UFOを操縦するカナリアボーイソプラノ 5/5

千本松由季

小説

8,849文字

カナリアだけに感染する疫病。ワクチンが足りない! 幻のソプラノ歌手、加南は不安障害を抱えながら寄付金を集めるためにコンサートツアーに出掛ける。彼女の幻覚に現れる色とりどりのカナリア。ワクチンで助かった雛達がUFOを操縦してボーイソプラノで歌いまくる。

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 お父さんはどうして私にこんなことするんだろう? その人をそんなに愛してるの? 父を見る。彼も顔を上げて、私と目が合う。でも父が目を逸らす。私達はあんなに一緒だったのに。彼女からインスピレーションを受けるの? 創作の。私からはもうなにも感じないんだ。暗い思いで頭がいっぱいになる。お人形として、お人形の仁義がある。だから私はなにもいわない。誰にも。

 独りで生きていく方法が分からない。ドクターにいわれたから。こういう時は考えちゃだめって。考えない。考えない。別の空間に存在しよう。自然に歌がでる。小さな声で。よく父に歌ってあげたセレナーデ。こんなに小さな声で歌ってるのに、部屋にはこんなに沢山の人がいて喋っているのに、父には私の声が聴こえる。私の方を見る。さっき目を逸らした同じ人が、今度は私から目を離さない。最後に彼から電話がかかってきた時、私はなにもいわなかった。父は、ゴメンと謝った。私は独りで生きていく方法を知らない。

 

 父はカメラから逃れて、芸能番組は大女優の側を離れなくて、彼は私の方へくる。私は動けなくて、話はしたくなくて、お人形の顔をして、少し下を向く。ドクターがいってた。こんな時考えちゃだめだって。

「いいコンサートだった」

ありがとう。

「早くうちに帰ってこい」

できるわけない。そんなこと。考えちゃだめ。でも考えてしまう。いろんなこと。昔のこと。頭の壊れたお人形。私もビルから飛び降りる? そしたら父も気兼ねなく彼女と生活できる。

 若林春奈が私の方へ向かう。カメラは後をつける。女優は私の側にきて、おめでとうをいう。

「私達も誇り高いわ」

それはどうも。この人はきっと結婚したこともないし、子供もいないから、私のこと、どう扱っていいのか分からない。芸能番組の司会者は私にインタビューを試みる。吉野さんがカメラの隣の、カメラに映らないところにピッタリつく。番組のディレクターが、インタビュアーと打ち合わせをしている。生番組かと思った。

 井川さんが少し離れたところで私を見ている。優夜がディレクターとインタビュアーと話している。どんな質問をしたいのか聞いている。カナリア救済のことを主に聞くようにいっている。カナリアのことなら私にも話ができる。本名はばれているし、父親は誰かもばれている。優夜は私生活のことは聞くな、といっている。ソプラノとして、プロとして、紹介しろといっている。

 優夜は私に耳打ちする。

「加南を安っぽく売るつもりはないから」

本名の、菊川加南としてじゃなくて、加南利亜という名前のソプラノとして売るからといってくれる。なんでもかんでもお金のためならする人かと思ってた。

 ディレクターは吉野さんのことを知ってる。私はそう感じた。インタビューは優夜の思い通りに進んだ。私はカナリアの状況を話して、ワクチンは今はまだ雛に与える分しかないけど、もうすぐ量産ができて、大人のカナリアも助けられるようになる。カメラに向かって、寄付を呼びかけた。

 カナリア、と聞いて、父の表情が明るくなる。きっと私のこと思いだしてる。カナリアみたいに囀るって、朝中ベッドにいて、私のこと絶対離さなくて。この人はアーティストだから、自分の心に忠実なんだと思う。好きな人ができたら、私のことは忘れてしまう。あんな長い関係を……。でも考えちゃだめ。

 

 女優が横から入って、こんなに才能ある義理の娘ができて幸せだ、と発言した。優夜は今のところをカットするようにいっている。女優がそれにクレームをつける。自分のことを売りたいんだな、と思う。私にかこつけて。吉野さんがディレクターを廊下に呼び出して、なにか話し合っている。女優がそれを不思議そうに見る。彼女は当然、父の運転手としての彼しか知らない。

 もう一つのテレビカメラは、クラシック音楽専用のチャンネル。質問は、私がバロックに魅かれた理由は? とか、先生のこととか、ソプラノとして普段声のためにどんなことをしてるのか、など。私はみんなインテリジェントな質問だと思った。

 私の指に小っちゃなUFOが止まる。私の立てた人差し指の上でくるくる回る。インタビュアーが、加南利亜さん、時々そういうことなさいますけど、それなんですか? カナリアの雛が挨拶にきたんですよ。寄付よろしくねって。緑色のUFOを操縦して、ボーイソプラノで歌うんです。

 優夜はそれを聞いてたけど、なにもいわなかった。

「他にはどんなものが見えるんですか?」

「大きな雲の後ろに天使がたくさんバタバタ飛んでいたり」

「それ、いいですね。バロックっぽくて」

「死んだカナリアはよく現れて、飛行機の上にまでいっぱいいました。窓に張り付いて。黄色いのと、オレンジのと。私が飛行機怖いから。……死んだカナリアはデパートの屋上のペットショップに何千もいて、渦になって飛んでいて、私に助けを求めていました」

彼等は興味深く聞いてくれた。私はお礼に、私の得意なフォーレの『レクイエム』を歌ってあげた。私が歌うと、会場の人々も静かになって聴いてくれる。私が歌うと、みんなが聴いてくれる。小さな頃から、それだけは変わらない。

 

 カーペットに欠けたガラスがあって、私の足を切りつける。遠くからずっと私を見ていた井川さんがきて、足を見てくれた。裸足だったって気付いて笑って、コンサートホールの人から、救急箱を持ってきてもらい、消毒してくれた。そのあと私はずっと背の高い椅子に座っていた。裸足の足がむき出しになって、みんなに見られて、私は恥ずかしくて、足をぶらぶらさせる。

 父と少し話した。いつものタキシードの。

「加南、いつ帰ってくるの?」

「私はもう帰らない」

私と父との言葉の一つ一つに長い間の感情が籠って、泣いてしまいそうになる。

「どうして帰ってこないの?」

「あの人と一緒に住むんでしょう? 私の居場所がないから」

「そんなことない」

父は私の肩を抱いた。馴染んだ、彼の肌の、匂いの、温かさを感じた。

 この人はいつまでも子供なんだなって。私だけ大人になってしまった。なにもかも、だんだん過去になる。……でも、私には未来がある。

 

 井川さんが来る。私の足を見る。

「まだ血が止まらないね。包帯をしよう」

彼は上手に包帯を巻くと、いつかみたいに、いつかあの草原でしたみたいに、私をお姫様抱っこして、部屋の外に連れだした。警察官の正装の金色の彼に抱かれた私の写真を撮ってる人々がいた。

「もう帰った方がいい。疲れてるんだよ。このツアーで」

彼は私をタクシーに押し込んだ。誰かに電話している。

「加南のうちに連れて帰りますから」

誰? 吉野さん。なんで? 彼が分かっていればいいから。不思議だった。吉野さんと警官の関係ってなんだろう? 仁義、という言葉を思いした。それが仁義だから、吉野さんにだけ電話したんだ。世の中にはいってはいけないことがある。心の底の箱にしまって、深い海に沈めて、もう絶対誰にも見付からない。 

 

 私のマンションについた。今は日本人の若い男性とシェアしている。十六才で、地方に住んでて、仕事がある時だけ東京にいる。井川さんは私を二段ベッドの下に放り込んで、しばらく一緒にいてくれて、ルームメイトと話したり、警察官だよ、っていったら、僕、なにも悪いことしてない筈だよなー、といって笑っていた。警察から連絡がきて、なにか大きな事件みたいで、井川さんはいってしまった。

 独りになったら疲れがて、三日間ずっとベッドにいた。食欲がなくて、なにも食べなかったけど、水は飲まないとまずいと思ったから、水だけは飲んでいた。父のことを考えた。考えちゃだめっていわれたけど、コンサートも全部終わったし。もういいやって思った。あのパーティーの時、肩を抱かれた。あの手は私だけのものだった。ドクターにいわれた。君は人より大変な人生を歩んできたんだから。だから? だから? ドクターは、だから自分を傷付けちゃいけない。それからなにかいわれた。その時忘れないように、どこかに書いておいた。あれはどこにあるんだろう? 家に置いてあるのかな? ううん、あれはもう家をでてからだった。……私のジーンズのポケットに入ってる。

 私は起き上がって、軽い眩暈がして、ジーンズのポケットにはまだそれが入っていた。自分を傷付けちゃいけない。それから、それから、自分を許してやらないといけない。ドクターが、そういったと、そう書いてある。それってどういうこと? 疲れ切った身体で考えても分からない。

 三日目にスタイリストさんがドレスを取りにきた。私があんまり病気みたいだから、心配して、彼のことを雇った、優夜に連絡がいった。すぐにきてくれた。

「食べてないでしょう? 外にでられるんなら、どこかで食べますか?」

私はどこにもいきたくなかったから、そういった。優夜は栄養のありそうなものを数日分頼んで、配達してもらった。食べられない。

「加南さん、僕も一緒に食べますから、そしたらいいでしょう?」

誰かと一緒なら少し食べられる。

「私、ドクターにいわれたの。自分を許してあげないとだめだって」

彼は食べながら考えている。

「それ、かなり深い問題ですよ。自分を受け入れるってことですよね」

「考えても分からない。私、母親がいないから、ずっと私には父だけだった」

それが変わってしまったんですね。そうなの。どうして自分を責めるんですか? 貴女は立派にツアーも終えて。カナリアを助けて。だけど父がいってしまった。私から離れて。あれは加南さんのせいじゃないでしょう? 元気になったら、製薬会社にいってみましょう。僕こないだ見てきました。カナリアのブリーダーさんが雛に餌をあげているの、可愛いですよ。

 

 次の週、私は優夜に連れられて製薬会社の実験室にいった。見た顔がある。あの村、井川さんと出会ったあの村で、私はこの人に会ったことがある。

「貴女のこと覚えてますよ。カナリアのために寄付集めをしてくださって、ありがとうございます」

そう、彼の庭にはたくさんの小さな十字架があった。確か名前は山崎さん。山崎さんが餌を雛に近付けると、大騒ぎになる。自分が先だ、って騒いでる。生きてるんだ! こんなに小さいのに。まだ目も開いてない。匂いで餌が分かるんだ。

「加南さん、このワクチンはまだ実験中で、効かないこともあるんです」

暖かい保育器の中に数十匹の雛がいる。

「それでも死亡率は激減しましたから」

これ見てください、ワクチンで育った、初めての若鳥ですよ。

「可愛い!」

レモンよりもっとレモン色の羽が生え揃った。優夜が私にいう。加南さん、これはみんな貴女がやったことですよ。私は考える。私を許してあげないと。でもどうやって?

 

 色んな人に聞いてみた。マンションのパーキングがいっぱいなので、私のミニクーパーは、まだうちに置いてある。吉野さんがいつも綺麗に洗車して、ガソリンも入れてくれる。その時だけうちにいく。誰にも会わないように祈る。吉野さん以外には会いたくない。だからいく前には彼に電話して、なるべく父やあの女優がいない時にする。

 そうですね。自分を許すって、簡単じゃないですね。人はいつも後悔している。吉野さんもそうなの? そういう時もあるし、そうじゃない時もある。

 

 井川さんに会った。休みの日に会った。休みの日で、彼は素敵なスーツを着て、ネクタイまで締めている。素敵なカフェで会った。俺、ずっと思ってたんだけど、あの村にいきませんか? 俺、まだ荷物があるし。井川さんに会ったあの村。私、山崎さんに会った。え、どこでですか? ワクチンの製造に協力してる。雛を育てて。貴重な品種を助けようとしてる。そうか、山崎さんのは鳴きカナリアですもんね。チャンピョンの系統は失いたくないですもんね。

「……私、ドクターに自分を許してあげないとだめだっていわれたの。でもどういうことか分からない」

「最近の心理学では、過去よりも、現在、未来に目を向けるようになってるらしいです」

「父は私を手放してしまった。私は父を手放してしまった」

「ほら、それが過去ですよ」

 未来? 私は未来のことなんて考えられない。あんな舞台で歌うなんて、もうできない。あれはカナリアのためにしたことだから。あとは元のように佐山さんと、地味に録音とかして、少しずつお金にする。彼は私のツアーの時、生き生きして楽しそうだった。ほんとにやりたいことは、私に公衆の面前で歌わせることなんだ。彼は慎重だから、私に決して無理強いはしない。私、一人で食べていけるの? 私ほど壊れた脳で、働いてる人、見たことない。きっと母みたいにどっかから飛び降りるだけ。

「加南さん、なに考えてるんですか?」

「ちょっと死にたいなー、なんて。母みたいに。私には未来なんてない」

「あそこにいきましょう。これからいきましょう。車なら二時間です」

 昔のことが懐かしい。どうにもならないほどに。……また過去のことを考えてる。それが止まらない。これからの人生は暗いことに満ちている。

 そんなことより、なんでこの人こんなにきちんとした格好してるんだろう? チラって彼の方を見る。向こうも私のことをチラって見る。高そうなスーツに、派手目のネクタイ。

 車の窓ガラスに、UFOに乗ったカナリアの雛がいる。それぞれの窓にいる。だから全部で六羽いる。車の横の後ろの小さい窓にもいるから、ほんと八羽だった。窓を開けてあげる。八羽いる。歌ってる。ボーイソプラノ。私は一緒に歌う気になれない。そしたら六羽は私にぶつかって、歌うようにいって、どうしても離れない。私は小さい声で歌う。大きな声をだす元気はない。井川さんがもう一度私を見る。

「歌う気にはなれないけど、UFOが攻撃してくる」

「凄いな、そのビジョン。君はやっぱりアーティストだね」

でも、だって、そこにいるから。

 

 村に着いて、私が頼んで、井川さんと私が初めて会ったあの草原で車をとめてもらった。ここからだと、背の高い草に隠れて、あの川は見えない。もうゴルフ場の建設が始まっている。ダンプカーが沼地の上から土をかけている。もうすぐ私の歩いた、あの沼地がなくなってしまう。私の邪悪な血を吸い取ってくれた、気持ち悪い蛭。あの気持ち悪さは、私の毒抜きをするのに丁度よかった。今でも食いつかれたところが痛くなる。

 風がでて、草が揺れる。今日は晴れているから、雲の後ろに隠れた天使もいない。私は下り道を駆けて、草の中に紛れた。だめですよ。そこは私有地だっていったでしょう? あの男はなにかを企んでいる。初めて会った時は田舎の警察官で、なのに渋谷ではみんなに敬礼されて、金色の礼装もしてて、そして今日はスーツにネクタイをして、この人は会う度に別人のようだ。男がまた私を呼ぶ。私は絶対見付からないわよ。こんなに高い草で。

 なぜか男が私を見付けそうになる。私はもっと背の高い、もっと草の多い場所に隠れる。それを何度も繰り返して、その度に見つかって、とうとう疲れ切ってしまう。君のUFO達が俺に教えてくれるから。あれが見えるの? 見えないけど、草をかき分けてどこにいるのか教えてくれる。

 ここで見た時、彼はまるで昭和の時代の田舎の警察官だった。青春ドラマにでてくるみたいな。疲れて座ってる私と一緒に草原に座ってくれて、そこはまだ坂の途中で、沼地じゃなくて、私は不貞腐れてずっとそこにいて、私のものだった、崩れ去った、父と過ごした、王国のことを考えながら、自殺願望に耽っていた。

 この人、銃を持ってるのかな? 当然よね。いつか制服で仕事してる時、こっそり抜き取って、それで死ぬ。いづれにしろ死期が近寄ってきている。未来のない私にはそれが自然だ。今日は銃は持ってないのかな? 私はずっと彼の方を見るのを拒んできたのに、彼の腰の周りをじろじろ見る。

「なに?」

「あ、これは、なんでもない。あ、あの時の、金色の紐みたいのとか金色の色んな飾りとかがいっぱい付いたあれがよかった」

「ああ、あの正装。警察官は結婚式の時、あれを着るんだよ」

 結婚式という言葉を聞いて、うろたえたけど、それは井川のせいじゃなくて、父のことを思いだしたからだった。ジューンブライドになるらしい。父のことも時々聞いていた。新作発表会では、父の作品は、装飾が多くなって、以前の彼のシンプルな魅力はなくなってしまった。あれがほんとに彼の創りたかったものなの? それとも彼女に捧げるために変わってしまったの? 私は自分を罰するために、芸能ニュースを、ネットやテレビで全て観ていた。週刊誌も買った。自分を罰するため? 私はなにをしたの? 悪いこと? そんなに悪いこと?

 彼は私のことを見ないで、真っ直ぐ迷路のような草むらを見て、私の右手を左手で握った。彼の手から太陽の光を感じる。私の手に彼の手から金色が流れてくる。草のグリーンが輝いて、さっきずっと輝いていたより、もっとずっと輝いていたようになる。そこらを飛んでいた雛達の操縦するUFOがピーピーと騒ぎだす。なんだろう? と思って、私は立ち上がる。

 空から、空よりもっと高い空から、薄緑色のスポットライトが発射される。それは井川と私のいる場所へ近付いてくる。その光はぐるぐる回ってきらきらした光の粒が回って、カラオケボックスのミラーボールみたいだった。

「俺、今日、君にいいたいことがあって」

ミラーボールが回る音がうるさくて、いってることがあんまり聞こえない。それに頭の中にまだ罪悪感があって、なにしたのか分からないけど、悪いことをして、罰せられている。

 

 ツアーが終わって、ずっと疲れてて、ずっと食べられなくて、輝く緑色の爽やかな匂いもあって、暖かい地面もあって、私はそこに丸くなって、本気で寝てしまった。

「おいおい、寝てる場合じゃないだろ、こんな時に」

寝ながら考える。こんな時ってどんな時だろう? 彼が私の髪を撫でている。

「俺と本気で付き合ってくれない? 結婚を前提にして」

今時、結婚を前提になんて、可笑しくなって、くすって笑う。でもあの金色の、金色の太陽の光の色の正装なら悪くない。

「あの金色の正装なら悪くない」

あれのために付き合ってくれるの? ……まあ、いいか。

 

 私は母船に呼ばれる。飛行機が飛ぶより高くて、NASAにしかいけない暗がりにそれはあった。母船も薄緑色で、雛達の小さいUFOみたいに、縁日で買ったみたいに、安っぽいプラスティックでできている。あの時、あの歌ってた時、コンサートホールの三階席からでていたのと同じ緑色のスポットライト。

 私は空を飛んで、もっと、もっと、もっと、飛んで、自分が井川の膝枕で寝ているのが見えて、遠くの街まで見えて、東京のビル群も見えて、地図みたいな鳥瞰図が見えて、NASAの写真みたいに地球の全体が見えた。

 母船に着いたら、中にたくさんカナリアがいて、生きてるのも死んでしまったのも両方いて、それはカナリアは死んだらすぐ生まれ変わるからで、赤いのと黄色いのがいて、全員、金色の紐みたいな勲章みたいな金色の飾りのいっぱい付いた正装を着ている。警察官の正装にそっくりな。一羽の金色のゴージャスな巻き毛のカナリアがいて、位が高そうで、その周りの空気中が金色で、きっとそれがカナリアの王様で、難しくて意味不明な文章を読み上げて、私に立派な賞状をくれた。私はありがとうをいう。そしてお礼に一曲披露する。カナリア達は涙を流しながら聴いてくれる。

 私は母船をでて、雛達のUFOに導かれながら地上に帰る。NASAの宇宙から、地図の鳥瞰図から、東京都の地図から、この村に帰る。井川さんの膝で寝ていた、私の私は目を覚ます。

「私は悪いことをしたことあるかも知れないけど、いいこともしたから、それでいい」

「それでいい、か。よかったな。自分を許してやる。少しずつやっていけばいいから」

 

 私達を祝福して、信じられない数の小っちゃなUFOが降りてくる。空が見えなくなるほどの。操縦が上手いのも下手なのもいて、コンサートホールでもそれは起こって、くるくる周りながら地面に不時着するのもいて、私はそれを拾って、泣いてる雛を励まして、空に帰してやる。

 井川さんはそれを楽しそうに見ている。空の高いところでエンストしてパラシュートで降りてくるのもいる。私は草に絡まったパラシュートを助けだして、草原に落ちたUFOはちゃんとエンジンがかかって、それも空に帰っていく。

「なにがいるの?」

「カナリアのUFO

ほんとに? 私はさっき貰った賞状を見せる。井川さんはこういう。なに書いてあるのか分からないって。私にも分からない。彼はブリーダーの山崎さんならきっと分かるねって、あとで会いにいこうって。

 ボーイソプラノで歌ってる。雛達は私にも歌えという。私はいつもの、お得意の、フォーレの『レクイエム』を歌う。先生に怒られるくらい、歓喜に満ちた、全然レクイエムみたいじゃないレクイエム。

 あれっ、楽器の音がしている。UFOがあんまり多過ぎて青空が見えない。きっと雲の隙間の後ろに太陽のある雲の隙間の裂け目から、天使がバタバタでてきて楽器を演奏してる。

「楽しそうだな。俺も君の世界に住んでみたい」

私は、近くを飛んでいるUFOを摑まえて、彼の手の平に乗せる。雛は元気にピーピー大きな口を開けて歌う。雛は井川さんを見て、餌をくれる人かな、って思って、ますます大きな口を開けて声をだす。

 井川さんはじっと雛を見て、それから私の方を見た。笑っている。

「見えるの?」

「ああ。……こんなに小っちゃいんだな! 素晴らしいな、こんなにたくさん!」

彼は、私と一緒に歌うUFOだらけの空を見上げた。そして一緒に悪戯な天使達の演奏も聴いた。私達を祝福する大合奏。……こんなに生きてる、こんなに生きてる、みんなこんなに生きてる!

 

                           

 (了)

 

 

 

2021年5月10日公開

© 2021 千本松由季

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