禊 4/7

千本松由季

小説

2,067文字

咲岐(さき)は、女優の仕事がなく、仕方なく絵画教室のヌードモデルを始める。回を重ねるたびに、教室に男性が増えてくる。やがて彼女の運命を変える出来事が起こる。

 

      四 ポーズ

 

 今月は仕事がなくて苦しい。明日から絵画教室のヌードモデルをやる。事務所には内緒のバイト。マージン取られるから。バレたらヤバいけど。どうせ奴等はろくな仕事を持って来ない。

 寝る前、ウォッカを飲む。ショスタコーヴィチの祭壇の前で。ヌードモデルなんて。人前に裸を晒すなんて。私はまだ自分を傷つけようとしてる? 男の目で汚されて、自分を蔑んで、自分の罪を償う。

 

 週を重ねるにつれ、男ばかりが増えていく。ヌードデッサンのクラス。女達は私の肉体を嫌悪し、教室を移って行った。都内一、大きな絵画教室。男達は私の大きくて形のいいオッパイを愛してくれる。ハイヒールだけ履いた、立ちポーズ。部屋にオスの臭いが充満していく。

 先生は痩せ型の、三十くらいの男。あまり私のポーズには口を出さないのに、今日は髪を上げよう、と言われる。君の背中が綺麗だから。その言葉の余韻を感じる。君の背中が綺麗だから……。

 休憩時間になる。携帯で先生のことを調べる。海外のビエンナーレに出品するような、画集を出版するような、アーティスト。どうしてこんな所で教えているのだろう?

 先生はデッサンをする時、いつも私の後ろか横に立つ。最後の休憩になった。私はバスローブを羽織って、先生の絵を覗きに行く。私の品のないエロいだけの身体を、天使みたいに神秘的に描いてくれる。先生の手から鉛筆を奪って、大きな翼を描いてみる。もっと大きく。もっと。

 先生がクスクス笑っている。私は悲しそうな顔をする。

「これじゃあ小さ過ぎて、全然飛べない。」

「じゃあ、今度はもっと余白を残すから。」

彼は初めて、私を前から描いてくれる。斜め前くらいだけど。

 クラスが終わって、先生のデッサンを見に行く。今度はスペースがたくさんある。私はまた先生の鉛筆を取って、翼を描き入れようとする。突然、私には似合わない、という考えが浮かぶ。

「私には似合わない。」

ガッカリする。先生が上手に翼を描いてくれる。

「天使にも色んな奴がいるから。」

なにが可笑しいのか分からないけど、二人で笑う。

 

 私のクラスに変なオヤジが増えてくる。イヤらしい目付きで私に接近する。その中に目立つ男がいる。何度か目が合う。場違いな高そうなスーツを着て、ネクタイまで締めている。一般の人も受講できると聞いた。お金さえ払えば誰でも。スーツの男が私の写真を撮ろうとして、先生に注意される。

 休憩時間、その男が私の隣に座って囁く。

「週刊誌、興味ない?」

名刺を渡される。男の分厚い手が目に入る。私でも知ってるようなメジャーな週刊誌。

「私のエージェント通してください。」

嘘。事務所には内緒だから。

「君は? 興味あるの?」

少しずつ私の側に寄って来る。息が苦しくなるようなオスの存在感。

 男の見事なデッサンが目に入る。先生が描く繊細なタッチと全然違って、大胆で躍動的。名刺の肩書を見る。アートディレクター。名前は、柴田。

「写真は興味ないです。」

映画はやってる。ヌードでも、あれは芸術だから。柴田は更に声を落とす。

「男に見られるのは好きなんだろう?」

「写真は違います。」

「じゃあ、あんたがフォトグラファー決めていいから。なんなら、ポーズも決めていいから。それで五分五分だろう?」

「そういうことじゃないです。」

「日本中の男が見るんだぞ。好きなんだろう? 咲岐ちゃん?」

認めたくない。でも柴田に勝ち誇った獣の魅力を感じる。

 

 柴田が私の身体に触れた瞬間、先生が、休憩が終わった、とみんなに知らせる。奴は教室を去る。帰り際、先生に呼び止められる。

「さっきの男、学校に報告したから、もうここへは来ない。」

「私の名前まで知ってた。」

怖い。私の運命が、想像もつかない所へ向かっていく。

 学校を出ると、暗がりに隠れていた柴田が私の腕を掴む。

「俺、あんたのイヤらしい裸、見てんだぞ。お前のエロいオッパイ見てんだぞ。ポーズしながらなに考えてる? あの教師と寝てるとこ想像してんだろ? 日本中の男が、お前の身体見て汚ねえことするんだ。嬉しいだろ? いい気分だろ?」

 先生が来る。柴田はそれを見て鼻で笑う。

「また来るから。今度は金の話でもしよう。」

柴田は暗闇に消えて行く。

「俺、車で来てるから、送って行くよ。」

先生は優しく言ってくれる。

「でも、家で私一人だし。」

 

 先生の家は一階がスタジオで、二階が住まいになっている。絵は抽象で、やっぱり繊細な感じ。私の肉体は私にとってなんの意味もなかった。だから男達に見詰められて楽しかった。でもこれからは? スーツに隠れた柴田の身体を想像する。壁に私が翼を描き入れたデッサンを見る。先生にはほんとに私がこんな風に見えるの? 

 ベッドで抱き合う。私の後ろか、横からしか描かない先生が、私の正面からストレートに欲望を向けてくる。

 ……先生の唇が柴田の唇になる。先生の胸が柴田の胸になる。生臭い柴田の身体。先生が私の足を広げる。その手が柴田の手になる。私のハダカが日本中の男の目に晒される。世界中の男の手で汚される……。

 

2021年6月14日公開

© 2021 千本松由季

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