モノが小さくてやりにくい。私は努力をしてなんとか最大にさせる。この男、最後にセックスしたのはいつだろう? 余計なことを考える。

 男が終わって、私はコンドームの中の液を自分に塗る。嫌な匂いのそれを、腕や、胸や、顔に。

 これで終わった。私は男達に汚されて、それが禊になって、啓二のことを忘れることができる。

 

 帰りの電車の中。狂った頭が少し正常になった気がする。気がつくと、もうあんまり考えてない。「女に優しくない奴はクズだ」。……まだ少しは考えてる。

 携帯を見ると、清一郎がもう一度電話してくれている。今夜は話したくない。帰り道、私はまたウォッカを買う。ショスタコーヴィチの祭壇に供えるため。

 まずそれをフリーザーで凍らせる。小さい瓶だからすぐ凍る。アルコール度四十パーセントの液体は凍っても固体にならない。シャワーを浴びて、彼の曲をかける。

 もうメタルロックなんて聴かない。もともと興味なかったのに、友達にライブに連れて行かれ、啓二に会った。彼の声は少し金属的で、曲には合っていた。奴のことを考えていても、嫌な気分にならない。それは、もう終わったことだから。

 二つのショットグラスにウォッカを注ぐ。一つを愛する作曲家に捧げる。禊が終わった。乾杯する。

 

2021年6月20日公開

© 2021 千本松由季

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