掌編『責任感と自動たこ焼き焼き器』

千本松由季

小説

13,604文字

世界中のカナリアに全滅の危機が。日本にある巨大なシンクタンクで、カナリア用のワクチンが量産されつつある。そこで使用されているのは、最新のテクノロジーを使った自動たこ焼き焼き器だった!

 

      一

 

 一日に何回もメール送んなよ。だって純ちゃんが返事くれないんだもん。俺、今、子育てに忙しいから。子育てって、なに? 

「すごく可愛いんだ。バイト。生物の山際教授の紹介」

俺ってなんでこんなハーフのモデルの女と付き合ってんの? 三年も。お前、なんで俺と三年も付き合ってんの? エリナは可愛ぶって首を横に傾げる。

 ここはファミレスで、俺達高校生の頃からここに入り浸ってた。宿題したり、喋ったり、大勢集まって、うるさくて、店の人に追いだされたこともあったよな。

 俺達のいってた高校の制服着た女が二人寄ってくる。エリナさんですよね? キャーキャーいって騒ぐ。サインして、一緒に写真撮って。……いつものこと。俺なんてこんなに地味な生活してんのに。

 でもこいつ少し、っていうか、大分太ったよな。そんなこといったら殺される。でも仕事なくなったら困るのあっちだよな。

「……私が純ちゃんのこと好きなのは、純ちゃん、責任感あって、サッカー部の部長で、超カッコよかった」

また責任感か。俺なんて顔だって普通だし。エリナにはどう見えてるのか知らねえけど。大学いってたってそんな博士になれるような頭じゃねいし。責任感ってどこで聞いたんだっけ? 山際教授。生物の。

 俺達の側にベビー・チェアに座ったガキがいて、スパゲッティーを右手で掴んで床に投げる。そしたら今度は左手で掴んで床に投げる。そしたら今度は皿まで投げる。だからベビー・チェアの隣の席いやだったんだよな。女の子でもこういう狂暴なのいるんだな。男女関係ないか。でも席、ここしかなかった。なんで今日ってこんなに混んでんの?

「ヴァレンタイン・デーでしょ? はい、これ」

エリナは気持ちの悪いバッグから小さな箱を取りだす。そのバッグはピンクで、なんだか知らないけど、金属製のクマがたくさんついてる。俺はそのぴかぴか光るクマ達を斜めに見ているうちに、エリナは自分でピンクのリボンとピンクの包み紙を解いて、それを開ける。

 細い金の指輪が二つ。嫌な予感。エリナは恥ずかしそうにやや下を向く。この女に恥ずかしいことなんてないはずだ。子供の頃からモデルで、ちやほやされて。なにこれ? ……プロミスリング。なにそれ? エンゲージメントをお約束するの。なんだか分からないものをもらうのは嫌だ。俺は携帯で検索する。しかし、よく分からない。ママに聞いたの。婚約指輪の前にあげるの。こいつのママは、こいつよりもっと派手なスウェーデン人だか、デンマーク人だかで、なのに父親は地味なサラリーマンだ。地味な男が好きなのかな? 親子で。なんでお前が俺にくれるんだよ? だって待っててもしょうがないし。……そうだけど。

「お前は俺には贅沢だし!」

 俺は席を立った。半分残したコーヒー。伝票を持って立ち上がる。二人分払って表にでようとする。さっき、ガキが投げたスパゲッティー。トマトソースの。滑らないように注意。純ちゃん! お前、大分太ったぞ。気をつけろ!

 太ったっていうつもりはなかったけど。子育てで忙しくて。手を抜けない仕事で。おまけに教授の紹介で。ストレスが溜まってる。俺んちはここから歩いて帰れる。残業が多くて。でも生き物が相手だから。これでやっと別れられる? よかった。よかったのか、どうなのか、ほんとのとこ分からない。

 俺のうちに着いたら、途端にエリナからメール。泣いてるクマの絵。気持ちが悪い。

俺には責任感なんてないぞ。女一人扱えない。なにかメールを返してやろうかと思ったけど、きりがないから止めた。

 

      二

 

 先週のこと。生物の山際教授に呼ばれた。俺達は日当たりのいい、大学のコンコースにいた。背の高い木の中からスズメの声が聞こえる。生きているのが楽しいといっている。瀬山、お前、バイト探してるっていってたろ? あるシンクタンクがスタッフを募集してる。場所もこの近くだ。……ってことは俺んちの近くだ。でもシンクタンクって響きからすると俺には縁がなさそう。

「あ、すいません。最初に聞いていいですか?」

なに? なんで俺なんですか? お前は成績がいいわけではないが、俺はこつこつ勉強してるのは見てるし……。そこで教授はもったいぶる。

 女子生徒が何人か通り過ぎる。こういう理系の大学にくる女は、少なくともピンクのクマのバッグは持ってない。でもあの派手なハーフ顔をいつも見てるから、どの女を見ても地味に思う。そりゃ、当たり前だけどな。教授、なんで俺なんですか? もう一度聞く。そりゃあな、お前には責任感があるから。

 責任感か……。

 

 シンクタンクは確かに近くて、駅で二つ目だ。どこかの上場企業の本社みたいな大袈裟な建物。ほんとにここでいいのか、三回くらい確かめた。受付にエリナみたいなバンビみたいな付けまつ毛の女が二人いた。

 いわれた階にいくと調子のよさそうな男が寄ってきた。チャラい、って死語? 多分、片足くらいは突っ込んでる。死語の世界に。でもその男にその言葉は余りにもぴったりだった。背が高くて俳優顔。身体に厚みもある。格好がチャラいというより、そいつの存在自体がチャラかった。

 エリナも責任感のあるやつばっかじゃなくて、こういう見てくれのいいのと付き合えばいいのに。髪は茶髪じゃなくて、金髪に染めてあって、ウルトラセブンみたいな、端の上がったメガネをかけている。そいつは聖史郎【せいしろう】と呼んでくれ、といって、握手の手を伸ばした。白い研究者用の服を着ている。そんなものを着ていても、そのチャラさは隠せない。俺も数年前まで山際教授の研究室にいたんだ。そうなんですか? 責任感の強い生徒をよこせ、といった。……またか。

 

 カナリアの疫病が流行ってて、世界中に広がってる。そのことは知ってるだろう? そういわれて知らないともいえないので、はい、という。カナリアだけが世界中でバタバタ死んでいる。中国辺りで発症した、っていうんだが、それは特定できてない。

 ヨーロッパからワクチンが入ってきた。だけど向こうでは量産する技術がないんだ。ここで量産して輸出する。それが俺達の仕事。そこは小さな応接室みたいなところで、聖史郎はビデオのスイッチを入れる。カナリアっていわれても、あんまりぱっとイメージは浮かばない。

 籠の中で、小さな小鳥が咳込んで、ゼーゼーと肩で息をしている。小鳥でも咳をするんだな。他の鳥もくしゃみをして、鼻水を垂らしている。大分悪そうだ。二羽とも目を閉じてうつらうつらしている。可愛そうに。これがカナリアか。なんとなく黄色いんだと思ってたけど、そいつらは濃い赤だった。ファンシーな生き物だ。こんな色の鳥がいるんだな。

 理屈に合わないんだ。なぜカナリアだけなのか? 野生種もいるんだが、やつらは大丈夫なんだ。遺伝的に近い種目も多いんだが、やっぱりペットのカナリアにしかうつらないんだ。動画を見ていると、なんだかヨーロッパの田舎の方で、死んだカナリアの墓を作ってる子供が映る。小っちゃな十字架がたくさん並ぶ。

 君と、あと三人のスタッフとチームを組んでやって欲しい。僕、でも学校が。そのことは教授と話をつけてある。この仕事で単位をくれるそうだ。聖史郎はその部屋をでて、俺を実験室へ連れていく。君には卵から若鳥になるまで、二十日間の面倒を見て欲しい。

「今、我々がやってるのは、ブリーダーが送ってくる、貴重種を救うこと。まだプロのブリーダーとしかやり取りしていない。日本中のペットショップからカナリアが消えている。個人のペットも、感染した新しい鳥を入れた途端に消えてしまう。日本で作出された鳥もいるから。まず日本にしかいない品種を救う」

「どんなのですか?」

巻き毛カナリアで日本にしかないものがある。細カナリアの一種も日本にしかいない。巻き毛カナリアと細カナリアは、あとで見るだろうけど、綺麗なもんだ。あんなのが生きてるなんて素晴らしい。プラス、鳴きカナリアのチャンピョンの系統を助ける。日本と外国では好みが違うから、日本独特の鳴き方のカナリアがいるんだ。それを救いたい。

 成鳥の分のワクチンは少ない。まず卵を孵化させて、ベイビーにワクチンを与える。俺はなんとなくそいつがベイビーといったのが可笑しかったけど、笑う場面じゃないと思って止めた。

 

      三

 

 聖史郎はまず若鳥の部屋に連れていってくれた。ドアを開けると、途端にとんでもなく賑やかな声がする。叫んでいるやつもいる。うるさくて仕方がない。確かに、赤いのがいる。黄色いのも多い。真っ白なのもいる。なるほど、これが巻き毛カナリアか。身体中の羽がカーリーになっている。なるほど、確かにこんなのが生きてるなんて素晴らしい。細カナリアはその通り細いカナリアなんだけど、きっと何十年もかけて創った、芸術品なんだ。仕草が他のと違う。優雅なんだ。

 みんなうちで卵から育ててワクチンを飲ませたんだ。今のところ病気になった者はいない。者、って聞いてまた可笑しくなったけど、やっぱり笑うのは止めた。ワクチンを飲ませるんですか? そう。経口ワクチンなんだ。孵化したら、すぐに口の中に注射器で一滴、垂らしてあげる。それも君の仕事だ。

 若鳥のいる部屋を通り抜けると、その部屋があった。スタッフが三人。俺みたいに若いやつもいるし、年上のやつもいる。女性も一人。たくさんある透き通ったケースの中を覗く。卵? じゃあ、これって孵卵器だな。卵になんか、水玉みたいに模様がついている。小さい……こんなに小さいんだ! 卵は一つ一つふかふかのくぼみに上手く収まっている。これって、なんかどっかで見たことあるような気がする。目を近付けると、卵が小刻みにぶるぶる震えている。

 聖史郎がいう。これは最新の自動たこ焼き焼き器のテクノロジーを使った、人工卵引っくり返し器だ。この時は、俺は遠慮なく笑った。そうだ、どっかで見たことあると思ったら……。卵が一個一個、小さいたこ焼きみたいに、くぼみに並んでいる。「親鳥は雛が孵るまで、一日に何度も卵を引っくり返して、体温が卵全体に行き渡るようにするんだ。ここでは人工的にそれをやってる」

 誰がそんな上手いことを考えたんですか? あ、それは俺だ。聖史郎がいう。弟がたこ焼き屋でバイトしてたことがあって。近くを通りかかったんで覗きにいったら、ああ、これだ! と思って。このお陰で随分手間が省ける。……俺はまだ笑っていた。

 

 スタッフの女性が挨拶してくれた。千代子という古風な名前だった。三十くらいか? 地味な印象。ってか、エリナを見てたら、誰でも地味だ。この仕事ね、正確に記録することを要求されるから。どのブリーダーさんが、どの品種を、いつ送ってきたか。卵はいつ孵ったか。餌を上げ始めたのはいつか。餌? 餌を上げるんですか?

 そうよ、それが君の一番大事な仕事。簡単に見えるけど、誰にでもできるものじゃない。よほど責任感がないと。はい、僕、責任感にだけは自信あります。……だってみんながそういうし。

 後の二人の男性スタッフは一人が中年で普通のサラリーマンみたいに地味な感じの人。っていうか、このチャラい聖史郎を見たあとでは、どんなやつも地味だ。もう一人は俺と同じ大学の、俺とは縁のない学部の学生だった。そいつは片桐という。真面目な感じ。っていうか、やっぱり聖史郎のあとでは、誰でも真面目に見える。

 

      四

 

 卵達は届くとすぐに消毒される。自動たこ焼き焼き器の中で順調に孵って、俺はいつも腹ペコのやつらの口に、スポイトで餌を放り込む。餌は草の実をふやかしたもの、ゆでたほうれん草、ゆで卵、牡蠣殻を毎日新しくすり鉢とすりこぎで、大量に作る。ブリーダーさんの中には、特別な餌を頼んでくる人もいるから、そのリクエストにも答える。今、何羽いるんだろう? 少なくとも数百はいる。たこ焼き焼き器の中で、毎日雛がどんどん生まれてくる。今でも一番緊張するのが、ワクチンを注射器で口の中に入れてやる瞬間。

 兄弟姉妹は同じ巣の中で育てる。人間の保育器を小さくして、長くしたみたいな装置を使っている。手を入れる窓があって、餌をやる時はその窓からやる。生まれて一週間目に、足に金属製の、ナンバーの入った足環をつける。最初は難しかったけど、慣れてきたらかなり速くできるようになった。足環をつけたら、迷子になっても、すぐどこの子か分かる。

 その頃になると、頭のてっぺんや身体にタンポポの綿毛のような羽毛が生えてくる。それまでは赤裸でグロいけど、その辺からは可愛くなる。俺も一生懸命子育てをする。ワクチンの大量生産がどこまで進んでいるのか、俺には分からないけど、世界中のカナリアのために働いていると思うと、やりがいがある。

 

 エリナからは、あれからなにもいってこない。三年間で初めてのことだ。こんなに長く。あの時、クマが泣いている絵をメールしてきて、俺がなにも返さなくて。それより前だ。俺があの金のリングを受け取らなくて。それから? それから? そうだ、太ったっていった。あれは悪かったけど、事実だし。

 あ、また卵にひびが入った。生まれてくる! 自動たこ焼き焼き器でできた何羽目の雛なんだろう? 俺はすぐに口を開けさせて、ワクチンを一滴入れる。身体をぶるぶるって震わして、それから小さな羽をぱたぱたさせる。

 

 お昼、一緒に食べようって片桐を誘った。俺と同じ大学のスタッフ。駅前にでると、ビルの壁面を覆うように、広告が垂れ下がっている。エリナ! 服は黒いスーツで、半分後ろを向いて、セクシーな網タイツとピンヒールを見せている。なに? 俺の彼女。疲れて幻覚でも見てるんじゃないのか? あんなの君の彼女なわけないだろ? 俺は大量のツーショットを見せる。ほんとに? 片桐はまだ信じない。どうやって告ったの? 俺は考えていた。昔過ぎて……。俺、告ってない。え、じゃあ、あっちから? そう。へえ? 世の中には色んなこと起こるんだな。巨大になったエリナはそのファッションビルの広告になって、黒縁のメガネをかけて。本を何冊か小脇に抱えてる。なんだか女史、って感じ。随分細くなった。肌もぴかぴか。俺なんていない方がいいのかな?

 俺は片桐にいった。

「君だってさ、今みたく、カナリアの子育てしてるなんて思ってなかっただろ? 世の中には色んな信じられないことが起こるんだよ」

片桐は俺にいった。

「思ってなかった。俺は動物園で働きたかった。大きな動物の相手をして。ゾウとか、キリンとか。まあ、採用もあんまりないけどな。鳥類には興味なかったけど、今は面白いと思う。だけど君、その子とどうなってんの?」

「なんで?」

「だって知らなかったんだろう? あの広告」

これだから頭のいいやつはいやだ。

 俺達は定食屋に入った。俺がとんかつで、片桐は天丼を注文する。

「君、彼女のこと好きなんだったら、なんとかしないと。俺、別れたんだ。今でも後悔してる」

「俺なんかから自由にさせてやった方がいいんだ」

「丁度あの時の俺みたいだな。俺もそんな風に身を引いたんだ。どうせ俺なんか、って。君は働き者で。正直で。責任感がある。自信を持て」

「それはよく知ってるよ」

「じゃあ、あとで後悔すんな」

 

 それからもエリナからはなにもいってこない。エリナのブログを見た。こんなの見たの初めてだった。いつもはあっちから、見て見てこれって、見せられて。綺麗になったな。だめだ、また俺なんか、って思っちゃった。俺は働き者で、責任感があって、もう一つは忘れたけど、また片桐に聞く。男と一緒の写真がある。俺は芸能界詳しくないから、それが共演のモデルか俳優かなんかだと思うけど、そいつとの私生活がどうなってんのか、そんなの分からない。

 

      五

 

 そのブログを見た辺りから、俺の前に変なものが現れるようになった。雛達に餌をやってると、どこからか羽ばたきが聞こえる。大きな羽ばたき。成鳥のものだ。隣の部屋から大人の鳥が逃げてきたのかと思った。あちこち見た。でもそうじゃなかった。

 今度はぼうっと、半透明のカナリアの成鳥が、保育器の中に見えるようになった。それは次第に濃く、幻じゃなくて、ほんものの鳥に見えた。雛に餌を上げている! 幽霊の、死んだ鳥が。どうやって自分の雛が分かるんだろう? 死んでるから分かるのかな? 親鳥の数が次第に多くなる。ウイルスがうつったりしないんだろうか? 幽霊だから大丈夫なのかな?

 聖史郎にはいいたくなかった。ここの仕事は好きだった。俺は片桐にだけいった。今度は回転寿司へ入った。ビルにエリナの写真はもうなかった。外車の広告に替わっていた。

「まだ見えるのか?」

「まだ見える。それより、俺がいってた雛」

「なに?」

「黄色くなる筈なのに、オレンジになってきたって」

「ああ、覚えてる」

「俺、見たんだ。あの雛の両親がやってきて。片親が赤かった。やっぱり浮気か駆け落ちで、親が入れ替わったんだ」

 純一、君、そういうものが見えるんだったら、警察の捜査課に入れよ。浮気や駆け落ちなんかじゃない。もっとでかい捜査ができる。

「冗談じゃない! ブリーダーに話した方がいいだろうか?」

「いってどうする?」

「貴方のカナリアは浮気してましたって」

誰が信じる! 幽霊を見たなんて。でもオレンジなんだぞ。クレームがくる。卵を取り違えたんだろうって。君のせいじゃない! 君、疲れてるんだ。少し休め。鳥の羽ばたきが聞こえる。今? うん。見える? うん。寿司と一緒に回っている。……それって可愛いじゃないか。俺にも見えたらいいな。何匹くらい? 十くらい。みんなで俺の方を見てる。あっちの方を回っている時も、やっぱりみんなで振り返って俺の方を見る。なんでだろう? 俺はなにもしてない! 一生懸命可愛がってワクチンを上げているんだ!

 

 俺は軽いうつだと診断されて、聖史郎に頼んで二週間の休みをもらった。その時、聞いた。ワクチンのこと。まだ量産のめどが立たない。カナリアはたくさん巣立っていった。もう卵の生める成鳥もいるから、プロのブリーダーに頼んで二世を作ろうとしている。交配はどうしてもプロに頼まないと。俺達にはできない。種類を選んだり。近親交配を避けたり。俺達にはできない。

 外から卵を送ってもらうより、リスクが少ない。それに送られてくる卵も減ってきた。鳥の数が減って、しかもカナリアという鳥は好き嫌いが激しいんだ。気に入った相手としか素引きしない。人間ほどじゃないけどな。

 俺達はなにをしてきたのだろう? 無駄に数だけ増やしてきたのか? これからは子育てはカナリアが自分でやってくれる。自動たこ焼き焼き器も、もういらない。片桐はよく休めといってくれた。千代子さんも、自分のうつの体験を語ってくれた。俺のことを理解してくれて嬉しかった。

 大学にいって山際教授に会った。教授は責任感が強過ぎるとそうなる、っていった。でもそれって生まれつきだから。

 校庭のスズメと一緒にカナリアがいて、餌をついばんでいる。赤いのや。黄色いのや。白いのや。俺が側に寄ると、みんなが上目づかいで俺のことを見る。なんでだろう? 俺はなにもしていない。……カナリアの幽霊。

 

      六

 

 家でじっとしていてもやることがない。俺はエリナのブログを見た。いつかの男と一緒にいる写真を見た。あれから更新していない。あれから大分経つ。毎日写真だけでもあげていたのに。

 俺の住むマンションは一階にある。パーキングに面してる。最初はスズメが遊んでいるのかと思った。鳴きカナリアの鳴く音がする。あれは独特のものだから。俺は静かに窓を開けた。緑色の鳴きカナリア。窓から入ってきた。床に仁王立ちになる。なにかごちゃごちゃいっている。俺にはカナリア語は分からないよ。

 初めて、たこ焼き焼き器の上で緑色の卵を見た時驚いた。生まれた雛も緑色だった。卵が届いてすぐ、ブリーダーさんから電話があった。俺が電話を取った。最後の卵です、っていってた。あとはみんな死んでしまった……。緑色の。鳴きカナリアって、そういう色だって。一番美しい囀りの。じゃあここにいるのは、あの緑色の雛の親なんだ。卵を生んで。死んでしまって。なにをいいにきたんだろう? 手を差し伸べた。鳥は俺の手に乗った。机の上に飛び移る。俺の携帯の上に乗る。くちばしで突いてる。……クマがウインクしてる画像がでる。エリナ? エリナに電話してる! 

 俺は携帯に耳をすます。

「純ちゃん」

エリナ。俺はなにをいえばいいんだろう? 分からないから、なにもいわなかった。

「純ちゃん、電話してくれて嬉しい」

なんだか弱々しい声。高校の時から、いっつも変なダイエットしてたもんな。また変なダイエットしてるのかな? 三食トマトだけとか。リンゴだけとか。太ったっていったから、また変なダイエットしてんのか? だったら俺のせい。

 緑色の鳴きカナリアが俺の携帯を持つ手に乗って、ばたばた羽ばたいている。

「純ちゃん、また鳥の音がする……私、今、病院にいるの。変なものが見えるから」

変なもの? 鳥の音? これは本物の鳥じゃないぞ。鳥の幽霊。

「これは本物の鳥じゃないぞ。鳥の幽霊」

知ってる。知ってる? 触ろうとしたら、触れなかった。オレンジの煙になった。空に消えていった。

「俺、エリナの写真見た。おっきいやつ。ビルの横の」

「ほんと?」

 こんなこといいたくても絶対いえない……。綺麗になって。どうせ。もう俺の手の届かないところに。俺の携帯を持ってるのと反対の手の平に、カナリアが乗って、ちっさい足で俺の手に蹴りを入れている。自然に口からでた。

「綺麗になって。どうせ。もう俺の手の届かないところに」

今度は俺の指に噛み付く。結構痛い。幽霊の癖に。どうして欲しいんだよ? 

「純ちゃんの手の届かないところになんて絶対いかないから!」

 緑色のカナリアは、小さい頭で何回もうなずいてる。そういうこと? 俺とエリナが別れるのが嫌なんだ。元に戻したいんだ。さらに激しく頭を振る。それが君等の恩返しなのか?

 待ってくれよ。俺には時間が必要。純ちゃんに会いたい。俺は会いたいかどうか分からない。でも、病気のやつにそんなこといえない。病院の場所と面会時間を聞いて、俺は電話を切った。

 その途端、千代子さんから電話があった。調子はどう? こっちはもうそんなに忙しくないから、仕事がストレスなら、君はもう大学に戻って。聖史郎にも相談した。また忙しくなったらきてって。電話の後ろから、雛達のピーピーいう声がする。自動たこ焼き焼き器で卵を孵して、小さな口に餌を放り込んでた日々を思いだす。お腹がいっぱいになって、眠くなって、ぐっすり眠るまで。

 

 はからずも俺はバイトを首になった。近日、山際教授に会って、これからのことを相談しよう。

 聖史郎からまた連絡があった。俺達、三千羽以上のカナリアを育てた。このビルの二階も三階も小鳥でいっぱいだ。ワクチンの効きを確かめるため、少しずつブリーダーのところへ送り返しているところだ。まだ生きている個体と会わせて。それって可哀そうじゃないですか? 人体実験みたいで。今のところそれしか方法がない。上手くいけばワクチンの大量生産の足がかりになる。君さえよければ、成鳥の世話をしてもらいたい。AIを取り入れた作業オートメーションシステムで掃除と水、餌やりをしている。色々、変なアイディアの豊富な男だ。俺は考えさせてください、といった。

 山際教授に会った帰り、電車の中吊り広告にエリナを見た。「人気ファッション・モデル、エリナは拒食症? というタイトルで、エリナの少しやつれたような写真が載っている。うちに帰って俺はエリナに連絡しようかどうしようか考えて、そしたら考えるからいけないんだ、と思いついて、彼女がいつも使っている、可愛くて気持ちの悪いクマの絵を送った。頭の上にクエスチョン・マークがついてて、腕組みで考えてるようなやつ。面会時間は聞いた。いった方がいいのかな? いや、考えるからいけないんだ。

 その途端、部屋の上の方から羽ばたきが聞こえた。カナリアが三十羽くらいカーテンレールに止まっている。みんな俺のことをじっと目を離さないで見ている。みんな俺がエリナと上手くいって欲しい思ってるんだ。幽霊だから分かるのかな? それが一番いいって。

 

      七

 

 考えるより前に行動しようと思った。エリナのいる病棟のナースステーションにいった。俺がマスコミの人間じゃないかって、色々調べられた。俺は学生証を見せた。そしたら大丈夫になった。君は真面目そうだし。責任感もありそうだから。そのナースはいった。廊下からエリナを見た。少し遠くから見た。すっぴんで高校生の彼女みたいで。昔に戻ったみたい。俺達、っていうか少なくとも俺は、エリナしか知らない……。

 俺の顔を見て、キャア! と叫んで、くるならいってよ、といいながら、バスルームに駆けこんだ。俺は辛抱強く待っていて、戻ってきたらちゃんといつものエリナになっていた。バンビの付けまつ毛もつけて。ちょっと曲がってるけど。

 さっき俺のうちのカーテンレールにいたカナリア達が、エリナのベッドの上のレールになったところに、一列で、俺達のことを睨んでいる。俺はベッドの上に座った。「純ちゃん、あれ、見える?」

ああ。俺にも見える。みんな見覚えがある。こいつらの子供はみんな俺が育てたんだ。純ちゃん、見える? 一番左が黄色いのでしょ? うん。それから白いのでしょ? うん。それから緑のでしょ? うん。それから巻き毛のでしょ? うん。

「……どうして私達にだけ見えるの?」

 そんなこといえないけど、やつらは俺達に上手くいって欲しいんだ。それが俺の幸せだと思ってるんだ。やつらの子供を立派に育てたお礼に。

 男が病室に入ってきた。エリナ。お客さんだったら僕、あとでまたくるよ。どこかで見たな、と思ったら、あのブログの男だった。超スーパー見てくれのいいやつ。プロのモデルか俳優だろう。どう見ても。現代劇でも、時代劇でも、どっちもいけそう。その男は礼儀正しい。俺に会釈して病室をでていく。でもその男にはそこにいるカナリアの幽霊は見えない。俺達二人にしか見えないんだ。エリナあれだれ? 友達。私のジムのインストラクター。ジムにいってたの? うん。誰かさんに太ってるって。

 

 俺はエリナに俺があのシンクタンクでどんな仕事をしてたのか説明した。自動たこ焼き焼き器のところでは、付けまつ毛が飛びそうになるくらい笑っていた。そして注射器でワクチンを上げる。餌を作って口に入れてやって。迷子になっても分かるように足環をつけてやる。二十日間で自分で餌が取れるようになる。それまで。

 すごい、純ちゃん。そんな仕事よっぽど責任感がないとできない。それはもう分かったよ。俺は笑う。そこに見える鳥はみんな俺が育てた子供の親なんだ。卵を生んで死んでしまった。エリナは泣いた。可哀そうって。カナリアの連中は、ベッドの上にやってきて、布団の上でジャンプして遊んでいる。緑色の、こないだエリナに電話かけたやつ、そいつが手の上に乗ってまたカナリア語で喋りだす。そいつは鳴きカナリアだから、叫んでうるさい。俺にはカナリア語、分かんないっていっただろ? なにかいいたいことがあるんだ。

 たくさんの鳥が俺の手を掴んで飛び上がって、エリナの手の上に乗せる。エリナのバッグに入り込んで、例の指輪の箱を上手に開けて、俺のとエリナのをくちばしに挟んで飛んでくる。俺のとエリナのと……。その三十羽くらいいるカナリア。掛け算したら六十の瞳に見詰められている。だんだん俺にじわじわと迫ってくる。

 あまり考えたらだめだ。俺には責任感だけはあるらしいから、一人の女に忠誠を誓うことだってきっとできる。俺は鳥のくちばしからエリナの指輪を取って、彼女の左の薬指にはめてあげる。エリナが俺のを取って、俺の薬指にはめてくれる。

 エリナのこと愛してるか? って聞かれたら、まだ八割くらいかな、と思う。でも彼女も変わろうとしている。話を聞いたら、今はファッションよりも、広告の仕事が多いという。前より大人びた仕事が多くなった。今までは高校生が好みそうな雑誌で、あのピンクのクマみたいな仕事が多かった。リフレッシュして初めての仕事が、あのビルにはためいていた女史のあれなんだって。黒いスーツを着て。

 俺だって大分変った。初めて本格的なバイトをして、これはあんまりいいたくないが、もっと責任感が身に付いた。

 そしたら病室の壁からぐるぐる回る後光が差して、ゴージャスな金色の巻き毛カナリアが現れる。真っ赤なビロードのマントを着ている。持っている杖には上のところに青色の大きな宝石がついている。頭に小っちゃい金色の王冠を被っている。カナリアの王様なんだ。王様は持ってる紙を読み上げる。杖を振って俺達を代わる代わる祝福してくれる。そしてその紙を俺達にくれた。俺達にはカナリア語は分からないよ。世の中にカナリア語の分かる人がいるんだろうか? 学校で習った、くさび型文字みたいだ。メソポタミアの。そんな金色の巻き毛なんて見たことないから、きっとその系統は途絶えてしまった。

 

 俺は結局シンクタンクに戻った。聖史郎には卒業したらそこで働くようにいわれた。今は成鳥、というか、人間ならティーンエイジャーくらいの鳥の面倒を見ている。みんな俺のこと覚えててくれる。いつも餌をやってた俺。手に乗ってくる。羽をぱたぱたさせて。喜んで。

 俺は色んなカナリアのブリーダーさんと親しくなった。金色の巻き毛カナリアはやっぱり失われてしまったそうだ。でもレシピはある、といってた。レシピと聞いて笑った。どれとどれを掛け合わせると、その色と形がでやすいか。偶然と遺伝子の悪戯。長い年月がかかる。

 金色のカナリアは死んで、今はカナリア国の王様をやっている。彼等はすぐに、ああ、そうだったんだ、って信じてくれた。でも俺は幽霊じゃなくて、本物が見てみたいといった。彼等ならきっと実現させてくれる。

 緑色の鳴きカナリアのブリーダーさんは、雛達が小さい頃から、日本チャンピョンの声をスピーカーで聞かせる。チャンピョンも疫病で死んでしまった。録音が残っているのみだ。低音部は繊細なフルートの音色みたいだ。高音部の音階には迫力がある。やっぱり、なんかいいたいことがある、そういう口調だ。緑色のチャンピオンの子供より、隣にいる黄色の鳴きカナリアじゃない鳥が先にそれを覚えたりする。そういうのは面白い。

 動物園で働きたい、といっていた片桐は、地元の動物園で大型鳥類の担当になったそうだ。フラミンゴとか。ダチョウとか。ピンクのフラミンゴと一緒に撮った写真を送ってきた。ハッピーそうだった。このシンクタンクでの経験が認められたんだ。

 ある日、思い付いて、例のメソポタミアの文字をブリーダーさん達に見せた。それは男女の愛を祝福する言葉だと、そこにいた全員が同意した。純一さん、ラッキーでしたね。お幸せに、といわれた。

 エリナにもそのことをいった。ハッピーだといって付けまつ毛ごしに俺のことを見た。エリナのうちに食事に呼ばれた。エリナのママは相変わらず派手で、赤坂で盛大に水商売をやってて、パパは地味な普通のサラリーマンで、なんとなく彼と俺は共感する部分が多くて、すぐ仲良くなれた。パパはその偉大な責任感が認められて、今度昇格するらしい。俺達は責任感仲間だ。顔を見合わせて笑った。偉大な責任感。だからこそ素晴らしい女性を手に入れた。

 

 今でも雛の世話は、俺の役目だ。時々鳥のカップルがまだ若過ぎて、子育てが下手なのがいる。連中の代わりに俺が卵をたこ焼き焼き器に入れて孵化させる。ワクチンをやる。小さな口を開けさせて。餌もやる。自分で餌が食べられるようになるまで。

 聖史郎のAIをフューチャーしたオートメーションシステムカナリア育て器は、説明はどう考えても面倒だからしないが、上手く作用している。まあ、ちょっとくらい説明すると、鳥籠の下に敷いてあるペーパータオルが、くるくる巻いて、一瞬のうちに掃除ができる。週一回、水を流して大掃除をする。その時はカナリア達も夢中になって水浴びをする。餌も、水も、自動で与える。ワクチンの大量生産の夢も、もうすぐかないそうだ、ということ。

 シンクタンクにはカナリアの幽霊が長い間出入りしてたけど、この頃すっかり見かけなくなった。彼等の子供達も大きくなったし、我々のハイテク・マシーンを見て安心したのだと思う。

 

 元気になったエリナと表参道を散歩した。彼女はもうピンクのクマは卒業したとみえて、超ミニのスカートも卒業したとみえて、なんだか違う人みたい。大人の女になったんだ。道行く人に、エリナさん、って呼ばれて、彼女は何回もサインをしてあげた。エリナの手を握った。こんなことしたの、初めてだった。彼女の薬指のリングに触れた。

 なんだか後ろの方で、鳥の羽ばたきが聞こえる。二人で振り返ったら、それはただのスズメだった。昨日、大雨が降ったから、そいつ等は歩道にできた水たまりで、水浴びをしている。俺達は一緒に笑った。

 その時、大量のカナリアの幽霊が、空を飛ぶのを見た。渡り鳥みたいに、きちんと並んで。カナリアの色が混じり合って、夕日と溶け合って、綺麗だった。一番上をいく金色の鳥には後光が差していた。赤いマントを着ていた。杖の先に青色の宝石が光る。緑のは相変わらずうるさかった。みんなが一瞬、一斉に俺達を振り返った。黒い真ん丸の目が俺達を見ていた。みんなが夕暮れの空に吸い込まれていくのを見た。もう帰ってこない。カナリアの天国で幸せに暮らす。

2021年5月15日公開

© 2021 千本松由季

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